第5話 舌作り・石探し
目覚めると今朝も枕元にルズラさんがいた。
「おはようございます、御子……。震えてらっしゃいましたが、お身体は大丈夫ですか?」
そう言うルズラさんの顔が近い。というか僕の顔にほぼ貼り付いてる。
僕はこくこくとうなずくと、急いで上半身を起こした。石板を呼ぶ。
<実は、ご相談したいことがあります。>
「そうですか! 御子が私に相談を! ええ、いいでしょう! 気合いを入れて相談に乗りますよ! 朝の見回りをせねばなりませんが、それが終わったらじっくりお話しいたしましょう!」
ルズラさんが物凄く興奮しはじめた。熟した果実の匂いが強くなる。いや、そんな大げさな話でもないんだけど……。
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「やあやあ、おはよう御子!」
昨日も座ってた居間の長椅子の上で、ネテラさんが今日も回ってる。その横で、ルズラさんはため息をついた。
「朝の見回りを終えたあともついてきてしまったのですよ……。ネテラ、大鉱山に行かなくていいのですか」
「やだやだ、あんな暗いばっかりのとこ昼間から行きたくないよ!」
「自分の守るべき場所を否定してどうするんです……」
ルズラさんの言葉にもネテラさんは悪びれずにアハハ! と笑うばかりだ。
「それに、御子が相談事があるっていうなら、あたしも相談に乗りたいじゃない? あたしだから出来ることもあるかもしんないし」
「……たしかに。知恵があるという意味では、ネテラは私たちの中で一番ですからね」
うんまあ、ルズラさんは脳みそ筋……おほん、直情径行な人だからね。
「いやーそれほどでも、アハハ! じゃあ御子、なんでも言ってみてよ。どんな恥ずかしい秘密でも受け入れるから!」
場はすっかりネテラさんペースだ。
僕は石板を取り出して、少し考えたあと、ゆっくりと書き始めた。
<実は、ナドラバにスープを飲ませてあげたいんです。>
ルズラさんがハッとした顔になり、ネテラさんは大声で「やばい! 意味がわかんない!」と叫んだ。
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「なるほどねー。転生して魂の一部だけ御子の中に残ってる、ナドラバ君の魂が消える前に、思い出のスープを味あわせてあげたい。でも御子は飲み食いすることができないから、それが不可能……。なるほどねー」
ネテラさんはたしかに頭の回転が速かった。僕の書く短い文章とルズラさんの大雑把な補足説明だけで、事情をあっさり把握した。
「私も、ほんの少しとはいえナドラバの記憶に触れましたから、羊の乳のスープにナドラバがこだわっていたことは知っていました。が、そこまでとは……」
ルズラさんは珍しく小さな声で呟く。
「そうですか……。ナドラバは、もう消えそうなんですか……。そうですか……」
「そもそも死んだあとも、記憶とか魂が残ってて他の人の心の中にあるってこと自体、超がつくほど特別だもんね。他に聞いたことないもん、そんなの」
「ええ……そうですね……」
ルズラさんは肩を落としてる。そうだよね、ナドラバの記憶と魂を、ルズラさんは十年守り続けてきたんだものね……。
「うーん、でもなかなかの難題だよね。大きく分けると、解決策は二つあると思うんだけど」
一方、ネテラさんはマイペースで話し続ける。
「ひとつは、食事ができる御子以外の人の心に、そのナドラバ君の魂を移すこと。アハハ、普通じゃ無理だよね、そんなこと」
話しながら、ネテラさんはルズラさんを見た。その目はみょうに真剣だった。
「でも、ここにいるルズラなら別かもしんない。ルズラはごくわずかとはいえナドラバ君の記憶を共有してるって言ったよね? だったら、全部引き受けることもできるんじゃない? あたしたち精霊はもの食べる必要はないけど、やろうと思えば食べられるし味もわかるよ。だから……」
「無理ですよ」
ルズラさんは、ネテラさんの提案をあっさり退ける。
「ナドラバと御子の心に少しでも触れた私だからわかります。お二人に宿っているのは、他で見たことのない不思議な力……転生の力としか言いようのない特別な力です。それを持たない私には、お二人の心の表面を撫でるのがせいぜいですよ」
「そうかあ」
ルズラさんの否定を聞いたネテラさんは、なんだか安堵した様子に見えた。
「だったら、もうひとつの解決策しかないね。御子が、もの食べられるようにすることだよ」
えっ!?
「えっ!?」
ルズラさんも同じタイミングで驚いてる。
「それは……どうやるのです? 御子はおいたわしいことに、骨だけのお身体なのですよ。ものを食べる器官がないというのに……」
その通りだと思う。
「んー、でも別に栄養を摂取する必要はないんだよね? 味がわかれば、ナドラバ君に味わってもらうことができる。だったらさ、舌さえなんとかなればいいんだよね」
いやいや、そうは言うけど……。
「ネテラ、簡単にいいますが、舌というのは簡単に取り付けたり外したりできるものではありませんよ」
ルズラさんが僕の言いたいことを言ってくれた。
「まあ、普通はそうだけどね。御子は何かと特別っぽいというかさ……。あのさ、その胸の中にある桃色の石、それ、もう御子の一部みたいになってるんじゃない?」
「あっ!? た、たしかに……」
ルズラさんも僕もいつのまにか馴染んで気にしなくなってたけど、ネテラさんの言うとおりだ。僕は結界石の光を制御することができるし、もう取ろうと思っても取れなくなってる。
包帯さんからもらったこの石って、考えてみればすごく不思議だよね……。
「その石についてもいろいろ知りたいことたくさんだけど、いまあたしが言いたいのは、その石に出来ることなら他の石でも出来るんじゃないかってことだよ」
「ネテラ、そんな特別な石がそうそうあるわけがないでしょう」
「ルズラらしくもないね、その発言」
ネテラさんは、ぱたぱたと小さな手を振ってみせた。
「自慢じゃないけど、あたし、デエルレスクの大鉱山を守護してるんだからね。大鉱山で採れるような石にも、不思議な力のある石がたくさんあるってよく知ってるんだ。たとえば……ノウォンを吸う性質のあるあの石、ええと名は……なんつったっけ……」
そう。その石の名を、僕はたしかに聞いたことがある。あれは……石細工職人、リーカの家でだ!
