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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第三章 ザグ=アインの奈落
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第11話 見えない石の秘密

 ひいおじいさんが悲痛な呟きを終え、沈黙が戻ると、今度はリーカが小さな声ですすり泣きはじめた。


「これ……リーカや……」


 ひいおじいさんの困惑の声。


「なんでおまえが泣くんじゃぁ……」


「だっテ……可哀想だヨ……ナドラバ兄モ……ひいおじいちゃんモ……」


 ひいおじいさんがさらに困惑した様子になる。


「この子は無愛想に見えるじゃろうが……人一倍、優しくて繊細な子でなぁ……」


 そして、なぜか僕に向かってそう言った。


「……生まれてカラ数えるぐらいシカ……会ってくれてないくせニ……優しい子とカ言わないでヨ……」


「あ、いや……うむ……それは務めがなぁ……うむ……いや……」


 いまやひいおじいさんは困惑の極みだ。


「いや……すまんかったのぅ……儂も会いたいんじゃよ……」


「なら……時々は……会いに来てもいいよネ……」


「……うむ。……特別じゃぞぅ……」


「……ヘヘ……」


 リーカはもうすっかり泣き止んで、いつのまにかテントの中の雰囲気は柔らかくなってた。


「ウホン。……で、ボンよぅ、ハルエリートのことじゃがなぁ……」


 ひいおじいさんは、咳払いすると話題を変える。


「ボンは、ハルエリートを、ナドラバが使っとったという術で見たかのぅ?」


<はい。でも、何も見えませんでした。>


「うむ。そうじゃろ。それは術がちゃんと働いておるということじゃぁ」


 ひいおじいさんは少しだけ身体を前に傾けた。たぶん頷いたんだと思う。首がないからよくわからないけど。


<ハルエリートは、貴石っていう種類の石じゃないということですか。>


「うむ。だが、それだけじゃないんじゃぁ。……ハルエリートっちゅう名を、今の言葉でわかりやすく言い直すとな……<結界の石>じゃぁ」


 えっ。


「そうじゃぁ。ボンの胸にはまっとる石と、大きくいうと同じ種類の石じゃよ。その働きは二つ。ひとつは、力を吸い取って溜めることじゃ。そしてもうひとつは、自分と自分の近くにある力を隠すことじゃぁ」


「アッ!」


 突然リーカが叫んだ。


「そうカ、ハルエリートに魔除けの力があルっていわれるのハ……」


「そうじゃ、持つ者の力、すなわち気配をかなり消してくれるからじゃのぅ。じゃから、魔物に襲われることも減るわけじゃぁ」


「なるほド! さすガひいおじいちゃん、物知リ!」


「リーカも儂の少しの話でよく気づいたのぅ。うむ、賢い子じゃぁ……」


「へへ……」


 ひいおじいちゃんとひ孫がまたイチャイチャしだす。いや、いいんですけどね。


 でも、いまの説明で、ずっと疑問に思ってたことに納得がいった。僕の胸のこの石が、僕を気づかれにくくしてくれる理由も、そして僕と半分一体化してる理由も。

 この石は、僕のノウォンを吸い取って溜めてるんだね……。


<あの、スイジンというのは何でしょうか。この石に関係するみたいですけど。>


 僕は、少し前にひいおじいさんが口にした気になる言葉のことを尋ねる。


「……スイジン、つまり水の人じゃぁ。アインのお山に儂ら岩人がおるように、ホルウォートの西の湖沿いには水人がおる」


 水の人……。どんな人たちなんだ。水で出来てるのか。名前だけじゃ見当がつかない。

 もう少し詳しく聞いてみようかな、と思ったとき、ひいおじいさんが重たい口調で言った。


「……もっとも……彼らの姿は、もうずいぶん前に歴史から消えた。儂もこの目で見たこたあない。……その胸の石も、びっくりするぐらい珍しいもんじゃぁ……」


<なぜです? なぜ、消えたんです?>


 思わず尋ねてしまう。久々に、包帯さんのことを鮮明に思い出してた。いろいろあって、しばらく思い出すこともなかった……。ごめんなさい、となんとなく心の中の包帯さんに謝る。


「……それは、儂にはわからん……。儂はアインから出たことがないでなぁ……」


 そうか……。包帯さんは、いまどこで何をしてるのかな……。また会えるのかな……。


「ところでボンよぅ、ナドラバの術、今から一度、使ってみてくれんかのぅ。わしの方を向いてじゃぁ」


 ひいおじいさんの言葉に、<はい、わかりました。>と僕は返事する。


「呼びかけの呪文は、<巨いなる地の主よ、我が声を聴け>じゃぁ。本来、そちらが正しいのじゃからなぁ」


 ……ルズラさんに呼びかけるんじゃなく、別の者に呼びかけろということか。

 でも、僕にここで逆らう理由はない。黙ってうなずいた。

 言われた通りに唱える。

 特に前回と変わった感じはしない。またあの圧倒的な視界ジャックを体験するのかと思うと、身体が硬くなる。

 クォォォ……と低い唸りが自分の口から出て、視界が暗転した。


 ……あれっ。

 真っ暗だ。なんだ、なぜだ?

