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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第三章 ザグ=アインの奈落
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第3話 石細工職人の娘

 僕を吹っ飛ばした少女はメルサと名乗った。十歳だという。


「心配してくれたのは嬉しいけド、貴族様の乱暴なんテ、この町じゃありふれてるもン。みんな慣れっこだヨ」


 彼女の住居があるという灰色の石でできた高層の建物の中に僕らを招き入れながら、メルサはケロッとした口調で言う。

 球に近いまんまるな小さな顔はオリーブ色。動きがキビキビしてて、十歳とは思えないほどしっかりしてる……というより、世慣れてる感じだ。


「こっチこっチ」


 メルサが不思議な装置に駆け寄る。

 岩を磨いて作った、人が数人乗れるほど大きな円盤が、一階フロアの奥に置いてある。外縁の部分に手すりがぐるりとついてる。

 メルサはその手すりを潜って円盤の中に立つと、僕らを手招きした。

 僕も身をかがめて手すりを潜る。ガジルさんはひょいとまたいだ。

 三人が円盤の上に立つと、メルサが「手すりにつかまってネ」と注意し、全員が掴まると、<ハチ!>と声をあげた。

 すると、円盤がふわりと浮き上がり、上昇してゆく。

 ……これは凄い!

 あの重たい岩人たちが、どうやって高い建物の中を移動してるんだろうと不思議に思ってたけど、こんな高度な移動装置を使ってたなんて!

 岩人たちは魔術の才能があんまりない、とルズラさんは言ってたけど、これを動かせるならそんなことないよね。


「コノ<プワプワ浮キ台>ハ、地霊様ヨリ与ラレタ、最大ノ贈リ物。我ラガ作リ動カシテイル訳デハナイゾ」


 僕の考えを読んだのか、ガジルさんがそう言った。

 そのネーミングセンスは……この台を用意して、その名前をつけた地霊は誰なのか、なんとなく僕にはわかってしまった。


「台の下のノウォンを軽くしテ動かしてルんだっテ。……おねえちゃンが言ってたヨ」


 なるほど……。ガジルさんの大地叫喚の逆の原理なのか。やっぱり、精霊の力って凄いんだなあ。

 そんな話をしてる間に「浮かび台」は上昇をやめ、<降りル!>とメルサはまた声をあげた。


「ちょっとノ間しか止まっテないかラ、急いで下りテ!」


 僕らは言われた通り、急いで台から降りる。と、そこは小さなゲートになってて、その先に家具らしいものが置いてあるのが見えた。


 ここがメルサの家みたいだけど、どうやら玄関の扉はないようだ。

 短いトンネルみたいな玄関を抜けると、そこはほの暗い円型の部屋だった。

 さすが岩人の住居だけあって、見上げてもよく見えないほど天井は高い。これならガジルさんも余裕で立ってられる。

 とくに部屋の中央が急激に高くなってて、どうやらこの部屋は、鉄砲の弾を立てたような形になってるらしかった。

 各部屋がこんな天井を持ってるとなると、それを積み重ねたらすごい高さが必要になってしまうんじゃないだろうか。

 ……あ。だからこの町の建物は、いちいちこんなに高いのか!


 ただ、高い天井の石造りの部屋だから仕方ないけど、室内とは思えないほど寒かった。

 ……ナドラバの記憶にも、岩人はほとんど寒さを感じない、ってあったからなあ……。


 そんなことをあれこれ考えながら部屋を見回していると、ふと、部屋の奥に置いてある、不思議な像に目がとまった。

 岩でできた雪だるまみたいな像だ。直径が僕の背ほどもある大きな岩玉の上に、それより少し小さな岩玉が乗っている。

 大きな岩玉の右下と左下に、ちょこんと小さな玉が置いてある。これが足のつもりだろうか。

 その奥にもうひとつ玉があり、これはたぶん手のつもりなんだろう。

 要するにこの巨大な像は壁にもたれるように、手をだらんと下げ足を投げ出して座り込んでた。なんだかぬいぐるみっぽくて可愛いかった。


「ネ、お姉ちゃん、お客さん連れてきたヨ」


 その時、僕らを案内してきたメルサが、部屋の隅で何やら作業していた女性に駆け寄った。

 女性は低い椅子にかがむように腰掛けて、さらに低いテーブルの上に置いてあるものを覗き込みながら、ノミみたいなもので、カリッ、カリッと音を立てて削ってる。メルサの声にも反応を示さなかった。


