第14話 地中からの伝言(黒羽)
「ジュール! だいじょうぶ!?」
ジュールを襲った仮面の毒矢使いを蹴り飛ばした右足を下ろしながら、マーユは大声で叫んだ。そのままジュールが四足で立ち止まる道の真ん中へ走り出す。
「お嬢!」
ジュールもすっくと二足で立ち上がるとマーユへ走り寄ろうとする。2人とも、襲撃者のほうは全く見ていない。
「ジュールくん! その箱、拾って!」
そこへアイララの精一杯の怒鳴り声が響いた。ジュールが来たほうと反対側、西のほうから必死に走ってくる。
マーユによって蹴り飛ばされ毒矢の襲撃者の手から離れた赤い小箱は、ジュールの近くにまで転がっていた。
「あ!? 誰だてめえ!」
しかしジュールはアイララのほうへ顔をしかめながら叫んだ。
その間にすばやく起き上がった仮面の者は小箱のほうに駆け寄り、さっと拾い上げると眼の前にあった大きなレストランの中へ駆け込んでいく。
「あー! マ、マーユ、追いかけてー!」
アイララが息を切らしながら大声を出す。すらりとした体型ときびきびした動作からは想像がつかないほど彼女の足は遅く、まだこちらまでは距離がある。
「え、あ、うん」
いま気づいたというふうにマーユはうなずくと、店の中に走り込んでいった。
☆★☆★☆
「もうさ、ここまで我慢してたけど、言いたいことが山のようにあるわけ! わかる? ねえマーユ、わかる!?」
アイララが目の前のローテーブルを平手でばんばん叩きながら言う。
「こっそり跡つけてたの、ごめんなさい。ジュールが心配で」
「あんた狙われてるんだから! 自覚が足りないよ!」
「うん」
「というか、どいつもこいつもボクの跡をつけて! ひどいよちゃんと言ってよ!」
そう叫ぶと、アイララはまたテーブルをばんばん叩く。
私たちがいまいるのはアイララのアジトではなく、中堅どころのホテルの一室である。ジュールと合流し、襲撃者を退けてから数時間後。時刻はすでに夜になっている。
毒矢使いが自分たちの居場所を把握しているようだということが私の記憶からわかると、そのままアジトに居続けるわけにもいかなかった。襲撃を防ぐ防犯機能がほとんどないからである。帰ってきたミダフスに相談し、ミダフスの知人がやっているホテルに行くことになった。高級ホテルではないがセキュリティはしっかりしているらしい。
駆けるようにしてホテルまで急ぎ、大きな4人部屋を確保して荷物をおろしてようやく一息ついたところで、アイララの不満が爆発したというわけだった。
なお、レストランに駆け込んだ毒矢使いはそのままどこかへ消えてしまい、捕まえることはできなかった。店の中に入ると迷いなく裏口まで駆け抜け、店員があっけにとられているあいだに裏口から消えたという。
私がそばで見ていた時間帯には、毒矢使いはどこにも連絡を取っていなかったしレストランにも寄っていない。ということは、毒矢使いはジュール捕獲の依頼が来る前から、レストランの構造を把握していたということになる。つまりたまたま駆け込んだのではなく、レストランになんらかの関係がある者なのかもしれない。
アイララやマーユもそこまでは考えたものの、今日のところはそれ以上のことはわからない。明日以降に調べてみることになっている。
「それにしても小箱は奪いたかったよ。ジュールくんのすぐ足元にあったのにー!」
「すまん。でもほんとにララスなのか、おまえ?」
「……そうだよね。考えてみればジュールくん、この姿のボクには会ったことなかったし、そりゃとっさに従えないか……」
話しているうちに落ち着いてきたのか、アイララは静かな口調になりソファに深く座り直した。
「なんにせよ無事でほんとによかったよ、ジュールくん。下手すると処分されてた可能性もあったみたいだし」
「お、おう……。ありがとな。あとお嬢、少し離してくれ」
腕にしがみついているマーユを引き剥がしながら、ジュールは居心地悪そうな顔をした。マーユは自分の動作に無自覚だったらしく、「あ、うん」といいつつあっさり離れる。そしてアイララに向かって首をかしげてみせた。
「あの赤い箱ってなに? アイララは知ってるの?」
「<夢の小箱>と呼ばれているものだよ」
答えたのはミダフスだった。2人がけのソファを独占して真ん中に座り、今日も優雅に茶を飲んでいる。
「持つ者に異能を与える小箱だという。北の大国ウォードでごく少数造られているようだが、原理は全くわかっていないのだ。ウォードから流出することはほとんどなく、持っている者も絶対に人に譲り渡したりしない。謎だらけの道具だな。ぜひとも手に入れて分析したいと、私も常日頃から思っている」
「あれを持っているものが、毒矢使いと黒い樹使いの少なくとも2人、この件に関わっていることになるんだから、ウォードがこの件に本格的に絡んでいることは間違いないね」
「ウォード……」
アイララの言葉にマーユは考え込む。
「ウォードはホルウォートで最大の国で、もっとも人口が多いしもっとも栄えている。<最初の七>の2人、聖王デュフォードと大賢者グルーニによって統治されていて、政治的にも安定しているようだな。それにあの地にはなんといっても、女神ノールが下り立ち、いまもおわすというノール神殿がある」
ミダフスが学生に講義するような口調で基本情報をさらさらと話すのに、アイララはわずかに顔をしかめた。
「……というのは、表向きの話さ。ウォードが裏で汚いことをやっているのを、あそこと対立しているボクはよく知ってる。じっさいあの子と初めて出会った夜も、ウォードの手先の邪術師に追われて追い詰められて殺されかけたところを、あの子に救われたんだ……」
