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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第三章 ザグ=アインの奈落
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第6話 そこはひしめきあう星の群れ

 地下大鉱山に降りる日の朝早く、ルズラさんの祭殿に突然、昨日会ったばかりのリーカがやってきた。

 汚れた前掛けをつけたままの姿で現れたので、巫女のライダナさんはびっくりしたらしい。


「今日ハ大鉱山に降りるんだヨね。私も付き合うかラ」


「それはまたどうしてです?」とルズラさん。


「なんカ昨日の夜、急ニおじいちゃんが付いてケって言い出して」


「よくわかりませんが、まあ構いませんよ。私とネテラがいる以上危険はありませんし。朝の見回りが済んでネテラとガジルが来るまで、お茶でも飲んで待っていなさい」


「うン」


 うなずくリーカの手を取るようにして、巫女さんたちが奥に連れてゆく。「そのエプロン脱いデ、洗濯するから」「え、いいヨ」「いいよじゃありませン、女の子でしょ」「え、いいヨ」「よくありませン」という押し問答が聞こえ、エプロンは剥ぎ取られたようだった。

 ルズラさんは早めに日課の巡回に出かけ、僕は部屋に戻って鉱山に行く準備をする。とはいっても、ルズラさんからもらった小さなハンマーを、ダニスさんからもらった肩掛けかばんに入れるぐらいだ。う、なんだか貰い物ばかりだな、僕……。


 ナドラバの記憶を辿っても、鉱山が寒いのか暑いのかよくわからなかった。気候に関係なくいつも寒がってた。

 ナドラバは厳重に警備されながら鉱山のあまり深くない場所にまっすぐ行き、そこで大地叫喚を何度も使って帰ってくる、という決まりきった生活をしてたみたいだ。

 ただ、鉱山で大地叫喚を使っているときのことは、僕の中に残る彼の記憶からすっぽり抜けてた。理由はわからない。

 「だいじなものを見たのに忘れてしまった」と、ナドラバは何度も言ってたけど……。


 結局、あまり厚着はしないことにした。どうせ多少の厚着じゃ、僕に取り憑いたしつこい寒さは解決しないし。

 身支度が済んだあとは台所に行って、巫女さんたちのお茶に付き合う。リーカのほっぺたに触りながら、すべすべねー妬ましいわーと盛り上がるライダナさんとフェイデさんに、リーカはすっかり圧倒されてた。

 しばらく台所で座っているとルズラさんがネテラさんガジルさんと連れ立って帰ってきて、僕とリーカを入れた五名は、そのまますぐ大鉱山へ出発することになった。



☆★☆★☆



 デエルレスクの地下大鉱山の出入り口は一つじゃない。町を囲む高い岩壁のあちこちに横穴が空いていて、そのどれから入っても大鉱山に辿り着く構造になっているらしい。


「デエルレスクって名は、岩人の言葉で<鉱山(レスク)のための都市(デエル)>って意味なんよ。町の下に鉱山があるんじゃなくて、鉱山の採掘跡に町が出来たんよね。鉱山はデエルレスクの中心で基盤だから、どこからでも入れてどこからでも出られるのが当たり前ってわけ。出入り管理しようとした王様も何人かいたけど、みんなすぐ諦めたねー」


 ネテラさんが解説してくれる。

 僕たちはいま、その無数にある出入り口の中でも一番大きいという横穴の前にいる。

 人が十人以上並んで通れそうな穴の両側に無数の露店が並んでいて、鉱山の入り口というより商店街のように見える。けっこうな人混みだ。


「私たちの姿が見えると、挨拶やらなにやらでややこしいことになりますからね。ネテラ、姿を消しましょう」


「んだねー」


 地霊二人がうなずきあうなり、姿がふっと見えなくなる。

 ガジルさんを先頭に、僕らは穴の奥へと歩いてゆく。露店にはジュースや軽食、それにいろんな鉱石が売られていて見てるだけで楽しい。

 色とりどりの石たちにワクワクする僕を見て、リーカは呆れたような声を出した。


「素人丸出シ。こんなトコで売られてる石、ひとつ残らズ質の低いボッタクリだヨ。観光客しか買わなイ」


 まあ、そうかもしれないけど。素人なんだから仕方ないじゃないか……。

 それでもあんまりキョロキョロしないようにして、奥へ進む。

 ……あれっ。

 てっきりだんだん鉱山らしい風景になってくのかと思ったら、むしろ街っぽくなってゆく。大きくカーブしながらゆるやかに下る道の両側の露店がだんだん石造りの本格的な店舗に変わって、店の前でジョッキを傾ける岩人たちも増えてゆく。

