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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第18話 その夜全てが明かされる(上)(黒羽)

「初代大公。最初の七。樹人の始祖。調整者……マードゥ」


 ウォード連合国の幹部、グレアム・デューンの背中がすぐそこ、壁の向こうにある。血がにじみ出るような、痛恨をこめた声が聞こえてくる。


「盲点だった。思いもしなかった。まさか、生きていたとは……っ! それも、マトゥラスの真ん中でっ!」


 拘束術とやらで動けないまま屈辱に震えるウォードの使者たちを尻目に、始原樹からは、呑気で間延びした声が響いている。

 

 <<コレリアルよう、笑ってないでこっちゃ来い。儂の声は大きすぎるでなあ、そう多くはしゃべれん。かわりにしゃべれやあ。>>


「は、はあ。しかし、我には始祖様を代弁をする力はありませんよ。古い事情は、知らないことも多いですし」


 笑い過ぎで消耗したのか、若干ふらふらしながらコレリアルは始原樹のほうに向き直る。


<<モルタが手伝ってくれるじゃろ。持つべきものは、古きよき友よなあ。>>


「ははあ……。わかりました」


 コレリアルはひとつ咳払いすると墓碑から数歩離れ、動けないまま固まる関係者たち、ジラー、ロレンツとその側近、ウォードから来た2人、そして毒矢使いのほうへ向き直る。

 その目の前に、地面からしゅっと石板が飛び出てきた。コレリアルはそれに目を通し、小さくうなずく。

 リーカはいつのまにか、始原樹がある暗がりのほうに歩み去って姿が見えなくなっていた。


「ジラーとその共犯者たちよ。そもそもお前たちは、リーカの情報を疑ってかかるべきだったな。世界を動かすことになるほどの大いなる封印。それが、紋様ひとつと大公の認可だけで、短時間に解けるものであるわけがなかろう」


 コレリアルはジラーに話しかける。


「…………」


 ジラーはぐっと唇を噛み、なにも言わずうつむく。


「たしかにルギャンの紋様と、岩人の協力は前提となる。だが、封印解除には数日はかかるのだぞ。そしてなによりも、初代大公マードゥ様が解除を認めなくてはならん。始祖様……すなわち始原樹こそが、<円環>封印の要だったのだ」


 そう言ったあと、コレリアルは肩をすくめて見せた。


「……と、偉そうに言っているが、我も今回の件に関わるまで知らなかったのだ。始祖様は始原樹が生きていることを子孫に伝えたそうだが、その伝承はおそらく、父か祖父の代に失われた。全く、面目ないことだ……」


「……岩人リーカも間違った情報を信じていたのですね? それをそのまま私たちにしゃべり、私たちも信じてしまった、と?」ロレンツが問いかける。


「正確にいうと、違うな。そもそも攫われた日の夜には、リーカは脱出していた。それから始祖様と接触し真実を知ったのだ。お前たちが拷問し洗脳していたのは、岩人によって造られたリーカの人形に過ぎぬ。お前たちは、意図的に嘘を吹き込まれたのだ」


「はあああ!? そ、そんな馬鹿な! どう見ても生きていたぞ、あれは!」ジラーが叫ぶ。


<<岩人の力と、モルタに見事にやられたのう。わはははは!!>>


 始原樹から、また豪快な笑いが届く。

 グレアムの後ろ姿が、うつむいた姿勢からぎっと顔を上げた。


「マードゥ様にお聞きしたい。さきほどから名が出ている<モルタ>とは、最初の七の最後のひとりとされる、<謎のモルタ>のことですか!?」


<<たしかにそのモルタよ。古く、懐かしく、心あたたかきわが友よ。>>


「で、では、モルタは生きているのですね!? 最後の七のうち、死んだとされていた3人。ですが、あなたとモルタは生きていたのですね!? いま、不思議な石板を地面から出しているのがモルタなのですね? なぜ姿を見せないのです!?」


<<……グルーニの尻尾よ。ちと、図に乗っておらんか。>>


 始原樹から、轟と風が吹いた。物理的な圧力まで伴う重低音に、墓碑のまわりにいる者たちは葦のように揺らぐ。


「……貴殿に答える必要を認めん、貴殿が知る必要も権利もない、ということだな。よろしいか」


 コレリアルがたんたんと付け加え、グレアムは押し黙った。


(モルタ……。)


 私のすぐ下で、外のやりとりを見守るマーユがつぶやく。不満そうな声だった。


(また新しい名前だよ。なんなの……。)


 問題はそういうことではない。あの骨の子が<最初の七>の一員である、少なくともそれに深く関わるものであるという、とても信じられない情報が問題なのだ。が、それはマーユにはどうでもいいらしかった。


 外では、ジラーが声を枯らして叫びはじめていた。


「……なぜ。なぜ、こんな手がこんだことをして、私を騙したのです? 始祖様、そんなに私が憎いですか? 始原樹の根元で育ち、あなたの血をひく私が、そんなに気に入りませんでしたか?」


<<いや、憎くないぞ。実を言えばな、真に悪いのはお前たちだとも思っておらぬ。そうじゃな、もっとも悪いのは……お前らの父親、ディロウじゃろうなあ。>>


 始原樹から、先代大公の名が響いた。


「……始祖様のおっしゃる通りだ。我が父は権力の座と長寿にしがみつき、100年もの長き間権力を独占した。大公家の使命と伝承をおろそかにし、ひたすら二大商会との癒着を深め、この国をしだいに混迷に導いた」


