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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第17話 儀式とその結末(黒羽)

(私のせいだ……! 私のせいだ……!)


 うずくまったマーユが、うわ言のように繰り返すのを、私はただ見ていることしかできなかった。

 ジラーが言ったことは事実だろう。嘘をつく必要がない。

 アイララも言っていたが、マーユは以前から監視され、半分試されるように弱い魔物の襲撃を受けていた。

 おそらくその監視の眼が、たまたま知り合ったリーカにも注がれ、どういう経路でかジラーまで届いたのだ。


 だがそれは、けっしてマーユの責任ではない。それを伝えようにも、手段が私にはなかった。

 ただ、泣くマーユの髪の少し上を、うろうろと飛ぶ。


(お嬢)


 そのとき、ジュールがマーユの肩に手を置き、厳しい口調で声をかけた。


(…………)


(お嬢。もう忘れたのか、あのひとの言葉。ぜったい大丈夫だからって、わざわざ伝えてくれただろう?)


(……あ)


 震えていたマーユの肩が、ぴたりと止まる。


(そうだった……。コボネが言ってた、リーカのことは心配するなって……。忘れてた、ごめん……)


 ぐしぐしと顔を右手でこすり、マーユはすっと立ち上がる。アイララがほっとした顔でその肩を抱きかかえながら、(グッジョブ!)と、ジュールに向けて目配せした。


 一方、墓碑の前には、漆黒の樹に引きずられるようにして、目隠しされたリーカが引き出されてきている。

 その右の頬や、左肩、腰のあたりにヒビのようなものが入っている。


「ジラー。おまえ、この娘に……」コレリアルがうめく。


「拷問ですか? しましたよ。ウォードの洗脳の補助としてね。声ひとつ挙げずに耐えてました。腹が立ちますね」


 よく見ると、リーカの左手はだらりとぶらさがり、力が抜けているようだった。


「……おまえと同じ血を持つことを、我は恥じる。我らの始祖も恥じるだろう」


「岩人ですよ? 私たちに重荷を押し付け、平然としていた連中ですよ。野蛮で卑屈で小心な人種だ。このくらい何だというんです」


「…………」


 コレリアルは黙って目をつぶった。

 マーユ、アイララ、ジュール。私のそばにいる3人から(ふうううっ!)と荒い息が揃って漏れた。激怒している。

 それにしてもあのリーカの姿を見て、大丈夫だという骨の子の言葉を、まだ信じられるだろうか。

 私には、とても信じられるようには思えなかった。


「このリーカが突き止めた、眠る<円環>を起動させる条件。それはまず、岩人の手によって、特定の場所で、特定の解除紋様が描かれること。その場所とは、この初代大公の墓碑の前です」


 よろめくリーカが、目隠しされたまま墓碑の前まで連れてこられた。暴れもせず、人形のように無感情に見える。


「そしてもうひとつがマードゥ現大公によって、封印解除の認定がされること。墓碑に手を置き、円環よ動け、と言ってください」


「…………」


「兄上。もう抵抗しても無意味ですよ。この認定をしてもらうために、こちらは多大な苦労をして義姉上とガーサント君を確保したんだ。おとなしく従ってください」


「……<円環>が起動したあとは、どうするのだ?」


「それは兄上が心配することではないですよ。どうせもう、あなたは大公ではなくなる」


 ジラーは冷淡な口調で切り捨てた。


「やり方は秘密ですが、起動した<円環>は移動させることが可能なのですよ。ですから、ウォードに持ち帰ります。時間はかかりますがね」


 グレアムがたんたんとした口調で付け加える。


「そしてこの国からは厄介物が消えて、すっきりするというわけです。さあ、おしゃべりはおしまいだ」


 そう言うなり、ジラーはリーカの背中を、拳でがつん! と殴りつけた。


「さあ、描け。ルギャンの紋様を」


 リーカはゆっくりと、墓碑の前に膝をつく。そして、右手を星形に動かしはじめる。


<紋様を描く者は来たれり……>


 声が響く。リーカの右手は光りはじめ、地面に複雑な紋様が描かれていく。


(む……?)


