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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第三章 ザグ=アインの奈落
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第17話 山頂への旅

 僕らが作ったスープを口にしてから、ルズラさんの体調は劇的に改善した。

 定期的にスープを飲みつづけたルズラさんは三日目の朝には空に浮けるようになり、その日の夜にはもう以前のように祭殿のなかを飛び回ってた。

 翌日には朝の巡回を再開し、仕事に復帰した。ネテラさんはつきっきりでもう少し休むよう言いつづけてたけど、元気になったルズラさんは止まらなかった。


 僕らが作った治癒の力のあるスープは、リーカの家にもお裾分けされた。家族以外に飲ませないよう何度も念を押したうえで、だ。作り方はリーカにも秘密にしたままだ。協力してくれたリーカならいいんじゃないかと思ったけど、ルズラさんや巫女さんたちは首を横に振った。

 リーカはスープの効き目に驚いたあと、家にいるおじいさんと、アイン=ランデにいるボルクさんに飲んでもらうんだと張り切って帰っていった。

 あとはルズラさんの警護に来たガジルさんにも少し飲んでもらった。岩人王の牢での戦闘の後遺症を心配してのことだ。でもガジルさんはすでに完全回復していたらしく、飲んでも「ウマイ」と一言いうだけで何の変化もなかった。飲ませがいのない男だとフェイデさんがやけに憤慨してた。


 地霊ガリアスの行方は杳として知れなかった。ルズラさんによれば、デエルレスクにいないことは確かだという。

 その話を聞きながら、僕は、少し前に地下で起きた出来事について考えていた。


 いったいガリアスは何を考えてルズラさんを攻撃し、僕を捕まえようとしたんだろう。ガリアスはずっとルズラさんに見下されてきて恨みがあると言ってた。でも同時に、自分は言われたことをやってるだけだとも言ってた。誰がガリアスに命令していたんだろう。……大精霊長じゃないよね。いま僕から会いに行こうとしてる人なんだから捕まえる理由がない。だとしたら誰なんだろう? 他の誰が地霊に命令できるというんだろう? いや、そもそもあのとき聞いた取り憑かれたような言葉はどこまで信じられるんだろう。

 それに、なぜガリアスは結果が出る前に逃げてしまったんだろう。王族を全て殺すという思い切ったことまでしたのに。

 わからない。ガリアスという不気味な地霊の言動が、思い返すたび僕には納得できないものに思えた。


 ルズラさんが仕事を再開して一週間後の朝、ついに僕はルズラさんとともに山頂へ向かうことになった。

 山頂への道の入り口は、王宮の裏側にあるという。僕とルズラさんは、見送りのガジルさん、ライダナさんとフェイデさん、リーカと妹のメルサ、それにネテラさんと一緒に王宮を歩いてる。

 

 王宮はルズラさんの祭殿と同じように崖をくり抜いた建物だけど、規模と豪華さがケタ違いだった。ナドラバの記憶で、どこもかしこも金銀が入り混じったモザイク模様なのは知ってたけど、実際に見ると記憶よりはるかにキンキラで……悪趣味だった。どれだけお金がかかってるのか見当もつかない。

 

 中に入って進んでゆく廊下の両側には、たぶん純金製と思われる燭台がずらりと並んでる。ナドラバは毎日ここを歩いてた。メルサははじめて来たらしく大はしゃぎで、「ネ、お姉ちゃんあれいくらぐらイするんだろうね!」「ア、あれも高そウ!」とあれこれ指差して騒いでる。

 

 これだけの建物なのに、廊下を行きかう人はほとんどいない。王族が全て死に、後ろ暗いところのある者はどんどん逃げてるそうだ。そのうえ、王族がため込んだ贅沢品を全て整理し売って予算に変えるようルズラさんとネテラさんが指示したので、残ってる者たちも多忙を極めてるらしい。


「まあこんな燭台が並んでるのもいまのうちだけだよ。もう少ししたら全部マードゥの商会にでも売っちゃうからねっ!」


 ネテラさんが軽い調子で言う。


 長い廊下を歩ききると裏庭に出た。ナドラバが来たことのない場所だ。豪奢な噴水や東屋がぎっしり並んでてゴタゴタした雰囲気だった。最奥の崖に純白の岩でできた見上げるほど大きな扉がある。

