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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第三章 ザグ=アインの奈落
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第13話 錆びた碇のように

 岩人の王族、第二王子クラビは完全に狂ってるようだった。

 僕とコーダジュの戦いには見向きもせず、自分を投げ飛ばしたガジルさんを殺すことを優先した。

 それも大地叫喚を使えば簡単なのに、わざわざ大きなつるはしを牢部屋のどこかから探し出して、だ。

 僕が気づいたときには、もうつるはしは、横たわるガジルさんの頭に猛然と振り下ろされようとしてた。

 

 あれが頭に刺さったら、いくらガジルさんでもタダじゃすまない……。

 焦るあまり金縛りになる僕の耳の穴に、「フンッ」という唸りが聞こえた。


 寝ているガジルさんの両手が、つるはしを持つクラビの腕を下からぎりぎりで掴み止めてた。


「グルアアアアアアア!!!」


 クラビが吠える。全体重をかけてつるはしを下に押し込む。ガジルさんの腕がぶるぶると震えながらそれを受ける。

 このチャンス、逃せない……!


(巨いなる地の主よ我が声を聴け……!)


 早口で唱える。左眼の視界が変わる。とたんに、僕はふらついて倒れそうになる。

 クラビの全身が、強烈に輝いてた。

 なんだこいつ。体じゅう、貴石だらけだ! 右頬、下腹部、太もも、左肩……不気味に渦巻く、一目でわかるほど大きな歪みが何箇所もある。そして貴石も歪みも、濁った紫色をはなちドクドクと脈打ってる。

 めちゃくちゃだ。よく生きて動けるな……。でも、これなら倒せる!

 

 (ポンッ!)


 ポン足の術で一足飛びに近づく。クラビは僕を見てすらいない。二足になると、まだ使ってなかった左手のハルエリートを、僕にも手が届く右の太ももの歪みに叩きつける。


 (替われっ!)


 声は出ないけど力のかぎり叫ぶ。

 太ももがバアン! と弾けて、風圧で僕は後ろに吹っ飛ばされた。

 尻もちをついたまま見上げると、クラビの下半身は一斉砲撃を食らってるみたいに小さな爆発に包まれてた。


「オオオアアアアアアアアアア!!!」


 クラビは口を大きく開いて異様な声をあげる。ガジルさんはその隙に、のろのろとだけど起き上がろうとしてる。バアン! バアン! と爆発がつづき、クラビの下半身はみるみる欠けてゆく。脇腹に大きな穴があいた。

 なのに、クラビが一瞬笑った気がした。ニヤリと。


「ラアアアア!!」


 怒号とともに、立膝の体勢になったガジルさんに両手を握り合わせたハンマーが突然振り下ろされる。まったく予測してなかったガジルさんは、無抵抗に後頭部で受けた。


 つづいて、クラビの巨大な頭がガジルさんの頭に落ちてくる。頭突きだ。ガジルさんの頭がはじけ飛ぶようにのけぞり、大きな身体が後ろに転がった。腹ばいで倒れたガジルさんは……ぴくりとも動かない。


「アハハハハハハアアア!!!」


 膝をついた体勢で、クラビはのけぞるように上を向き哄笑する。


 僕はそのとき……クラビから数歩離れたところにいて、四足になってた。

 上着のポケットに持ってた三個目のハルエリートをひそかに取り出して左手に持ってる。最後の石だ。これをクラビの歪みに当てないといけない。でも、背の低い僕の手が届く高さに、もうクラビの歪みはないんだ。

 だから、距離を取った。突進して飛びつくために。


 (ポン……ポン!)


 意を決して走り出す。ポン足で二歩、跳ぶように走って、全力で飛び上がった。

 クラビの顔が僕のほうをようやく向く。口角がつり上がり、小さな眼はどこを見てるのかわからないぐらい濁ってた。顔の下半分が口から吹き出した泡で濡れてる。僕の左眼は貴石と歪みの強烈な光で灼かれてほとんど見えない。

 逃げ出したくなるような嫌悪感をこらえて、僕はクラビの顔に飛びつき……右頬にハルエリートを当てた。


(替われっっ!!)


 バアアアン! とひときわ大きな爆発。僕はその勢いのまま距離を取ろうとして……空中で何かに、首根っこを掴まれた。クラビだ。クラビの左手が、僕を掴んでる。


「アハアハハアアハハハハ!!!」


 頬を失いながらなおも笑いつづけるクラビは、僕をものすごい勢いで振り回す。左肩が弾け、右胸の一部が吹っ飛び、そして右眼のあたりが爆発する。なのに僕を掴んだ手はまったく緩まない。


「ガアアアハハハガガアアアアハハハ!!!」


 そしてクラビは上向きで大笑いしながら僕をさらに上へ持ち上げ……大きく開いた口へ近づけた。

 ……まさか!

 投げつけられる覚悟はしてた。でも……食われるなんて思ってなかった!

 恐怖と嫌悪で僕は凍りつく。真下に泡まみれの口が近づいてくる。いやだいやだいやだ! 怪物魚に食われたときと同じぐらいイヤだ!

 

「クオオオオオオ……」


 そのとき、ひどく静かな声が聞こえ、クラビの動きが止まった。そして、僕にも強烈な下への圧力がかかった。

 ガジルさんの大地叫喚だ……!

