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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第6話 魔術研のマーユ(黒羽)

「お嬢、やめておいたほうがいい。魔術には深入りしないほうがいい」


 ジュールは魚のフライが刺さった串を振り回しながら、そう力説する。

 6月も第2週に入った休日。いつものように屋台めぐりをしながら、ジュールとマーユはララスの提案について話し合っていた。ちなみにララスも食べ歩きに誘ったが、調べることがあると断られている。


「でも、図書館に入る手が他にない。勉強は……絶望的」


「それでもだ。お嬢の魔術、簡単に人に見せないほうがいい。お嬢は昔、その力のせいで狙われたんだろ? お嬢の親が魔術について何も教えなかったのも、お嬢の安全のためだと思うぞ」


「私が狙われて、いまもたまに狙われるのは、身体に質のいいノウォンがあるからだって。魔術はあんま関係ないよ」


「いや関係あるだろ。そのいいノウォンを使って魔術が出るんだから。お嬢は大魔術師になれる可能性があるんだよ。だから狙われるんだ」


「んんー」マーユは考え込んだ。即断即決に見えて、最近の彼女は意外に考え込んでしまうことが多い。


「…………」


 ジュールは黙ってマーユの答えを待つ。しばらくして、マーユは顔をあげた。


「でも、それでも。私は情報が欲しい。やれることがあるならやりたい」


 そう言ったあと、マーユは小声で付け加えた。


「……コボネに、会いたい」


「そうか。ならもう止めない。だけどな、気をつけろよ、お嬢……」




☆★☆★☆




「ねえ、ほんとに大丈夫なの。魔術研って、いい噂聞かないよ」と、サリーは周囲をこわごわ見回しながら言った。


 暦は進み、6月3週になっている。

 マーユはマトゥラスの東端にある、古びた大きな建物の前にいた。色も大きさも異なる箱がいくつも融合したような奇妙な作りで、地味な石造りの建物が多いマトゥラスでは悪目立ちしていた。

 マトゥラス魔術研究所として知られているここは、大公家とは基本的に無関係な、民間の組織である。

 マードゥの魔術研究の聖地と言われてはいるが、実用性に欠ける研究ばかりしている金のない組織としても有名であった。だからこそ学生助手という制度があり、研修の名のもとに若者を低賃金でこき使うのが当たり前になっている。

 ただし助手にはいくつかの特典があった。そのひとつが、中央図書館の期限付き入館許可証である。


「大丈夫、考えて決めたことだから」マーユはいつものように淡々と答える。


「そう……。ねえ、どうして突然、魔術研の助手なんて言い出したの。商業学校で志望者が出るの、2年に1人ぐらいだっていうよ」


「そうだな。学生助手はわりと頻繁に募集されてるが、たいていは薬科学校や冒険者学校の生徒がなる。なぜなろうと思ったのか、先生も知りたいよ」


 サリーの後からそう言ったのは、副担任のパウリ・ロガンだった。


「……中央図書館に入って、本を読みたくて。でも……成績悪いので」


「なるほど……マーユ、昔から本が好きだもんね」と、サリーは納得した様子だった。


「それだけか? なら、先生の権限で、一度や二度なら入れてやれるんだが……。それだけが理由なら、今からやめてもいいんだぞ」


 パウリは心配そうに言ってくる。岩人を連れて入りたいのだとも言えず、「魔術に興味もあったので……」とマーユはごまかした。


「ふむ、そうか。……なら、中に入ろう」


 3人は古びた扉を押し開けて研究所に入った。がらんとしたホールには何の装飾もなく、正面のカウンターには誰もいない。カウンターの向こうの事務所らしきところにも人影はなかった。


「ま、ここはこんなもんだ。……実はな、先生も昔、ここで助手をしてたんだ」と言いながら、パウリはカウンターの上の呼び鈴を押す。


「えっ、そうなんですか……」


「うむ、まあ、思い出したくもないが……。お、来た来た」


 年寄りの事務員が音もなく現れ、パウリが手続きを始める。未成年だけに一連の手続きは付き添いの教師がやることになっていた。

 待つあいだ片隅のソファーに並んで座り、マーユはサリーに話しかける。


「申し込み手続きとか、手伝ってくれて助かった。今日も付き添ってくれて、ありがとう」


「ううん、そんなこと……。すぐ入れる募集が出てて、幸運だったね」


 サリーは笑って言う。実際は数日前に、ララスが「いい募集がちょうど出ている」と教えてくれたのだった。

 パウリが顔をしかめて、座る2人のほうへ戻ってきた。


「マーユ、おまえもしかして、ミダフス先生の助手に応募したのか。わざわざ指名して」


「はい、そこがすぐ入れると聞いたので」


「どこから聞いたんだ、それ……。あのな、ミダフス先生のところは……大変だぞ。悪い意味で有名だから、応募しても助手が来なくて、年に何度も募集をかけてるんだ。やめとけ、悪いことはいわない」


