7-6.ニーベルト商店の証言
「飾りはまた付け替えるの?」
「と思ってるけど、今のはそのままでもいいかなって、皆と話してたんだ」
「何で?」
「今あるのを全部外して、また違うのつけて、って面倒くさいだろ? だったら、今つけてあるのはそのままにして、新しい飾りもつけちまえば、量も多く見えるし、祭りが終わったら二つ一緒に外せばいい。幸い、どの飾りも真ん中で千切れてるからな」
リコリーが「真ん中」と繰り返す。
「真ん中で切れてるの?」
「あぁ。見た限り、うちの店の周りはそうだったな。幻獣って普通の獣より運動神経が高いっていうし、相当なジャンプ力があったんだろうな」
ライツィはそこまで話してから、「そういえば」と思い出したように顔を上げる。
「幻獣ってそもそも何なんだ?」
「授業で習ったでしょ」
「いや、基礎的なことは知ってるけど、細かいことは覚えてない。神様の仲間で、危害を加えない限りは襲い掛かってこないから、石を投げたりするな……とは親父に口酸っぱく言われてたけど」
リコリーは一通りの魔法陣を書き終えると、調整のために細部の描画を確認しながら、幼馴染の疑問に答える。
「神様がいるかどうかは兎に角、幻獣が非常に古くから存在したことは間違いない。今から千年以上の昔、マズル魔法の創始者である大魔導士マズルは、イーティラという名前の獣を供としていた。大きな角を持った四つ足の獣で、これが幻獣だろうと言われているんだ」
「東ラスレのイーティラ平原と関係あるのか?」
それは、花畑が見事なことで有名な場所であり、フィンでもその平原を描いた絵画や絵葉書が出回っている。
ライツィも双子も行ったことはないが、名前だけはよく知っていた。
「マズルがイーティラと出会ったのがその辺りらしいよ。幻獣は人間と同等の知能を持っていて、僕達の言葉も理解出来るとされている。不老長寿であることは、彼らが残した血液や毛などから証明されているけど、不死ってわけじゃない」
「角が生えていたら幻獣なんだよな? あと何かあったっけ、特徴」
「幻獣は自然の力を操る能力があるんだ。個体によって操れる対象は異なってるようだけど、嵐を静めて難破船を助けたり、干ばつ地帯に雨を降らせたりした記録が残ってる」
幻獣は総じて無邪気であるとされ、人懐こくて温厚である。丁重な扱いをした人間に対しては、リコリーが話したように自らの力で恩を返すことが多々あり、その手の話は大陸中に残っている。
「まぁ未だに謎が多い生き物だよ。僕は手触りの良い幻獣だったら大歓迎だけど」
「昔、幻獣に飛びつかれてたりしたもんな。先祖が同じなんじゃないか?」
「まさかぁ」
「人の形をした幻獣だって、いるかもしれないじゃねぇか」
他愛もない話をしながら、三人は着々と灯篭を組み立てていく。
暫くすると、店の外から昼を知らせる鐘が鳴り響いた。
「昼飯にするか」
「マスターから貰ったサンドイッチ食べるの?」
アリトラが尋ねると、ライツィは浅く頷いた。
「ケーキ屋も自分のところの菓子類を持ってくるって言ってたから、外で皆で食べようかと思って。今日は子供達も準備に参加してるしな」
祭の準備の最中は、どうしても家事などが後手に回る。
食事は簡単なもので済ませることが多くなるが、それでは物足りないからと、各家で食事を持ち寄ることが慣例となっていた。
「悪いけど、手伝ってくれよ。子供達にジュース配ったりしたいからさ」
「勿論」
「サンドイッチを出すのは任せて。慣れてるから」
三人が作業をしていた部屋から店舗の方に出ると、店番をしていた少年が振り返った。
ライツィによく似た顔立ちだが、まだ幼さが強く残っている。
「イール、久しぶり」
リコリーが声をかけると、少年ははにかむように白い歯を見せた。ライツィの弟であるイーリィは、双子より一つ年下である。ライツィが長男で、イーリィが次男。その下に弟妹が合わせて四人もいるため、年の割りにしっかりしたところがある。
