9-14.疾剣の取引
「古戦場はシスターの原料が栽培されていた場所。ワナ高原はあの事件の起きた場所。俺の考えでは、ワナ高原にはディードがいてカレードを待ち構えていると思う」
「……大剣に確実に居場所を伝えるとすれば、それしかないだろうな」
「カレードにはまだ何も教えてない。俺達の間の情報伝達は全て筆談で済ませたし、全員別行動をとっている。それでもあいつの行動を完全に防ぐことは難しいだろう」
ホースルは煙草の煙を天に向かって吐き出す。冷えた空気で白くなった息も、それと混じって宙に霧散した。
軍の基地の裏にある廃材置き場は、滅多に人が訪れることはない。一般人が容易に入れる場所ではないが、ホースルにとってその制約は無意味なことだった。
「それで、私に何か頼みたいのか? わざわざ呼び出したのは、そういうことだろう」
「さぁ。どうしようかな」
ミソギは苦笑いをして肩を竦める。
「あんたなら、バドラスもディードも始末出来るんだろうね。俺達がこうやって苦労していることなんか一笑して」
「そう腐るな。私は別に万能ではない。あの男たちが何処にいるか、何をしたいかなど一切知らないし、知る術もない」
「腐ってるわけじゃない。それにあんたにそんなことを頼むほどプライドを捨ててもいないよ」
遠慮のない言葉に、ホースルは愉快そうに含み笑いをした。
「それは結構だ。では何故呼び出した」
「今回の件、アリトラ嬢が巻き込まれて怒っているとは思うけど、手は出さないで貰えるかな」
「どういう了見だ?」
「ディードの本性を見抜けずに色々な人を不幸にしてしまった原因の一つが俺達だ。だからこれは俺達で解決する」
「断ると言ったら」
ミソギは少しだけ黙り込み、それから苦い表情で首を横に振った。
「そこまであんたは無慈悲じゃないと信じてるよ」
「その言い方は卑怯だな。有りもしない慈悲を与えたくなる」
ホースルにとって双子は何より代えがたい存在である。その片方でも傷つけられたなら、報復をしなければ気が済まない。ミソギの言うことに従う理由はないし、強行することは難しいことではない。
それでもホースルは、心痛な面持ちの相手を無下にすることはしなかった。
「魔導書喰いの事件での借りもあるから、此処は退いてやろう。双子さえ無事なら、私はそれでいい」
「ありがとう」
一瞬だけ強い風が吹いて、地面に積もっていた雪が舞い上がる。この雪が数日の間続くであろうことは、二人とも経験からよく知っていた。
「鉄道を使って、軍用車両で北区に向かう。あと半刻もすれば準備は整うだろう」
「十三剣士に魔法部隊も動く、制御機関も中堅以上は駆り出されるだろうな。念のため保険は掛けておこう」
「あのショットガンでも使うつもりかい?」
ホースルはミソギに向かって肩を竦める仕草をした。
「残念ながら弾切れ中だ。使うつもりはない。単に万一の時に動けるよう、店を閉めてこなければいけないだけだ」
「……この前はまだ弾が残ってたよね。どこで使ったんだい?」
「そうだ、双子の食事の支度もしなければ」
「聞けよ、おい!」
緊急事態にも関わらずいつもと同じペースを崩さないホースルに、ミソギもいつもの調子で応対する。目まぐるしい状況の変化の中で、二十年間続くやり取りだけが変わらなかった。
「あぁ、そうだ。カルナシオン・カンティネスは既に動き出してるようだよ」
「知っている」
「そっちは止めなくていいのかい?」
ホースルは片方の眉だけを高く持ち上げ、意外そうな表情を浮かべた。
「何故」
「そんなことを言っていたじゃないか、昨日」
「悩んでいただけだ。だがあちらに関しては私が出る幕はなくなった」
ホースルは視線を少し逸らして、制御機関の方角を見て呟いた。
「適任者がいるからな」
「あぁ、あんたの奥方のこと? でも持前の才能は彼の方が上だよ」
ミソギはその時、相手の口元が笑みの形に動くのを見た。
何処か達観したような、慈しむような、それでいて楽しそうに笑いながら、ホースルは口を開いた。
「私の妻は才能如きで諦めるような人間ではない」