「なんでアイララはウォードと対立してるの? 殺されるぐらいの対立ってどうして?」
殺されかけたという言葉に目を見開き、真剣な顔になりながらマーユは問いかける。
「…………」
しかしアイララは何も答えない。「……あ、ごめん、やっぱいい」とマーユはその顔を見て質問を撤回した。ミダフスはそんな2人を目を細めて観察している。
「あの、俺が話していいか? 大事な話がある」
そこへ、しばらく黙っていたジュールが声を上げた。
「大事な話?」
「うむ。俺がどうして、監禁から逃げ出せたのかという話、そしてこれからの話だ」
「……あ! そうだね! マーユはボクが助け出せたけど、ジュールくんはどうやって逃げ出せたのか、それを聞かなくちゃいけなかった」
アイララがうなずく。
「俺も助け出されたんだ。俺ひとりじゃどうしようもなかった」
「え? 誰に?」とマーユが不思議そうに問いかける。
「……あのひとにだ」
ジュールはそう言ってから、一瞬考え込み、こう言葉を続けた。
「骨の子……コボネさんにだ」
「!!!」
部屋にいる全員が真剣な顔になり、ジュールはとつとつと、以下のようなことを話し始めた。
☆★☆★☆
ジュールが囚われていたのは、他に誰もいない地下牢。脱出時にわかったことだが場所はマトゥラス東部、魔術研究所の近くだった。
牢内に、マーユとほぼ同じ、パンと水があるだけという環境で放置されていた。ただしツボは用意されておらず垂れ流しだったという。
どうやっても脱出はできそうになく、ジュールは完全に諦めていた。そのうち時間の経過もわからなくなり、ただ機械的にパンをかじり水を飲むだけの生活を送っていた。
ところがある時、横になっている自分の目の前に、地面からスッと板が出てきた。茶色い板だ。
そこには、「ジュールくん」と文字が書かれていた。
石の板はつぎつぎに地面から出てくる。
「いまから牢の鍵を渡すから、逃げて。援護するから大丈夫」
「逃げたら、マーユたちと合流して。そして、みんなに伝えてほしい」
「リーカは無事で、自分がちゃんと見ている。心配しないで、きっと会えると」
ジュールは、石板の主が骨の子コボネであることを確信する。
まずジュールがしたのは、子供の頃の行いを謝ることだった。土下座して謝った。
「きみの気持ちはわかってる。気にしないで。いつもマーユを守ってくれて感謝してる。ありがとう」と答えが帰ってきた。
そして、ジュールがずっと心の底で望んでいたことをいつか叶えてくれると約束してくれた。
ジュールは感激して涙ぐんでしまった。
それからジュールの目の前に、地中から鍵が浮かび出てきた。牢の鍵だった。
牢から出て、階段を上ると警備員が3人いた。1人を不意をついて殴り倒し、脱出しようとしたが2人目に掴みかかられた。
しかしそこに石板が現れてブロックしてくれた。その隙に外に走り出た。
石板が進む方向を示してくれ、指示どおりに全力で走る。
兵舎の近くまで来たとき、石板がまた現れて飛んできた何かを防いでくれた。
何かが飛んできた方向を見たらマーユがいて、その向こうから知らない女が走ってきながら何かを叫んでいた。
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「姿は見えなかったけど、安心感がすごかった。俺は、ほんと思ったんだよな。やっぱ俺、あのひと好きだ……」
いささか未整理な話をなんとか終えて、ジュールはしみじみとつぶやく。
「羽くんの記憶によると、きみ、子供の頃にあの子に乱暴してただろう……。好きってのはおかしくないかい?」アイララがいぶかしげに訊く。
「いやそれは……。はじめて見たときから、好きだなーって思って。で、気持ちがこう、盛り上がりすぎてさ……」
「そ、そうだったのかい。あれは、子供にありがちな好きだからこそってやつだったのか」
「だから、お嬢とも仲良くなったんだ。好きなものが一緒だから」
マーユのほうを見ながらジュールが言う。が、マーユは険しい表情できっぱりと言った。
「もう仲良くない」
「えっ」
「自分だけコボネと話して。自分だけコボネに助けられて。もう仲良くない」
完全にふてくされていた。
「そりゃないよ、お嬢……」
「なんで会いにきてくれないんだろ……。そんだけ動けるなら、なんで」
マーユはソファに沈み込みながら、すっかりうなだれてしまっている。
「そうだな……。ボクも不思議だ。なぜ姿を見せてくれないんだろう」
「あ!」そのときジュールが大声で叫んだ。
「そうだ、一番忘れず伝えてくれと言われたことがあった。とくにミダフス先生に、って」
「ほう? 彼は、私を認識しているというのだね。伝言とはなにかな?」
「あさっての暮れ方六つ(午後六時)、大公宮殿に全員で来てほしい。入り方は明日の夜、ミダフス先生に伝える。それまでに、ルギャンの墓を見つけておいてほしいと」
「!!!」
聞いていた全員が驚愕の表情になる。やがてミダフスの顔に、満面の笑みがひろがっていった。
「フフフ、私を試しているのか、よかろう! まだ見ぬ御子よ、明日じゅうに必ずルギャンの墓を見つけ、そこに記されたものを記録しよう!」
高揚するミダフスの横で、「なんで私には何もないの……」と、マーユはますますふてくされていた。
週末投稿予定でしたが、意外に早く本話が書けたのと、この次からの執筆がなかなか厄介で時間がかかるかもしれないので、早めに投稿することにしました。というわけでこの次話は予定未定、土曜日朝あたりにあげられたらいいなと思っています。よろしくお願いします。