9-13.商店街の動揺
商店街は軍人や魔法使いが多く行き交い、物々しい雰囲気に支配されていた。双子は時折聞こえる噂話から、昨日の爆発を起こした犯人が煙草屋の二階をアジトとしていたことを聞き取った。
「煙草屋なんてあったっけ?」
「結構前に潰れたんじゃなかったかな。僕もあまり覚えてないや」
二人でそんな会話をしながら歩いていると、不意に呼び止める声がした。
「リコリー! アリトラ!」
店先に立っていたライツィが手を振っていた。
二人はそれを見て、揃って走り寄る。
「ライチ、昨日はありがとう」
「お陰で助かった。あのまま歩いてたら膝を痛めてたかも」
「そんなことどうでもいいんだよ。それより聞いたか?」
ライツィはいつもより険しい表情で二人に尋ねる。
「煙草屋のこと? 皆が噂してるから聞こえたよ」
「そこで地図が見つかったんだよ。制御機関と公園の場所に赤い印がついた地図」
双子はそれを聞いて目を見開いた。
「犯人の残した地図ってこと?」
「らしいな。しかも赤い印は他にもあって、さっき三つ目の爆発がその印のところで起きたらしい」
「そ、それ本当?」
「あぁ。三つ目は中央区と北区の境界にある王政時代の見張り塔だ。ほら、黒騎士事件の時に犯人のバドラスが根城にしていたところ」
リコリーの脳裏に、黒騎士事件に関する記憶が蘇る。バドラスは薬を手に入れるために殆どの財産を失って、親から引き継いだ家まで売り払ってしまった。それから事件までの間、見張り塔で生活をしていたとされる。
「他に印はなかったの?」
「あと二つあって、一つは北区の古戦場跡地、もう一つはもっと先の……」
「ワナ高原」
「そうそう、遊牧民が殺された……って」
ライツィは驚いたように双子の後ろを見る。今の声はリコリーのものでもアリトラのものでもない、低い響きを持っていた。
双子もその視線を追うように振り返る。美しい金色の髪に碧眼の軍人が、そこに立っていた。
「よぉ、双子ちゃん。あとそのオトモダチ」
カレードは長身を少し屈めるようにして笑顔を見せる。多くの女性を夢中にさせる美貌は、雪の中で一層鋭利さを増しているようだった。
「北区の一番奥にはワナ高原ぐらいしかない。ましてシスター絡みだとな」
そうだろ? と確認するカレードに対してライツィは何度か首を縦に振った。
「ラミオン軍曹、どうして此処に?」
リコリーが問いかけると、カレードは不思議そうな表情で首を傾げた。
「別に俺が何処にいようとも勝手だろ」
「ま、まぁそうなんですけど……急なので驚いたと言いますか」
「気付かなかっただけだろ。それより例の煙草屋って何処にあるんだ?」
「え?」
それは奇妙な問いかけだった。
今回の事件については、軍と制御機関が非常事態と指定し、大規模な対策が取られている。まして元十三剣士が関わっている状況下で、カレードが何も知らされていないとは考えにくい。
「聞いていないんですか?」
「だって隊長の奴、忙しいからって紙に書きやがってさ。俺が字が読めないこと知ってるくせに。ミソギもいつもと違って俺を置いていくしさ。これってイジメだよな?」
十三剣士隊は今回の事件からカレードを遠ざけようとしている。リコリーは今の話でそれを悟った。何故遠ざけるのか。それは恐らくカレードがワナ高原の事件に関わっているからだと推測出来る。
「……そこに行って、どうするんですか?」
「どうもしねぇけど。強いて言えば暇潰しだな」
何の躊躇いもない返答に、却ってリコリーは確信を強めた。あらかじめ用意していたかのような淀みない言葉。それはいつものカレードとは違う。
十三剣士隊がカレードを関わらせないと決めたなら、リコリーがそれを破るのは気が引ける。だが、ここでリコリーがシラを切っても、カレードが諦めるわけがないことも明白だった。
「煙草屋。知ってるか?」
もう一度尋ねたカレードに、リコリーは意を決して視線を合わせる。
「僕の質問に答えてくれたら、案内します」
「質問って?」
「ラミオン軍曹、貴方はマーナという女性を知っていますか?」
カレードは翡翠のような目を細める。余計な感情を全て消し去り、その奥で怒りが静かに燃えているかのようだった。
「知ってるよ」
低い声がリコリーの耳を打つ。
「俺の嫁さんだ」
驚いた声がリコリーの隣から上がる。アリトラが大きな目を更に見開いて、カレードを見上げた。
「カレードさん、結婚してたの?」
「なんだよ。意外か?」
「とっても意外。十三剣士の人って独身じゃないと駄目なのかと思ってた」
「まぁ全員、結婚には向いてねぇな。俺も結局、こっちには連れてこなかったし」
「置いてきちゃったの?」
「だって嫁さん、遊牧民だからな。町では暮らせねぇよ」
カレードは当然のように言った後、改めてリコリーを見た。
「で、それがどうした?」
「……どうもしません。煙草屋に案内します。僕も気になりますし」
「いやぁ、話が分かるな。兄貴の方は」
嬉しそうな相手に対して、リコリーは複雑な想いで愛想笑いを浮かべる。その傍らで、事情のわからないアリトラとライツィは困ったように首を傾げていた。