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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
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8-14.物言わぬ魔法陣

 ミソギがヴァンを制して言った。慣れた仕草で軍服から糸を取り出し、カレードの二の腕にそれを縛り付けて圧迫する。目の前で同僚が大怪我をしていると言うのに、至って冷静だった。

 怪我は軍服の袖に隠れてわかりにくいが、肘から先に大きな裂傷が出来ているようだった。カレードは平然とした表情だが、並みの人間であれば即座に気絶してもおかしくない。


「紙を開いた途端に、魔法陣の発光が強くなるのが見えた。俺は魔法もお勉強もさっぱりだが、軍で魔法陣は使うから、発光が強くなったら起動することぐらいはわかる」

「スピードなら俺の方が早いんだけどね。咄嗟の判断力と体の頑丈さはカレードの方が上だから、任せたってわけ」


 カレードは魔法陣の効果を知っていたわけではない。だがその抜きんでた天性の勘と瞬発力により、リコリーをその魔法陣から遠ざけるべきだと判断した。

 もしカレードが動かなければ、運動神経が悪いリコリーに対処出来なかったのは明らかだった。


「多分、開いたら作動するようになっていたんだろうな」


 ヴァンは魔法陣の紙を見て溜息をつく。


「不用意に渡した俺にも責任はある。すまなかったな、セルバドス。ラミオン軍曹も」

「いえ、僕は問題ないです」

「俺もねぇよ。兄貴の方、ちょっと傷口塞いでくれるか?」

「あ、はい」


 リコリーが治癒するために近づくと、カレードは自分の左腕を差し出した。


「この傷、見てみろ。手首にまず一撃、そこから肘までを一直線に切り裂いてる。そこでぶっ倒れてるヒガイシャと同じ傷だ」

「ということは、あの魔法陣で殺されたってことですか?」

「そういうことになるんじゃねぇか? まぁ俺は馬鹿だから細かいことはわかんねぇけど、この魔法陣は放っておくと厄介だ」

「そうですね。恐らく狩猟用のものを改造したんだと思いますが……。あ、すみません。治癒します」


 リコリーは慌てて精霊瓶に手を伸ばし、冷たい硝子の感触を握りしめる。魔力の解放を確認してから治癒魔法を詠唱。青く染まった氷の欠片が傷口に宿り、血を凍結させた。


「魔法陣の詳細な解析が終わり次第、傷口を塞ぎます。下手に塞ぐともう一度開かないといけなくなるかもしれませんし」

「まぁ、神経は切れてないから平気でしょ」


 軽い調子でミソギが言うと、カレードが睨み付ける。


「てめぇが決めるんじゃねぇよ。俺の腕だぞ」

「だって、この前も進軍演習で熊に襲われたけど、無事だったじゃないか。お前は何しても死なないと思うよ」

「俺だって心臓刺したり、首斬り落としたりしたら死ぬっての。試してみるか?」

「今度、お前に苛ついた時まで取っておくよ。それより、リコリー君」


 ミソギは笑顔のままでリコリーを呼んだが、一転して真面目な表情に変わる。何かを警戒しているような、あるいはそれが周囲に聞こえるのを避けているような態度に、リコリーも自然と小声になった。


「魔法陣は光った後に、鋭利な空気の刃のような物を出した。でも、軍でよく使われるような追尾型じゃない。何か障害物に当たったら切り裂くようになってるんだろう」

「殺傷能力としてはどうでしょうか?」

「カレードは手首に刺さった瞬間に、後ろに手を逸らしたから衝撃波軽減出来た。まともに食らったら手首が千切れてもおかしくない」


 その光景を想像して蒼ざめたリコリーに、ミソギは右手で頭を軽く叩いた。


「現場に別の血を混ぜ続けるのも問題だし、俺とカレードは外に出てるよ。リコリー君も今度は気を付けてね」


 軍人達が部屋を出て行くと、リコリーは魔法陣の置かれたテーブルを振り返った。手を離してしまったことで、再び紙は丸くなっている。その横から覗き込んでも発光は確認出来ず、既に魔法陣の起動は終わってしまったようだった。


「二人は?」


 同じように魔法陣の紙を見ていたヴァンが声を掛ける。


「外に出て行かれました」

「そうか。怪我をそのまま放置するわけにもいかないし、さっさと魔法陣の解析をするぞ」

「でも、それ開くと作動しますよ」


 懸念を口にするリコリーに対して、ヴァンは口角を緩めた。


「刑務部を甘く見るなよ、法務部。これは正規品の発光物質を用いて描かれた魔法陣。解析する術はいくらでもある」


 ヴァンは自分の精霊瓶を握り込むと、魔法を詠唱した。紙が仄かに発光し、小さく振動を繰り返す。やがて中空に魔法陣の模様が照射されて、内部情報を事細かに表示した。


「参照魔法ですね。それもかなり高度な」

「最近、刑務部で実装されたんだ。市販の発光物質なら魔法陣を読み取って表示することが出来る。消えかけた物や、こういう起動すると危ないものを解析するのには便利だぜ」

「これは法務部でも使えそうですね。正規版はいつ頃?」

「来月だ。って、お前この状況でよくこれに興味津々になれるな」


 呆れたようなヴァンの指摘にリコリーは心外だと言わんばかりに首を振る。


「一市民として来てたら、騒いだり目を背けたりも出来ますが、仕事なので。せめて意識を逸らそうとしてもいいじゃないですか」

「あぁ、そういうことか。じゃあしっかり確認しろ」


 リコリーは言われた通りに、宙に浮かぶ魔法陣に目を走らせる。構造は複雑だが、所詮は基礎の組み合わせである。その基礎がどのように使われているかわかれば、解析は容易に出来る。


「やはり、紙を開いた時に作動するようになっていますね」

「元々、そういう動作らしいな」


 市販されている魔法陣であるため、情報は事細かに書かれている。この魔法陣は大型の獣を仕留めるためのものであり、紙を開くと起動する仕組みは罠と連動させることを前提としているようだった。


「何度も使える魔法陣ではなさそうですが、少なくともあと数回は起動します」

「殺傷能力の高いタイプか。手に入れられる一般人は限られているが、商人であれば仕入れは容易だ。魔法陣に対して垂直に空気を圧縮した刃を放ち、対象物の衝突を確認後に左に切り裂く」


 ヴァンは目を細めて魔法陣を確認しながら首を傾げた。


「おい、これ改造してないか?」

「法の許容範囲内です。これに関しては咎めることは出来ません」

「ということは、法律をかじっている、あるいはその程度は調べるぐらい頭の回る相手だな」

「ですが、問題があります。照明管の中に入っていたということは、被害者がこれを手にした可能性は低い。それに狭い管の中では紙も開けませんから、そもそも作動しませんし、作動したとしても照明管が割れるはずです」

「犯人が使用後に隠したってことは?」

「持ち去って燃やす方が早いと思います」


 リコリーは床の上の死体を見下ろす。最初は直視に堪えなかったが、嫌な意味で慣れて来た。小心者のリコリーは血が苦手であるが、それ以上に職務には真面目である。

 魔法陣から算出される刃の大きさと威力から、凶器は同じ魔法陣と考えて殆ど間違いない。しかし、照明管の中の魔法陣が起動したとは考えられない。


「何か見落としているような……。なんだろう?」


 疑問を投げかけたが、顔のない死体は何も語ってはくれなかった。


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