「ネー、お姉ちゃんてバ! お客さン……」


「……メルサ。知らない人ヲ適当に連れてきたら駄目。お客さんじゃナいからネ、それ」


「今度のヒト……って言うのかナ、アレ? 今度のハ違うんだっテ! なんかカモっぽイかラ!」


 ……メルサ君、そういうのを本人たちに聞こえるところで言っちゃダメだと思う。

 ともあれメルサは、別に親切で僕らを部屋に招いたわけじゃなく、何かの営業をしたいらしかった。


「……ハイハイ。ね、アンタたチ、妹がごめんなさイ」


 作業を中断して立ち上がったメルサの姉は、こちらにすたすた歩いてくる。

 ……岩人の年齢はよくわからないけど、たぶん、まだ少女って感じの年齢だと思う。青みを帯びた細面は、何かの粉でところどころ汚れてた。

 大きなゴムの前掛けをして、いかにも職人さんって感じの格好だ。


「でも、子供に呼ばれテ簡単についてくルようじゃ……あれっ、アンタ……」


 話を中断して見つめる先は、ガジルさんだった。


「……ム? ドコカデ会ッタカ?」


「…………アンタ、ナドラバ兄ヲ引き取った人だよネ」


 姉の口からは、意外な言葉が出て来る。


「ナドラバノ……知リ合イカ!?」


「イトコ。ナドラバ兄ノお母さんの妹ガ、私たちノお母さん」


「ナンダト……!」


 ガジルさんはそう呟いたきり絶句してる。


「私は、ナドラバ兄とハ何回かシカ会ったこトないけど。物心ついタときにハ、王宮で暮らしてテ、めったニ町にはこなかっタから」


 僕は少女をじっと見てナドラバの記憶を探る。……どこにも、彼女らしき人の姿はない。ナドラバ……。もう少し憶えてようよ……。


「ソウカ……スマヌ」


 ガジルさんは、初めて会った少女に軽く頭を下げた。少女は、困ったように軽く首を振る。


「私に謝られテも……。でも、うちの親が帰ってくる前に、帰ったほうがいいヨ。ナドラバ兄の両親が殺されたこト、今でも恨んでルから……」


「…………ワカッタ」


 ガジルさんは、また頭を下げると、そう呟いて部屋の出口のほうへ行く。


「え、お姉ちゃん! せっかク、お金ありそうなお客さん連れテきたのに……!」


「だから、そういうノもうやめなっテ。興味ない人連れてきテもしょうがないヨ」


 言い合う姉妹を見ながら、迷ったあげく、僕は石板を出して書き、姉に見せた。


<すみません、この家では、どんな仕事をしてるんですか。>


 突然出てきた板に二人は一瞬ビクッ! としたけど、姉のほうはすぐ興味ぶかげに「いい?」と言って石板を手に取り、手で触りはじめる。


「へええ……。ただの板に見えるけド魔術かかってル……。これ、あとでもちょっト調べさせてくれル?」


「お姉ちゃん、その前に答えてあげないト」


「あ、そうダね……。私は石細工職人。石を磨いたリ組み合わせたリして、物を作ル仕事。ここは小さナ細工が専門ノ工房だヨ」


 石細工。ルズラさんが言っていた、岩人のもともとの本領の仕事か……。

 僕の中のナドラバが、ぐぐっ、と身を乗り出したような気がした。気のせいかもしれないけど。


 僕は部屋の入り口に立ってるガジルさんのほうへ歩いてゆく。僕がお願いしたいことを、ガジルさんは察してくれた。


「……興味ガアルノカ。ナラ、我ハ建物ヲ出タトコロデ待ツコトニスル。時間ハ気セズトモヨイ」


 そう言うと、最後にもう一度姉妹に頭を下げ、ガジルさんは部屋を出ていった。


「……悪いこトしちゃったネ……」


 妹のメルサが小声でいうのに、姉は黙って、わずかに肩をすくめるような仕草をした。



☆★☆★☆



 薄い。

 びっくりするぐらい、薄くて硬くて軽い。

 姉妹に石細工を見せてもらって、僕は、予想以上に洗練された技術に驚いた。


 たとえば皿だ。石でできた皿っていうイメージだけでなんとなく重厚な大皿を想像してたけど、僕らが普段使ってる木の食器と変わらないほど軽い。

 現在の主製品だという魔除けのブローチは、磨きあげたいろんな色の結晶を、鳥の形に彫り上げたものだった。

 なんで鳥なんだろう?

