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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第12話 報告と禁忌(黒羽)

「パウリ・ロガンが情報を流していたとはね……」


 手のひらに包むようにして私の記憶を読み取り、それをマーユに伝えながらアイララはため息をつく。

 私のパニック状態はしばらく空を飛んでいるうちおさまったが、いわくいいがたい不安感は消えなかった。パニックが再発する可能性もあると判断した私は早めにアジトに戻り、こうしてアイララに今日の出来事を伝えている。


 アイララの仮住まいは南部スラム街の西側、エドラン工房まで歩いて10分ほどの場所にある。

 以前から使っているというタダ同然の賃貸の部屋で、通りから見ると出入り口があるのかも判然としないほど壊れた廃屋である。中もボロボロだが壁や屋根はちゃんとしており、古いソファやテーブルも揃えてあって意外に居心地はよかった。


「サリー……可哀想だ」


 アイララの指の隙間から、マーユがソファに座らずに歩き回りながらそうつぶやくのが見える。


「そうだね、サリー嬢は情報源として利用されているだけだろう。少し会っただけだけど、彼女自身に企みがあるとは思えない」


「当たり前。あの子はずっとそう。頭がよくて人気があるから、大人に利用される。なんにも悪くない、いい子なのに……」


 マーユの怒りがこもった言葉に、アイララは黙って首をかしげた。(そうかな……)といいたげな仕草だったがマーユは気づかず、アイララもすぐに話題を移す。


「こちらの調査だけど、エドランからはこっそり伝言が届いてた。マーユたちが襲われる少し前に路上で襲撃されたらしい。なんとか逃げたけど、いまは身を隠してるそうだよ。エドラン工房は封鎖されてて警備員が立ってた。近づくのは無理だし、中にリーカの残したものがあるにしても、もう見つかって持ち出されてるだろうね」


「エドランも可哀想だね……」マーユが言う。


「いやまあ、彼はそういう仕事だからね。情報屋なら覚悟してるリスクだ。で、中央図書館には入れなかった。清掃員になってトライしてみたけど全く無理だね」


「ロガン先生やサリーに化けたら、入れたんじゃない?」とマーユ。


「いや無理だよ。変身ってそんなに万能な能力じゃない。ララスとか清掃婦のおばさんとか、適当にそれっぽい感じの姿にはなれるけど、実在の誰かになりすますのは困難だよ。少なくとも3日間ぐらい、ずっと貼り付いて観察して容姿を記憶しないと無理さ」


 アイララは肩をすくめてみせる。


「なるほど……興味深い」


 ねえ、とマーユが声をあげた。


「ずっと観察すればいけるんなら、私にならなれるんじゃ。……って、意味ないね」


「だね。マーユの姿で現れたらすぐにダンデロンの人間が飛んでくるだろ。まあ中央図書館は入れても無駄足になった可能性が高い。リーカは中で閲覧してただけで本を借りてはいないから履歴も残っていないだろう」


 アイララはまた肩をすくめた。


「学校には行ったのかね?」


「ララスの姿で少し。といっても、もう夏休みだからね。学校にほとんど人はいなかったよ」


「えっ!? あ、そうか!」とマーユが大声を出す。夏休みに入ったことを、いままで認識していなかったのだろう。


「夏休みなのに、監禁されてまずいパン食べてたんだ私……」


「貴重な経験ではないか」


「そんなわけない。……すっごく損した気分」


「まあまあ」


 肩を落とすマーユに慰めの笑顔を見せたあと、アイララは一転して渋い表情になる。


「で、最後に行ったのが魔術研なわけだけど……大問題だったね」


「大問題? はて、何が?」


 その声に、アイララはきっとソファのほうを睨んで叫んだ。


「あなたが、ですよ!」


 さっきから平然と会話にまじり相槌を打っていた小男、マトゥラス魔術研究所教授ルゲ・ミダフスは、ソファに腰掛け優雅に紅茶を飲みながら、なんのことだ? と言いたげに首をひねった。



☆★☆★☆



「助手志願者になりすまして行ったんだけど、話してるうちにどんどん情報引き出されてさ……。まずいと思って早めに引き上げてアジトに帰ってきたら、尾行されて、姿変えるとこ見られちゃったんだよね……。全く気づかなかったよ、このボクが……」


 アイララはがっくりと肩を落としている。


「尾行用の消音魔術があるのだよ。たいした効果があるわけではないが、君の頭の中には、私に尾行されるという考えが全くなかったからよく効いたのだろうね。これからは気をつけたまえ」