 リーカが天井を指差した。


「ここはもウ大鉱山の中。天井高くなってるのガ、鉱山に入ったシルシ」


 たしかに、いつのまにか通路の天井の様子が変わってる。見上げても暗くてよく見えないぐらい高い。


「鉱石ノ大岩盤ガ見ツカルト、一帯ヲ深ク大キク掘り下ゲル。ダカラコウナル。空イタ穴ヤ道ニ、鉱石ヲ求メ人ガ住ムノダ」


 今日はとても口数が少ない(というか、地霊と一緒だとほとんどしゃべらない)ガジルさんが補足説明をしてくれる。

 なるほどとうなずきながら、ナドラバの短い人生がいかに欠落の多いものだったか、僕はあらためて実感してた。

 ナドラバは、こういう鉱山の賑やかな様子を全く記憶に残してない。自分の倍以上ある護衛たちに囲まれて、王室しか使わないルートを歩いてたからだ。


 賑やかな道をしばらく歩くと、ひときわ巨大な空間に出た。

 半球形のドームみたいになってる広場だ。広場の中心には人が作ったらしい泉があって、小さな滝を水が流れ落ちてる。泉を幾重にも取り囲むように露店が並び、ドームの壁には何十もの窓があき色とりどりの光が漏れていた。空中に何本も何本も張り巡らされたロープから無数の灯りがぶらさがり、あたりは煌々と明るい。

 僕が見た地上のデエルレスクのどこよりも賑やかで、人に溢れてた。

 思わず立ち止まって見回していると、「アハハ! なかなかのもんでしょ?」と、何もない空中からネテラさんの声が聞こえる。


「ここがレスク広場。大鉱山の本当の入り口で、デエルレスクの本当の中心だよ!」



☆★☆★☆



 レスク広場で少しだけ休憩することになった。

 広場の隅のベンチに座りみんなの解説をきいてみると、レスク広場がデエルレスクの本当の中心だというネテラさんの言葉の意味がよくわかった。この広場は地上のデエルレスクの中心地点のすぐ真下にあって、たくさんある大鉱山の出入り口の半分以上はここにつながってるらしい。


「デエルレスクの地上は歩きにくイ。だかラ地元ノ岩人は、地上から地上に行くときモ、レスク広場を通るコトが多イ」


 リーカの言葉に、地上の町でさんざん迷った僕は深く納得する。大鉱山は同時に巨大な地下街で、なかでもこの広場こそがデエルレスクの交通の真の集結点なんだ。


「さて……ここから本格的に大鉱山の深層に降りてゆくわけですが、大鉱山には大きく分けて三つの地下エリアがあります。ひとつは相当採掘が進み環境が整備された一般向けのエリアで、観光客なども見学に訪れます。ふたつめは地元の鉱夫が掘り続けているエリアで、落盤の可能性があるので落盤に強い岩人以外は危険ですが、よい鉱石が採れます」


 ルズラさんが姿を見せないまま説明してくれる。


「そして三番目が、王族が使っていた特別な場所です。他のエリアとつながっておらず、完全に独立しています。御子、どのエリアを選ぶかですが……」


 そこに、ぱっと姿を現してネテラさんが割り込んだ。


「もう考えるまでもないっしょ。王族はあたしたちが捕まえたし、そもそもあたしたち地霊がなんも遠慮することなんてないし。王族が掘ってたとこに行こうよ。ルズラも賛成してたじゃん」


 その言葉に、ルズラさんも姿を見せた。


「ええ……。ですが、あの地下深くには王族を閉じ込めた牢と、ガリアスを捕らえてある檻があるのですよ。そんなところに御子をお連れするのは、やはり……」


「アハハ、大丈夫だって! そいつらの誰もルズラには勝てないし、あたしもいるんだよ? ねえ御子、ナドラバ君が見てた景色、御子も見てみたくない? 見たいでしょ?」


 僕はすぐうなずいた。ナドラバの願いは、見たのに忘れてしまったものを見つけてくれ、というものだ。願いに応えるために、まずは、ナドラバが見ていたものを見たい。

 うなずくだけじゃ足りなくて、<ぜひ、ナドラバの辿った道でお願いします>と石板を出して書いた。


「……わかりました。御子のご希望とあれば是非もありませんね。では少し複雑な道筋になりますが、さっそく向かいましょう」


 ルズラさんはうなずき、僕らはレスク広場を出て、ちょっと細めの道をしばらく歩く。そこから何回か右に曲がり左に曲がり、僕がもう道筋を覚えきれなくなったあたりで、白いきれいな石でできた門の前に出た。鉄格子がはまった門の前には槍を持った岩人がひとり立っている。

 この門に、僕は見覚えがある。そう、ナドラバの記憶の中で。

 いよいよ、ナドラバのやっていたことを追体験できる時が近づいてる。

 僕に心臓はないのに、鼓動が速くなる気がした。


「地霊ルズラヴェルムと地霊ネテラヴェルムです。通りますよ」


 ルズラさんが門番にそっけない声をかける。門番はとたんに挙動不審になり、口をぱくぱくさせたあと、押し黙った。鉄格子を開けるわけでも反論するわけでもない、中途半端な態度だ。だがルズラさんは門番をそれきり無視して、鉄格子に手を差し伸べる。すると、ガラガラガラ! と、鉄格子はひとりでに上がっていった。

