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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第二章 ドナテラ農園の人々
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第0話 遅れてきたプロローグ

「あー、疲れた……」


 それが、死んだあと俺が発した第一声だった。


「うん、お疲れ」


 そう返してきたのは、たぶん神様だと思う。後光がさしてるからな。

 白金色の長い癖っ毛に琥珀色の眼。緑の長衣を着てる。ギリシャ神話に出てきそうなイケメンだ。

 俺はというと、入院着姿。ライトブルーの、襟もなんにもなくて首元が涼しいやつ。つまりは、死んだときの格好のまんまだ。


 俺たちは、どことも知れない芝生の上に向き合って座っていた。見上げると、見たこともないほど澄みに澄んだ青空だ。

 天国かね。天国か。うーん、しかし来られて嬉しいって感じでもないな。


「あんまり上手くいかなかったようだねえ、君の一生は」


 神様らしい男は笑いながら、いきなりそんなことを言う。


「いやー、それはどうだろ」


 俺はあぐらをかいたまま両手の指を組み、上にあげてストレッチをしながら答えた。長い入院生活のせいだろうな、身体がこわばってる気がする。


「まあ、そこそこの人生だったよ」


「ハハハ、私相手に取り繕うことはないよ」


「いやほんとにさ、趣味も楽しんだし、本も映画も音楽もたっぷり見聞きしたし、うまい酒もメシもそれなりに飲み食いしてきたし」


「……でも、全体でみると、いまいち上手くいかなかった」


 俺は、白い歯を見せてそう言う神様を睨みつける。


「あんた、神様だろ? 神様がそういうこと決めつけるの、どうかと思うよ」


「そう言われても、神様だからねえ」


 平然と、いまひとつ意味のわからない返事をされ、俺は小さく吐息をついて、神様の失礼な言い分を認めた。


「……ああ、そうだ。いまいちだったな。俺なりに力をつくして働いたが……時代に取り残された。最後は、びっくりするぐらい孤独だったな」


 俺は映像業界で企画屋として働いていた。若い頃にいくつかのヒットを飛ばしてそれなりにちやほやされ、俺も毎晩のように酒の席で怪気炎をあげ、野望を口にしていた。が、四十歳頃から、俺の企画は全く鳴かず飛ばずになった。友人と作った会社も解散し、いまさらバイトに出る気にもなれず、貯金で食いつなぎながら売れない企画を作るうち、病に倒れた。

 妻とは別れ、子もいない。弟ひとりに看取られながら、急速に進むガンであっという間に死んだ。四十五歳。ほぼ無名の企画屋として一生を終えた。


「自分には才能がある、なんて自惚れたりもしたが、結局、そんなものはたいしてなかったよ」


「本当にそうかい? 才能の問題なのかい?」


 神様はそう尋ねてくる。


「何が言いたい? さっきから、ずいぶんねちっこいじゃないか」


「ここはそういう場所だからさ。君の人生が上手くいかなかった原因、もう一度心に問いかけてみてよ」


 そう言われても、俺は死んだばかりなんだぜ。ちょっとばかり、精神的に酷ってもんじゃないか。

 だが神様がそう言うんじゃ、仕方がない。後ろ手をついて空を見上げた。悲しくはないのに、うっすら涙がにじむ。


「俺は、仕事を断れない性格だったな。たぶん、それが流れを決めてしまったんだろう。いつも周囲の事情に流されて、他人主導の仕事ばかりしていた気がする」


 そして、一番大事な、一番働ける時期を無駄にした。わがままになりきることも、他人に心から尽くして絆を築くこともなかった。中途半端に人がよく、中途半端にプライドを持ち、なまぬるい仲間意識となまぬるい自惚れの間で揺れていた。


「それは、他人が怖かったからだろう。違うかい?」


「なんだよ。カウンセラーか?」


「神様だよ。さっきも言ったけど、ここは本音を話すべき場所さ。隠さず言ってみなよ」


 うつむいて芝生の草をむしろうとしたが、力を入れても全くちぎれない。天国の芝は人工芝かよ。

 しばらく考えたあと、俺はボソボソとつぶやく。


「他人が怖かった……ってのは、たぶん、本当の問題じゃなかったんだろうな。本当の問題は、俺には目的がなかったってことだ。覚悟がなかった、と言ってもいいな。生まれたから生きているだけだったよ」


 神様は無表情で聞いている。


「好きなこと、惹かれることはたくさんあった。欲望もたくさんあった。でも本当に思い決めたことが何もないから、どういう人間であるべきかっていう指針がなかった」


 だからただ、いい人になろうとした。そんな単純過ぎるやり方でしか、人と付き合う方法を知らなかった。そしてそのうち、だんだん他人の顔色を伺うようになった、他人が怖くなっていった。

 そう、俺は小声で語り続ける。


「他人を信用しきることも、思い切って否定しきることもできなかった。頼みを断れない、っていうのはそういうことさ。断るための根拠が、なにひとつ俺の中になかったんだ」


 話しながら、自分が少しずつスッキリしてゆくのがわかる。そうだ、俺はもう死んでるんだ。プライドなんてもういらない。みっともない反省会やったっていいだろう。


「真っ正直でもなきゃずるくもなかった。愚直に生きることもうまく生きることもできなかった。ハンパ者だから、時代と合わなくなったら俺には何も残らなかった。他人のせいにはできないし、する気もないよ」


