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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第19話 その夜全てが明かされる(中)(黒羽)

 閉じこもっていた狭い空間から外へ踏み出すと、ジュールがふうっ、と息をついた。やはり息苦しかったのだろう。

 大公墓碑……偽装用であることが明らかになったばかりの墓碑の周りは、思ったより涼しい風が吹き抜けていて明るかった。


 マーユ、ジュール、アイララ、ミダフスの順に、私たちはコレリアルのところまで進んでいく。

 コレリアルがマーユを手招きし分の横に立たせる。少し下がったところにジュールたちは並んだ。

 正面からはじめて見るウォードの幹部グレアム・デューンは、眼鏡をかけた優男だった。私たち、とくにアイララとミダフスのほうをいぶかしげに見ている。隣のごつい身体をした護衛は自分のすぐ背後からぞろぞろと人が出てきたのが納得いかないのか、花壇の壁にあいた出入り口にちらちらと目をやっていた。


「まず、大公家として詫びねばならぬ。先代大公ディロウの延命から始まった6年半前の件、そして今回の件、年端もいかぬ君に何度も迷惑をかけている。マーユ・ドナテラ嬢、本当に申し訳ない。大公家を代表して謝罪する」


 コレリアルが横に立つマーユに深く頭を下げた。向かい側にいる3人、コレリアルの妻ルティスと息子ガーサント、そしてダンデロンの代表だというルビンティン・トーも、あわせて頭を下げている。ロレンツは笑顔を消した顔で黙念と立っており、毒矢の者はぴくりとも動かなかった。


 マーユは急に頭を下げられ、すこしばかりあたふたしている。どうしよう、というふうにアイララやミダフスのほうを見るが、なんの応援も得られないとわかり、仕方なく小首をかしげながらぺこり、とお辞儀した。


「賠償などについては、後ほどの打ち合わせになる。さてマーユ嬢、この場に呼んだのは、君に告発の権利があると思うからだ。君や君の仲間たちを襲撃し陥れようとした、その仮面の者にたいする告発だ」


 その場にいる者たちが毒矢使いにいっせいに目をやる。ここまでほとんど口もきかず、フードを深くかぶりひっそりと立っていただけの仮面の者は、注目を浴びてもやはり動かない。というよりおそらく、マードゥの拘束術によって動けないのだろう。赤い小箱を掴んだ左手は、身体の横にだらりと下げられていた。


「マーユ嬢、モルタ殿がいうには、君にはその者の正体がわかっているだろうと。ここでその名を明かすといい。そこにいる仮面の毒矢使いは、誰なのだ?」


 コレリアルに問われ、マーユはこくんと小さくうなずいた。


「そうじゃないかと前から思ってたけど、今夜見て、確信しました。間違いないです」


 責めるような口調ではなく、彼女らしい淡々とした口ぶりだった。

 

「その人はメリネ・ルグランジュ。メリネさんです」


 その言葉とともに、毒矢使いの黒い仮面はゆっくりと顔から離れ、地面に落ちてからんと音を立てた。


「……バレてたかあ」


 その下にうっすらと微笑む、女学生めいた女性の顔があった。



☆★☆★☆



「……相変わらず勘が鋭いよねえ、マーユちゃん。まいっちゃうなあ」


 メリネは通常と変わらぬ、軽い口調で言う。


「マーユ嬢にはいろいろ言いたいこともあるだろうが、まずはこちらから話させてくれ」


 メリネの若々しい顔をじっと見ながら、コレリアルは咳払いをして話を続ける。


「実のところ、こちらでもだいたいの見当はつけていたのだ。ジラーがダンデロンだけに頼り、ルグランジュに頼らぬというのもおかしな話だからな。そしてルグランジュでマーユ嬢に関係が深いのはメリネだ。そういったわけで、確証はないながらもこの場に呼んでいる者がある。出てくるがいい」


 墓碑の裏側の花壇の一部が開き、壮年の男が歩み出てくる。


「ルグランジュ商会長、テイラー・ルグランジュ。よく来た。だが、お前にとっては辛い話し合いになりそうだな。お前のところの上級幹部が大きな不祥事を起し犯罪に手を染めたわけだが。どのように責任を取るつもりかね」


