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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第9話 監禁と変身(黒羽)

 何もない部屋で、マーユは目を覚ました。

 古い木の床に薄い毛布が敷いてあり、マーユはそこにもう一枚の毛布を掛けられて寝かされていた。

 毒の影響か、目覚めたあともなかなか起き上がらない。ぼうっとした目で天井や、天井近くの小さなあかりとりの窓を見上げ、また目をつぶりごろりと横向きになった。

 数時間後、むくりと起き上がる。ようやく立ち上がり、部屋を見回し、あたりを調べ始めた。


 まず扉を調べる。鉄芯が入っているらしい重厚な扉で、こじ開けられる可能性は全くない。これは予想通りだったのか、マーユはあっさり諦めて次に移る。

 部屋の隅に卓がひとつ置いてあり、上に焼きしめたパンが大量に置かれている。その横に水甕とひしゃくがあった。

 マーユは卓に歩み寄ると、最初は毒味するようにパンと水を口にする。どうやら毒がないとわかるともそもそと時間をかけて食べ、ひしゃくから直接水を飲んだ。

 卓の反対側には蓋付きの壺がひとつ置いてあった。覗き込んだり叩いたりして、壺がある意味を知ろうとマーユは首をひねる。


「あ……」


 ようやく用途に思い当たるとマーユは赤くなり、ぎりっと奥歯を噛み締めた。

 部屋にあるのは卓と水甕と壺だけだった。他には分厚いガラスがはまったあかりとりの窓があるが、卓の上に立ったとしてもマーユには手が届かないうえ、大きさ的にも脱出は不可能だった。


 そのまま5日が過ぎた。

 ほとんど完ぺきともいえる監禁だった。マーユの部屋には誰ひとり来ないので、脱出の余地は全くない。焼きしめたパンは半月ぶんはあり、少なくともその程度の期間は監禁しておくつもりだと思われた。

 マーユは目覚めた翌日になるとあまり動かなくなった。毛布を壁に寄せて敷き、その上に座って壁にもたれてぼうっとしている。心が折れているのが目に見えるようだった。

 しかし3日目になるとひたすら武術の型を繰り返しはじめた。下着だけになり、動いては休み、動いては休むのを繰り返す。


 5日目の午後、部屋の扉がふいに開いたときも、マーユは下着姿で空中に向かって回し蹴りを放ったところだった。

 大股開きの下着をもろに見て、質素な服に身を包んだ清掃婦らしい中年の女は目を見張る。

 いきなりのことにマーユも一瞬硬直したが、我に帰るとすぐさま身構えた。

 しかし清掃婦はくすりと笑いをこぼし、低い声で面白そうに言った。


「元気そうだね、マーユ」


「えっ」


 声を聞いたマーユは戸惑った顔のまま、中年女の顔をまじまじと見つめ、それから小さくつぶやいた。


「……ララス?」


「正解。助けに来たよ、マーユ」


 中年女の顔と身体がふっと曖昧になり、水の雫でできているような輪郭だけが残る。

 まるで水たまりに映る者が交代するように、その輪郭の中に別人の顔が浮かび上がってくる。

 そして猫背でガリガリの気弱そうな少女、ララスになった。


「はい、ララスだよ。だけど、残念だけど彼女とはお別れ」


 ララスの顔も、あっという間にぼやけた。今度現れたのは、すらりとした短い銀髪の少女だった。きりっとして活発な印象の顔がいたずらっぽい笑みをたたえている。


「はい、これがボクだよ」


「……いや、だれ?」


 マーユはつぶやいた。



☆★☆★☆



 マーユが閉じ込められていたのはマトゥラス市街ではなかった。マトゥラスの最北部を出たところ、さびしい平原がひろがる地域にある古い倉庫だった。


「表に出せない荷物とかを死蔵しとくところみたいだね。所有は小さな商会だけど、実質的な所有者はダンデロン商会だよ」


「そう……」


「まあたぶん、今度のマーユみたいに、こっそり人を監禁する役目もしてるんだろう。こんな僻地の倉庫なのに、やけに気合の入った警備員がいたよ。おかげで、こっちも変装しなきゃいけなかった」


 ララスだった少女とマーユは夕方ごろに倉庫を無事脱出し、その夜は平原で小さな焚き火を囲んでいる。

 目立つのではないかとマーユは心配したが、これを入れれば大丈夫、と少女は小さな石を取り出した。

 それを見てマーユは驚きのあまり口をぱくぱくさせた。


「ほいっ」と、少女は無造作に石を火に投げ込む。


「あ、あんたっ! そ、それ……」


「うん、水人の結界石、のかけら。マーユが持ってるのと同じ石の、かけらのひとつだね」


「ど、どうしてっ!? どうして持ってるの?」


「それは、この石が、もともとボクのものだからだね。ボクが、あの子にあげたものなんだよ」


 銀髪の少女はちょっと夜空を見上げてから、マーユを見てにっこり笑った。


「自己紹介しなきゃね。ボクの名はアイララ。水人の生き残りだよ」



☆★☆★☆



「……いろいろ話すことがあって、何から始めればいいのか迷うな」


 アイララと名乗った少女は焚き火のそばで胡座をかき、手に持った枝で火をつつきながら語り始めた。


「ああ、思い出すな、あの夜……。ボクとあの子は、こんな焚き火の前ではじめて出会って、一晩いっしょに過ごしたんだよ。お互い首が取れちゃったりして、大変だったけどね、アハハ」