 俺はゆっくりと頭を横に振る。


「……でもさ、普通の家に生まれて普通に生きたそこらへんの人間なんて、そんなものじゃないか? 大半の人間は、ただ生まれたから生きてるのさ。俺は飲み屋で一緒になるおっちゃんや、スーパーですれちがうおばちゃんと同じように、平凡な奴だったんだよ。たいした奴じゃなかった、ただそれだけのことさ」


「……そうやって、最後はひとりで納得しちゃうのが、実に君らしいけどさ」


「なんだよその、俺のことは全てわかってますって口ぶりは。神様とはいえ初対面だぞ」


「ハハ、神だもん。君の心の中はのぞけるよ」


「なら、わざわざ口に出させて恥ずかしいこと語らせるなよ……」


 もう一度睨みつけてみたが、神様はただニヤニヤしていた。


「さて、ここからが本題さ。もし、君がもう一度生き直せるとしたらどうだい?」


「……本気で言ってるのか?」


「神はいつも本気さ。……生き直せるなら、君はどう生きたい?」


 はあ、と、俺は大きな息をついて、肩を落とした。


「……俺は、疲れてるんだけど。闘病もきつかったし、どんどん孤りになるのもきつかったよ。このタイミングで、生き直すって言われてもねえ……」


「本当かい? 生き直したくないかい?」


 長い沈黙。

 俺は答えに迷いに迷い、アホらしいほど澄んだ青空を見ながら、ようやく答えた。


「そうだな、少しだけ……もやもやはある。俺は、自分のために生きるのも他人のために生きるのも中途半端だった。できればもう少し、すっきりした、片付いた気持ちで生きたかったよ」


 一度言葉にしはじめると、俺の口は止まらなくなった。


「……行き過ぎた自己犠牲が、歪みを生むのは知ってる。人間はそんな綺麗にできてない。でもそれでも、生き直せるなら、今度は他人に本気で何かを与える生き方をしたいと思うよ……」


 最後は今まで以上に小声になる。恥ずかしい。若者ですら言わないような、青い意見だ。

 しかし神様は、それを聞くと満面の笑みになった。


「そう、その本音を聞きたかったんだよ。……さて、ここに一枚のチケットがあります」


 いつのまにか神様の指に紙片がつままれている。イヤな予感がする。実は会った瞬間から感じてたけど、この神様、いまいち信用できない気がするんだよなあ。


「失礼だなー。ね、見てよこのチケット、転生チケットだよ。一枚私のところに回ってきたんだけど、ほら、来週で使用期限が切れるんだよね。転生って難しくてさ、あんまり必死な奴を送り込んで記憶とかバッチリ残されて、現代知識チートとかやられるとそれはそれであとあと困るんだよ。もちろん行った先の人を殺しまくったりするのは論外だし。だから、君みたいな気持ちでいる人がいいんだよね。ね、いいだろ? 転生しようよ転生、ね?」


「いや、そう言われても、基本的な情報すらないし。どこのどいつにどんなふうに転生するんだよ?」


「心配しなくても、ちゃんと説明するから。だからまずオーケーしてよー。ね? 特典もつけるよ?」


「俺は死んだあとまでそういうのに流されるのはイヤなの! 断るぞ! 今度こそ断るぞ!」


 ……このあと散々抵抗したが、なにしろ神様が支配する場所なので、逃げ場がない。えんえんと説得されて、結局、転生を承知することになった。神様には勝てなかったよ。


 転生したあとは記憶はほとんど失われる、失ってもらわないと困る、と言われた。残るのは魂の本音の部分が少しだけ、そしていくつかの、俺に由来する特典能力。能力は、転生してみないとわからないらしい。

 それはもう、俺ではない気がする。俺を構成要素に少しだけ残した、別の誰かだ。でもいい、俺がその、生まれかわった先の世界で何かの役に立つなら。中途半端に生きて死んだ人間が、少しでも世界に何かを残せるなら。


「じゃあ、横になって目をつぶってくれ。眠ってもらうよ」


 芝生の上に寝て、微風を感じながら全身から力を抜く。意識がゆっくりと遠のいてゆく。

 企画屋だった俺の意識は、たぶんこれでお終いだ。


 さよなら俺。森安卓也(もりやすたくや )、享年45歳。



☆★☆★☆



「何十年も生きた人間は、必ずどっか歪むものさ。歪みなのはわかってる、といいながら自己犠牲を夢見る君は、自分が思ってる以上に歪んでるのさ。でもそれは、神にとってはおいしい歪みだ」


 森安の眠りを見守りながら、神はひとりごちた。


「その気持ちを世のために使わせてもらうけど、安心してくれ。私は鬼じゃなく神だ。働いてくれる以上のお返しはするからね。じゃあ……」


 両手をひろげて森安の顔の上にかざし、転生の力を送り込む。

 しかし儀式が半ばに差し掛かったとき、森安の身体がすうっと薄れ始めるのを見て、神の顔が引きつった。


「まさか……私より先に誰かが、死んだばかりの異世界の死者を召喚しようとしてるのか! よりにもよって、儀式の途中の彼を! どこの世界の何者だ、こんな禁術を! 待て、やめろ! 彼はやめろ!」


 神は目を閉じてありったけの力を送るが、転生が始まる前に、森安の身体はどこかへと消えてゆく。


「こ、これは……この術、神レベルの存在が絡んでるな!? ああ、行ってしまう……!」


 森安の姿は完全に消え、あとにはがっくりとうなだれる神だけが残された。

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