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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第四章 マーユの探求
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第4話 衝突と交渉(黒羽)

 夕暮れの修練場で、マーユは今日も型稽古をしていた。エドラン工房を訪れた翌日のことである。

 ゆるゆると気合の入らない動きをしていたマーユが、ふと動作を止める。


「あの……」


「来たね」


 おずおずと修練場に入ってきたララス・ネートに、マーユはわずかに微笑んでみせた。


「ありがと。おかげでエドランに、調査を頼めた」


「いえ。私はただ、つてを辿って紹介状を書いただけで……。エドランという人には会ったことがありませんが、どんな人でしたか?」


 マーユは少し首を傾げて、頼りなげに立っているララスをじっと見た。そして言った。


「なぜ嘘をつくの? あの時、工房の奥にいたでしょ」


「えっ」


「すぐ近くに、ララスの匂いがしてた。話もぜんぶ聞いてたはず。なんで隠れてたの?」


「…………」


 ララスの特徴のない顔が、凍ったような無表情になる。マーユはそれを見て軽く肩をすくめた。


「……ま、いいけど」


「いいんですか?」


「うん。助かったのは事実だし。ララスからは、悪い匂いがしないし」


「はあ……」


 ララスはため息をつくと、ぎこちなく笑った。


「かないませんね……。私には、私の事情があるので」


「うん。あんな怪しい男を紹介してくるぐらいだからね」


「怪しい……まあ、怪しいですね。事情は、そのうちお話できると思います。ごめんなさい……」


「別にいいよ」


 マーユは鷹揚にうなずいた。レドナドルで彼女は隠れた人気者だったが、人気の源になっていたのはこの底抜けの鷹揚さだった。


「で、次の休日に、エドラン工房に行くときですが……」


「ララスもついてくる?」


「……いいんですか?」


「別にいいよ」


 またあっさりと言い、「ジュールと仲良くやって」と付け加えて笑顔になった。

 そんなマーユを眩しそうに見て、ララスはひとり納得したようにうなずいた。



☆★☆★☆



 ノール暦327年5月4週。予定通り、マーユ、ジュール、ララスは南部スラム街にいた。


「ほれにしてお、ほそいあ」


 ジュールはゼージャの串を口の端から出し、ララスを見ながらモゴモゴとそう言う。「それにしても細いな」と言ったらしい。


「もっごぜーじゃおくえ(もっとゼージャを食え)」


「はあ……」


 ララスは毒気を抜かれたような顔になる。3人はジュールが買い込んできた肉串を歩きながら食べていた。


「ジュール。これ、どこで買った?」マーユは細かく何度もうなずきながらきく。


「兵舎の近くだ。どうだ?」


「なかなか」


「そうだろう」


 ジュールは目に見えて得意そうな顔になり、次の串を紙袋から取り出した。ララスはその横で「ふふ……」と小さく笑い、ゆっくりと肉を口に運んだ。

 そうこうしながら歩くうち、エドラン工房が見えてきた。

 先日と同じようにララスの紹介状を溝から差し入れて、しばらく待つ。待っているうちに10本近くあったゼージャは食べつくされ、串の入った袋はララスが「捨てておきます」と言って預かった。


