表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第三章 ザグ=アインの奈落
38/69

第12話 歪みを壊す

 六人。

 王を含め、僕が坑道を進むうち見つけた死体の数だ。

 もう間違いないだろう。ルドラさんとテネラさんが捕えて牢に入れたはずの王族たちは、みんなゴーレムと入れ替えられ、本人たちはひそかに殺されてたんだ。

 誰のしわざか考えるまでもない。ガリアスっていう地霊だ。王族を守護するのが役目だって聞いたのに……。

 そのガリアスが閉じ込められてたらしい、水晶のようなものでできた檻も見つけた。水晶の一本がきれいに折れてた。ルズラさんが念入りに作った檻だったらしいのに、どうやって壊したんだろう。


 坂道がきつい。ポン足の術を使いたいんだけど……ガリアスに気づかれる可能性があると思うと、使えなかった。

 自力で黙々と歩いて、ようやくあの牢の部屋の入り口に辿りついた。

 ……音がする。

 重たく硬いものがぶつかり合う、ガン、ガン、という音が。

 そーっと、入り口の壁際から中を覗く。

 ガジルさんと誰かが戦ってた。

 部屋の奥の牢のひとつだけが黄色い壁で塞がれてて、壁を守るように立ちふさがるガジルさんと、ガジルさんより大きい岩人が身体をぶつけ合ってる。


「ガアアアアアアア!!! ドケ!!!」


「ドカヌ!! 正気ニ戻レ、王子!」


「ドケエエエ!!」


 王子と呼ばれた大型の岩人が右拳で殴りかかる。でもガジルさんはその手首をすばやく両手で掴んで、ぐいとひねると横に振リ回した。よろめいた相手はそのまま仰向けに倒れるかに思えたけど……なんと、手首を極められたまま踏みとどまると、身体を無理やりひねって左手で裏拳をはなった。


「ガッ!」


 さすがに予想外だったのか顔に拳をくらい、ガジルさんはよろめいた。両手が手首から外れ後退する。

 でもその代償で、王子とやらの右肩はあきらかにおかしな方向に曲がった。腕がぶらりと垂れ下がったままだ。完全に関節を無視した動きをしたんだから当たり前だ。


「ウウウッ……!」


 なのに低くうなりながら身体を揺すると、何事もなかったかのように右腕を持ち上げた。おかしい。僕の知ってるかぎり、岩人の関節ってそんなに自由に動かないはずだ。……もしや、ゴーレムなのか?


「王子ヨ……ナニヲ呑ンダ?」


 ガジルさんが問いかける。ガジルさんの態度から見るとゴーレムじゃなく本人なのか……。おそらく、というかほぼ間違いなく、この岩人は逃げていた第二王子、たしか名前はクラビだ。


「ガアアアアアア!!!」


 王子はわめきながら今度は左拳で殴りかかる。ガジルさんは両腕で防御した。そのまま連打してくる相手に、ガードを固めてじっと耐えてる。大丈夫だろうか?

 ……と思ったとき、ガジルさんの体勢がふっ、と低くなった。その一瞬後には王子の懐に入って相手の胸に両手を回して抱きついてる。速い。


「ウリャアアアア!!!」


 低くて太い気合が響き、ガジルさんは王子の身体を持ち上げると身体をひねりながら斜め後ろに放り投げた。王子の大きくて重そうな身体は見事に宙を舞い、左肩から地面に叩きつけられた。

 自分も倒れ込んだガジルさんは一瞬で起き直り、片膝をついて相手を見る。

 ガジルさん……強い!


 そのとき。

 立ち上がりながら倒れてる相手を見据えるガジルさんの後ろに何かが見えた。何かが動いた気がした。

 ……あ。

 壁の一部にしか見えなかったものが、動いてる。岩人だ。茶褐色の壁と同じ色だったのが、みるみる黄色い砂岩の色に変わる。僕はその顔を知ってる。

 ……コーダジュだ。ドナテラ農園にガジルさんとともに現れた、あの男だ。

 コーダジュはすっとガジルさんの背後に近づく。


 僕は思わず部屋の入り口から部屋の中に飛び出した。危ない! と叫ぶ。叫んでしまった。

 ……声が出ないのに。

 

 せめて石板を飛ばすべきだったと一瞬で後悔したけど、もう遅かった。

 コーダジュの狙いすました拳の一撃が、ガジルさんの首の後ろを打ち抜いた。


「!!!」


 声もあげられず、ガジルさんは前へ吹っ飛ぶ。でも壁に激突する直前で、ガッと踏みとどまった。凄い身体能力だ。


「ざマア!!」


 そう叫ぶコーダジュのほうへ一瞬で向き直ったガジルさんだけど、「グ……」と小さな声とともに少しだけふらつく。


「ウオオオオオオオオオオンンン!!」


 そのとき、倒れたままの王子から大音量の唸り声が発せられた。これは……大地叫喚だ!