 僕の気持ちを読んだように、姉のほうが説明してくれた。


「ザグ=アインの奥にいる大精霊長は、大きナ鳥の姿ヲしてるんだってサ。だから、ザグ=アインで作られるお守りモ、鳥の形をシてるんだヨ」


 ……え。僕が会いに行く予定のグラド=アインって、鳥なの? 知らなかったよ……。


 それはともかく、見せてもらった十個ばかりの石細工はどれも美しくて、僕はすっかり感心してしまった。

 <どうやって、作るんですか?>と基本的な質問をしてみる。


「どう、と言われても……石を削って、磨いて、魔術で仕上げるんだヨ」


<石を溶かしたリしないんですカ?>


「ああ。……溶かすこともあるケド、私たちはやらナイ」


<なぜですか?>


「石にはそれぞれ違った性質があるんだヨ。溶かすと、その性質が消えちゃうかラ。石ごとの特徴を生かすのガ、石細工だからネ」


 なるほど、と納得する。

 メルサが、ずい、と乗り出してきて言った。


「骨のヒト、ずいぶん興味あるみたいだネエ。……どう? 一個、買ってク? 買ってっテもいいんだヨ?」


 僕はうなずき、<安いお守りを、ひとつ。>と書いた。

 ナドラバの従姉妹が作ったお守り、持っておきたい。お金はルズラさんから少しもらってある。


「やったあアあ! 久しぶりの売上げだヨ~!」


 メルサがくるくるその場で回り出すのに姉は「やめなヨ、みっともない」と困った顔をしたが、部屋の隅からお守りを持ってきて、十個ばかり机に並べてくれた。

 青い半透明のお守りを選ぶ。ワシに似た鳥がじっと斜め上の虚空を睨んでいるお守りで、威厳があって気に入った。


「……それ、ちょっと高いヨ? ハルエリートっていう、高い石を少しだケ使ってあるカラ。ほら、これだヨ」


 姉が言ったその石は、鳥の目にはめ込まれた粒みたいな極小の銀色の石だったけど、それでもずいぶん値が張るらしい。


<どうして高いんですカ?>


 と石板で聞くと、「ノウォンを吸い取る力がある石なんだヨ。ほんのちょびっとだけどネ。それが、邪を吸い取るってことデ人気があるんだヨ」と答えが返ってきた。

 ぎりぎり払えたので、買うことにする。姉が、「ああ、つけたげるヨ」と言いながら、近づいてきてお守りを首にかけてくれた。


「言い遅れたけど、私はリーカ。……アンタ、石細工が好きなラ、また来るといいヨ。歓迎するかラ」


 小声でそう言う。


「おおー、お姉ちゃんの珍しイ反応! 骨のヒトに恋しちゃうノ? ね、しちゃうノー?」


 メルサがわざとらしい声で姉をからかうのに、「そういうのじゃなくて」と冷静な声でリーカは返す。


「なんか、おじいちゃんが気にシてるようだし。ねえ、おじいちゃん」


 リーカが声をかけた相手は、さっき僕が可愛いなーと思ってみてた、部屋の隅によりかかった岩だるまだった。


「ウム……。骨ヨ、オまエカラハ地霊ルズラの強イ匂イがスルのウ。ソれニノウ……ウム、コレは気ノセいカ。リーカよ、コイツの面倒ヲ見るトエエ」


 口が開いて、ギシギシする声がゆっくりと語りだす。

 ……生きてたのか! ていうか岩人だったんだ! 微動だにしなかったから、てっきり作り物かと……。


「へエ……おじいちゃんがそこまで言うなんテ、本当に珍しイヨ。ということで、また来るとイイ」


「やっパり恋シちゃったんじゃないノー?」


 なおもからかうメルサの頭をぱしん、と軽く叩いて、リーカは作業机に戻っていった。


 メルサに例の台を操作してもらい、一階に下りると、メルサは「また来てネ! そんデ、また買い物してネ!」と、相変わらず商魂たくましい発言をしながら、手を振って上へ戻っていく。


 僕は、久々に人と素直な普通の会話ができた気がして、風が吹き抜けるような気持ちよさを感じてた。

 道に迷ったりもしたけど、いい日だったな。


 建物を出たところでガジルさんと合流し、僕たちは夕暮れのデエルレスクをルズラさんの祭殿へ帰っていった。

この投稿を最後に一年以上連載中断していましたが、気持ちをあらたに再開することになりました。設定などもいろいろ練り直しましたのでここまでのテキストを一度出来る範囲で修正し最新の設定に合わせました。詳細は活動報告のほうに記してあります。

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