 以前と同じようにドアが細めに開けられ、「入レ」と軋むような声がした。

 ジュールを先頭に、マーユ、ネートの順で中に入っていく。

 工房の入り口には大柄な緑色の顔の岩人、エドランがいた。そして深々と頭を下げていた。


「悪イ。すまなイ」と、下げた頭の下から声がした。


「オオゴトになっタ。すまン」


 マーユとジュールは、ぽかんとして顔を見合わせる。


「……どういうこと?」


 ララスが、マーユがこれまで聞いたことのない低い威圧的な声で訊ねる。


「情報を得るたメ、ザグ=アインの石工の名家に頼っタ。たまたま一族の1人ガ、マトゥラスに来ててナ。そしたラ、この工房ニ、乗り込まれてナ……」


「何をやってるの。余計なこと、しなくていいのに」ララスが吐き捨てるような口調になる。


「情報屋としテ、それじゃ終わレない。知れルことは知っテおきたイ」


「……情報屋?」マーユがつぶやく。そのとき、工房の奥から声がした。


「ソイツラ?」


 鈴のように高くて澄んだ声とともに、岩人が1人、奥から歩み寄ってくる。ベージュ色の上着と黒いズボンを身につけた小柄な岩人で、細長い楕円形の顔は淡い青色だった。


「オマエラハ、何者。コレヲドコデ手ニ入レタ」


 そう言いながら左手を突き出してくる。親指と人差し指で、マーユが持ち込んだ石のかけらを挟むように持っている。マーユの表情がみるみる険しくなった。


「ナゼコレヲ調ベル。全テ話スマデ帰サナイ。コノ石ハモラウ」


「……ふざけるな」


 ジュールが一瞬の間に、小柄な岩人の前まで走り込んでいた。石を握った左手を掴みあげようとし……、次の瞬間には、その身体が後ろに投げ出されるように傾いた。


「なんだっ!?」


 叫びながら後ろに倒れ込んだジュールは、驚異的な身のこなしでくるりと後転し片膝の体勢になる。そのジュールのすぐ左横をすり抜けるように、マーユが岩人に迫り、身体をひねりつつ右足を曲げたまま上げる。そのまま足を伸ばし、相手に鋭く突き刺すように蹴った。横蹴りと呼ばれる技だ。

 しかし岩人はすっと斜め後ろに下がりマーユの伸びてくる足をかわすと、叫ぶような形で口を開ける。声は出なかったが、マーユの足元の床が瞬時に右側に斜めに傾いた。左足一本で立っていたマーユはたまらず体勢を崩し、斜め後ろにいる片膝立ちのジュールに尻からのしかかるように倒れ込む。


「おイッ! 床、壊さんでくレ! 借り物だゾ!」


 エドランの悲痛な声が響く。マーユの尻を頭の横側と肩で受け止めたジュールはそのまま這うような体勢になり、両手を床につく。マーユもジュールの左肩に座るような体勢からぐるりと身体を回し、ジュールの左後ろでしゃがんで岩人と向き合う姿勢になった。

 床の影響を受けにくい四つん這いの姿勢で、ジュールが岩人に突進しようとする。青色の岩人も身をかがめ、防御の体勢になった。

 そのとき、両者の間に何かが飛んできた。ゼージャが入っていた紙袋だった。

 パン! と大きな音をたてて空中で紙袋は破裂し、ジュールも岩人もマーユもビクリ! と身を震わせた。タレで濡れた串がバラバラと床に落ちる。


「あの……落ち着きましょう」とララスの声がした。場にふさわしくないほど静かで控えめな声だったが、不思議によく響いた。



☆★☆★☆




「彼女はリーカ。ザグ=アインの石細工職人ダ」


 エドランが覇気を失った声でぼそぼそと話す。出会いがしらの衝突ののち、工房の奥まで一同を案内したものの誰もテーブルには座らず、結局全員が突っ立ったまま話をしていた。

 

「リーカの一族ハ<アインの守護者>の一族ト呼ばれテル。ザグ=アインの地底ヲ守る、デエルレスクでも最も古ク、尊敬を集めル家のひとつダ」


「大ゲサ。権力モナイシ、貧乏ダシ」


 リーカはここまでただ黙念と立っていたが、思わず、という感じで口を出した。


「あとナ。岩人訛りが強いカラ。偉そウに聞こえるのハ、だいたイはそのせいダ」


「……え、そうなんですか?」ララスが意外そうに言う。


「岩人ハ、本当ハこんなしゃべり方ダ。ザグ=アインの外ニ出る奴だケ、頑張っテ外向けノ話し方ヲ身につけるのサ」とエドランが解説するのに、「なるほど……」とララスは感心してみせた。


