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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第二章 ドナテラ農園の人々
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第16話 レドナドルへ

 僕が農園の裏庭で倒れてから五日目の朝。

 すっかり回復した僕と、ドナテラ一家、そしてルズラさんとガジルさんは、北西の町レドナドルに向けて旅立った。

 今度の旅は馬車だ。計三台で、一台はドナテラ一家の荷物、一台は巨大なガジルさんとルズラさん用、そして一台が一家が乗るためのもので、僕も一家といっしょに乗った。


 ドナテラ農園は、ガジルさんが壊した壁だけ応急修理して、風雨が吹き込まないよう扉や窓には全て板を打ち付けてある。

 いずれ修理工を派遣して、またいつでも人が住めるように綺麗にしてもらうつもりだと、ラホさんは話してた。私たちの想い出の家だから、と。

 マーユは馬車の後方に遠ざかってゆく農園に向かって、ずっと手を振ってた。


 僕たちはまず、ナドラバが眠る地下墓所に向かった。

 ここを初めて見つけたときの思い出話をダニスさんがするのにうなずきながら、ガジルさんがだいぶ崩してしまった地下道を下り、控えの間でそれぞれ花を捧げてナドラバのために祈った。ガジルさんは今回もところどころで天井を崩し、ルズラさんにはたかれていた。


 ナドラバの墓からまっすぐ北へ、半日ほど向かうと、ダニスさんが食料品や雑貨を買い出しに来ていた小さな村についた。

 ドナテラ一家は村に一軒しかない宿屋に泊り、ルズラさんたちは村の門のすぐ外で野宿する。

 僕も野宿組で、その夜はガジルさんが仕留めてきた鳥を焼いて美味そうに食べるのを見ながら、狩りの話を聞いて過ごした。ノウォンを重くするガジルさんの大地叫喚は、狩りにとても役立つらしい。


 ルズラさんから、地霊の話も少し聞いた。地霊というのは大地に関係するノウォンを調整する役目を背負った存在で、現在五人いるらしい。


「とはいえ、全員がいつも働いてるわけではありません。現在は、二人が休息の眠りについています」


 地霊のほかに、風霊、水霊、炎霊、闇霊、陽霊がそれぞれ複数いて、その上に大精霊長グレド=アインがいる、という構図らしい。

 話を聞いてると、精霊ってどことなく公務員っぽいお仕事で、いろいろ雑用が多くて大変みたいだ。


「だからもー、こういう言うこと聞かない連中の管理を任されると、大変なのですよ!」


 例によってガジルさんの頭をぺちぺち叩きながら、ルズラさんは言う。ガジルさんは狩りの話のときの威勢はどこへやら、うなだれてされるがままになってた。

 精霊は食事はしないそうだけど、ノウォンを浴びることで活性化し元気になるらしい。


「御子はザグ=アインの上のほうに行ったらさぞモテることでしょう。最上の質のノウォンが、身体じゅうから無意識に漏れ出てますもの……。精霊に囲まれてチヤホヤされても、けっして口車に乗ってはいけませんよ!」


 ルズラさんはそう力説するけど、精霊にモテるっていう状況が想像できない……。

 翌朝早く、まだうつらうつらしてるマーユを馬車に乗せて、僕たちは村を後にした。

 ここから先は、マードゥ混成国だ。



☆★☆★☆



 マードゥに入ってまず驚いたのは、地面から突き出してる、巨大な輪だった。

 それも、ひとつじゃない。目に入る範囲だけで、4つばかり、大きな半輪が見える。

 

「あれはね、樹なんだよ」


 と、馬車の荷台の後ろに並んで腰掛けていたダニスさんが言う。大輪樹というらしい。ノウォンを浄化する働きがあるそうだ。


「マードゥという国を作った初代大公は、樹人という珍しい種族でね。国じゅうにあの大輪樹を生やして、人が住む環境を整えたんだ」


 樹人……。そういえば、聖泥の交渉の時に会ったメリネ嬢も、頭に小さな枝が生えてたっけ……。


「少数種族が力を尽くして作った国だから、この国にはいろんな珍しい種族の人たちが集まるんだ。そしてその大半が、人としてちゃんと認められて生きているのさ。混成国、と呼ばれるゆえんだね」