 けらけらと笑うアイララを、マーユは眉根を寄せて見ている。


「……冗談?」


「いや冗談じゃないよ。首が取れたのは本当さ。もっと詳しく話そうか?」


「……それはあとでいい。ララス……えーと、アイララは、なぜララスのふりをして私に近づいたの?  いまのコボネについて、何を知ってるの?」


「実のところ、ほぼ何も知らないんだ。だから、君に接近したんだよ」


 銅のマグカップに入った茶に口をつけながら、アイララは情けない顔になる。


「はじまりは6年前さ。ボクは、かつてボクのものだった水人の結界石が砕けるのを感じた。ボクは、結界石がどうなってるか、どこにあるのか、なんとなくわかるんだ。所有者だったボクだけの特権だね」


 マーユは口をはさまず、アイララの口元を真剣に見つめている。


「ただ、それもこれも、結界石がちゃんと働いてれば、の話だよ。結界石が持ち主を失い光を失うと、ボクにもわからなくなる。ボクは急いでレメディスを出て、あの子と結界石を探した。そして、ザグ=アインの北の谷を流れる川の中で、いま投げたかけらを見つけたんだよ」


 アイララは胡座のまま、空のほうを見上げた。


「でも、そこまでだった。次のかけらを探す前に結界石の光は完全に失われ、ボクは、あの子は死んだものと思わざるを得なかった。悲しかったよ。たった一晩過ごしただけの関係なのに。わんわん泣いた。あの子は、ボクの命の恩人だからね」


「命の恩人。私にとってもだよ」マーユが突然言った。アイララは、ちょっと意表をつかれた様子を見せたあと、くすくす笑う。


「いや、そんなとこで対抗しなくてもさ……。ともかく、ボクは肩を落としてレメディスに戻った。でも、いまから半年ちょっと前、結界石がまた光りはじめた。だから、もろもろの障害を蹴飛ばして、ボクはここに来たのさ。君が持ってるかけらに引き寄せられて、ね」


 マーユは悲しそうに何もない首元を触った。結界石の入った袋は監禁されたときに取られたらしい。それを見て、はい、とアイララは何かをマーユに投げ渡す。


「!!!」


「ダンデロン商会の支店にあったよ。本店に運ばれる前だったみたいだね。それがマーユから離れたところにあったせいで、助け出すのに時間がかかったんだ。すまなかったね」


「ありがとう……」マーユは、結界石の入った小袋をぎゅっと握りしめた。


「話を続けようか。最初にマトゥラスに来た君を見たとき、ボクは君が何を考えているのかわからなかった。君はあの石について、ほとんど話そうとしなかったしね。だから、ララスという少女を作り出して、同級生として君に近づいたんだ」


「……ララスが学校の生徒じゃないことは、なんとなく気づいてた。サリーや先生と会わないように、会わないようにしてたし、定期試験の日取りも知らなかったし」


「アハハ、ばれてたか。ともかく、ボクは君に情報を与えて、君が何を考えてるかを確かめたかったんだ。だから盗み聞きもした」


「工房の帰りに襲ってきたのも、アイララ?」


「いや違うね。あれは、君をずっと監視してた者のしわざだと思うよ」


「監視……?」


「やっぱり気づいてないか。君のまわりには、いつも監視の目があったよ。複数の目が、君を見てるのを感じることもよくあった。まあ、ボクもその1人だったわけだけど」


「ええ……? そんなわけないよ……」


「そんなわけあるよ。君、レドナドルでも襲われてたんだろ? たぶん、誰かがそうやって折りにふれ、君の力を確認してるんだろう」


「ええー……」マーユは鼻の頭にしわを寄せ、苦いような酸っぱいような顔になった。


「ボクが心底びっくりしたのは、あの岩人の少女、リーカがボクたちの前に現れたことだった。彼女はたぶん、あの子のこの6年間の事情を知ってる。よっぽど、ボクがさらって縛り付けて全部聞き出そうかと思ったよ」


「ちょっと!」


「でもさ、君もそうだろ? こっちは石なんてものを手がかりに必死で手探りしてるのに、彼女は全部知っててさ。悔しいな、ムカムカするな、と思ったろ?」


「…………ちょっとだけ」マーユは、小さな声で答えた。


「アハハ、正直でいいね! まあでも、リーカはリーカで必死に情報を探してて、それがあの子と関係してるらしいってことはすぐわかった。だから陰ながら図書館の件も協力したし、彼女が話してくれるまで遠巻きに待つつもりだったんだ。でも、もう少しちゃんと、彼女に近づいて守るべきだった」


 アイララは持っている木の枝を、地面にばかん、と叩きつけた。見るからに悔しそうだった。


「アイララ、私たちが襲われた理由は? 敵はどこのだれ? リーカはとジュールは、いまどこにいるの?」マーユは、畳み掛けるように訊ねる。


「……襲撃には、ダンデロン商会が関わっているんじゃないかと思ってる。あの倉庫が使われたことと、結界石が商会の支店に運ばれてたことから、まず間違いないと思うよ。ダンデロン商会の内部にはつねに権力争いがあり、それは大公家の権力争いとたいてい連動している。だから今回も、君たちがそれに巻き込まれた可能性は高い。そしてたぶん、鍵を握るのはリーカが調べていた何かだろう」


 そこまでしゃべってアイララは肩をすくめる。


「……でも、推測できるのはこのくらいだ。ボクは、図書館でリーカの調査を手伝ってもいないんだ。君のほうが情報を持っているんじゃないか」


「そう……かな。じゃあ、話せることはぜんぶ話す」


 マーユは横座りしていた身体を起こし、背筋を伸ばす。

「いや」とアイララはゆっくり首を振った。


「いい機会だからね。君の従者から聞いてもいいかい?」


「じゅうしゃ?」マーユはきょとんとする。


「うん、君の周囲をつねに飛び回ってるよ。たぶん、君が見たものはみんな、彼も見ている」


 アイララはふいにマーユの頭上を凝視した。そして


「ねえ、そうだろう、黒い羽くん?」


 そう、()()()()()()()

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