 岩のような黒ずんだ皮膚の樹人テイラーは、顔色ひとつ変えず、右手に摘んだ紙切れを掲げてみせた。


「すでにメリネ・ルグランジュの解雇と追放は手続きが済んでいます。当商会とは、もはや関わりなき者です」


 一瞬、場は静まり返る。そして低い笑い声が、他ならぬメリネの口からこぼれた。


「うふふふ……! これがルグランジュですよ、皆さん」


「ああ、いかにもルグランジュ。不変のルグランジュだ。都合の悪いものは瞬時に切り捨て、なかったことにするのだ」コレリアルが、苦り切った声で吐き捨てた。


<<じゃがな、今度はそれでは済ませられんぞい。>>


 始原樹から、重圧をともなう声がぶわりと押し寄せてくる。


「ほう」しかしテイラーは顔色ひとつ変えない。


「賠償ならば応じなくもありません。ですがそれは、交渉もしくは裁判を行って結論を出すべきでしょうな」


<<敵同士ながら、そこの屑とよう似とるわ。じゃがもう一度言う、それでは済ませぬぞ。>>


「初代大公ともあろう方が、民間の商会を脅迫とは。大問題になりますぞ」


「……大問題になるのは、ルグランジュのほうだろう。不思議な、おぞましい書類がここにある」


 石板が、数枚の紙切れを乗せて浮かび上がってくる。それを汚いものをつまむように、コレリアルは持った。


「この書類はな、ルグランジュ商会本店の最奥の部屋、隠し金庫にあった。ルグランジュとダンデロンの間で取り交わされた秘密書類だ。両者の調印もされているな」


「な……!!!」


 テイラーの完璧な外面が、一気に崩れた。コレリアルへ歩み寄ろうとして、拘束されたのか動かなくなり身悶えする。隣でメリネがそれを見て、満面の笑みを浮かべた。


「日付は6年半前。調印者は当時のダンデロン商会長ワイダ・ヘイルと、そこのテイラー・ルグランジュだ。内容は、マーユ・ドナテラの身柄確保権、利用時や売却時の利益の独占権を、ダンデロンからルグランジュへ移譲するというものだ」


「な!!!」


「なんだと……!」


「な、なんだそれ?」


 意味がわかっていないジュールと、黙りこくるロレンツをのぞいて、全員が……うなだれていたジラーすら、驚愕の眼差しでテイラーを見た。


「つまり、本人にも家族にも一切の承諾なく、マーユ・ドナテラの身柄の権利を勝手に取引していたのだ。二大商会の間でな」


「そ、それは……! た、たんなる覚書のような、打ち合わせ資料であり……」


「それで通ると思うか。テイラー、お前もメリネと並んで、拘留され徹底的に調べられることになる」


「馬鹿な……っ!」


「マーユ嬢はレドナドル居住時も、何度か魔物に襲われていたと聞く。それはメリネ、おまえが仕掛けていたのだな?」


「……ええ、その通りですよ。その契約がある以上、マーユちゃんは私たちルグランジュの所有でしたから。だから、利用価値を探るため魔物をぶつけていたんです。レドナドル支店にはそのための魔物使いが常駐していましたよ」


 メリネは、歌うような口調ですらすらと答えた。


「マーユちゃんがルグランジュのものであり、私の管轄だったからこそ、今回、私の切り札になったんです。夢の小箱を得るためのね。ダンデロンのおじさまもウォードの眼鏡さんも、大喜びで買ってくれましたよ、マーユちゃんならって」


「メリネ、貴様っ! 商会のものを、黙って売り払いおっ……!」


 テイラーが激高して、すぐ隣のメリネをつばを飛ばしながら罵倒し……言い終わらぬうちに殴り飛ばされて吹っ飛んだ。


「ふざけんなっ!」


 ジュールが凄まじい速度で走り、テイラーの顔面を殴りつけたのだ。なおも馬乗りになろうとするのを、後ろから駆け寄ったマーユが、抱きつくようにして止めた。


「ジュールだったか、気持ちはよくわかるが、落ち着きたまえ……。まだ話の途中なのだ」コレリアルが冷静にいさめる。

 ジュールはマーユとアイララになだめられながら、元の位置に戻っていった。

 テイラーは殴られてなお拘束されてるらしく、起き上がることもできずに地を這っていた。だが誰も手を出そうとはしない。


「そしてこの書類にはな、マーユ嬢の身柄の代価として、マトゥラスで行われるいくつかの裁判での、ルグランジュのダンデロンへの秘密支援が約束されているのだ。他にも同様の書類が、秘密金庫から発見されている」


