9-4.オルディーレの死神
法務部に戻ったリコリーは、室内にサリルしかいないのを見て安心したような表情になった。
「ただいま」
「君はどこまで行っていたんですか。第三警告が出たのを聞いたでしょう」
「アリトラに珈琲貰ったんだ。サリルの分もあるよ」
珈琲を差し出すと、サリルは一瞬嬉しそうな表情になったが、慌てて咳ばらいをして誤魔化した。
「君達双子は、仲良くしすぎです。仕事中は節度を持ってください」
「別に遊びに行ってたわけじゃないよ。シスターの件を耳に入れておこうと思ったんだ。マスターのこともあるし」
「なるほど」
そう言うと、ある程度の事情を知っているサリルは納得したようだった。タンブラーの中に砂糖を入れながら、サリルはリコリーが不在中のことを話し始める。
「第三警告は軍から発表されました。内容は「第一級犯罪者の脱走」です」
「それは穏やかじゃないね。テロリストレベルの犯罪者が逃げたってことでしょ」
「えぇ。脱走したのは「バドラス・アルクージュ」です」
リコリーはその名前に目を開いた。
「黒騎士事件の?」
「そうです。手引きをしたのは、あの最悪にして災厄と呼ばれた「オルディーレの死神」だと言われています」
「それ、誰だっけ」
聞き覚えはあるものの、リコリーにとっては黒騎士事件の方が身近であったため、記憶が曖昧だった。サリルは呆れたような様子を見せながらも、丁寧に説明をする。
「同じころにあったでしょう。「ワナ高原遊牧民襲撃事件」。北区の遊牧民が皆殺しにされた」
「あぁ、結婚式の宴をしていた夜に襲撃されたんだっけ」
「えぇ。全員四肢を切り取られて心臓を刺された状態で見つかりました。花嫁のマーナ・ルイリオンのみは、殺された後に美しく飾られた状態だったそうです」
「ルイリオン?」
「えぇ。遊牧民特有の苗字ですね。どうかしましたか?」
「僕、それ何処かで見たな。しかもつい最近」
悩むリコリーに対して、サリルは大して重要なことでもないと判断して話を継続する。
「その襲撃者がオルディーレの死神。シスターの元締とも言われています。本名はディード・パーシアス。元十三剣士隊です」
「軍人だったの?」
「えぇ。魔法も使える上に剣術も得意なことから、以前は出身地の名前を取って「オルディーレの神童」とか呼ばれていたようです。年は四十歳ですから、クレキ中尉の二つ上ですね」
サリルは頭の中の記憶を掘り出すかのように、こめかみを指で突きながら情報を繋げていく。
「事件の直前に素行不良で除隊処分になっています。正直、そこに関しては軍の思惑が見えますけどね。事件後に慌てて「この人物は前日に除隊処分されました」とか、そういうところでしょう」
「でも十三剣士隊って……、あっ」
不意に大きな声を出したリコリーに、サリルが驚いて口に含んだ珈琲を吐き出しそうになる。
「な、なんですか急に」
「ラミオン軍曹の名前だ、ルイリオンって」
「君、頭でも打ちましたか? 軍曹の苗字はラミオンでしょう」
「違うんだよ。僕、数か月前にラミオン軍曹に名前を書いてもらったことがあって」
リコリーは普段愛用しているノートを取り出すと、一番後ろのページを開いた。
そこには、ある事件の折りにカレードが書いた自分の名前が記されている。
「軍曹は文字が読めないから、文字の形だけ覚えてるらしい。でもこれ、「ラミオン」じゃないよね?」
「カレード……ルイリオン。確かに、そう読めますね」
「多分、ルイリオンを聞き間違えて、ラミオンって名乗ってるんだ。でも軍曹は貧民街の出身で、遊牧民じゃない。ねぇサリル。殺された花嫁の相手はどうなったの?」
「た、確か……花婿は見つからなかったと思います。ただ残された儀式の痕跡から、遊牧民同士の結婚ではなかったと」
二人は顔を見合わせた。
「じゃあもしかしてラミオン軍曹って……」
「この事件の生き残りということでしょうか。しかし、何故彼だけが……」
その直後にカレードは十三剣士隊に配属されている。果たしてそれが偶然なのか否か、二人は薄ら寒いものを感じて黙り込んだ。