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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第8話 消息と黒い樹(黒羽)

「生きてるんだね!? コボネは……無事なんだね!?」


 マーユは立ち上がると、テーブル越しにリーカにぐい、と顔を近づけて叫んだ。

 だが、リーカの反応は芳しくなかった。


「……コボネ?」


「生きてるの? ねえ!?」


「あノ……コボネっテ何?」


「コボネはコボネだよ! 私がつけたの! あの石を持ってた、あの子の名前だよ!」


「えエー……」


 リーカはなんともいえない、苦い顔をした。


「カッコわるイ……」


「そ、そんなことないでしょ!? 可愛いよね!?」


「もうちょっと、何かなかったノ?」


「何かって何? たとえば!?」


「ガ……ガリンバーン、とカ」


「ガリンバーン!? なにその硬そうな名前! 骨でできてるからってそんなのないよ! コボネはもっと可愛いよ!」


「岩人の名前ハ、硬そうなノがカッコいいノ!」


「コボネ岩人じゃないから!」


「でもカッコいいでショ!」


「可愛いのがいいんだよ!」


 そこで叫び疲れたのか、言い合いがいったん止まり、ぐっと間近で睨み合ったあとで、両者我に帰ってすとんと椅子に腰を落とした。


「ええと……。こんなことで喧嘩してる場合じゃなくて」


「うン。……結論からいうト、御子ハ生きてるヨ」


「御子? 御子って呼んでるんだ……。そっかー」


 マーユは脱力したように言った。


「石が光ってるから、生きてるんじゃないかとは思ってたけど」


 目から涙が溢れ出し、それを袖でぐいぐいと擦る。


「そっかー……。よかった……」


 そう言いながら泣くマーユをじっと見ていたリーカは、悔恨のにじむ声でつぶやく。


「もっと、早く伝えればよかっタ……。ごめんネ……」


「ううん……。リーカ見てたらわかるから……。何か、大変なことになってるんだよね……」


「そうだネ。……ザグ=アインからはネ、6年前、地霊様が消えたノ。だかラ、大変なことになっタ」


「地霊……ルズラさん?」


「ルズラヴェルムを知ってるノ!?」


「うん……。小さい頃、1週間ぐらいだったけど、一緒にいたよ。あと、ガジルさんっていう岩人も」


「エッ……ガジルさんも知り合いなんダ。……それを早ク知ってれバ、こんなに隠すこトなかったナ……」


「それはお互いさまだよ。……で、ルズラさんに何があったの?」


「……一言でハ、とても言えないヨ。ともかク、御子は地霊様と同じ時ニ、大変な目にあったみたイ……。一度死んダ、って言ってタ……」


「……死んだ? え? どういうこと?」


 リーカは小さく首を振る。


「ごめん、私モ、くわしく知らなイ。御子と話せたのハ、ほんの少しだけなんダ……。でモ、御子がまタ動けるようになっタのは、去年の終わりごロ」


 それを聞いて、マーユは息をつきながら何度もうなずいた。


「……やっぱり、あの石が光ったのは、そういうことだったんだね……」


「そうだネ。実ハ、私も光って見えル」


「えっ……ほんとに?」


「うン。たぶン、あの石は実際に光ってるけド、それを隠す働きガあるかラ、光って見えなイ。デモ御子と深イ関わりがあるト、その隠す効果ガ働かなくなルんだと思ウ」


「そっかー。……やっと、答えがわかった。ずっと気になってたんだ」


 マーユはふふ、と小さく笑い、冷めたお茶をちょっと行儀悪く音をたててすすった。


「エドランから聞いてル。マーユの3つの疑問。残りノひとつは……他のカケラの行方」


「うん、それを探せれば、コボネにたどりつけるかな……って」


「カケラのひとつは……御子が持ってるヨ」


