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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第13話 逃走と毒の矢(黒羽)

 調査2日目。私は今日も各所に潜入し調査を行う予定になっている。

 アイララは市街を歩いて調査し、ミダフスは中央図書館でリーカが見ていた文献を探すという分担である。


 リーカが公弟ジラーに囚われていることはダンデロン商会での情報からわかったが、獣人の少年ジュールの居場所は全くわかっていない。

 マーユはジュールが殺される可能性にようやく思い至り、ひどく動揺している。

 大事な情報を持つリーカや父親が有力者であるマーユとは違い、ジュールにはなんの後ろ盾もなく、敵からすれば生かしておく価値があるわけではない。

 それに気づいたマーユは、今朝も泣きそうな声で、アイララと私にジュールの捜索を頼んできた。


 というわけで<円環>に関する調査はミダフスにまかせ、アイララがまず、ジュールが所属する兵舎に行って情報を集める。

 私は午前中他で調査をしたあとアイララと合流し、ジュール捜索の打ち合わせをすることになった。


 朝、私はまずルグランジュ商会に向かう。

 これまでのところルグランジュが動いているという情報はないが、ダンデロンが大きく動いている以上、なにかしらそれに対する反応があるはずだと考えられるからだ。

 しかし、私の予想はいろいろな意味で裏切られた。


 ルグランジュ商会の雰囲気は、ダンデロンとは全く違う。

 たとえば本店の店舗部分はごくわずかである。重厚な5階建ての建物の1階の受付部分で、カウンターが2つほどあるに過ぎない。

 ダンデロンとは違い大規模な事務オフィスもない。総務の小さな部屋と会議室が数箇所と、マーユが通されたような応接室が数箇所。あとは大半が個人オフィスである。同じような扉のついた部屋が廊下の両側にえんえんと並ぶ、まるで高級ホテルのような構造であった。

 つまりルグランジュ商会とは、かなり徹底した個人主義の組織なのであった。


 商会の幹部たちは個人オフィスでそれぞれ仕事をし、成果を上級幹部に書類で報告する。その情報は商会長テイラー・ルグランジュに最終的に集まり、定期的に仕事への評価が書類として提示され俸給が上下する。商会長の裁定は絶対であり、その裁定をひっくり返すには自分が商会長になるしかない。ひたすら業績を上げ、年末の総会で商会長に立候補し業績をアピールするしかないのである。

 このような上意下達の仕組みである反面、商会長や上級幹部には厳密な公平さと人物鑑定眼が求められる。それを少しでも欠けば、ようしゃなく地位を剥奪されることになる。


 メリネ・ルグランジュは10人ほどいる上級幹部の1人であり、私の持っていたイメージよりも偉かった。レドナドル方面の仕事を何割か管轄しており、サリーの父親も彼女の部下にあたる。

 とりあえず彼女のオフィスに入りこんでみたが、もくもくと書類仕事をしているだけで秘書ともほとんど口をきかない。明朗快活なイメージとは違い、非常に真面目で厳しい表情を崩さなかった。

 彼女の叔父にあたる商会長テイラー・ルグランジュの部屋へも忍び込む。黒く厳しい顔をした壮年の樹人で、こちらもひたすら経理関連の書類を読んでいた。

 なにもかも紙で動くこの商会で情報を得るには書類を盗み読むのがもっともいいのだろうが、そうなると私にはどうしようもない。私には書類を引っ張り出してめくる物理的な能力がないからだ。

 結局午前中はうつむいている人々の姿を上から眺めるしかなかった。正午ごろ、メリネは大きめの鞄を持ち部屋を出ていく支度をしながら、外出する、と秘書にそっけなく告げた。秘書のほうも行き先を聞きもせずはい、と応えるだけである。

 私はここでルグランジュでの調査に見切りをつけ、アイララと合流すべく兵舎のほうへ向かった。



☆★☆★☆



「ジュールくん、単純に脱走と思われていたよ。兵舎では時々あることらしいからね。彼の個人スペースはベッドとロッカーだけだが、ロッカーの中には何もなかった。いや厳密にいうと、悪くなったビスケットはあったけどさ……」


 ジュールについて聞いてきた者も、ジュール関連の訪問者もいなかったという。清掃婦として苦労して入り込んだのに無駄骨だったとアイララは愚痴った。


「これじゃ羽くんに潜入してもらおうにもあてがないね。なんとか今日中にジュールくんを見つけたいんだけど……」


 いろいろ考えた末、私は今日もダンデロンに潜入し、アイララは大公宮殿に入れないか調べることになった。

 昨日同様、ダンデロン商会の迷宮のような廊下を抜けてロレンツ・ヘイルの部屋に入り込む。

 ロレンツは昨日同様ソファに座り、菓子をつまみながら微笑んでいる。側近たちも椅子に座りロレンツの雑談相手をしている。誰も仕事らしきものはしていない。とくに状況が動いていないのかのんびりしたものであった。