 次の瞬間、ガジルさんは上から降ってきた大岩に跳ね飛ばされた。



☆★☆★☆



「チ……ぎりぎリデ、避けてやガッタゼ。しぶとイ奴メ」


「殺セェェ!!」


 起き上がった第二王子クラビは、もうどう見ても正気じゃなかった。口からは泡を吹き、顔や身体にびっしり埋まった貴石はみんな紫色になりあやしく光ってる。


「いヤ殿下、それよりやるこトがあルゼ」


 コーダジュは壁際で意識を失ってるらしいガジルさんには目もくれず……僕を見た。


「こいツヲ捕まえれバ、あんたガ次ノ王、俺は将軍ダ。殿下、逃がすナヨ」


「ウオオオオオオオオンン!!」


 王子が唐突にわめく。後ろで何かがドスン! と落ちる音がした。あわてて振り向くと、部屋の入り口が大岩に塞がれてた。これでもう簡単には逃げられない。こいつの大地叫喚、便利すぎだろ……。


「へへへ……大人しクシロヤ」


 コーダジュがじりじりと近づいてくる。


 僕は、覚悟を決めた。

 戦う。さっき、ボルクさんから教わったやり方で。

 ごく短時間だけど、けっこうきつい鍛錬もしてきたんだ。

 壁の向こうにいるだろうルズラさんたちを助けるためにも、ガジルさんを助けるためにも、戦うしかない。

 上着のポケットから武器を出して、両手に握る。

 僕の手のひらにおさまるぐらいの小さな二つの石だ。


「ア? ……あはハハハハ、おいおイ!!」


 それを見たコーダジュが笑いだした。


「抵抗すンナっテ……。そんナ石じゃ、かすリ傷もつけらレネエゾ?」


 無造作に手を伸ばしてくる。身をかがめて避け、飛び退く。同時に、呪文を唱えてる。


「巨いなる地の主よ、我が声を聴け……」


 クオオオオオオ……と低い声が漏れるのを聞きつけて、コーダジュはわずかに顔をしかめた。


「なにヲやっテル?」


 言いながら距離をつめてくる。さっきより本気の動きだ。僕は四足になって壁際を回り、距離を取る。

 そうしながら、じっとコーダジュを見つめてる。


「逃げンナ!!」


 一瞬で間を詰められ、右腕が振り下ろされてくる。最悪、僕を壊してもいいという容赦ない動き。ぎりぎりで身をかわす。四足で一目散に逃げる。そして向き直る。向き直る瞬間から、また相手を凝視する。


(まだか。まだ見えないか。)


 こうしてる間にも、僕の精神はものすごい勢いで削られてる。

 なにしろ……右眼と左眼で、別のものを見てるんだ。


「いい加減にシロヤ!」


 ガン、ガン、と大股で接近したあと、今度は掴みに来た。両手をひろげ抱きしめるように迫ってくる。ダメだ、普通の動きじゃ逃げられない……。


「ツッ……!」


 でも僕には石板がある。目を狙って石板を突っ込ませ、四足のまま壁際をつたって逃げる。


「うざッテエ!!」


 コーダジュの拳が石板を叩き割った。その動きを僕の左眼が捉えた瞬間……見えた。

 歪みが。


「貴石っちゅうのはな、岩人には過ぎた力よぅ……。巨いなる御方の力なんじゃからのぅ。じゃから、貴石なんぞを呑んで力を強くしてる奴らにゃのぅ、必ず歪みが出るんじゃぁ……。そしてボンは、その歪みが見えるはずじゃぁ」


 ボルクさんの言ったことは正しかった。僕には見える、コーダジュの身体の光がねじれ凝り固まっているポイントが。

 それは、左脇の下にあった。

 僕は四足をやめて、す、と立ち上がり身構える。挑発だ。


「もうイイ! てめエ、叩き壊ス! それで構わネエ!」


 コーダジュが全力で突っ込んでくる。僕はすばやく四足に戻り、コーダジュの左側に少しだけ動く。コーダジュが前傾姿勢になり、左拳が渾身の力をこめて突き出された。

 これに当たったらダメだ。当たったら終わる。避けろ、避けろ……避けた!

 拳がすごい風圧とともに僕の顔のすぐ横を通り過ぎてゆき、壁に激突した。

 コーダジュの動きが一瞬止まる。ここだ!

 僕は二足に戻り……右手に握り込んだハルエリートの塊を、コーダジュの歪みである左脇の下に叩きつけた。ある言葉を唱えながら。


「あ? ……ア?」


 たいした衝撃でもなかったんだろう。コーダジュが怪訝そうな声を出す。

 だが次の瞬間、様子が激変した。


「……アア? ……アアアアアアアア!!! ……なんダこ……ナンだコレハ……!!」


 僕が呟いた呪文は「替われ」。叩きつけた所にあるノウォンを、ハルエリートの中に溜まっていた僕のノウォンと入れ替える。それだけの術だ。自分でいうのも何だけど、僕のノウォンは別に悪質じゃないので普通ならたいした影響はない。

 でも……貴石の力を無理やり均衡させている者にとっては、そうじゃない。体内の貴石が一気に暴走する。


 バン! と音を立て、コーダジュの額の右側が爆発した。


「ギャアアアア!!」


 つづいて右の肩が。そして左の耳のあたりが吹き飛んだ。コーダジュは身をよじるように倒れ、エビのように丸まる。その背中も弾け飛び、全身が痙攣する。


「許しテ……アアアア……お慈悲……オ慈悲ヲ……!」


 哀れっぽい声で呻く。でも、こうなったら僕にももう助けようはない。命は取られないと思うんだけど……。

 さらに数回の爆発のあと、コーダジュは完全に動かなくなった。


 か、勝てた……。

 僕も消耗がきつい。左眼だけで、しかも視界を限定してナドラバの術を使ってたんだ。たぶんナドラバは普段からこれができたんだと思う。でも僕には難しくて、ものすごい精神集中が必要だった。

 へたり込みそうになるのをこらえる。そして、思い出した。そうだ。王子が残ってた。

 なぜ王子は、コーダジュに協力せずにただ見てたんだろう……?

 そう思いながら牢のほうを見て、僕は何度目だろう、声が出ないのに叫びをあげた。

 

 第二王子……クラビは、まさにいま、どこに持っていたのか金属製のつるはしを、倒れたガジルさんの頭に振り下ろそうとしてた。

次話「錆びた碇のように」は、明日18時投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