5-10.照明係への尋問
照明係は一通りの事情聴取を終えて、舞台セットの裏で休憩をしていた。
リコリーは静かに近づき、出来るだけ穏やかな口調で声をかける。
「すみません」
「え? ……あぁ、まだ何か?」
明らかに面倒そうな表情をする相手に、リコリーは構わず質問をぶつけた。
「被害者とグルだったんですね?」
「……は?」
唖然とする男が何か言う前に、リコリーは畳みかける。
「被害者の胸に刺さっていたナイフは、非常に派手なものでした。革命軍のリーダーが持つ小道具にしてはあまりに目立ちすぎるから、元々の小道具ではない。かといって私物にしては派手です。つまり、あれはわざわざ用意したものと考えられる」
「な、何を言っているんですか」
「ジントさんは、被害者が闇に乗じてディリスさんに危害を加えようとしたのだと言いました。でもそれなら、あんなに派手なナイフは必要ない。となると、違う目的が出てきます」
舞台裏の薄暗がりの中では、リコリーの生来の目つきの悪さが上手く機能するようで、ゴルジはその場から動くことが出来ずにいた。
「舞台映えです。被害者は舞台映えのするナイフを敢えて選び、それを携帯していた。それはなぜか。即興劇、つまりアドリブをしようとしたんです」
「あ……」
「僕は観劇には詳しくありませんが、即興劇を取り入れることは珍しくないようですね。まぁ全く同じ内容を繰り返すよりは、即興劇を入れたほうが話題作りにもなりますし、客入りも伸びるでしょう。でも一台詞ぐらいならとにかく、一定の長さを要するものについては、役者以外のスタッフの協力が必要不可欠です」
事前に即興劇について打ち合わせをしておき、劇の途中で照明を落とす。
被害者が何をするつもりだったのかはわからないが、次の動作に合わせてスポットライトが起動する。そういう段取りだったと考えられた。
「……ち、違う!」
ゴルジは脂汗をかきながら裏返った声を出した。
「た、確かに即興劇のことを持ち掛けられた! でも二部に入ってすぐに、照明の制御が効かなくなってしまったんだ。非常灯を点けたらあの状態で……。俺のせいじゃない!」
「別に貴方が何かしたとは思っていませんよ」
リコリーは安心させるために微笑んだ。
照明が消えたことで真っ先に疑われるのは照明係である。また、あの小部屋を離れて犯行に及ぶことは、全くの不可能とも言い切れないだろうが、いつまでも非常灯が点かなければ他のスタッフが小部屋に駆け込んでくる可能性がある。
その時にその場にいない、というのは自分が犯人だと言うに等しい。まして自分で「今日は照明係は一人」だと証言してしまっている。もし確実に犯行に及ぶなら、自分が担当ではない時にしたほうが都合が良い。
「即興劇のことを知っていたのは?」
「さ……さぁ。でも二部に出る役者は皆知っていたんじゃないか? 知らなきゃ劇の進行に乱れが出る」
「そうですか」
リコリーは質問を変更する。
「なんで被害者は本物のナイフを使ったのか、心当たりはありますか?」
「内容までは知らなかったからなんとも言えない。でも本物のナイフを使う理由なんて、何かを切りたかったから以外にないだろ?」
「切りたかった、か」
先ほどの俳優たちの会話を思い出して、リコリーは仮説を口にする。
「ナイフでドレスを切ろうとした可能性は?」
ゴルジは思い切り目を見開いた後で、首を左右に振った。
「それはあり得ない。即興劇は客を楽しませるためにやるものだ。主演女優のドレスを切って、面白くなるわけがない」
「それもそうですね。……うーん」
「な、なぁ」
少し焦ったような口調で、ゴルジはリコリーに問いかけた。
「お、俺は本当に何も知らないんだ。事故が起きて、照明を調べると言われて部屋を出されて、そしたらメイさんに照明のことを聞かれて……」
「即興劇のことを言い出すタイミングを失った?」
「役者達も何も言わないし、言っちゃいけないのかと思ったから。悪気はないんだよ」
「貴方は即興劇のことを故意に隠したわけじゃない。例えばこれで僕が即興劇のことを尋ねて、首を横に振ったのなら話は別ですが、現状貴方を罪に問う法はない」
そう告げると、ゴルジは安心したように息を吐いた。
見た目によらず小心者らしい男は、ずっとそのことを気にしていたらしく、自分が罪に問われないとわかると、額の脂汗の量も減ったように見えた。