「えっ!?」


「でモ、外からハ感じられないかラ、探すのはムダ。……それにネ、探す必要はないヨ」


 リーカはお茶をこくりと飲んで、ほんのり微笑んだ。


「御子は……もうすぐ来ると思ウ。ここ、マトゥラスに。だかラ、会えるヨ、きっと」


「…………」


 マーユは、リーカの言葉を噛みしめるような表情をしたあと、「……そっかあ」とつぶやいた。

 その顔に、隠しきれない笑みがひろがった。


「たダ……その時、驚かないデ。いまの御子ハ……」


 リーカが言いかけたとき、工房の玄関あたりから、ガコン! と、扉が乱暴に開けられたような音がした。


「エドラン、帰ってきタ? 今日は遅くなるっテ言ったのニ……」


 リーカは玄関を覗こうと、立ち上がって工房の入り口へ歩いていく。マーユはお茶の残りを飲み干しながら、その背中をなんとなく目で追っていた。

 そして、リーカの足がふいに宙に浮くのを見た。


 リーカはとっさに手足を振り回して抵抗するが無駄だった。

 ジジジ! と何かが震えるような音がして、リーカの身体は痙攣すると、だらりと脱力した。

 そのままリーカの身体は無造作に落下し、頭部が激しく床にぶつかるときの不吉な音が響いた。



☆★☆★☆



 喉元を掴まれて持ち上げられ、そのまま何かの衝撃を受けたリーカは、床に落とされた状態のまま微動だにしない。生きているのかすらわからなかった。

 マーユは椅子から立ち上がったものの、何が起きているのか把握できず、口を半開きにして固まっている。

 工房の入り口を通って、襲撃者がゆっくりと姿を現した。


 マーユは見ているものが信じられず、目を見張ったまま動けない。

 室内に現れたそれは、一見、ただの樹のように見えた。

 植えて数年の若く小さな街路樹を思わせる姿で、それでもマーユ二人分ぐらいの高さがある。工房の高い天井を、上のほうにある枝と葉がこすってバチバチ! と音をたてる。樹肌も葉も汚れた黒だった。

 それが室内をすうっと動いてくる。異様だった。


 樹の形をしていながら、動きは遅くない。

 マーユは我に帰ると、ようやく動き出した。

 進んでくる樹から一定距離を取りながら、慎重な足取りで部屋の脇へと回り込む。まずは倒れているリーカのところへたどりつくため、樹をやりすごす動きだ。

 黒い樹がふいに加速した。マーユに急接近すると、上部の枝が幾束か、ばさり、と動いた。次の瞬間、葉のついた大きな枝が、すさまじい速度でマーユに振り下ろされる。マーユはとっさに横転してそれをかわしたが、右足のふくらはぎを小枝で打たれ、う、と小さく声を出す。

 打ち下ろした枝が、横にさっと払われる。今度は腰をしなる枝で打たれ、マーユは吹き飛ぶように部屋の反対側に転がった。


「……つよい……」


 身を起こしながら、うめくようにマーユはつぶやく。その間にも、黒い樹はマーユとの間を詰めてきている。

 くっ、とマーユは下唇を噛み、全身をかがめる。

 樹の枝がざわり、と動き、叩きつけられる直前に一気に飛び出した。落ちてきた枝の束をかいくぐり、黒い樹の幹に向かって突進する。幹にぶつかる寸前でわずかに左に身をかわし、樹とすれ違って、玄関近くに倒れるリーカのもとへ行こうとして……何かに右肩を突き飛ばされた。バチッ、と異様な音がしてきなくさい匂いが立ち上がる。


「ぎっ……!!」


 衝撃の正体は、雷の力だった。右肩からそれを流し込まれたマーユは硬直したまま床を滑っていく。作業台のひとつに当たって、ようやく止まった。

 

 もがきながら樹のほうを見て、マーユはまた驚愕の表情になった。

 マーユを突いたものの正体は、樹の幹の中ほどから突き出た人間の腕だった。よくみると、腕の少し上の幹に、埋め込まれるように目らしきものがある。空洞のような目がマーユのほうを向き、樹がまた近づいてくる。