 退屈な午後のあと、夕方になって様子が変わった。事務員に呼ばれて出ていった側近のひとりがあわてた様子で戻ってくる。


「豹人のあの子供が、警備を殴り倒して逃げ出したようです! いま数人で追っています!」


「なに!? きちんと監禁していなかったのですか?」ロレンツが大声を出す。


「いえ、例の場所にいつものやり方で閉じ込めてたので、脱出できるわけがないんですが」


「ドナテラの娘のときといい、緩んでるんでしょうかね……」


「捕まえられそうなのか?」別の側近が聞く。


「市街東部を、兵舎に向けて移動中のようだ。動きが速くてなかなか……」


「だから早く処分しておけばよかったんだ」


「無理を言うな! いちおう兵舎に所属してるんだぞ。細かい確認もせずに処分などできるか!」


「だからこそ早く処分しておくべきだったんだ! 兵舎に駆け込まれてみろ、もう手が出せなくなるぞ」


 側近が言い合うのをじっと聞いていたロレンツがおもむろに口を開く。


「毒矢使いを獣人捕獲に回しましょう。ドナテラのほうにも仕掛けていないようですしね。鳥を飛ばしてください」


「わかりました」


 ロレンツが書いた伝令紙を持ち、側近が2人、隣の部屋に移動する。いくつか鳥籠があり、黒い鳥がそれぞれ入れられている。どうやらこれがロレンツたちの緊急連絡手段のようである。

 1人が鳥を掴んでいるあいだに、もう1人がすばやく手紙を足に結ぶ。そのまま窓に近寄り、手を振るようにして鳥を宙に放した。

 鳥は勢いよく空へ飛び立つ。


 その背中に埋もれるようにして、私もまた空高く舞い上がった。



☆★☆★☆



 黒い仮面の毒矢使いは、大公宮殿にほど近い建物の陰にいた。予定ではすぐ近くでアイララが調査中のはずである。

 鳥の足から手紙を取り読むと、毒矢使いは「雑用を押し付けてくれる……」と小声でつぶやいた。仮面の機能か声は平板で性別不明である。

 腰に下げた袋から、赤い箱を取り出す。非常に小さい。両手を合わせるとその中に隠れてしまいそうだ。


「<印付けられた者よ>」


 小さくつぶやくと、それでジュールの居場所が特定できたのか仮面の者はフードを深くかぶり、迷いなく動きはじめた。もしや、毒矢を一度打ち込むと、対象者の位置が感じられるようになるのだろうか。

 だとするならこれはおそるべき技術といえたし、マーユの居場所も前からわかっていたことになる。

 それはこの者の能力なのか、箱の能力なのか。


 向かったのはジュールが所属する中央兵舎の東の十字路だった。

 建物の影に隠れて、じっと待っている。

 少しして道の向こうにジュールが現れた。周囲を気にしながら、兵舎に向かって四足で駆けてくる。

 それを確認すると、仮面の者は赤い箱を手のひらの上に乗せた。


「<穿て、毒ある銛よ>」


 ごく小さな声が漏れた。手のひらの上の箱が、ぱかりと開く。

 糸のように細い紫色のものが、音もたてずにすさまじい速度でジュールへと飛んでいき、何も気づいていないジュールに……刺さる前に、何かにさえぎられた。


 それは一瞬だけしか現れなかった。板だ。土色の板のようなものがジュールの目の前にとつぜん現れ、毒矢を防いでみせたのだ。

「えっ」と仮面の者は声を漏らす。ジュールが意図して出したものでないことは、今ごろなにかが起きたことに気づいてあわてて周囲を見ている姿から明らかだった。


 仮面の者の動揺は一瞬だけだった。すぐさま背筋を伸ばし、「<穿て>」と再び唱えはじめる。

 しかし次の瞬間、その背中は強烈に蹴り飛ばされた。

 仮面の者はたまらず、前方に飛ぶように投げ出される。普通なら本能的に受け身を取るところを、仮面がはずれないよう、両手で押さえたまま転がった。路上に右肩を打ち付け、う、と短いうめきが漏れる。箱は手から離れてジュールのいるほうへ勢いよく転がっていく。


「間に合った……!」


 マーユは蹴り飛ばした相手を見ようともせず、路上できょろきょろしているジュールを見てそうつぶやいた。

第四章も終りに近づき、まとめるのに苦労中。次話は週末(土曜日朝)になる予定です。

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