「はあ……。あの、帰ってくれませんかね?」


「帰していいのかね? もう私は、重要な情報をずいぶん聞いてしまったが」


「それは……マーユがどんどんしゃべるから……」


 私が帰ってくる直前、ミダフスが現れると、マーユはあっさりといろいろなことを話してしまったらしい。


「ミダフス先生は大丈夫、だと思う。へんな人だけど……」


 マーユの言葉にミダフスはハハハ! と愉快そうに笑い、アイララは頭が痛いといった仕草をした。とはいえ、話の途中でも叩き出そうと思えばやれたはずで、アイララも半ば黙認したようなものではないだろうか。


「マーユ君の判断は正しいよ。私を味方につけるメリットは大きい。たとえば中央図書館だが、私ならばいつでも入ることができる。また、文献を漁ることにおいては余人の追随を許さないよ。リーカ君とやらの調べていたこと、私が調べ直してあげよう」


「それは助かりますけど……あの、教授になんのメリットがあるんですか、そんなことをして」


「メリット? ……水人君、君はわかっていないね。協力する理由は、興味深いから、だ。学者にそれ以外の理由など必要ない」


 ミダフスは曲がった背を少し伸ばし、得意げに眼鏡の位置を直した。


「幻の水人、意識を持つ黒い羽、異常に近い魔術素質を持つ我が愛弟子……。これほど面白い事柄が詰まっているのだ。私はひさびさに胸が躍っているよ! ハハハ!」


 口角を上げて笑う小男を見て、アイララはあきらめたような顔になる。一ヶ月ちょっと通って働いただけで愛弟子扱いにされたマーユはきょとんとしている。


「まあおっしゃるとおり、たしかにミダフス教授の協力は助かります。マーユが動けない以上、私と羽くんだけでは厳しかったのは確かです。ご協力お願いできるなら、ぜひ」


「うむ、よかろう。……というわけで、そろそろ本題に触れようではないか」


「ほんだい?」 マーユが不思議そうにつぶやく。


「うむ、さっき羽くんの記憶とやらを読み取っているとき、水人君の顔色があきらかに変わった瞬間があったな。なにか、非常に重要な情報があるのだろう?」


「…………」


 アイララは厳しい顔つきで少し考え込み、それから顔をあげてマーユとミダフスを見た。


「羽くんによれば、ロレンツ・ヘイルとその一味は、ある言葉を口にしていたそうです。大公家の最大の秘密、として」


「ふむ……? その言葉は?」


「<円環>」


 そう口にしながら、アイララは暴れだそうとする私の体を手のひらに挟むようにして押さえる。


「<円環>……だと?!?」


 落ち着き払っていたミダフスが、思わずといった感じで腰を浮かす。


「……まさか、マトゥラスにあるというのか!? なぜだ!?」


「岩人から初代大公が預かった。そう、リーカは考えていたようです」


「ということは、<赤>か……。予想だにしなかった。それは、予想外だったよ。まさか、騒動の中心が<円環>とは! なるほど、公弟だのダンデロンの幹部だのがぞろぞろ出てくるわけだ!」


「あの……」 マーユがおずおずと手を上げた。


「あの……えんかん、って、なに?」


 その問いに、アイララとミダフスは視線をかわす。どっちが説明するのか、視線で譲り合いをしたあと、アイララが声をひそめるようにして話し始める。


「マーユ、女神ノールと3匹の魔物の話は知ってるよね」


「うん、絵本で読んだし、学校でも教わったよ。女神ノールは好き勝手にしてた3匹の魔物と話をして、力をひとつにまとめてノウォンを生んだ、っていう」


「そのとき、ノールは魔物のパワーを封じてノウォンに変える仕掛けを作った、とされてる。それが<円環>。そう、ごく一部で呼ばれているんだ」


「あ!」


 マーユは叫んだ。


「そういえば絵本のなかの絵に、3つの輪っかが描かれてた! 赤と青と緑……」


「そう、それだ。我が愛弟子は記憶力がいいな」


 ミダフスはマーユにひとつうなずくと、人差し指を立てて話を続ける。


「だが、出来事自体は絵本に描かれるほど有名なのに、それに関する情報は厳重に秘されてきた。専門家でもないかぎり、<円環>という言葉すら知っている者はわずかだ。ダンデロンの幹部も知らなかったぐらいだからね。つまり、だ」


 ミダフスは、いままでになく真剣な表情になった。


「<円環>とは、大いなる魔を封じたもの。ホルウォートの禁忌なのだ」

マーユが読んでいた絵本については、第二章第5話「優しい日々」で触れられています。

https://ncode.syosetu.com/n0007ds/13/

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