「デエルレスクの岩人は、めったに外に出てこないと言いますものね……」


「アア。リーカ嬢がココにいるのハめったにないことサ。だかラ、その石についテ聞いてみタんだガ……」


 問題の石は、テーブルの上、皆から均等の距離にぽつんと置いてある。


「その青い奴は、その石のことを知ってるんだろ? そうだよな?」


 ジュールがリーカに向けて、黒い毛に覆われた指を突きつけた。


「知ッテイルカラ、ナニ。誰ダカワカラナイ奴ニ、シャベルワケナイ」


「てめえ……」ジュールが殺気立つのを「まあまア」となだめつつ、エドランがリーカに問いかける。


「なラ、俺からノ依頼ってことデどうダ。同じ岩人ダ」


「岩人トイッテモ、後ロ暗イ情報屋。信頼デキナイ」と、リーカはにべもない口調で答えた。


「おいおイ。あんタも、その情報を買おうと来たんじゃネエか。そりゃないゼ」


 岩人2人が言い合うのをよそに、「情報屋?」と、マーユがつぶやく。

 それを見たララスは、気まずそうな顔になった。


「……実はそうなんです。エドランは石の専門家じゃなく、岩人関係の情報屋。この工房は、本当の仕事を隠すための、見せかけだけの場所なんです」


「おいおイ。いちおウ、たまにハ職人が来テ使ってるんだゼ。……たまにだガ」


「ふうん」マーユはさして興味もない様子でそう言うと、つかつかとリーカに近づいた。


「…………」


 リーカは何も言わずマーユの顔を見る。マーユも、自分と同じぐらいの高さのリーカの顔をじっと見ていた。

 誰も言葉を発しない、緊張した時間がしばらく流れる。


「……どうしたら、石のこと教えてくれる? できることがあるなら、やる」


 やがてマーユは、きっぱりした口調でそう言った。


「マズ教エロ。コノ石、ドコデ見ツケタカ」


「いいよ」リーカの問いにマーユはすぐうなずく。


「3年ぐらい前、マトゥラスの露天市で、他のがらくた石といっしょに売られてたらしい。見つけたのは私の父。父が買ってきて持ってるのを2年ぐらい前に私が見つけて、もらった。それだけ」


「ソウ。ナラ、ナゼソンナ石ノコトヲ、調ベヨウトスル?」


 リーカの問いに、マーユの動きが止まった。また、誰も動かず声を出さない時間が数秒すぎた。

 マーユはあきらかに迷っているらしく、眉がひそめられ、首がゆらゆらと左右に揺れた。


「……ごめん。それは言えないから。それ以外のことにして。いい匂いだけど、まだそこまで信じられない」


「…………」


 今度はリーカが考え込んだ。みたび場が緊張する。

 そこに、グーという低い腹の音が響き「やべ……」というジュールの低い声がした。「ク」とエドランが思わず笑いをもらし、それをごまかすように「そうダ!」と声をあげた。


「そのお嬢ちゃんハ、マトゥラス商業学校の生徒だゼ。中央図書館に入れるんジャないカ? リーカ嬢、図書館で調べモノしたいんだロ?」


「……商業学校? ソコノ生徒ハ、図書館ニ入レルノカ?」


「あア。補助員っテことデ、一名まデ外部の奴も入れられル。どうダ? それなラ条件になるだロ?」


「……ソウカ。ウン、ソレナライイ」


 リーカはうなずくと、マーユの顔を見た。


「私ヲ、中央図書館ニ入レルヨウニシロ。ソシタラ、教エラレルコトハ、教エテヤル」


「…………」 しかしマーユは答えない。


「どうした、お嬢。ためらうことなんてないだろ」ジュールが急かすように言うのに、マーユはうつむいた。


「言ったよね。図書館に入れるのは、成績優秀者だけだよ……」


「ああ、そうか……」ジュールも絶望的な声をあげ、「賢そうニ見えるのにナ」と、エドランが言わずもがななことを言った。

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