 ただ……とダニスさんは言いかけ、一瞬気まずそうな表情を見せる。訝しがる僕を見てあわてて微笑むと、輪の頂上あたりを指差してみせた。


「春には、あの輪のあちこちに花が咲くよ。とくにてっぺん近くには花が咲き乱れるんだ。白い花でね、初夏に散るんだけど、散りぎわには花吹雪が降ってくるんだ。きれいなものだよ」


 そんな話をしているうち、馬車は十字路に来て、西へと曲がる。東に曲がると、首都マトゥラスに向かうそうだ。

 いくつかの大輪樹をくぐり、いくつかの橋を渡るうち、右手に遠く見えていた白い山々が、少し近くなっていた。


「あれがザグ=アインの北西側の山々だね。あの中腹に、岩人たちの都デエルレスクがあるはずだよ。そして僕らがこれから行くのは、あっちだ」


 ダニスさんは北西方向を指差すけど、そこには遠くに大輪樹がいくつか見えるだけだ。


「といっても、レドナドルは窪地の町だから、遠くからじゃ何も見えないんだけどね」


 ハハハ、と笑ってから、ダニスさんは僕に向き直った。


「明日にはレドナドルに着いちゃうから、今のうちに、話すべきことを話しておこうか」


 そう言ってダニスさんが話しはじめたのは、発見した大量の聖泥の扱いについてだった。

 まずダニスさんは、いきなり自分のものになった大量の聖泥のうち、七割以上は、遠い親戚にあたる、ナドラバを世話した一家に贈るつもりだという。


「そりゃそうだ。私はその少年に何ひとつしてないんだからね……。正直いうと、何割かでも貰うこと自体に気が引けるよ。君はいろいろ考えてくれてたけど、一昨日売ってしまった分だけにして、あとは全部他の人にあげることも考えてた。ただそれを言うと、地霊様が、受け取らなくてどうするのです、娘を犠牲にする気ですかと、逆にものすごいお怒りでね……」


 地霊様は、ドナテラ一家って括りで私たちを一かたまりに見てるみたいだねえ、とダニスさんは嘆息した。


「何より、聖泥を見つけたのは君なんだから、君にいちばん分け前が行くべきなんだが……」


 だけど元を正せば、それは前世の僕であるナドラバが、ドナテラ家に贈ったものなわけで。僕がそれを貰うのは筋違いだ。

 僕が黙って首を横に振ると、ダニスさんはやれやれ、と肩をすくめた。


「地霊様も、君は受け取らないだろうとおっしゃってたよ。前世だなんだというのは、正直、私にはいまひとつ分からないんだがね……。しかし私たち一家が、君に恩を感じてる……いや、君を、家族同然だと思ってることは確かなんだよ。知り合ってから、一ヶ月ちょっとだけどね……」


 ……僕は、ただ小さくうなずいた。それ以外に感情の表し方がなかった。


「というわけで、正式に話すのが、だいぶ遅くなってしまって申し訳ないんだけど……、これから私たちは新しい町、レドナドルに移住し、そこに君の部屋も作るつもりなんだ」


 ダニスさんは、そこで少し、躊躇いを見せた。


「……私たちにとって君は家族のようなものだ。だけど、レドナドルの町が、君に住みやすいかどうかは、正直言って、わからない……。だから、これは君を縛るようなものじゃないってことは、覚えておいてくれ。君は気に入らなければ、いつでも自由に出ていってくれていいんだ……」


 それは、ひどく慎重で怖れを含んだ言葉に聞こえた。


「それでも、私たちは、もう少し君と暮らしたいよ。……君がいずれ、地霊様とともにザグ=アインに向かうことは聞いてるけど、当面は僕らと一緒に、レドナドルに住んでくれると嬉しい。……どうかな?」


