8-7.照明証明
「あれ、痛かったか?」
「痛くはないですけど、ラミオン軍曹は力が強いので」
「手加減してるんだけどな。にしても、なんで照明の明るさが変化したんだ? 照明は弄ってないはずだけど」
カレードが照明を指さしながら呻くように言う。三階で使われているのは、この国で広く使われている硝子管を使用したものだった。
「照明管」と呼ばれる円柱型の硝子に魔法陣が書かれた紙を入れ、建物の中に引かれている動力回線に接続することで光を得る。動力は自然魔力と呼ばれる、人間が扱うことが出来ない魔力のことを示すが、フィンではそれを主に生活用動力として活用していた。
「あの形状の照明は、明度の微調整は出来ません。かといって自然魔力は人間に制御出来るものではありませんから、誰かが故意に……わざと光を弱めることは出来ません」
「ふぅん。それじゃどうして?」
「えーっと、自然魔力を変換した動力というのは……」
リコリーはそこで言葉を区切る。専門用語を並べて、教科書的に述べるのは簡単だったが、それでカレードに通じるとは思えない。数秒考え込んでから、言い回しを変えて続ける。
「自然魔力というのは、人間が使う魔力とは全くの別物です。同じ武器でも銃と剣では全く違うでしょう?」
「でも魔力なんだろ?」
「はい。人間以外が使う魔力です。代表的なところでは幻獣などが当てはまります」
カレードはそれを聞いて首を傾げた。
「人間には使えねぇのか?」
「はい。人間が使えるのは自分の体の中で生じた魔力だけです」
「じゃああいつ人間じゃねぇのか」
「あいつ?」
今度はリコリーが首を傾げる。カレードは何か言いかけたが、慌てて口を噤んだ。その脳裏に浮かんでいるのは、今も別の部屋にいるであろうホースルだったが、それを口にするわけにはいかなかった。
「いや、ちょっと軍の方のことを思い出しただけだ。続けてくれ」
「はい。例えば此処で僕が何かの魔法を使ったとしても、照明の明るさが変動するようなことはありません。銃の射程圏外で剣を振るっても、弾の軌道を変えることは出来ないでしょう?」
「じゃあ魔法によって照明が暗くなっていたわけじゃねぇってことか?」
「そういうことです」
「もし自然魔力を使える人間がいた場合は?」
カレードの問いにリコリーは肩を竦めた。
「そんな人は見たことないですし、人間の人体構造からして有り得ませんが……。もしいたとしても、照明に使われている自然魔力は魔法陣によって動力変換されてますので、やはり干渉は起きないですね」
「あ?」
「自然魔力そのものを使っているわけじゃないってことです。だから魔力干渉などで照明が暗くなったという線は考えなくていい」
「じゃあ暗くなった原因はなんだ?」
リコリーは青い瞳をカレードに向ける。
「あの、その前に聞いていいですか?」
「おう」
「どうしてラミオン軍曹は、この部屋を見たんですか? 何か用事があったんですか?」
現場保存のために保管魔法をかけた部屋を、わざわざ覗きにくる必要があるとは思えない。これがミソギであれば、自ら調査のために現場を検めることもあるだろうが、カレードには当てはまらない行動だった。
リコリーの疑問に対して、カレードは金髪を指で掻き混ぜるような仕草をする。
「音がして」
「音?」
「何か紙が擦れるような小さい音」
「この部屋からですか?」
大きく頷いたために金髪が揺れる。
「自慢じゃねぇけど、俺は目と耳はいいんだ。お前らぐらいの年齢の頃は北区で国境警備とかして、五感を鍛えたからな」
「それについては疑っていません」
リコリーはカレードとは五年越しの付き合いであり、その人間離れした身体能力のことも何度か目の当たりにしたことがある。今更、視力と聴力が優れていると聞かされても、それはそうだろう、という感想しか生まれない。
「長く聞こえたんでしょうか。それとも一度だけ?」
「一度だけだ。確認しようと思って中を見たら、違和感があったんで探しに行った」
「でも物が移動したわけじゃない。となるとその音は……」
部屋に紙の類はない。だが照明管の中には魔法陣を描いた紙が入っている。そしてカレードが感じ取った変化は照明の明るさの違いであったことを考慮すると、音は照明管から生じたと考えられる。
「でも流石に、僕が照明管を調べるわけにはいかないしなぁ」
「何でだ?」
「刑務部に連絡してしまっているからです。殺人事件ともなると、あまり法務部が出しゃばるわけにも行きません」
あぁ、とカレードが何か納得したような声を出す。
「俺もよく隊長に「いいか、町中であの傭兵を見つけても犬っころみたいに飛び掛かって殺し合いを始めるんじゃない」って怒られるけど、それと一緒だな」
「多分それは全然違います……」
遠慮がちにリコリーが指摘した時に、部屋の外から複数の足音が聞こえて来た。外にいたリコリーの上司が、「こちらです」と誰かに呼びかけている。
「刑務部が来たみたいだな。双子ちゃんはまだ帰らないんだろ?」
「えぇ、現場保管の魔法をかけたのは僕なので。……双子ちゃん?」
何故アリトラまで含めるのかと疑問に思うリコリーに、カレードは至極当然のように答えた。
「え? だって一人じゃ淋しいだろ?」
「……僕達、そこまで子供じゃないですけど」
リコリーは呆れ顔で言ったが、刑務部が部屋に入ってきたことで遮られてしまった。