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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
+GrimReaper[死神]
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9-12.廃墟の中

 あの男らしい、とミソギはその部屋を見て真っ先に考えた。

 制御機関と道一本隔てて向かい合うように並んだ、商店街に属する建物群。数年前に老夫婦が亡くなった後、取り壊されもせずに放置されたままの煙草屋の二階にミソギは立っていた。


 放置されて久しく、埃だらけだったはずの部屋は綺麗に掃除されていて、老夫婦が使っていたらしいベッドの上には、真新しい毛布と携帯食料の山が出来ている。鉄製のゴミ箱も用意されていたが、それは使われた痕跡がなく、食い散らかされた食料が床に散乱していた。


「クレキ中尉、どう思う」


 その言葉に我に返ったミソギは、自分を呼び出した刑務部の男を見る。


「部屋を用意したのは、ディード・パーシアスですね。間違いありません」

「どの点から判断を?」

「このアジトは立地条件的に危険が多すぎる。元々長く使うつもりはなかったはずです。普通はそんな場所を綺麗に清掃したりしません。ディードのような奴でもない限りは」

「俺も概ね、同じ意見だ。こんなものまでしっかり用意されてたからな」


 ヴァンは紙束をミソギへ差し出した。数十枚に及ぶそれをめくったミソギはすぐに眉を寄せる。


「マニ・エルカラムに関する調査書ですか。営業時間や従業員のことが細かに書かれていますね」

「裏の情報屋に頼んで手に入れたんだろう。カンティネス先輩が制御機関にいた時から今に至るまでの経歴や、ここ数日の行動までまとめられている」

「量から見るに、随分前から調査をしていたようですね」


 四隅の整った調査書は、わざわざ高級な紙が使われていた。

 ミソギはそれを見て舌打ちをする。かつての同僚、『黒剣』は昔からそういう男だった。華美な物が好きで、細かいことにまで拘り、完璧を良しとする。気に入ったものは是が非でも手に入れようとし、そのための努力や金を惜しむことは無い。

 それを酔狂だと仲間内では揶揄していたが、ついに最後まであの男の狂気を誰も見抜くことは出来なかった。


「これは何処に」

「窓際のテーブルの上に、わざわざこんな袋に入れられて置いてあったよ」


 ヴァンが右手で掲げて見せたのは、軍で使われている紙封筒だった。フィン国軍の紋章が印刷された厚手の封筒。外部の人間は手に入れることは困難である。恐らく、誰かを買収して手に入れたものだと思われた。


「全てのお膳立てをしたうえで、バドラスを脱獄させた。そして此処に一時的に待機させたというわけだ」

「そうでしょうね。わざわざ軍の封筒まで手に入れて、俺達への挑発も忘れない」


 気に入らない物は全てねじ伏せる。自分の思い通りにならないものは許さない。

 そうして生きて来たディードが、唯一失敗したのが五年前のことだった。発端は軍事練習で国境軍へ行った時に見つけた、金髪の若い軍人だった。本人には自覚がないようだったが、その腕前は十三剣士に匹敵するほどだった。


 ディードがそれを面白がって勧誘しようとしたが、その若い軍人は数日中に結婚することを理由に拒否した。遊牧民と結婚して、軍を辞める。だから中央区には行かないと、そう言った。気に入らないと思ったディードは、その軍人から国境軍にいる理由も、辞める理由も、全て奪い取った。


「いや、俺達への挑発じゃないか。カレードへの、だね」


 カレードは全てを奪われた絶望の中で剣を振るい、抵抗した。怒りによるものか、あるいは元々の素質が上だったのかはわからないが、ディードは顔に大きな傷を受けて逃走した。


 完璧な人生に文字通りの傷を受けたディードは激しく動揺し、「紳士的な軍人」という外面を保てなくなった。それまで誰にも気付かれなかった、薬物の元締めとしての素顔がカルナシオンによって暴かれたのも、それが原因である。


 もし誰かがディードの本性を見抜いていれば、カレードはスイ・ルイリオンでいられただろうし、カルナシオンは妻も魔法使いとしてのキャリアも失わずに済んだ。


「バドラスの行方がわかるようなものはありませんか? あの男のことだ、指示を残しているはずです」

「今探しているが、暗号になっていたら厄介だな。解読に時間を取られる」

「いえ、非常にわかりやすいものになっている筈です。文字など用いない、子供でも分かる様なものに。あの男が執着している「標的」は文字が読めませんから」


 暫くしてから、若い魔法使いがベッドの下からあるものを見つけ出した。四つ折りにされた地図に、ヴァンとミソギは我先にと走り寄る。

 それが今、二人の犯罪者を追うための唯一の手掛かりだった。

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