8-13.『ヒスカ』
全員の話を聞き終えた二人が現場に戻ると、カレードが中に立っていた。その隣にミソギがいるのを見て、ヴァンが少し戸惑った顔をする。それを見て、ミソギは軽く頭を下げた。フィン国では一般的な挨拶の作法ではないが、異邦人であるミソギにはよく似合っている。
「刑務部の方ですね。俺はミソギ・クレキと申します」
「クレキ中尉ですか。お噂はかねがね。俺はヴァン・エストです」
「ご丁寧にどうも。向こうの事情聴取も終わったので、一度ご報告に参りました」
ミソギはリコリーを一瞥したものの、すぐに視線を元に戻した。
「被疑者は『ヒスカ』という魔法具を扱う店を経営しています。被害者とは何度か話したことがあるだけで、特に接点らしいものはないとのことです」
「揉めていたというのは?」
「仕事の斡旋を頼まれて、それを遠回しに断っていたところ、思いの外長引いたと。大人しそうに見えるし、徒党を組むタイプでもないので狙われたんでしょう」
「知ったような口ぶりだな。そういえば軍と関わりのある商人ということだったが」
庇っているのではないかと疑うヴァンに、ミソギは笑いながら首を振る。
「もう二十年来の付き合いですが、彼を庇う義理はないですね。何度も面倒をかけられましたし」
「ならいいが。……そういや、その商人の名前は?」
リコリーは恐れていた質問に身を強張らせる。セルバドスという名前は、特別珍しいものでもないが、ありふれてもいない。同じ苗字だとわかれば、確実に血縁関係は疑われる。
だが、そんなリコリーの懸念に対して、ミソギの回答はあっさりとしたものだった。
「確か、ホースル・ビステッドだったかな。古い付き合いなので、名前を聞くのを忘れました」
「まぁ、知っている奴に名前を聞きなおしたりしないよな。素性がわかっているなら、尚更。あぁ、それと」
「照明管の資格、でしょう? 悪いとは思ったのですが、隣での話が聞こえてしまいまして。理由はわかりませんけど、彼に尋ねてみました。資格は持っているそうです」
「え?」
思わず声を出してしまったリコリーに、ヴァンが振り返る。
「どうした?」
「あ、いえ。魔法具の販売で、必要なのかなーって」
「商品を外国から取り寄せるのに、免許があるとやりやすいみたいです。但し、実際に照明管を組み立てたりしたのは、資格試験の時が最後だとか」
ミソギは補足説明をしながら、リコリーの方を見た。
「他に気になることはあるかな?」
「いえ……、ないです」
そこに二人の若手が戻ってきた。片方が布に包んだ照明管をヴァンに差し出す。ヴァンは丁寧な動作でそれを受け取ったが、中を見て眉を持ち上げた。
「おい、分解しろとまでは言っていないぞ」
「それが、どうも結合部が緩かったみたいでして」
布の中には、接続用の金具が分離してしまった照明管と、その中にあったらしい二枚の紙が包まれていた。ヴァンは微かに光の漏れている紙のほうを摘み上げると、リコリーへと差し出した。
「なんで僕なんですか」
「理由はない。そこに立っていたからだ。それにこれを取れと言ったのは、セルバドスだろ?」
「そうですけど……」
丸められた紙は、自然とそうなったものではなく、棒状の物に巻き付けて癖をつけた物のようだった。少し広げただけでは、すぐに元に戻ってしまうほど強く巻かれている。
「ちょっとだけ折れてますね」
巻くときについたのか、外側となった紙の端が一箇所、三角形に折れていた。注意しないとわからないほど小さな折り目であるが、紙自体が非常に薄いために目立っている。
リコリーはその折り目を摘まんで紙を広げ、中に魔法陣が書かれているのを確認する。発光物質を含んだペンで描かれており、照明用の特殊魔法陣でないことは一目瞭然だった。
「随分複雑な魔法陣ですね。えーっと」
中身を解析しようとしたリコリーの思考を、一つの怒号が遮った。右の側頭部に強い衝撃を受けて転倒する。誰かに張り飛ばされたと理解したリコリーは、その誰かを確認しようと視線を上げた。
その目に映ったのは、左腕を押さえているカレードと、その指の間から流れ落ちる赤い血だった。
「ラミオン軍曹!?」
「悪い、時間なくて突き飛ばした。怪我ねぇか?」
「僕は大丈夫です。それよりも、腕……!」
「問題ない」
カレードはそう言いながら、苦々しい表情でテーブルの上を睨み付ける。リコリーの手から離れた魔法陣が小さな光を放っていた。
「何をしているんだ、セルバドス! 得体の知れない魔法陣を無暗に作動させるな!」
ヴァンが焦った様子で声を掛けるが、リコリーは慌てて首を横に振った。
「僕、起動してないです」
「だったらどうして」
「リコリー君じゃないよ」