8-3.優しい父親
「仕事で来たの?」
「そうです。制御機関だって名乗ったら、此処まで連れてこられてビックリしました。刑務部と間違えられたんですね」
「……実は今、君のお父さんに話を聞いているんだけど」
ホースルの息子であるリコリーは目を丸くした。
「父が?」
「いや、被害者と言い争いをしていたって聞いたから、ちょっとね。勿論お父さんは否定しているし、俺達も形式的に話を聞いているだけだよ」
「そうですか」
リコリーは安心したように溜息をついた。
「よかった。父はちょっと気が弱いから」
「気が弱い」
「血とか苦手そうだし」
「苦手」
「殺人なんて出来るわけないですよね」
「それはどうだろう」
「え?」
「いや、なんでもない」
ミソギにとってはホースルはとんでもなく身勝手かつ自由な男であるが、リコリーにとっては心優しい父親以上の何者でもなかった。人を殺すことなど何とも思わない男だと言ったところで信じてくれるとも思えない。
「あ、そうだ。君は血は得意?」
「得意じゃないですけど、最近色々あったので慣れました」
「そりゃよかった。ぶっ倒れたりされたら大問題だからね」
そう言いながら現場のドアを開いたミソギだったが、リコリーは瞬時に青ざめて後ずさった。
そこには、未だに顔の潰れた死体が転がったままだった。カーペットは血まみれで、元の色もよくわからない。リコリーは努力して注視してみたものの、色どころか毛足すらも判然としなかった。
「死体に何かかけたりしないんですか?」
「あれ。そういえばカレードに頼むのを忘れてたな。大丈夫かい?」
「な、なんとか」
「謝るから、そんな顔をして睨まないでよ」
「睨んでません、生まれつきです」
吐き気を堪えるために眉間に皺を寄せたリコリーの顔は、何人か人を殺していますと言っても通用しそうな形相だった。
虫も殺せない優しい性格とはかけ離れた容姿のために、何かと苦労しているらしい、とは周りの弁である。
「……魔法陣を使って、現場に許可のない人間は入れないようにします」
「頼むよ。俺はまたちょっと、君のお父さんと話してくるから」
「あ、クレキ中尉」
リコリーが去ろうとしたミソギを慌てて引き留めた。
「あの、僕が父の息子だって他の人に言わないで貰えますか」
「どうして?」
「こういう場合に身内が絡むと、現場から追い出されてしまうんです。ちょっと心配だし……、可能な限りでいいです。今なら父にも会っていませんし、クレキ中尉からそのことを聞かなかったことにすれば、現場にいられます」
リコリーとホースルは顔が全く似ていない。
本来は瓜二つの容姿なのだが、ホースルは整形をしているため、一見して二人が親子だとはわからない。それを利用すれば、ミソギもある程度はシラを切れる。
「……わかったよ。でも隠し通すのは無理だからね」
「はい」
ホースルのいる部屋に戻ったミソギは大きな溜息をついた。
「なんだ、その溜息は」
「リコリー君が来たよ」
「大剣に聞いた」
「随分落ち着いてるね」
「別に私が犯人な訳ではないからな」
「心配してたよ。あんた、子供に愛されてるね」
「羨ましいか」
「別に」
独身であるミソギは素っ気なく返す。
双子の兄妹については、世間一般的な感覚で良い子だとは思うものの、カレードのように「仔犬みたいで可愛い」などとは思っていない。
「それより、さっきの続きだけど、被害者に因縁付けられたのはあんただけなのかい?」
「いや、他にもいたはずだ。私が知っている限りでは『夜の糸』ぐらいだが」
「それ、店の名前?」
「商人は屋号で呼び合うから、互いの本名は知らないことが多い」
「そういえば、さっきも野次馬たちがあんたのことを『ヒスカ』って呼んでたね」
ホースルは軽く頷いて、ゆったりと足を組んだ。
「多分、店の名前を言えば誰かしら呼んできてくれるはずだ。ついでだから、他にもあの男と話した者がいないか探してみろ」
「俺に命令するな」
何処までも偉そうな態度を崩さないホースルに、ミソギは苛立ちを込めた溜息を一つついた。