9-35.明日のための帰路
夜になって中央区に戻ってきたミソギを駅で出迎えたのは、カレードだった。いつからいたのかわからないが、金髪には雪が浅く積もっていた。
「ワナ高原への旅はどうだったよ、疾剣」
カレードが冗談っぽく言う。
「寒い。遊牧民が冬にはいなくなる理由がよくわかるよ」
「ハリまで出ちゃえば、そんなに寒くないんだけどな。だから俺も冬には墓参りしねぇし」
「あぁ、また行くなら今度こそちゃんと外出届出してね」
二人で軍の基地へ足を向ける。昼過ぎに大騒ぎがあったにも関わらず、街は穏やかな空気が流れていた。
「お前が中央学院に行くとは思わなかったよ」
「双子ちゃんだけじゃなぁ。いつもと違って七番目の気配もなかったし。お前、何か取引したのか?」
「そういうところは賢いね。ちょっとだけ手を引いてもらったんだよ」
「ふーん。まぁ向こうに行って良かったぜ。わかったこともあるし」
カレードの金髪にはバドラスの返り血がわずかにだが付着していた。夜の暗さで分かりにくいが、街灯の下を通るとそこだけが深い色に変わる。
ミソギはそれを見ながら、相手の言葉を鸚鵡返しした。
「わかったこと?」
「お前が言っただろ。五年経ってるって」
「言ったね」
「俺はまだ、スイのつもりだったんだよ。此処には、ディードの野郎を殺すためにいるだけ。カレードって名前も、変に周りに過去を探られないようにするため」
雪の降る中、カレードはかつて過ごした高原を思い出しながら言葉を続ける。白い雲の間から零れる太陽。緑の草原に佇む女が手を振っている。そこに帰れないまま、五年経ってしまった。
「マーナを護れなかったのが悔しかった。でもいくら強くなってもマーナはもういないし、あの高原に俺の居場所もない。どっかでわかってたんだろうな」
「その感覚は理解出来るよ。俺も強くなりたくて故郷を出たからね」
「スイという名前に未練がないわけでも、マーナのことを忘れたわけでもない。でも五年の間に俺はカレードって人間に変わった。だから俺は双子ちゃんを追いかけた」
ミソギはその言葉を聞いた後、小さく笑った。馬鹿にされたと思ったカレードが眉間に皺を寄せる。
「なんだよ」
「いや、別に。なんか今のお前は生きてる感じがするよ」
「俺は死んでねぇぞ」
「知ってるさ」
基地まではまだ少し距離がある。ミソギは視線を前に向けたまま、もう一度微笑を浮かべた。
「ディードのこと、聞かないんだね」
「今はどうでもいいや。それよりさー、酒飲みに行こうぜ」
「馬鹿。報告書が先だよ」
ミソギはあっさりと却下したが、数歩歩いてから「でも」と言い直した。
「明日ならいいよ」
「あ、言ったな。絶対覚えておくからな」
「その代り、今日は報告書書き終わるまで付き合ってもらうからね」
明日からはまた日常が戻ってくる。二人はそんな確信と共に、残りの帰路を歩き続けた。