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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第三章 ザグ=アインの奈落
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第8話 岩人王の檻で

 岩人王に会うためのルズラさんの説得は、当たり前だけどだいぶ難航した。


「よいですか御子、いまの王は下劣にして愚劣な外道なのですよ! 御子が会われるような相手ではありません!」


 最初のうちはこんな調子だった。


「まあまあルズラ、御子が理由もなくそんな大胆なお願いするわけないでしょ。理由を聞いてみないと」


 ネテラさんが高ぶるルズラさんを落ち着かせてくれる。

 でも、何をどこまで説明すればいいのか、僕は迷ってた。

 ナドラバの奥義が見せてくれる星の群れ。あの圧倒的なおそろしさと、その奥にあるらしい「隠されたもの」。

 そして、王が命じたという「赤い光」の探索……。

 曖昧な情報だらけのそんな事情を、全部文字にして書いて説明してみせるなんて、僕の能力じゃとてもできる気がしない。

 結局、「赤い光」のことに絞って説明することにした。


「赤い光、ですか……。なるほど、ナドラバを苦しめたのはその命令だったのですね。だから王に」


<はい。その命令の意図を聞きたいのです。>


「ならば私かネテラが聞き出してくればいいことですね。お任せください御子、奴を締め上げて洗いざらい……ネテラ?」


 声をかけられても、ネテラさんはぼうっと何か考えてる。いつも反応が早いネテラさんには珍しい。


「あ、うん……。ねえ御子、ナドラバ君はその赤い光について、どんなことを言ってたの?」


 そう訊かれて、僕は一瞬反応に困る。ナドラバのあの願いを、他の人に話すことに抵抗があった。

 でも、相手は他の誰でもない、僕を助けてくれてる地霊ふたりだ。


<ナドラバは、赤い光を見つけたと。でも、忘れてしまったと言ってました。>


「そうかあ……。見つけたと言ってたんだね。……御子は、それを思い出したいんだね?」


<はい、できれば。ナドラバは、忘れてしまったことをとても気にしているので。>


「そうかあ……。うん、なら応援するよ! ルズラ、御子を王に会わせよう」


「ネテラ!? 何を言うのです!」


「いやだって、御子が直接会って尋問すれば、あたしたちじゃ取れない情報も取れるかもしれないでしょ。あたしたちは、<赤い光>って言っても、言葉以外は何もわからないんだから」


「そ、それは……。しかし……」


「危険ってことでいえば、あたしとルズラとガジル君がいて、何の危険もあるわけないでしょ。あっちは手足を拘束されてるんだし。というか、どうせハルエリート見つけるためにも、地下牢があるあたりまでは降りなきゃいけないし」


「く……それはその通りですが……」


 ネテラさんがその気になってくれたのは何よりの幸いで、ルズラさんが口で叶うわけがなかった。

 ただ、会うにあたっては、ルズラさんから条件がつけられた。向かうのは翌々日。それまで僕は外を出歩かず、体調を整えるのに専念すること。そして、王には極力近づかず、会話は必ずルズラさんかネテラさんを介すること。

 最後に、僕がナドラバの記憶を受け継いでるのは秘密にすること。


 僕に否やはなく、二日間、祭殿で静かな生活を送った。

 とはいえ、一度だけあの大地叫喚をこっそり使った。ハルエリートの色を知るためだ。

 まだ探すための具体的な方策はないけど、ともかく一度ハルエリートの色を確認しておかないと探すこともできない。

 寝台に横たわり上を向く。リーカに作ってもらった魔除けのペンダントを、目の前にかざす。眼の部分がハルエリートになってる。

 ごく小声で奥義を使う。


 またあの、何もない空間に放り出されてどこまでも落ちてゆく感覚が来るのを覚悟してた。

 でも今回は大丈夫だった。視界は暗転したけど、星らしきものはぽつ、ぽつ、と見えるだけ。上を向いて使ったからだ。

 でも、ひとつ大きな問題が発覚した。


 普通に見ると銀色に輝いてた小さなハルエリートは、大地叫喚を使って見ると、何の光も放ってなかった。

 そこにあるのは、闇だった。



☆★☆★☆



 僕らはいま、先日僕が大地叫喚を使って倒れた祠から、さらに下に向かってる。王族専用の坑道はひたすら同じ半径で旋回しつつ下ってゆく。そこを黙々と歩きつづける。

 メンバーはこの前と同じ、僕にルズラさんにネテラさん、そしてガジルさんにリーカだった。リーカの同行は断りたかったけど、なんとしてもついてゆくと言い張って引かなかった。理由はよくわからない。


 坑道は歩いても歩いても終わらない。途中僕が疲れて一度休憩し、再び歩きはじめてしばらくしたら今度は完全にへばってしまった。四足になったりもしてみたけど、僕の身体は登るのは得意でも下るのにはあまり向いてないようだ。結局はガジルさんの腕で運ばれることになった。

 ルズラさんとネテラさんはそもそも歩いてないし、ガジルさんもリーカも全く平気そうだ。僕だけがヘトヘトになってて、非常にカッコ悪い感じだった。


「御子も空に浮く術覚えたら楽になるよー」と、ネテラさんが笑って言う。え、覚えられるの? と一瞬期待したが、「ネテラ、適当なことを言ってはいけません」とルズラさんがすぐさま否定した。そりゃそうだよね。僕には魔術を使う才能があんまりないみたいだしね。

「イマハ我ガ運ンデヤル。気ニスルナ」とガジルさん。不器用な優しさが嬉しいです。

 そんな会話を聞きながら、リーカは全く口をきかず表情も動かさなかった。無愛想な感じなのはいつものことだけど、なんだろう、今日はすごく緊張してる感じがする。こんなリーカは初めてだ。


