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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第三章 ザグ=アインの奈落
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第4話 二人目の地霊

 朝。目覚めた僕は、ぼうっと天井を見てる。

 窓のない部屋。ごつごつした岩の天井。

 ここは……どこだっけ?


 口の中にまだ、夢の中で飲んだスープの味が残ってる気がした。羊の乳の濃厚な、あったかい匂い。

 でも、それははかなく消えてゆく。


 最近、よくナドラバの好物の夢を見るようになった。

 なんとか……してあげたいなあ。


 ぼやけた頭のまま、寝返りを打って横向きになると、目の前に人形のような女の人がいた。

 ミルクの匂いは完全に消えて、彼女の持つ、果実みたいな匂いが漂いはじめる。


「おはようございます、御子」


 僕の顔にくっつかんばかりにして、地霊ルズラヴェルム……ルズラさんがにこにこと笑ってた。

 そうだった、ここは、ルズラさんの祭殿の一室だ。


「今朝も寝顔を見せていただきましたよ!」


 なぜか誇らしげにそう言うルズラさんは、寝ている僕を見るのが好きらしい。なんの意味があるんだろ、それ……。



☆★☆★☆



 ルズラさんの祭殿には、派手な祭壇もないし豪華な応接室もない。

 来客受付のためのカウンターがひとつあるだけで、あとは広めの普通の家と変わりなかった。暮らしてるのはルズラさんに、巫女のライダナさんとフェイデさん。それに居候の僕だ。

 巫女さんはルズラさんについて回るという感じでもなく、祭殿の掃除洗濯をしたり自分たちのご飯を作って食べたりして、淡々と暮らしてる。夜は二人共有の部屋で寝てるみたいだ。

 ルズラさんは眠らなくてもいいそうなんだけど、夜は奥の小さな部屋で静かに過ごしてるらしい。質素なお部屋なんですよ……とフェイデさんは言ってた。

 祭殿は崖を堀り抜いてある造りなので窓が玄関にしかなく、そのぶんランプがたくさん置いてある。

 ランプはひとつひとつ違う意匠の凝った石細工で、それだけが祭殿の飾り気といってよかった。


 僕の寝ぼけ顔を見たあと出かけて昼前に帰ってきたルズラさんは、祭殿の居間の、跳ね上がる魚をかたどったランプの前で僕に謝ってる。


「申し訳ありません、御子。すぐにでも大精霊長のもとへご案内するはずが、もうしばらくお待ちいただくことになりそうなのです」


 僕はうなずいて、構いませんという意志を伝えた。急ぐ旅でもないしね。


「御子の寛大なお心に感謝いたします。ですが、もう少し事情をご説明する必要があろうかと、ご紹介を兼ねてある者を呼んでいるのです。お会いくださいませ」


 ルズラさんはそう言うと、僕の右横、僕が座っている長椅子の誰もいない場所を見る。僕もつられてそこを見る。

 するとソファの背もたれから「やあやあ!」と明るい声がして、小さな人影がぴょこんと飛び出してきた。

 わ! と驚きにのけぞる僕を見て、出てきた者は「あはは!」と愉快そうに笑う。


「ネテラ!」と叱りつけるルズラさん。

「やあやあ、はじめまして、生まれ変わりの御子。あたしは地霊ネテラヴェルム、ネテラと呼んでよ!」


 オレンジ色のその人は、そう言うとくるくると身体を回して踊りだした。



☆★☆★☆



「現在活動している地霊は三名。私と、このネテラと、ガリアスクスという者です。私が岩人の魔術を守護し、ネテラがデエルレスクの地下にある大鉱山で働く者を守護し、ガリアスクスが岩人王家を守護しているのです」


 と、ルズラさんが説明する。横でネテラさんはずっと楽しそうに回転してる。

 ネテラさんはルズラさん同様、宝石でできた人形のように見えた。身長もちょうど同じぐらいだ。でも二人の印象はだいぶ違った。 ルズラさんは琥珀色で、ネテラさんは明るいオレンジ色。ルズラさんは長い髪を膝まで伸ばしてるけど、ネテラさんは肩の上でばっさり切ったショート。誇り高くきりっとした感じのルズラさんと違って、ネテラさんは悪戯好きで明るい雰囲気だった。


「まー、正直あたしたちが束になっても、ルズラにはかなわないけどね。ルズラには大精霊長も一目置いてるからさ。十年行方不明になっても、加護はちゃんと届き続けるんだもん、とんでもない力よね。あたしもガリアスもルズラのかわりは無理無理!」