 すぐに起きあがれず、床の上で上半身をなんとか起こすが、身体に力が入らない。

 そこに、黒い枝の束が落ちてきた。

 マーユは、あきらめたように目をつぶろうとした。


「おらっ!」


 うなるような野太い声がした。黒い樹がふいにぐらりと安定を失い、枝はマーユを直撃せず、すぐ右にばしゃ! と叩きつけられた。


「お嬢!」


 ジュールが吠えながら、四足で玄関から走りよってくる。マーユはまだ下半身に力が入らない状態のまま、両手を広げてその首を掻き抱いた。


「お、おう、お嬢落ち着け。よくわからんが、襲われてるんだな?」


 マーユは震えながらうなずく。


「犯人はそいつだ。そいつが、その樹を操ってやがるんだ!」


 ジュールは玄関付近に立っている人影を指差した。


「……人をいきなり突き飛ばすとは、躾のなっていない獣だ……」


 甲高い中性的な声で、その人影は言った。

 濃い緑のローブを着込み、顔に奇妙な仮面をつけている。満面の笑顔を浮かべる、丸顔の老人の仮面だった。その後ろから、感情のない機械仕掛けのような声が漏れてくる。

 胸の前に掲げた左手に、小さな赤い箱を持っていた。


「……手間が増えるが、仕方ない……」


 仮面の怪人は空いた右手で何かを振りまくように自分の前の床に投げ、気取った仕草で指を鳴らす。

 するとそこに、無数の木の枝が生えてくるのが見えた。

 枝は数瞬のあいだに絡み合いながらみるみる伸びて、壁になり、玄関と仮面の男、そしてそのそばに倒れるリーカと、マーユたちの間をへだてた。

 玄関までのわずか数歩の距離が、もはやおそろしく遠く見えた。


「くそっ、閉じ込められた!」


 ジュールが小声でつぶやく。


「来るよ!」


 マーユはジュールが来て元気になったのか、見違えるように張りのある声を出した。


「おう!」


 ジュールは樹の前に躍り出て、挑発するようにステップを踏む。樹の枝がばさりと揺れ、ばしゃん! と叩きつけられるが、ジュールは軽々とそれをかわした。


「ぬるいぬるい!」


「近づいちゃダメ! その手に掴まると雷流されるよ!」


「そんでも攻撃しないと始まらねえぞ。火が効くだろこいつ! 近づくから、そんときだお嬢!」


「……わかった!」


 ジュールはまた降ってきた枝を前転してかわし、樹の幹に近づくとガツッと蹴りを入れた。幹から生えた両腕が、ジュールを掴もうと動く。ジュールは間一髪でしゃがんでそれを逃れる。


「<燃えるもの現れよ!>」


 そのときマーユが叫んだ。マーユの右手首から先が、轟々と燃える炎に包まれる。ミダフスの指導によって、リーカの「指の火」は大きく成長していた。

 マーユはためらいなく走り、ジュールを掴み損ねた直後の樹を、反対側から燃える手で殴りつけた。


 マーユの拳は、黒い幹をやすやすとえぐった。

 異臭が立ち上り、頭上から大量の黒い葉がいっせいに降ってくる。樹はゆさゆさと左右に揺れ、嵐の中にいるようだった。


「効いた!」マーユが叫ぶ。後転で距離を取ったジュールは「よっしゃ!」と声をあげ、「もういっちょだ、お嬢!」と怒鳴った。

 マーユはうなずくと、炎をまとった拳を握りしめた。


 そして、そのまま倒れた。

 目の前の樹にもたれかかるように前に崩れると、ずるずると床に伸びる。


「お嬢!?」


 ジュールの狼狽した叫びも、途中で途切れた。その顔の右側に、液体でできた矢のようなものが打ち込まれたのだ。

 矢の衝撃に頭を揺らされたのか、へなへなとジュールは崩れると、どさりと倒れた。

 どうやって姿を消していたのか、工房の奥の台所の入り口あたりから、人影が部屋の中央に歩み出てきた。フードを深くかぶり、黒一色の仮面で顔を隠した小柄な人物だった。やはり、左手に小さな箱を持っている。


「済みましたよ」


 枝の壁の向こうの男に、小柄な人影は呼びかけた。壁が消え、老人の面の男が部屋に入ってくる。


「人を攫うなら、毒矢で眠らせるのが一番ですよ。最初から、こちらに任せればよかったのに」


 フードの人物はたんたんと言い、倒れるマーユとジュールを見下ろした。

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