 コレリアルは手につまんだ書類を、石板の上にぽいと放り出す。


「もうわかったろう。前会頭ワイダ・ヘイルの裁判がいまだ結審せぬのは何故か。そこにいるロレンツ・ヘイルやテイラー・ルグランジュが裁判をおそれぬのは何故か。それには確たる理由があった」


 もはや誰も声を発しない。テイラーはまだ無駄に地をのたうっている。


「ダンデロンやルグランジュが主役の重要な裁判では、もう一方の商会がここぞとばかり重要な証拠や証人を出してくる。しかし高確率でその証拠は薄弱すぎ、証言は嘘であったりあやふやであったりする。仇敵が出した証拠ですら弱すぎると裁判は混迷し長引き、曖昧な判決に終わる。そういうことが何度も繰り返されてきた。ダンデロンの裁判官買収が露呈して露骨な工作ができなくなったぶん、二大商会は裁判所において強力に癒着するようになったのだ。無関係の市民の身柄権を取引の対象にしてな。まるで、マードゥの全ての市民が、二大商会の所有物であるかのように!」


 怒りをこらえきれなくなったのか、コレリアルの口調が荒くなる。そして、墓碑のすぐ横に静かに立つ中年女性をはげしく指差した。


「ルビンティン・トーよ。おまえはこの手の契約に関わってはいない。だが、こういう契約が無数にあることを知っていたな? 知っていて黙認していたな?」


「…………はい。その通りです」


 ルビンティンは小声で答えると、ふたたび深々と腰を折り動かなくなった。


「マーユ嬢だけではない。多くの市民が、同じように勝手に所有権を設定され、二大商会によって利用されてきたのだろう。市民たちがその結果傷ついたり、闇のなかに姿を消すことがあっても、その捜査も裁判も、金とコネの力で曖昧に終わらせられてきたのだ」


<<ただでは済まさぬという理由、わかったか。儂が作った国で、おのれらが都合だけで勝手に人の売り買いをし、その罪をもみ消すなど、儂が許すと思うたかっ!!>>


 始原樹から発せられる声は、これまで以上の大音響で、マトゥラスの市街に響き渡っていく。


<<マトゥラスの民よ、知れ! マードゥの名にかけて、二大商会の行いは断じて許さぬ!>>


 その怒りの激しさになんの関係もないアイララですら、ぶるり、と震えた。おそらく多くの市民が夕飯を食べながら、あるいは酒を飲みながらこの声を聞き、詳細はわからぬまま震えているだろう。


「……我ら大公家も、警備隊や裁判所も、始祖様の怒りから逃れられはせぬ。内部がどれだけ腐っているか、見当もつかぬ。二大商会への協力者は、数え切れぬほどいるであろう」


<<ああ。モルタがやってきて、儂を起してくれた。モルタが調べ、証拠を探し出し、真相を暴くきっかけを作ってくれた。でなければ、この国は取り返しがつかぬほど腐り落ちておったわ。>>


 始原樹の声は穏やかな響きをいくらか取り戻し、朗々と周囲に伝わっていく。


<<そしてな、儂らの新しい道をも示してくれたのじゃ。コレリアルよ、これからの話をしよう。今夜の最後の客を呼んでくれい。>>


「あっ……」アイララが小さくつぶやく。


「おお……!」ミダフスが口角を上げる。


「モルタ……」グレアムがささやくような声を出した。


「あのひとか……!」ジュールが目を輝かせ、マーユは何も言わず、両手をぎゅっと揉むように握りしめた。


 墓碑を囲む花壇の、いちばん左側。マーユたちが隠れていた場所から、いちばん遠いところに、すっと扉が現れた。

 人影がひとつ、歩み出てくる。


「紹介しよう。マーユ嬢の父親、ダニス・ドナテラ氏だ」


「「「ええええーっ!?」」」


 娘をはじめとする一同からいっせいに失望の声を受け、ダニスは情けない顔でぱちぱちと目を瞬かせた。

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