 ミダフスが声を漏らした。


<動け赤の環、力の円環よ……!>


 リーカの口から出ているとは思えないような中性的な声のあと、紋様は墓碑を囲むように拡大しながらまぶしく光り、上空に向けて光が伸びていく。


「おお……!」


 墓碑を取り囲む者たちから、驚嘆の声が次々に漏れる。


「さあ兄上、いよいよです。認定を」


 ぶるぶると、目に見えて震えながら、コレリアルは墓碑に手のひらを押し付け、叫んだ。


「円環よ……動け!」


 その叫びとともに、墓碑もまた、まぶしく光りはじめる。紋様の光は数秒ごとに色を変え、中空にも光の輪がいくつも現れ、墓碑を囲んでぐるぐると回りはじめた。


「これが<円環>……!!! ついに……!!! さあ、地底から来るぞ、なにかが……!!!」


 恍惚とした表情で、ジラーが叫ぶ。

 地中からいっせいに、何かが浮かび出てきた。


 ばたばたばた、ばたばたばた……。


 羽ばたきの音とともに現れたのは、せわしなく動く無数の羽だった。

 くっ、くっ、という鳴き声が聞こえ、墓碑の周囲の地面は白いもので溢れた。

 無数の白いものたち。それらは数瞬しか、地上にいなかった。

 いっせいに羽ばたくと、暗い夏の空に向けて、自由な軌跡を描いて飛び立っていく。

 ジラーも、ロレンツも、毒矢使いも、そして背中を向けたウォードの使者たちも、口を開けて、遠ざかっていくその白いものたちを見送った。


 地面の円環の光も墓碑の輝きも、彼らの出現とともに、一瞬で消えていた。

 初代大公の墓所はまた以前の光景に戻る。リーカは糸が切れた人形のように、横ざまに倒れ伏していた。

 静まり返る者たちのなか、毒矢使いが、ぼそり、と口にした。


「……鳩……?」


「えっ……? ええっ……!?」


 ロレンツの側近が、情けない声をあげる。


「鳩……? なぜ鳩……!?」


「ど……どういうことだ……?」


 ロレンツとジラーが顔を見合わせる。グレアムの背中は、凍りついたように動かない。

 そこに、奇妙な音が響きはじめた。


(くっくっく、くっくっく……。)


 音はしだいに大きくなり、墓碑にもたれてうつむいていたコレリアルが、のけぞって大声で喚いた。


「あはははははははは! あはははははは! 駄目だ、もう限界だ! これが笑わずにいられるかっ!!!」


 ようやく私は理解した。

 先程からコレリアルがぶるぶると震えていたのは、苦しんでいたからではない。笑いをこらえるのに必死だったのだ。


「兄上っ……! どういうことだっ!」


 ジラーが墓碑にもたれて笑い転げるコレリアルに掴みかかろうとし、「え」とつぶやくなりぴたりと静止した。


「動けない……? なぜだ……?」


「ファイ……!」


 グレアムが叫ぶ。おそらく側近の名か愛称だろう。


「だ、駄目です、動きが全く……!」


 大柄な側近は、左手を上げかけて踊りの途中のような姿勢で固まっている。おそらく箱を出そうとしたのだろう。


「細い蔓が、全身にっ……! 兄上、あなたかっ!」


 ジラーが喚くが、コレリアルはまだ笑い続けており、ジラーを見ようともしなかった。


「それハ<最初の七>の拘束術。おまえたチに、解けるわけなイ」


 懐かしい細い声とともに、始原樹のほうから軽く硬い足音が聞こえてきた。


「な、なぜですっ!? なぜ、あなたが2人いるのですか!?」


 ロレンツが目を見開く。


「簡単なこト。私ガ、本物」


 岩人リーカがいつもの無表情な顔で現れ、コレリアルの横に立った。


「仕組まれていた……? 兄上、どこまでが! いつから! なにが、どう仕組まれていたのだっ! 答えろっ!!!」


 ジラーがなおも喚きつづける。それに答えたのは、笑い過ぎで息をつまらせているコレリアルではなかった。


<<今夜起きたこと、起きること、全てじゃあ。>>


 地鳴りのような大声が、始原樹のほうから聞こえてくる。


<<全て、儂が、モルタのやつと仕組んだのよう。>>


「えっ……。えっ……!?」


 ジラーは、拳がまるごと入るのではないかというほど、大きな口を開けて固まった。


「まさか……! まさかそんなっ!!」


 グレアムが、血がにじむような悔しげな声でうめく。


<<大声出すんは300年ぶりじゃ。空気が旨いわ! ワッハッハッハッハ!!!>>


 始原樹が笑っていた。

 その笑い声は、マトゥラス全域を覆うほどの音量で、夏の夜空に響き渡った。

4章も残りあと数話。明日、明後日の朝も更新予定です。

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