<ハルエリート>
「それだっ!」
僕が書いた文字を読んで、ネテラさんは大声で叫んだ。
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ルズラさんたちに相談を持ちかけた日の午後。
僕、ルズラさん、ネテラさんに護衛のガジルさんで、石細工職人リーカの家にやってきている。ネテラさんが大張り切りで僕らを急かしたんだ。
ルズラさんもネテラさんも他に石細工職人の知り合いはいるそうだけど、「ナドラバの縁者に頼むのも意味のあることでしょう」ということで、まずはリーカに頼んでみることになった。
いきなりの地霊二人の訪問に、メルサは「ヒャー! 大変だヨオ!」と大騒ぎしてたけど、リーカとリーカのおじいさんは落ち着き払ったものだった。言葉数少なく挨拶をしたあとは、ネテラさんとルズラさんが注文について話す。ナドラバの名前なんかは一切出さず、ただ、ハルエリートの薄い板を作って磨いてほしいという内容だった。
リーカはひととおり話を聞き終えると、一言こう言った。「無理だヨ」と。
「無理? 無理とはどういうことです?」と、ルズラさん。
「そんな大きさノ、ハルエリートなんテうちにはないヨ」
「ああ、そういうことですか。ならば手に入れればいいのでしょう」
「希少鉱石。めったニ見つからないシ、大きいのガ見つかってモ小石ぐらいだヨ。だから、砂粒みたいナ大きさに割って使うものだヨ。そんな大きな細工が作れルよウなハルエリート、見たことないヨ」
「そ、そうなのですか、ネテラ?」
「アハハ、あたしもよく知らなかったけど、そうなのかもしんない!」
ネテラさんは例によって回りながら、あっけらかんと言う。ルズラさんは呆れた様子で、何も言わなくなってしまった。
「ていうかリーカちゃん、大きな石があれば、細工はできるんだよね?」
そんなルズラさんを気にした様子もなくネテラさんは問いかける。
「できル。ハルエリートの加工は易しくはないけド、薄片を作って磨くだケなら、なんとかなル」
「よしよし。じゃあ、石はこっちで見つけるよ。ちょっとこっちで相談させてね」
ネテラさんは席を立つと部屋の隅に僕とルズラさんを近くに呼び寄せて、ひそひそ話の体制になった。
(……ネテラ、大丈夫なのですか? 貴方に石を見つける能力があるとは知りませんでしたが……。)
(アハハ、そんなものないよ。 あたしは鉱夫の健康と運に加護を与えるだけだもん……。)
ネテラさんの小声の発言に、ルズラさんは呆れた顔になる。
ネテラさんは、僕のほうを向いて、じっと見つめてきた。みょうに真剣な顔だった。
(……でも、御子には、ナドラバ君から受け継いだ能力があるでしょ? それがあれば大丈夫でしょ?)
貴石を見つける大地叫喚のことを、ネテラさんは知ってるみたいだ。
僕は石板を出して、<僕はナドラバとは違います。僕の能力では、見つけられるかどうかわかりません。>と書いた。
(ま、ダメなら別の手を考えればいいよ。とにかく、一度大鉱山に降りてやってみようよ!)
ネテラさんはどこまでも前向きでやる気に溢れていた。
(そうですね……。一度、鉱山をご覧いただくのもいいかもしれませんし、明日にでも降りてみましょうか。)
ルズラさんもうなずき、ふとネテラさんのほうを見る。
(しかしネテラ、御子にナドラバの奥義が受け継がれたこと、貴方に話しましたっけ……。)
(いやあ、直接は聞いてないけど、考えれば推測できるでしょ。)
ネテラさんは軽く受け流し、アハハ! と笑ってみせた。
その後は、もしハルエリートの塊を持ってくれば加工を引き受けてくれること、報酬は余ったハルエリートのうち一定量でいいことなどをリーカと約束し、帰ることになった。
帰り際、「おおイ、骨のオ! オマエだケ、こっちゃコイ!」と、僕はリーカのおじいさんに引き止められる。
首をかしげながら近づいていくと、岩ダルマみたいなおじいさんは、先日とは違って小声で話しはじめた。
「ハルエリートはノウ、そう簡単にハ見つからんゾ。だがナ、もし地の底でノ、ワシの親父に会うタラ、相談してみるとエエ。デエルレスク大鉱山ノ、ヌシだからノウ」
「会えるノ? 私だっテ、ヒイおじいちゃんにハ、生まれてかラ数えるぐらイしか会ってないヨ」
そばで聞いていたリーカが、訝しげに言う。なんだそれ……。どんな人なんだ、ひいおじいさん。
「コイツなラ、会えるやモしれんと思うてノウ。まア、覚えておくとエエ。……あとナア……」
おじいさんのガラガラ声が、そこでまた小さく、囁くようになった。
「……骨のオ……気いつけろヨ……」
その言葉の意図がわからず、僕はぽかんと巨大な岩の身体を見上げた。
次話「そこはひしめきあう星の群れ」は、明日18時投稿予定です。