 パウリの言葉にはやけに真実味があり、サリーも思わずその顔をまじまじと見た。


「あの、先生、よくご存知ですね」


「ああ。実をいうと、俺が学生時代、助手をつとめたのがミダフス研究室なんだ。ああ……思い出すだけで、口の中が……」


 パウリの端正な顔が、きつい酢でも飲んだように歪む。


「大丈夫、です。覚悟の上なので」


「そうか……。無理だったら逃げてこい。部屋は3階の端だ。……俺たちはここまでだ。何かあったらすぐに相談してくれ、俺が商業学校側の担当者だからな」


「マーユ、どうか無事でね……。気をつけてね……」


 まるで戦場に向かうのを見送るような2人の悲壮な声を聞きながら、マーユは研究所の薄暗い階段を上がっていった。



☆★☆★☆



「まず問おう。君は、何人かね?」


「なにじん?」


 ソファに埋もれるように座った小男の質問の意味がわからず、マーユはぽかんとした。

 6月第3週の午後。魔術研究所のミダフス研究室にマーユはいる。

 狭い室内はいかにも研究室らしく書籍で溢れ、古い紙の匂いがしていたが、それに混じっていわく言い難い複雑な悪臭が漂っている。

 主のルゲ・ミダフスは背中の曲がった矮躯の中年男で、小さな眼鏡を高い鼻にひっかけるように掛けていた。


「君は岩人でも獣人でも樹人でもないな。なら何なのだ、と聞いている」


「……人間」


 マーユの答えに、ハハハハ! とミダフスは笑いだした。


「愚かなり。やはり、そう答えるか。愚かな、愚かな!」


「では、何なのですか?」さすがに愚かだと繰り返し言われてムッとしたらしく、マーユはやや強い口調になる。


「答えは<ノール人>だよ。我らは、女神ノールによって作られた種族だ。ノールのノウォンをもっとも純粋な形で受け継いでいるのだよ」


 ミダフスの言葉は、言葉だけ見れば自らを誇っているようで、口調は正反対だった。吐き捨てるように、こう言葉を続ける。


「だからこそ、我らはろくに<魔術>を使えないのだ」


「は?」と、マーユは思わず口に出した。


「うむ、君の疑問はわかる。ノール人が魔術を使えぬということはない。君も使えるのだろう。だがな、他の種族のようには使えないのだ。岩人や樹人に比べると、まるで子供の遊びなのだよ」


「なるほど……」とマーユはつぶやく。たしかにマーユの両親は、ほとんど魔術が使えない。


「なぜ、ノール人は魔術が不得意なのか。どうすればそれを克服できるのか。それが私の研究の主題なのだ」


 ミダフスは1人でうんうん、とうなずく。


「では、今日は基本の基本を教えよう。……まず、君、魔術とは何かね?」


「えっ……魔術とは……ノウォンによる……ええと……」


「まあ、答えられまいな。いいかね、この世界には女神ノールが作った力、ノウォンが満ちている。それは我らの生を統べる、最大にして唯一の力だ。だが……ノウォンの中には、いろいろな差異が存在するのだ」


「さい?」マーユは首をかしげる。。


「ノウォンと一言で言っても、いろいろなノウォンがあるということだ。そして珍しいノウォンは力を持つ。なぜなら、それは周囲にあるノウォンと大きく違うからだ。その差異……違いが、不思議な現象や奇蹟のような出来事を生むのだよ」


「ははあ……」マーユはわかったようなわからないような顔で、小さく相槌をうつ。


「それが魔術の源であり、実質だよ。魔術とは、自らと周囲のノウォンの違いを意識的に利用して現象を起こす技術だ。だから岩人は岩人の、樹人は樹人の、獣人は獣人の独自の魔術を持っているのだよ」


「……あっ!」マーユは叫んだ。


「ほう、わかったのかね。なぜ我らノール人は魔術の能力が低いか、わかったのかね?」


「私たちが持つノウォンが、周囲と似すぎてるから……」


「そうだ! 君は見込みがあるな。我らは女神ノールの直系の子であるがゆえに、この世界と親和性が高すぎるのだ。だから、基本的には魔術が使えない」


「でも、私は使えます」


「それは君の血統のどこかに、ノール人以外の血が混じっているからだよ。その異種族の血が、魔術の力を呼び起こすのだ。わかったかね?」


「……私、なんの血を引いてるんでしょうか」


「それを調べる便利な方法はいまはない。そこでだ。ここからが、君の仕事だ。ちょっと待っていたまえ」


 ミダフスはソファから立ち上がると、隣の小部屋に姿を消した。マーユはほうっと息をつくと、座ったまま狭い部屋を見回す。本と奇妙な匂い以外、そこには何もなかった。

 ミダフスは強烈な悪臭とともに戻ってきた。両手に、料理を持ち運ぶために使う盆を捧げ持っていた。

 テーブルに置かれたお盆にはいくつかの皿やカップが載っており、皿には何か得体のしれない塊が少しずつ乗っていた。その塊が悪臭の源だった。

 マーユは、不吉な予感に思わず身をふるわせた。


「これはホルウォートの様々な種族が、祭りや成人時などの特別な儀式において、種族としての力を身につけるため口にしていると思われる特別な食べ物だ。少しアレンジしてあるがね。キノコ、古い肉、発酵した野菜汁……。種類は様々だ。私はこれらの食べ物が、種族特性を高めることで魔術の力を高める働きを持つのではないか、という仮説を持っている」


 ミダフスは、嬉々として得体のしれない食べ物を指差した。


「さあ、これを順番に食べては魔術を使うのだ。この中に、隠された君の血脈に反応し、君の魔術を強めるものがあるかもしれない。もしそれが見つかれば、大発見になるぞ!」


「…………」


 皿を呆然と眺めるマーユの目に、うっすら涙がにじんできた。

ここ数話、毎朝投稿していましたが、次話とその次話は週末の投稿になる予定です。

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