 唖然とする門番の前で、ルズラさんは僕のほうを振り返り微笑して、「さあ行きましょうね、御子」と優しい声で言った。



☆★☆★☆



 王室が使っていた坑道とはいえ、とくに飾りがあるわけじゃなく、一定間隔で壁つきの灯がともっているだけの道だ。ゆるやかに左に曲がりながら下ってゆく。ところどころに、鉱石を掘り出した跡らしい側道がある。ルズラさんとネテラさんが先頭で、次が僕、後ろにリーカでしんがりはガジルさん。僕たちは淡々と下ってゆく。みんな無言だった。


 岩、岩、岩。土も砂もほとんど見かけず、あるのは岩と岩を掘った道だけ。上も下も右も左も、全部が岩だ。

 歩いてみるとわかる。これは相当な圧迫感だ。岩に押しつぶされて出られなくなるんじゃないかという、本能的な恐怖を感じてしまう。

 この大鉱山で見かけるのがほとんど岩人ばかりな理由が、なんとなくわかった気がした。生まれながらに岩に馴染んでいる種族じゃないと、いずれ精神的に耐えられなくなるからだろう。


 僕も恐怖を感じているんだけど、同時に、懐かしい場所に帰ってきたという安堵も感じてる。不思議な、複雑な気持ち。

 ここは僕の中にいるナドラバが何百回も歩いた道だ。間違いない。気持ちがどんどん昂ぶってくる。


 ゆっくり旋回しながら下ってゆく坑道が、三回目の円を描ききったあたりで、少し広くなった場所に出る。広場というより踊り場というべきか。

 踊り場の一画に、小さな祠のようなものがある。中に椅子がひとつ置いてある。

 そうだ。ここがそうだ。ナドラバの仕事場だ。

 僕は、祠の前で立ち止まった。


「……ここ、ですか」と、ルズラさんが小さな声で言った。僕はうなずく。


「御子、やるんだね。ナドラバ君の術、使うんだね」ネテラさんも、普段とはかけはなれた真剣な声で囁いた。僕はもう一度うなずく。

 祠の中に入り、外で待つみんなに背を向けて座った。

 気持ちが静まるのを待って、ゆっくりと口を動かす。


<地の霊よ……我が叫びを聴け……>


 声を届ける相手のルズラさんはすぐそこにいるのに、おかしなもんだな、とちらと思う。そんな一瞬の雑念も、何かが僕の中に押し寄せてくる圧倒的な感覚にかき消された。

 今年の冬、僕は何度もこの奥義を使う練習をした。でも、たまに何かが遠くで光ってる気がしただけで、特別な結果は何一つ得られなかった。

 でも違う。今日は違う。僕の中を押しひろげるように身体を支配してゆく、これはなんだ。なんなんだ。


 アアアアアアアオオオオオオオオオ……コオオオオオアアアアオオオオオオ……。


 心の中に満ちてくる潮みたいなものが、喉から溢れ出る。

 そして、視界が暗転した。


 ……星だ。

 数え切れないほどの、目もくらむほどの、視界いっぱいにひろがる星の群れだ。

 ひとつひとつの星に、目を止めることなんてできない。ただもう、無数の光に視界が占拠される。

 足元の感覚がなくなる。身体の感覚がなくなる。

 悪寒と酔いが同時にやってくる。目が回る。思考がかき回される。

 異様な星の群れの中で、僕は圧倒的に孤独で無力で、そしてどこまでも落ち続けていた。


 なんだこれ。なんだこれ。

 こんなの無理だ。こんな感覚のなかで、正気を保つなんて無理だ。ましてやこんな視界の中で、特定の何かを探すなんて無理だ。

 僕は、理解した。ナドラバがこの奥義を使い続けて生命を消耗させていった理由を。そして、ナドラバが、この状態をいっさい記憶に残していない理由を。

 十歳にもならない子供が、こんな心を焼ききるような経験、憶えていられるわけがない。忘れなくては心が保てない。


 星空の奥の奥で、何かが動く。何か巨大なものが身じろぎし、星の群れが揺れた。それを感じたところで、限界が来た。

 ……もうダメだ。吐く。死ぬ。

 僕は口を限界まで開けて、ゲエエエエエエエ! とおめいた。でも、当たり前だけど、何も出てこなかった。

 もう、自分がどうなっているのかわからない。

 もう一度吐こうとしたとき、全身にガツンと衝撃が来て、なにも分からなくなった。

次話「隠されたもの」は、明日18時投稿予定です。

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