 ネテラさんは回るのを止めて、あはは! と笑うとまた回りはじめる。あけっぴろげな人だなあ……。


「まったく……貴方がそんな調子だから、岩人たちがどんどん怠け者になるのですよ。わかってますか?」


「いやー、それはあんまり関係ないと思うなあ? 岩人がどうするかは岩人の責任だよ」


 ルズラさんはネテラさんの答えにむむ、と口をヘの字にしたけど、うまい反論が思いつかないらしい。


「口では貴方には叶いませんが、しかし……」


「まあまあそれより、なんで御子がすぐ山頂に行けないかの説明だよね。あんね、ルズラとあたしで王家の連中捕まえて、大精霊長に裁いてもらうために大鉱山の奥深くの牢屋に閉じ込めてあるんだけど、第二王子だけ逃げちゃってるんよ」


「王家の者たちが犯してきた罪は、ナドラバの両親殺害だけではありません。あやつらは、おぞましい汚泥でした」


 ルズラさんはそう吐き捨てる。


「まあ出るわ出るわ……汚職や恐喝は当たり前、ばんばん民も殺してたし、そん中でもいちばん腐ってたのが王様だってんだから救われないよね、アハハ」


「笑いごとじゃありませんよ、ネテラ! 私たちにも責任があるのです!」


「まあねえ、でもまさかガリアスがそこまで仕事してないとは思ってなかったもん。やる気ない奴だったけど、そこまでとはねえ」


「……私も、まさか同僚であり同朋である地霊を、罰しなくてはならなくなるとは思っていませんでした……」


「ガリアスは腐っても地霊だからねえ。いま金剛石の檻に閉じ込めてあるけど、ルズラじゃなきゃ無理だったね。いやほんと、戻ってきてくれてよかったよ! ルズラ~!」


 ネテラさんはいきなりルズラさんに抱きつくと、ルズラさんごとくるくると回る。それにしても回るのが好きな人だ……。


「きゃ!? お、おやめなさいネテラ! 御子の前ですよ!」


「ルズラかわいい~! 意識しちゃってるんだ~!」


「違いますよ! もう! それより説明の続きです!」


 ルズラさんの言葉にネテラさんの回転は止まり、「そうそう!」と何事もなかったかのように話を再開する。


「うん、そんでさっきも言ったけど、第二王子のクラビだけまんまと逃げちゃってるんだよねえ。ルズラの手から逃れるなんてどうやったのかしらないけど大したもんだよ。王家の中でも貴石食べまくって力貯めてた奴らしいから、油断できないんだよね。いまはデエルレスクのどっかに潜伏してるらしいけど、それ捕まえるまでルズラはここ離れられないってわけ」


 ……僕は昨日出会った、メルサを殴り飛ばして走り去っていった男のことを思い出した。石板を呼び出す。


<関係ないかもしれないけど、僕、昨日ある男に会いました。>


「おおー! それが石板呼び出す専用魔術かあ! おっしゃれ~!」


 ネテラさんは妙なところに感心してる。


「まさか御子は、クラビに遭遇されたのですか!? 大丈夫でしたか? 何もされませんでしたか?」


 ルズラさんはオロオロして僕の顔を無でさすりはじめ、僕はあわてて<大丈夫です!>と石板に大きく書いてみせることになった。


☆★☆★☆



 その夜遅く、祭殿の部屋で一人になると、僕の身体は小刻みに震えはじめた。

 少し寒い。ふだん感じる寒さとは、あきらかに質が違う。

 久々に感じる、この癒やしようのない寒さ。

 土の中で目覚めたあの時に感じていたのと同じ、底の見えない寒さ。

 幸い、今夜はたいしたことない。大森林を歩いた夜に比べれば。


 でも、どうしてこのタイミングで、また寒くなったんだろう。

 思い出してみれば、ドナテラ農園で暮らしはじめたあたりから、この寒さは感じなくなってた。

 レドナドルの冬はあんなに寒かったのに、僕が感じてたのはごく普通の寒さだった。


 そう考えているうち。

 ……気がついたら、焚き火のそばにいた。

 夢の残り火だ。僕は、いつのまにか眠ったらしい。

 卵型の頭を持つ子供が、膝を抱えて火を見てる。


 その姿を見ながら、ああそうか、と僕は気づいた。

 僕が寒くなかったのは、同じ寒さを共有する彼がいたからだ、僕の中に。

 いま、寒さが戻って来たのは……彼が、消えそうだからだ。


 何も話すことはなかった。

 ナドラバのすぐ横に座って、同じように膝を抱えて、火を見つめた。

 寒さが和らいでゆく。

 僕とナドラバは一言もしゃべらず、ずっとそうしてた。

 

 そして夢の中で、僕はひとつの決心をした。

たいへんお待たせいたしました。一年ちょっとぶりに、投稿再開いたします。

第三章「ザグ=アインの奈落」が完結するまで毎日一回、18時に投稿してゆく予定です。


次話「舌作り・石探し」は明日の18時投稿です。

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