 視界の端にいくつか星が見えるけど、中心あたりは闇そのものだ。


「何も見えんじゃろ……」


 ひいおじいさんの声がする。僕は黙ってうなずいた。


「それはなぁ、アイン=ランデのさらに下に、ハルエリートの厚い壁があるからじゃぁ」


 ええっ!? なるほど、それじゃ何も見えないわけだ。ハルエリートは、石の力を隠してしまうんだから。


「……ボンよ、いまはどうじゃ? ハルエリートが見えたりせんかの?」


 いや、ひいおじいさん、何を言ってるの。だって見えない石なんでしょう、ハルエリートは。


「……見えぬか。いやすまぬ。もしや……と思うてしもうてなぁ。もうええぞい、ありがとうなボンやぁ」


 視界が戻る。目の前のひいおじいさんは、申し訳なさそうな雰囲気だった。表情がわからないので、そんな感じがするだけなんだけど。


「儂の役目はな、このアイン=ランデに入ってくるやもしれぬ敵を見張ることじゃぁ。そしてもうひとつ、ハルエリートの壁をな、叩き壊す方法を探ることよぅ」


<ひいおじいさんの大事な人が……ハルエリートの向こうにいるんですか。>


 僕は、直感のままそう書く。

 ひいおじいさんから、苦笑いの気配が漂った。


「……ボンは頭のいい子じゃぁ。その通りじゃよ。儂は<親方>と呼んでおるが……いや、これ以上は言うまいよぅ」


 黄色い目が僕をじっと見た。


「さて、いつまでもここにはおれんじゃろ。そろそろ決める時じゃぁ。これからどうするんじゃ、ボン?」


 うん。そうだよね。これからどうするか、それが問題だ。

 ひいおじいさんと話しながらもずっと心のどこかで考えてて、もう心は決まってた。


<地霊さんたちやガジルさんがどうなったか、様子を見に行こうと思います。助けられるようなら助けたいと思います。>


 僕は、石板にそう書く。

 もちろん僕に何の力もないことはわかってる。ガリアスの狙いが僕を捕まえることだとしたら、わざわざ捕まりに行くようなものだってことは理解してる。

 でも、毒に犯されたというルズラさんをほったらかして、地上にひとり帰るなんてことはとてもできない。


 ひいおじいさんもリーカも反対しなかった。


「そうかぁ。ボンがそうすると決めたんなら、儂ゃ止めんぞぅ」とおじいさんは言い、リーカも小さくうなずく。


「じゃあ私もついテ……」


「リーカ、おまえはダメじゃ。ボンはその結界石の力で気配が消せるが、おまえはそれすらできんじゃろ。ここに残れやぁ。あとで地上に送っちゃる」


 威厳のある声、威厳のある言葉だった。


「う……う、うん。そうだよネ……。ごめんネ、御子……」


 謝ることなんてないよ、と首を横に振る。


「あとな、手に持てるぐらいのハルエリートのカタマリをな、リーカに持たせて帰すからのぅ」


「エ!? ひいおじいちゃん、ハルエリート持ってるノ!?」


「さっきの話を聞いとらんかったんかぁ。近くにハルエリートのでっかいのがあるんじゃ。かけらぐらい手に入るわい」


 苦労するだろうなと覚悟してたハルエリート探し、あっさりクリアしちゃったよ……。

 <ありがとうございます!>と僕は書き、それだけじゃ足りずに深く頭を下げた。


「よいよい。ボンは身内のようなもんじゃ。あとなぁ……」


 ひいおじいさんの声に、微量のいたずらっぽさが混じった。


「……ボンでもごつい岩人を倒せる方法があるんじゃが、知りたいかのぅ?」



☆★☆★☆




 暗闇の中をまた滑り落ちてゆく。

 でも今度は不安はない。ひいおじいさん……ボルクさん(別れ際にやっと名前を教えてくれた)の術だとわかってるからだ。

 アイン=ランデから一定範囲内しか無理だそうだけど、人をアイン=ランデに呼んだり、逆に送り出したりできる術らしい。凄い。滑り落ちてるのに上に向かって移動してるとか、全く理屈がわからない。

 ボルクさんの一族にしか使えないそうで、僕も試してみたけど発動しなかった。

 

 ストッ、と足が地面につくと同時に視界が明るくなる。

 目の前にゆるく上る薄暗い坑道が見えた。振り向くと行き止まりの壁。ボルクさんは、僕を王族の坑道のいちばん下に送ると言ってた。

 ということは、この道を上ってゆくとルズラさんが刺されたあの部屋に辿りつくということだ。


 結界石を目いっぱい光らせ、歩きはじめる。

 うねうねと細かく曲がりくねる坂道をゆっくり上ってゆく。

 すぐ、二股に分かれた場所に出た。まずは右を選ぶ。百歩歩いて先を確かめてから引き返すつもりだ。

 六十歩ほどで行き止まり。堀り抜かれた小さな部屋に出た。壁掛けの灯がひとつあるだけの暗い部屋だ。

 採掘し終えた跡なんだな、と引き返そうとしたとき、部屋の隅に鈍く光る塊のようなものがあるのに気がついた。

 慎重に近づいてみて、僕は息をのんだ。


 それは横たわる岩人だった。足を止めてじっと見つめる。動かない。全く動かない。

 一歩、さらに近づいてみる。それでも全く動く様子がなかった。

 生命の気配が感じられない。

 ……たぶん、だけど。この岩人はもう死んでる。

 そして、僕は岩人の貴石がびっしり詰まった顔に見覚えがあった。


 たしかデンドールという名だった。

 岩人王の死体が、鉱山の片隅に打ち捨てられてた。

次話「歪みを壊す」は、明日18時投稿予定です。

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