6-7.嫌がらせの謎を解け
「まず不可解だと思ったのは、貼紙の件でした」
「あぁ、今朝貼られていたというやつだね」
此処に、とリムは自分のすぐ傍の扉を指で叩く。
「これを見つけた生徒の証言によると、紙がバサバサと音を立てていたそうです。ということは紙が風によって翻っていたと推測出来ます」
「上辺しか止めていなかったんじゃないの?」
「そうだと思います。見せてもらった紙もグチャグチャでしたから。でも貼紙には四隅に小さな穴がありました。つまり元々は四隅が止められたと考えられます」
「誰かが何処かから張り替えたと?」
「そうです。風でピンが飛ばされてしまった可能性も考えましたが、それなら上の二つが飛ばされないのは少し不自然です。先に上の二隅にピンを通して扉に刺したはいいけど、風が強すぎて下の二隅を止める暇がなかったと考えた方が妥当でしょう」
「時間がなかったというのは?」
リコリーは右の人差し指で宙を刺すような仕草をした。
「穴が綺麗でした。もし長いことそこに紙が貼られていたのなら、風に強く引っ張られて、破れてしまうか、穴が大きくなってしまったはずです。でもナズハルト教官に見せてもらった紙には四隅に同じ大きさの穴が開いていた。ということは貼紙が貼られたのは、剣術部の生徒が来る直前と考えられます」
「誰かが、何処かに貼られていたその紙を、わざわざ引き剥がして持って来た。でもそれだけじゃ弱いんじゃないかな」
「小鳥の死骸にも不審な点はあります。発見された時の死骸には虫が湧いていた。そうだよね、アリトラ」
話を振られたアリトラが大きく頷いた。
「うん。だから皆が騒いで大変で」
「今は冬になりかけてる寒い季節だ。鳥の死骸に虫が湧くには数日ほどかかる。つまりその死骸は、死んでから時間の経った物を持ってきて、捨てて行ったんだ」
「どうしてすぐに持ってこなかったの?」
「お前が自分で言ったんじゃないか」
丁度前日に外壁の修理が終わったばかり――
「工事の人たちが沢山いたから、死骸を置くことが出来なかったんだよ」
「……だけど、何故そんなことをしたのかな。待っているより、土に埋めちゃったほうが早いと思うけど」
リムが疑問を投げかけると、アリトラがそれに答えた。
「犯人は別の場所での嫌がらせを剣術部に押し付けようとしていた。それには剣術部がハッキリと「これは悪意のある嫌がらせだ」と認識する必要がある。動物の死骸は非常に有効」
「まぁ犯人は根は悪い人じゃないんでしょうね。だから自分で死体を用意することは出来なかった。誰かが持ち込んだ鳥の死骸を、剣術部に押し付けるために何日も待ったんです」
「悪い人間ではないかもしれないけど、感心は出来ないね」
正直な感想を述べたリムは、続けて尋ねる。
「一体、誰がそんなことをしたんだ?」
「その鍵は、今日の硝子にあると思います。犯人は何処からか剣術部の窓を見ていて、そこにアリトラの姿が見えたから、接着魔法を解除した」
「ということは、アリトラちゃんが此処に来るのを知っていた人間。……まさか」
リムが何か言いかけると、アリトラがそれを遮るように否定を口にした。
「ナズハルト教官じゃないです。犯人の視点から考えると、なるべく多くの人の前で行おうとする筈。今日、剣術部の活動がないことを知っていた……というより中止した張本人の教官が、そんなことをするわけない」
「それに、教官は剣術部の顧問です。風に吹き飛ばされそうになりながら紙を貼ったり、鳥の死骸を隠し持ったりしなくても、いくらでも剣術部への嫌がらせに見せかける方法はあります」
「犯人はあくまで剣術部以外というわけか。しかしそれだと容疑者が沢山出てくるんじゃないかな」
「容疑者を絞ることは可能です」
リコリーが自信を持った口調で言う。しかし即座に肩を震わせたと思うと、くしゃみを一つ放った。
長いこと外で話をしていたため、日が落ちて気温も下がっていた。
「あぁ、すっかり暗くなっちゃったね。中に入ろうか」
「でも、窓割れてるから寒いんじゃない?」
「外にいるよりはマシだよ」
リムは扉を開けて二人を中に入れた。床に散らばった硝子などを片付けていた軍人達が、一瞬だけ視線を向けたものの、すぐに自分たちの作業に戻る。
入って左側の、窓から遠い位置に三人は移動したが、そこでもう一度リコリーがくしゃみをした。
「大丈夫?」
「大丈夫です。その、風邪引きやすいだけで」
よくあることだと言い訳をしながら、リコリーはローブの胸元を寄せて、風の通り道を塞いだ。
「容疑者を絞り込むのに重要な手掛かりとなるのは、窓硝子です」
「まさか、硝子がない場所を探し回れというんじゃないだろうね?」
嫌がらせのために割られた硝子を隠すために、犯人は剣術部の窓にそれを隠した。つまり元々硝子があった場所に、今は何もないことになる。
だが、そもそもの硝子が窓であったかどうかすらも定かではないし、この広い学院内を闇雲に探し回るのは、どう考えても得策ではなかった。