「灯篭作りはどう?」
「順調だよ」
「去年みたいに墜落しない?」
「意地悪だな、イールは」
イーリィは眉を下げるリコリーを見て愉快そうに笑ったが、兄であるライツィに言われて、店の中からジュースの瓶をまとめて持って来た。
「兄さん、日にちの経ったオレンジジュースも出しちゃおうか?」
「あぁ、頼む。お前、それ終わったら学院戻っていいぞ」
その言葉に、アリトラが首を傾げた。
「今日は学院は休みでしょ?」
「補習だよ、補習」
ライツィはイーリィの頭を軽く小突く振りをする。
「こいつ、試験でとんでもない点数取りやがって。だから普段はサボってもいいけど、試験勉強だけはやっとけって言ったのに」
「仕方ないじゃん。教本を見るとよく寝れるんだから。でもちゃんと反省したから、昨日も遅くまで勉強してたんだよ、俺」
「威張ることじゃねぇだろ。リコリーやロンギークを見習え」
兄からの説教に、イーリィは頬を膨らませる。
「見習おうとして見習えたら苦労しないよ。大体、ロンの親父さんが言ってたよ。「勉強しなくても制御機関の試験は受かる」って」
「受かるわけないじゃん……。何、真に受けてるの」
自分の試験の時の地獄を思い出したリコリーが、いつもより辛辣な調子で言うと、イーリィは決まり悪そうに視線を逸らした。しかしその視線の先に、アリトラが先回りをする。
「イール、昨日遅くまで起きてたの?」
「勉強してたんだ。一夜漬けだけどね」
「幻獣見た?」
唐突な問いに、イーリィは目を瞬かせたが、その意味することを理解すると苦い表情をした。
「迷惑だよ。折角の飾りを引きちぎっちゃうなんてさ」
「幻獣がやったかどうかは、まだわからない。それで、見たの? 見ていないの?」
「俺は見てないけど、少なくとも深夜の二時までは飾りは無事だったよ。眠気覚ましに何回か窓を開けて、外見てたから」
イーリィは店舗から外に出て、建物の上を指さした。ニーベルト商店は二階から上が居住区となっていて、そこに家族で住んでいる。
指さした窓は二階にあり、そこがイーリィの部屋となっていた。
「窓と街灯の高さはほぼ一緒だし、飾りが落ちてたりしたら気付くよ」
「何か見なかった?」
「別に何も。十二時過ぎると、この商店街って人通りが少なくなるから」
商店街の両端は、片方が制御機関、もう片方が駅前広場に繋がっている。そのため、朝と夕方は制御機関に属する魔法使いで賑わうが、夜は建物も閉まっているため、わざわざ駅から商店街を通る人間は少ない。
「物音もなくて静かだったし、飾りが千切られたとしたら、俺が寝た夜の三時過ぎなんじゃないかな」
その後、四人で店の前に椅子やテーブルを用意して、左右の店の協力の元に簡単な休憩所を設置した。
他の家からも食事が持ち寄られ、テーブルが瞬く間に埋め尽くされる。ホームパーティのような華やかさに、近所の子供達が目を輝かせながら集まってきた。
「兄さん、補習行ってくる。もう手伝うことないよな?」
「大丈夫だ。帰りは遅くなるか?」
「友達と遊ぶかも。腹減ったからサンドイッチ少し貰ってく」
イーリィはテーブルの上のサンドイッチを掴んで、そのまま出かけて行った。ライツィがその背中を見送りながら肩を竦める。
「手洗ったか、あいつ?」
「イールはそんな柔じゃないから平気。それより子供達が限界」
空腹を抱えた子供達が、テーブルの上の食事を前にして、今か今かと待ちわびていた。
「仕方ねぇなぁ。お前らは手洗ったか? ……よーし、食っていいぞ」
ライツィが許可を下すと、一斉にテーブルの上に手が伸ばされる。サラダや魚のフライなどもテーブルには用意されていたが、子供達はそれには目もくれずに、マフィンやサンドイッチを夢中になって食べていた。