9-2.せめてもの情
「第三警報が出たようだな」
「あんたって一匹狼タイプなのに耳ざといよね」
「商店街というところは、どんな情報屋よりも時に優秀だ」
ホースルは家族の前では決して吸わない煙草を口に咥え、その先端に火を灯した。煙の向こう側には、軍の基地が見える。
「大剣はどうしている」
「普段通り。いや、普段通りの振り」
基地の目の前にあるカフェバーは、夕暮れまではカフェを営んでいるが、軽い酒も出す。ミソギは仕事中なのでハーブティーを飲みながら、そういう点では自由なホースルを、少し羨ましく思っていた。
「でもあいつはまだ理性は働くかもね。自分の嫁さん殺した連中と、黒騎士の犯人は別だし」
「殺したのは大剣だろう」
ホースルが冷静な口調で言うと、ミソギは眉間に皺を寄せた。
「それは事実であるけど真実じゃない。確かにあいつは自分の妻を殺したよ。でもそれはあいつが望んだことじゃない。そのぐらい知っているだろう」
「それでも殺したのは大剣だ」
「あんたと人道的解釈を要する議論をするほど、俺は馬鹿じゃない。あんたがどう思おうと、大剣にとって殺したいほど憎む奴が存在することは覆せない」
「なるほど、それはその通りだ。事実は覆せない」
グラスに入った琥珀色の液体を、ホースルは喉に流し込む。
「それで、お前はどうするつもりだ」
「俺は大剣を見張る。馬鹿をしないようにね。あいつが何をしようと自由だけど、人手不足のご時世に軍から去られても迷惑だ」
「情勢も良いとは言えないからな。ではカルナシオンは私が見張っておこう」
「いざとなったら止めるのかい?」
ミソギの問いには複雑な表情が返された。その内包する感情を自分でも理解しかねている。そんな曖昧なものだった。
「止めるべきか止めないべきかは、私には判断がつかない。だが、彼が道を踏み外さないようにすべきだとも思う」
「あんたにしては曖昧な答えじゃないか。この前は、「殺せば止まる」なんて言ったくせに」
煙草の煙が揺れる。それは風ではなく、ホースルの吐息のせいだった。
「……あの薬物がフィンに流れ込んできた頃、私は個人的な興味でシスターの流通ルートを掴んでいた」
「それは初耳だよ」
「北区で起こったワナ高原遊牧民虐殺事件から、数日も経たないうちに中央区まで流通ルートが伸びたのも、わかっていた」
「それを黙っていたのかい?」
「その頃に双子が揃って流行り風邪を貰ってきて、正直それどころではなかった。そうしている間に、黒騎士事件が起こってしまった」
テーブルに置いたグラスの中で氷が割れる音がした。静かな店内に、その音は思いの他大きく響く。
「もし私がそのことを、匿名であれ刑務部に言っていれば、黒騎士事件は避けられたかもしれない」
「それを悔いているのかい?」
「悔いている、とは違うな。私はそれほど善良ではない。それよりも自己中心的な感情により、私は彼が暴走するのであれば、止めるべきだと思っている」
「わからないな」
「私はもう少し上手く出来た、という自尊心だ」
ミソギはその言葉の意味を解釈すると、浅く溜息をついた。
「あんたらしいよ」
「実際、私は上手く出来たはずだ。瑠璃の刃を潰した時のように、情報を集めて、それと気付かれず裏で工作して。それが子供を持ったために疎かになった」
「でもそれで双子ちゃんの看病をしなかったら、俺はあんたを軽蔑してただろうね」
なんにせよ、とミソギは若干沈んだ声で呟いた。
「愛しい人を失う辛さがわからない俺達は、せめて情でもって止めるしかないんだよ」