8-9.刑務部の実力派
「法務部が先に到着しているなんて聞いてないぞ」
現れた三人の刑務部のうち一人が、リコリーを見てそう言った。だがその表情は行動を咎めているわけではなく、面白がっているようだった。
「エストさん」
リコリーはその男を見て名前を呼ぶ。ヴァン・エストは刑務部の中堅魔法使いであり、実力派と言われる一人だった。
少し前にリコリーが西区の古書店で「魔導書喰い」を名乗る女に監禁される事件が起きた際、病院まで送ってくれた縁で名前は知っている。三十代前半で、右の口角だけ上げて笑うのが印象的だった。
「よくよく事件に巻き込まれやすい奴だな。セルバドス管理官が心配するぞ」
「母のことは関係ありません」
「じゃあカンティネス先輩でもいいさ。ただでさえ制御機関ってのは逆恨みが多いんだから気を付けろ」
「ご忠告痛み入ります。それよりも、来て早々に申し訳ないのですが、確認して頂きたいことが」
リコリーはカレードの証言も交えて、照明管の中に何かが入っている可能性を伝える。横にいるカレードは、わかっているのか、わかっていないのか、ただ頷いていた。
ヴァンは、噂に名高い「金髪碧眼の美剣士」がリコリーと随分親しげなことが気になっている様子だったが、敢えて気にしない素振りで質問を返す。
「それが事件に関係していると?」
「僕の考える通り、照明管に細工がしてあるとすれば、犯人を絞り込めるのではないでしょうか。法務部としての知識から述べさせて貰えば、照明管を細工出来るような人間は、特殊免許を所有していないと難しいはずです」
「関係ないとしたら?」
「事件に関係ないとしても、そのような細工は免許を持っていても違法です」
ヴァンは「ふぅん」と言いつつ、顎を摩る仕草をした。
「いいだろう。おい、お前ら」
男は自分が連れて来た、刑務部の新人に声をかける。
「あの照明管を外せ。但し、部屋の中の物には一切触れるな」
「それは……どうしたらいいでしょう」
恐る恐るといった調子で尋ねる若手に、呆れたような表情を浮かべてヴァンは指摘した。
「隣の商談室から手を伸ばせばいいだろう。パーティションで区切られているだけで、上は開いてるんだから」
「あ、そうか。すぐに取ってきます」
若い魔法使い二人が出て行くと、男はゆっくりと室内を見回した。
「にしても派手に殺したもんだ。被害者の位置と血の飛び散り方から考えて、犯人は血を浴びないように後ろから刺したか、あるいは魔法でも使ったかだな」
「僕もそう思います」
男の話し方は、少しカルナシオンに似ていた。「先輩」と呼んでいたことから、刑務部時代のカルナシオンと一緒に仕事をしたことがあったのだろう、とリコリーは推測する。
一緒にいる時間が長いと口調が似てくるのは、老若男女問わずの理だった。
「此処に来るときに、外で待っていたお前の上司に話を聞いた。被害者と口論していた男がいるらしいな?」
「あ、はい」
父親の話が出るかと思い、身構えたリコリーだったが、ヴァンの興味はそこにはなかった。
「そいつの証言じゃ、他にも被害者と確執のある人間は多かったようだ。お前の上司が軍と協力して容疑者を挙げているらしい」
「え、そうなんですか?」
上司からそんな話は聞いていない、とリコリーは驚いたものの、最初に来て魔法陣を張ったあとはアリトラと一緒にいたし、その後もカレードに連れ戻されただけなので、その間の上司の動向は知らなかった。
「ま、新人には商人の相手は辛いだろうから、代わりにやってくれたんじゃないか?」
「そういうもんですか?」
「何しろ奴ら、口だけはよく回るからな。ちょっと気の弱い奴じゃすぐに丸め込まれる」
ヴァンは口角を吊り上げて笑うが、天井の明かりが揺れるのを見ると舌打ちをした。出て行った若手二人が隣の部屋から手を伸ばし、天井の照明管を取ろうとしているせいだった。
「ったく、あいつら慣れてねぇな。仕方ない。事情聴取の方を先にやっておくか」
「僕も行っていいですか?」
「法務部だろ」
「でもこの部屋で一人でいるのは無理です」
「……そりゃそうだ」
納得したヴァンはリコリーを連れて現場から出る。
刑務部が到着した時点で、部屋が狭いからと外に出ていたカレードが野次馬たちを背に振り返った。
「ん? もう終わりか?」
「いや、今から事情聴取だ。悪いけど、もう少し此処にいてくれるか?」
「どうせ俺はこれぐらいしかやることねぇから、構わねぇよ」
カレードは手首から先を揺らして言い、それからその手を指さす形に変えてリコリー達の左後ろを指さした。
「ヨーギシャってのを、そっちの部屋に入れてたぜ。三人いたかな」
「三人か。この規模にしては少ないな」
「一番奥は、最初に連れて来た商人がいるけど、それは軍の方で話を聞いてる」
「最初に引っ張ってきた商人か。じゃあセルバドス、三人の方に話を聞きに行くか」
「はい」
リコリーがカレードを見ると、小さく笑っていた。言葉に訳するのであれば「父親のことは内緒にしてやる」あたりだろう、と解釈する。ヴァンに気付かれない程度に目礼して、リコリーは踵を返した。
五つ並んだ商談室のうち、奥から二つ目に向かったヴァンが扉をノックする。すると、リコリーの上司が中から扉を開けて顔を出した。
「現場検証は終わったのですか?」
「いや、先にこっちを済ませようと思って。後は俺が引き継ぐよ」
「そうですね。こういうのは法務部は不向きなもので」
「ま、そりゃ専門分野が違うしな。それと、あんたの部下を借りていいか? 俺の部下たちは別のことにかかりきりで、記録係がいないんでね」
「それは勿論。新人教育の一環にもなりますから」
上司たちのスムーズな会話により、リコリーの同席が正式に認められる。新人の貸し借りは、同じ部内であれば当然のように行われるものだが、部を跨ぐことは滅多にない。それが通るのは、上司がヴァンに何らかの貸しを作りたいか、借りがあるかのどちらかだと思われた。
とはいえ、リコリーには関係のないことであり、事情聴取に同席出来ることのほうが重要だった。
「じゃあセルバドス。しっかりとやるんだぞ」
「はい」