9-3.好敵手
アリトラは戻ってきたカルナシオンがいつも通りなことに安心して声をかける。そろそろディナーの時間になるため、表に出す看板の準備をしていたところだった。
「おかえり、マスター。ロンはどうしたの?」
「具合が悪かったみたいだ。最近冷え込んで来たからな」
「大丈夫? 何か作って持って行く?」
「親父が看てるから平気だよ。大体、いい年して看病されるあいつの身にもなってみろ」
「ロンってリコリーと一緒で風邪ひくと長引くから心配」
「リコリーはシノに似たんだろ。あいつも風邪ひくと治りにくかったからな」
思い出し笑いをしながら言うカルナシオンに対し、アリトラは首を傾げる。
「マスターって母ちゃんと幼馴染なんだよね」
「何を今更。十歳ぐらいからの仲だよ」
「母ちゃんとマスターが戦ったら、どっちが強い? 好敵手なんでしょ?」
「俺だな」
間髪入れずにカルナシオンは即答した。
「俺はシノにだけは絶対負けないって決めてるんだ」
「何で?」
「シノが俺に絶対負けないって決めてるから」
アリトラにはその意味が全くわからなかった。少なくとも生まれてから十八年、二人が何か争っているのは見たことがない。カンティネス家とは家族ぐるみの付き合いをしており、何度も一緒に食事をしたり旅行にも行ったことがあるが、二人は喧嘩するわけでもなければ何か対立する様子もなかった。
好敵手だと言われても、どの部分で競っているのか判然としない。
「よくわかんない」
「俺も正確には表現出来ないな。お前にも最高の好敵手が出来ればわかるさ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ。ほら、さっさと仕込み再開するぞ」
追い立てるように言われて、アリトラは慌ててカウンターの中に戻った。ディナーの時間まで、あと少ししかない。此処から先は集中力とスピードの勝負となることは明白だった。