7-5.昨夜のこと
「で、飾りのことでいいのか?」
「うん、よろしく」
「この商店街の街灯に下がっている飾りが、全て引きちぎられた。千切られた飾りは地面に落ちていて、街灯にぶら下がっていた残骸には、爪痕のようなものが残っていた」
「それは全ての飾りで確認できたの?」
リコリーが問うと、ライツィは首を振る。
「商店街の入り口……マズナルク駅広場に接している街灯のもので確認したけど、他はついてないみたいだ。まぁ全部確認したわけじゃないけどな。エルカラムのマスターも、顔を近づけてみないとわからない程度の傷って言ってたし」
「飾りは高いところにあるんだっけ?」
「んー……まぁ高い場所だな。ホースルさんとか、あの金髪の軍人さんだったら届くかもしれないけど、それでも下の方しか千切れないと思うぞ。それに飾りは小さな灯篭を糸で連結していたのに、糸ごと切れてたからな。人が手を伸ばして千切り取ったのとは違う」
ライツィは製図紙を押さえて、リコリーの作業を見守りながら言葉を繋げる。
「飾りは、この時期になると問屋で売られているもので、商店街では商工会費でまとめて購入している」
「去年のものとかは使わないの?」
「古いのを保管しておくほど、高いもんでもないしなぁ。あれを沢山吊るした商店街のほうが栄えてるように見えるし、そんなケチケチした真似はしてねぇよ」
「街灯にひっかけて飾ってるんだよね? あ、そっちの定規取って」
「はいよ。まぁ、基本は脚立だな。商店街の飾りつけ用にでかい脚立があるんだよ。それを使って取り付ける」
リコリーは定規で幾何学模様を描きながら話を聞いていたが、あまり話に集中すると魔法陣の方が疎かになってしまうため、少し手を休めては、また描くことを繰り返していた。
魔法陣を一人で描くのは、一介の魔法使いでは出来ない。制御機関の採用試験で課題として出されるほど、高度な技術と見做されている。
制御機関の人間であれば魔法陣を一人で作るだけの能力はあるが、新人は魔法陣を自分で作る機会がなく、そして作らなくとも業務に支障はないので、すぐに忘れてしまう者が多い。
リコリーは様々な事情により、魔法陣の研究には余念がなかったが、際立って優れているというわけでもなかった。
「昨日はアカデミーの天気予報で、雪になるのがわかってたから昼間のうちに飾りつけしたんだよ」
「昨日? じゃあ飾りつけしたばっかりだったんだ」
「あぁ。ったく、飾りは安いからいいとして、天気がよくないと飾りつけに時間がかかるからなぁ。あの脚立、デカイから出し入れ面倒くせぇんだよ」
溜息をつくライツィに、アリトラが疑問符を投げかけた。
「飾りつけは皆でやったの?」
「あぁ。雪の予報があったから、皆で早いところ済ませちまおうって声をかけてな」
「誰が何処を飾り付けるとかは?」
「大体、自分の店の前にある街灯は自分でやるけど、年寄りしかいない店とかもあるから、そのあたりは適当だ。飾りだって、まとめて置いてあるのを、好きなように持って行っただけだから、特に決まり事はねぇよ」
飾りに差異はなく、飾られたのも同じ日だとすると、どれか一つの街灯か飾りが特殊であったとは考えにくい。
アリトラは、そのどれかを探すために一つずつ引きちぎった、という仮説を持っていたのだが、その可能性が低いことがわかると、少々落胆した。
「あの飾りが壊れて、得をする人とかいないの?」
「そんなのいない、いない。もし、この商店街を恨んでる奴の犯行だったとしたら、もっと派手なやり方があるだろ。火を点けたりとか、落書きするとか」
「確かに」
「正直、一個だけだったら不思議でもなんでもないからな。元々、あの飾りって脆く作られてるし」
「え、そうなの?」
アリトラが驚くと、リコリーがそれに補足をした。
「祭当日に灯篭が沢山浮かぶだろ。前に灯篭と飾りが絡まって、魔法陣が暴走しちゃったことがあるんだ。だから、あの飾りを繋いでいる糸は、子供の力でも引きちぎれるようになってるんだよ」
「じゃあ窓から飾りが届く家の子供が、引きちぎっちゃって、それを誤魔化すために全部引きちぎった……とか」
ふと思いついた仮説を口にしたアリトラだったが、すぐにライツィの否定が重ねられる。
「窓の近くに街灯がない家の方が多い。それに窓があったとして、夜中に雪の降る中を外に出て、余所の家に入って飾りを引きちぎって回るとか、正気の沙汰じゃないぞ」
「だよね。……歩き回って?」
昨晩は雪が降っていた。
アリトラが幻獣を見つけた時に、裏庭には雪がうっすらと積もっていた。だが幻獣の体には少ししか雪がかかっていなかったし、庭に足跡も残っていなかった。
つまり、幻獣は雪が降る前にセルバドス家に来た可能性が高い。
「さっき白い犬を見たって言った子」
「フレアがどうした?」
「その時、雪が降ってたかどうか言ってた?」
「そこまで聞いてないけど、なんでだ?」
「雪が積もっていたなら、幻獣の身の潔白を晴らせるかなって」
「どうしてアリトラが、見ず知らずの幻獣の身の潔白を晴らすんだよ」
アリトラは自分の失言に気付いて、言葉を詰まらせる。どう誤魔化そうか考えていると、リコリーが助け舟を出した。
「ライチ! 一番ゲートから風魔法を送り込んで!」
「え?」
「早く!」
「わ、わかったよ。えーっと、風魔法だから……」
ライツィが頭を悩ませながら魔法を発動する。リコリーはその様子を見守りつつ、一瞬だけアリトラに向かって咎めるような表情を浮かべた。アリトラは仕草だけで謝罪しつつ、話を切り替える。