 コレリアルが小声で、つぶやくように言う。


<<ジラーよ、お前が憎いわけではないぞ。じゃが、儂の子孫たちは、商会を度を超えてのさばらせ、守るべきものを忘れ、国を腐らせたようじゃ。300年ぶりに目覚めたいま、儂はそれを、根こそぎ暴かねばならんかったのじゃ。>>


「私は、その腐敗と忘却の象徴を演じたということですか。商会に頼り、非合法な手を使い、<円環>を他国に売ろうとした。……大公家の負を体現してみせた、完璧な悪役だったというわけだ」


 ジラーは自嘲の言葉を吐くと、ハハハハハ……と、相変わらずカサカサした笑いをこぼした。


「……あとな、言いにくいが、お前が人質に取っていた我が妻と息子もとうに脱出している。いまおまえの管理下で寝ているのは、人形だ。それを監視している部下も、すでに説得に応じ、監禁の演技をしているだけだ」


 コレリアルが、気遣うような優しい口調で追い打ちをかける。


「え……」


「実は、2人とも最初からこの場に隠れていた。すまんな、始祖様の指示でな……。笑いをこらえるのが大変だった……。ジラー、すまんな、すまん」


 ちょうど私たちがいる向かい、白い百合がいちめん植えてある花壇の基礎部分の壁が、すうっと消えた。痩せぎすで背の高いドレスの女性と、針金のような身体をした青年が、遠慮がちに歩み出てきた。


(えええっ!? ぼ、ボクたちだけじゃなかったの!?)


 アイララが小声で驚愕している。


「私は笑えませんでしたよ、旦那様。これは、私たちみなの罪なのです」


「そ、そうだな、ルティス……」妻の言葉に、コレリアルはとたんにへどもどする。


「叔父上、なんと言っていいか……」


 青年、つまり次期大公候補のガーサントが、ジラーに申し訳なさそうに声をかけた。

 ジラーはもう何も言わなかった。顎が胸につくほど深くうつむき、荒く息をしている。


「さて、もういいのではないですかね? 茶番は終わりにしませんか」


 ロレンツが、にこにこと笑いながら穏やかな声でそう言った。


「企みは暴かれ、私たちは失敗しました。結論が出たので私はそろそろ失礼しますよ。罪を問うということならば、正式な逮捕状を用意していただければ場合によっては応じます。むろん、そのあとには長い裁判も必要ですがね」


 もう外の音が聴こえていないだろうジラーをのぞく、墓碑の周囲にいる者たち全員が、ロレンツを、見知らぬ生き物を見るような目で見た。


<<わかるか。これが歪みじゃあ。この国は300年かけて、こういう歪みを生んできたんじゃ。子孫にきちんと教えを残さず、眠りについた儂が悪い。儂が悪いんじゃがな……。>>


「いえ、始祖様が悪いのではありませんわ。責任はなによりも、我が商会にあります」


 誰かが墓碑を取り巻く灯のなかに歩み出てくる。少し太めの、地味なワンピースを着た中年女性だった。


「ダンデロン商会長、ルビンティン・トー。彼女にも待機してもらっていた」コレリアルが言う。


「我がダンデロンが人倫の矩を越え、卑劣な手段を用い、大公家と結びつくため多くの犠牲と悲しみを生んできたこと。それを反省し後悔する気持ちすら、多くの商会員から失われていること。権力を争い、金を奪い合い、人の苦しみをあざ笑ってきたこと。全て、私たちダンデロンが積み上げてきた罪です」


 ルビンティンは身体を深く曲げて、短い髪が地につきそうなところまで深々と頭を下げる。

 

「この者の処遇、どうかいったん私どもにお任せいただけませんか。この者のなしたこと、全て聞き出しまとめて提出し、その上で法の裁きを受けさせます。それすら大公家任せでは、私どもにはやり直しの機会すら訪れません」


<<よいじゃろう。>>


「はあ。仕方ありませんな。ただし暴力や不当な身柄拘束があれば、たとえ所属先であろうが訴えさせていただきますよ」


 ロレンツがまた平然と言い、周りの者がふたたび怪物を見る目をしたとき


「黙れ」


 どす黒く低い声が、頭を下げたままのルビンティンから聞こえてきた。

 ロレンツは視線を中空に彷徨わせ、私が知る限りはじめて怯えた表情になり、それきり口を閉ざした。


「……そのダンデロンによって幼少時から苦しめられ、毒の地ドゥラカスに追いやられた子供がいたのだ」


 少しの沈黙ののち、コレリアルが、神妙な口調で話を再開した。彼の目の前には新しい石板が浮いている。


「元凶となったのは、他ならぬ我が父だった。おのが延命のため、非人道的な手段も構わぬと周囲に告げたのだ。その言葉がダンデロンを動かし、子供とその家族を追い詰めた」


 マーユはアイララに肩を抱かれ、息を詰めてじっと聞いている。


「彼女は、不思議な出会いにより窮地を脱し、レドナドルですくすくと育ったが、商会の者どもの手から逃れることはできなかった。彼女をめぐる因縁が、今夜のこの場を作ったといっても過言ではない」


 マーユの前に、ゆっくりと石板が浮かび上がってきた。


<さあ、そろそろだ。君には答えがわかっている。勇気を出して君の考えを告げてくれ、マーユ。>


(うん……!)


 マーユは石板に、大きくうなずいた。


「そこを出て、ここへ立ってくれないか。マーユ・ドナテラとその一行よ」


 コレリアルの言葉が終わると、マーユの前の窓が、地面に届くまで大きく開く。

 マーユを先頭に、私たちは花壇の内部から外へと踏み出した。

明日も朝9時の投稿予定です。

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