 ルズラさんはすいっと高度を上げ扉の上部に近づくと、そこにある紋様のようなものに手を触れる。紋様は一瞬光り、やがて扉が奥に向けて音もなく開きはじめた。


「この門の奥のトンネルを抜けると山頂に続く道に出ます。御子、行きましょうか」


 ルズラさんはそうあっさり言うと、僕の右肩の上に乗った。


「ヤハリ、我ガ護衛デ共ニ行クベキデハナイカ……」と、ガジルさんが低い声で言う。


「この先は大精霊長が統べる場所、危険はありませんよ。それに貴方はどうせ、大精霊長のおわす所へは近づけません。それはライダナとフェイデも同じですよ」


 ルズラさんはガジルさんから巫女さんたちへ向き直りながら答えた。ライダナさんとフェイデさんも護衛でついてゆくと主張してあっさり断られたんだ。


「そうだねー。デエルレスクが地霊不在になるわけにはいかないから私もついてゆけないし、今回はみんなで見送るしかないかなー」とネテラさんも言う。


「……だいたい、大精霊長に会いにゆくだけですよ。向こうでどれだけ手間取ったとしても一週間ぐらいで帰ってくる旅です。大げさすぎますよ、皆」


 それでも悲壮な感じをちょっぴり漂わせる巫女さんたちのほうを呆れたように見たあと、ルドラさんは「では行ってきますね」と僕の肩の上で言い、合図するように右頬に触れてきた。僕は見送りのみんなに頭を下げると、暗いトンネルの中へ入っていった。



☆★☆★☆



 長いトンネルを抜けると、雪に覆われた山脈の尾根だった。

 道なんてない。

 尖った尾根が上へ伸びたり下に降りたり蛇のようにうねりながら、遥か彼方へと伸びてるのが見える。


「見えますか御子、あの遠くにあるのがザグ=アインの最高峰です。大精霊長はあそこにおわします」


 いえ、見えませんルズラさん。びょうびょうと吹く風に雪が舞って遠くの風景を隠してるからだ。まさかこんな、何の救済措置もない感じの高山に放り出されるとは……。


「大丈夫ですよ御子。私が支援しますゆえ、走り抜けましょう」


 ……えっ。走るんですか、この尾根を。

 

「ふふ、御子も最近祭殿におられることが多く、運動不足だったでしょう? よい修行になりますよ」


 しまった。そうだった、最近弱ってるルズラさんばかり見てたから忘れてた。この人はこういう過酷な感じの特訓が大好きだった……。やっぱり他の誰かについてきてもらうべきだったか、とちょっと後悔するけど、もう遅い。


 僕は黙って肩のカバンを掛け直し、四足になった。なんだかんだ抵抗してもどうせやらされるんだし。


「やる気ですね御子。私が風避けと足元強化の術をかけますから、行けるところまで一気に走りましょう。ポン足の術を活用されますよう」


 ルズラさんの術で滑らないし風で飛ばされない身体にされた僕は、(ポン、ポン、ポン……)とひたすら呟きながら、尾根から尾根へと高山を走りつづけた。



☆★☆★☆



 夜になって僕らは、尾根から少しだけずれたところにある石造りの休憩所に辿りついた。


「まあ私たちには必要ないものですが、昔は岩人の王族もたまにここを通っていたのですよ。ですから道沿いにこういうものも作ってあるのです」


 道なんてない、と思ってた山脈の移動にもちゃんと道はあったらしい。僕にはわからなかったけど。

 休憩所に入ると部屋の中央に炉が切ってあり、たぶん長いこと使われていないだろうに、きちんと薪が積んである。

 ルズラさんが腕を一振りすると薪に火がつき、僕はルズラさんを右肩に乗せたまま炉のそばに座りこんだ。


「寒かったでしょう、御子。ひどく震えてらっしゃいますよ」


 ルズラさんは優しい声で言い、右肩から離れた。

 たしかにあんなに走り続けたのに、僕の身体は少しも暖まってない。でもそれは外が寒かったからだけじゃないんだ。

 ナドラバが僕の中で消えてから、時間が経つごとに僕の身体は寒さに過敏になっていってる。

 あの、大森林をさまよった雨の夜のように。


「スープ、お飲みください」


 小さな水差しが目の前にすっと差し出された。受け取って、細い注ぎ口から舌に垂らす。スープは熱かった。ルズラさんがわざわざ温めてくれたのか。

 ミルクとブイヨンの味が身体に染み渡る気がする。このスープを飲むと、一時的に寒さがやわらぐんだ。たぶん、消えたナドラバのわずかに残った魂が僕の中で喜んでいるんだろうと思う。根拠はないけど。