 朝早く家を出てから歩きつづけて、おそらく昼前ぐらいじゃないだろうか、僕らは坑道の底へと辿りついた。

 そこは広くもなく狭くもない部屋だった。

 高い天井から質素なランプがいくつかぶらさがり、部屋の壁はぼんやりと黄色く光ってた。


 ガジルさんの腕から下りた僕は、部屋をあらためて見回す。

 広さはルズラさんの祭殿の居間の、ちょうど二倍ぐらいだろうか。

 空洞の壁に横穴がいくつも掘られていて、全部の穴の入り口を黄色い光の壁がふさいでる。そう、ドゥラカスのナドラバの墓にあった壁と同じだ。壁の向こうは見通せない。


「コレガ、王族ガ囚ワレテイル牢カ……」とガジルさん。


「ええ、そうです。私とネテラで念入りに作った結界ですよ。私たちが解放しないかぎり脱獄は不可能です」


 ルズラさんが胸を張った。


「ま、ガリアスはこれじゃ閉じ込められないから別のとこにいるけどね」とネテラさん。

 ガリアス?

 ……あ、三人目の地霊の名前だった。あんまり話題に出てこないから、聞いたきり忘れてた。


「さて、岩人王デンドールの牢はこれです。御子、約束は覚えてらっしゃいますか?」


 黄色い壁のひとつに近づきながら、ルズラさんが言う。

 近づかない、直接話さない、ナドラバの記憶のことは秘密にする。うん、覚えてます。僕はしっかりとうなずいた。


「では、結界を解きますよ。ご心配なく、拘束してありますから」


 その言葉とともに一瞬で黄色い壁が消える。

 牢というからてっきり人が寝られるぐらいの空間があるのかと思ったら、壁の向こうに掘ってある横穴はとても浅かった。腕二本ぶんぐらいしかない。

 その奥に、身体の後ろ半分を壁に埋め込まれた大柄な岩人の姿があった。そうか、拘束してあるってこういうことか。

 まるで巨大な浮き彫りみたいだ。もし結界の壁が透明なら、美術品の展示に見えるかもしれない。


「地霊ヨ、俺の冤罪ヲ認メ解放する気ニなったのダナ」


 ガジルさんほどもある大型の岩人は、口だけを動かし軋むような声で言った。細かい縞の入った茶色の肌には、びっしりと金銀青の貴石が埋め込まれて光っている。やけにゴージャスな感じだが、悪趣味だな、と僕は思った。


「そんなわけがありますか。貴方の運命を決めるのは大精霊長です。観念しなさい」


 ピカピカ光る岩人王から少し離れた場所で、ルズラさんは空中に浮かび腕を組む。


「フフン……」


 岩人王は馬鹿にしたように鼻をならした。腐っても王、ルズラさん相手にその態度がとれるのはいい度胸だ。

 ネテラさんが僕のほうを見た。質問しろという意味だ。


 <ナドラバに、赤い光を探せという命令を出しましたね?>と、僕は石板に書きルズラさんのほうに向ける。

 僕を振り返り文字を読んだルズラさんは、すぐ岩人王のほうへ向き直った。


「貴方はナドラバという子供を働かせていたはずです。非道にも、無理やり拉致して。そのナドラバに、貴方は赤い光を探せという滅茶苦茶な命令を出しましたね? 認めなさい」


「……フウム? そのようナ些細なこと、王たる俺ガ憶えておられるカヨ」


 王は不敵に答えるが、その直後から、壁に埋め込まれてるはずの頭がギギギと回転しはじめた。みるみる首がねじられてゆく。ガジルさんの顔が心なしか曇る。ちょっと前、ガジルさんもやられたものね。あれは岩人には、とてもきついらしい。


「貴方にとって重要な命令であったことはわかっているのです。とぼけても無駄ですよ、憶えていますね?」


「ガ……グ……憶えていル。憶えているガ、それガどうしたのダ……」


 <なぜ、赤い光を探させたのです?>と僕は書く。


「赤い光を探させた理由は何ですか。赤い光とはそもそもなんです? どこからその言葉を知ったのです?」


 ルズラさんは僕の言葉を増幅して矢継ぎ早に質問する。


「…………何だったカ……。アア、夢でお告げガあったノだ……ト、聞いていル」


「なんですかその曖昧模糊とした答えは。ふざけていい状況ではありませんよ?」


 ギギギ……とまた首がねじられ始める。


「グ……待テ。…………なア、事情ハ……少しばかリ複雑なのダ。……大声では言えヌのダ……」


 岩人王の声は、さっきまでが嘘みたいに小さな囁きになった。


「なんです、急に弱気な声を出して……。聞こえませんよ」


「ウム……それがナ……」


「貴方も王ならはっきり答えなさい!」


 ルズラさんはカリカリした声を出して少し王に近づいた。


「ねえルズラ……ちょっと……」


 苛立つルズラさんを見かねたのか、ネテラさんが声をかける。


「なんですネテラ、ここは私に任せて……」


 王に一瞬背を向けてネテラさんのほうに振り向いたルズラさんが、そう言いかけたとき


「オイッッ!!!」ガジルさんが怒鳴った。


 そして僕は見た。

 岩人王の右腕がいつのまにか壁から離れ、人差し指が細く細く伸びる針のように変形するのを。


 その冷たく光る先端が、向き直ろうとするルズラさんの小さな身体の横腹を貫いた。


「ルズラっ!!」


 がらんとした部屋に、ネテラさんの悲鳴が響いた。

次話「アインの最奥」は、明日18時投稿予定です。

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