 クラビの左腕がぷるぷると震え……僕は解放された。


 落ちてゆく。クラビの口のすぐ横に。

 僕は……とっさに思いついたことを実行した。

 上着のポケットに手を入れ、最初に使ったハルエリートを持つ。コーダジュの歪みを吸った石だ。

 重たい手をなんとか動かし、クラビの口に、その石を投げ入れた。


 効果は激烈だった。


「グ……グロロロロロロロロロゥゥ……!!」


 笑いつづけてたクラビの口から、紫の粘液が滝のように流れ出た。と同時に喉が爆発し、爆発せずに残ってた背中の貴石がまたたく間に誘爆してゆく。僕はクラビの顔を蹴り、必死に距離を取る。

 落ちてゆきながら、完全に動きを止めたクラビの身体が、紫の液体にまみれつつ欠けてゆくのを見た。

 

 爆発が止まったとき、クラビの身体は穴だらけで半分ほどしか残ってなかった。

 硬直したまま後ろにゆっくりと倒れ、どさりと地面に転がった。



☆★☆★☆



 しばらく、動かなくなったクラビの無残な身体を、僕は呆然と見てた。

 人を殺した。

 クラビと戦ったことに後悔はない。他に選択肢なんてなかった。

 それにそもそも彼は、生きてるのが不思議なぐらいの状態だった。


 でも、理屈じゃないんだ。

 人を殺したって感覚が、錆びて古びた碇のように心の中に深く沈んでく。それは、どうやっても動かせそうにない。

 存在しないはずの胃のあたりが重い。痛い。

 僕は、話したこともない、人柄もよく知らない岩人をひとり殺した。


「クラビハ……我ト、同ジ歳ダッタ。一緒ニ働イタコトモアル」


 いつのまに起きたのか、ガジルさんがそばに立ってて、低い声でそう言った。

 つくづく、びっくりするぐらい頑丈な人だ、ガジルさん。


「奴ガ我ニコダワッタノニハ……過去ニ理由ガアルノダロウ。嫌ワレテイタノダナ、我ハ」


 苦い笑い。


「オマエハ……殺サレル我ヲ、助ケタ。ソウイウコトダ。気ニスルナ」


 ありがとう、ガジルさん。それで気が軽くなるわけじゃないけど、気遣いがうれしい。


「トリアエズノ敵ハ、倒セタ。地霊ヲ連レテ、地上ニ戻ルゾ」


 ……えっ。ちょっと待って。まだ、いちばんの大物が残ってるはずだ。地霊ガリアスが。

 でもガジルさんはかまわず牢の黄色い壁の前に行き、大地叫喚を使った。

 壁が消える。奥には横たわるルズラさんと、ルズラさんの顔に手をあててるネテラさんがいた。


「音は聞こえてたよ……。ガジルくん、それに御子、無理させちゃったね……」


 いつもの陽気さは消え、静かな声でネテラさんが言う。


「もう気づいてると思うけど、あたしには戦う力はないんだ。持ってるのは癒やしの力だけ。力になれなくてゴメンね……」


「ソンナコトハナイ。地霊ルズラヴェルムノ回復ハ、アナタガイナクテハデキナカッタ、地霊ネテラヴェルム」


「アハハハ、ガジルくん、相変わらず話し方が固いね! さあ、それはそれとして、早く地上に戻ろ。ルズラをゆっくり休ませないと……」


 そこで、不審に思ってる僕に気づいたんだろう。ネテラさんは僕を見た。


「ガリアスなら、いちはやくどっかに逃げちゃったよ。あいつはいつもそうなんだ。悪いずるいことばっか考えてるくせに、根性も度胸もないの。仕掛けたらさっさと逃げちゃう。いずれルズラが落ち着いたら、追い詰めてやるから……今は気にしないで」


 ……なんだろう。しっくりこない、納得できない気持ちがある。でもネテラさんがそう言うなら、奴を一度見たきりの僕に言えることなんかない。僕は黙って小さくうなずいた。


「で、ルズラはいま浮けないから……」


「我ガ運ブ」


 ガジルさんが言う。ネテラさんは寝てるルズラさんに小声で話しかけ、呆れたように首を振ってみせた。


「御子がいいんだって。アハハハ、愛されてるね御子! ほらガジルくん、そんなことで落ち込まない!」


 そんなわけで僕は、横たわるルズラさんをそっと両手で抱き上げた。ルズラさんは眼をつぶったまま身動きしない。

 ちょうど両腕で抱えて持てるぐらいの大きさで、正直にいうと……ずっしり重かった。絶対、態度には出さないけど。

 でも……地上まで、抱えて運べるのかなあ……。


 すると、ネテラさんがすうっと寄ってきて、耳元でささやいた。


(けっこう重いでしょ、ルズラ……。こっそり、軽くする術かけてあげるからね……。)


「聞こえてますよ、ネテラ……」


 眼をつぶったままルズラさんが突然声を出す。ネテラさんは「アハハ!」と笑ってごまかすと、「でもかけちゃう」と言って手を振った。ルズラさんの重さが半分ぐらいになる。……あの、本音を言うととてもありがたいです、ネテラさん。


 僕らは重傷のコーダジュを最低限回復して牢に入れ、地上に向けて出発した。

 ネテラさんがルズラさんに回復の術をかける時間を取りながら、ゆっくりと坑道を上リつづける。

 デエルレスクの地上に戻ったのは真夜中で、祭殿のライダナさんとフェイデさんは素早く部屋を清め、ルズラさんの回復用の部屋を整えた。ネテラさんはルズラさんから離れず、看病をつづけるらしい。

 

 僕は自室で泥のように眠った。夢の残り火には、行けなかった。

 かわりに、クルビの死に際が夢の中でなまなましく繰り返された。

次話「はじめての水」は、明日18時投稿予定です。

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