 水差しをルズラさんに返して、石板を出し「ありがとうございます」と書いた。


「ふふ、そもそも御子が作られたスープですよ。礼などいりません。私もいただきますね」


 ルズラさんは水差しの注ぎ口をくわえて、静かに飲みはじめる。いつも思うけど、飲んでる姿はちょっと可愛い。

 僕は炉のなかの火を見つめる。

 いつもこうやって、座って火を見てる気がする。包帯さんと出会った夜も。地下墓所でマーユと過ごしたあの時も。地の底でボルクさんの呟きを聞いていた時も。そして、いまはもう行けない夢のなかでも。


「……ナドラバは、本当に満足して消えたのでしょうか」


 ルズラさんがぽつんと呟くのが聞こえた。僕は、黙ってうなずいた。

 体調が戻ってからルズラさんは何度か同じことを口にして、そのたび僕はうなずいてる。


「十年。地霊の責務を放棄してまで、なぜナドラバにこだわったのか。……実は、自分でもよくわからないのですよ」


 ルズラさんは小声で話す。


「ただ、そうしなくてはいけない、と思ったんです。あの子の運命を思うと、どうしようもなく胸が痛んで。でもそれだけではなく、守らなくては失われてしまう、と感じたんですよ。かけがえのないものが」


 僕は、ただじっとルズラさんの話を聞く。


「私が感じた、かけがえのないものとは何だったのでしょう。それを、私はうまく言葉にできないのです。転生の力、と御子には言いましたが、それが正しい表現なのかどうかもわからないのですよ。全く、こんな曖昧な話で御子を引っ張り回して……本当に申し訳ない気持ちです」


 僕は首を横に振る。ルズラさん、僕も同じだから。自分はいったい何者なのか、自分のなかにある力はなんなのか、手がかりがありそうで見つからない。僕もまた、言葉にできないモヤモヤを抱えてるから。


「私は、ナドラバの中にあったかけがえのないものを守れたのでしょうか。……考えても、答えなど出ませんね」


 そう言うと、ルズラさんはかすかに笑って、一転明るい声になった。


「さあ御子、そろそろお休みなさいませ。今夜も私に寝顔を見せてくださいな。さあさあ!」


 そんな勢いよく言われても、急には眠れないんですが……。

 でも結局、横にならされて何度も寝ろ寝ろと言われてるうちに、僕の意識は眠りへと落ちていった。



☆★☆★☆


 険しい尾根をいくつも越えて辿りついたザグ=アインの最高地は、ゆるやかにうねる広大な雪の野原だった。最高峰は、その真っ白な雪原の向こうにそびえる尖った三角錐だ。

 出発して三日目の朝に僕らは雪原に入り、雪を蹴立てながら全速力で最高峰を目指す。

 三日のあいだに僕の走りはずいぶん鍛えられ、速度もかなり上がってた。意識しなくてもポン足の術を使いつづけられるようになったのが大きい。ルズラさんから風よけの術と足元を固める術も習ってたが、こちらはまだうまく使えない。


 昼前、ついに僕らは最高峰の下に到着した。


「お疲れさまでした、御子。ここからはあれに乗りますよ」


 ルズラさんが指差す先には、岩壁にとりつけられた、リーカの家にあった石の昇降装置を数倍にしたような台がある。おそるおそる乗るとすうっと上昇しはじめる。

 僕らがどれだけ高いところまで来てしまったのか、台上から見てるとよくわかる。なんといっても、視界のはるか下のほうに雲の海があるんだから。

 空はどこまでも澄みわたった薄い青で、見てると自分が天に近いところにいるのが実感できた。


 昇降台が止まると、目の前には長い長い上り階段があった。純白の石でできた階段が見上げても終点が見えないぐらい続いてる。

 そして、階段の手前に、小さな影がふよふよ浮いてた。


「えっ……!」


 ルズラさんが驚愕の声をあげる。僕も思わず口を開けてしまう。僕らを出迎えたのは、意外な人物だった。


「どうしてここにいるのです……ネテラ!」


「ルズラ~!」


 ネテラさんはほっとしたように叫ぶと、ルズラさんに飛びついてくるくる回った。

次話「純白の巨鳥」は、明日18時投稿予定です。

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