 ……僕はまた、小さくうなずくしかなかった。


「……ありがたい。なによりマーユが喜ぶよ」


 ダニスさんは、まるで緊張から解かれたかのような顔でほっと息をつき、名前を出されたマーユは、「なーにー?」と言いながらラホさんの膝枕から起き上がり、四つん這いでこちらに這い寄ってきた。

 下手すると荷台から転がり落ちそうなマーユを慌てて抱きとめながら、ダニスさんはようやく愉快そうに笑った。



☆★☆★☆



 二日目の夜は、西に向かう街道沿いにある村で休み、翌日の昼前、馬車は北へと曲がった。

 数時間後、またいくつかの大輪樹をくぐり抜けた先に、ひときわ大きな大輪樹が見えてくる。

 その下に湖を抱く窪地があり、湖という舞台を見下ろす観客席のように、家々が並んでいた。

 湖畔の町レドナドル。見るからに爽やかな、美しい町だった。


 その夜はこれまで同様、ドナテラ一家は町の宿に泊まり、ルズラさんガジルさんそして僕は町外れの湖畔で野宿した。

 さすがに大きな町なので僕ら同様に野宿する商隊護衛の人たちなんかもいて、大きな焚き火を囲んでわいわい過ごした。

 僕は石板も出さずにひっそり座っていただけだけど、楽しかった。


 翌日。朝、ダニスさんが迎えに来て、僕らはドナテラ家の新居に向かう。

 古い取り引き先から、買わないかと以前から言われてた物件のようで、落ち着いた雰囲気の二階建てだった。

 隣にもう少し大きい家があって、そちらも空いていたので買ったんだという。こちらがダニスさんの新しい店になる。

 お椀いっぱいの聖泥で買えたらしい。


 ダニスさんに頭を下げられて、ルズラさんが店舗のほうの地下室へ下りていった。

 半時間ほどでふわふわと宙を浮いて戻ってくる。


「やれやれ、ようやく聖泥を全部渡せました。やはり預かっている間はどことなく気が重かったですからね」


「思ったより多かった。地下室を地霊様に増築してもらうことになるとは……」


 後ろから階段を上ってきたダニスさんは頭を掻いていた。


 昼過ぎ、岩人の都に向けて旅立つルズラさんとガジルさんに、街門の外でお別れを言う。


「御子! 春には必ず戻って参りますゆえ、どうか少しだけお待ち下さいね……」


 なぜかふよふよと僕の肋骨のすぐ前に浮き、石に手を伸ばしながらルズラさんが言う。


「迷惑ヲカケタ……コノ償イハ必ズ……」


 ガジルさんは沈痛な面持ちでダニスさん夫妻に頭を下げるが、右腕にその娘さんのマーユを腰掛けさせ、言われるがまま上下させながらなので、どことなく滑稽だった。ラホさんもえくぼを見せて笑いながら、もういいですよう、とガジルさんのお腹に向かって言っている。


 そして僕は、旅の間ずっと気になってたけど、ついつい聞きそびれてたことを聞くことにした。


<あの、こーだじゅ、というおとこも、つれていくよていでしたよね>


 ルズラさんに石板を見せると、ああ、と軽く頷いた。


「大丈夫ですよ、私の収納の力はご存知でしょう? 奴も石牢ごと我が中に…………ん? んん?」


「……ド、ドウナサイマシタカ、ルズラヴェルム!?」


「大変言いにくいのですが……収容するの、忘れてきてしまいました……。いまでも、あの納屋の中にいるはずです」


「……オオ……ウ……」


 あの、誰もいない農園の納屋の中に放置されてるのか……。石の中で意識があるのかどうか、知らないけど……。


「ま、まあ、とりあえず岩人の国が一段落したら、御子をお迎えにあがるついでに収容しに行きますから!」


「……コーダジュ……哀レナリ……」


 まったく同感です、ガジルさん。


 ガジルさんの巨大な背中と、その肩の上に乗るルズラさんの姿が道の向こうに消えると、僕らはほっと軽く息をついた。


「さて、今日はまだまだ仕事があるぞ。まずは空き家を徹底的に掃除しないとな」


「そうね。コボネくんも、マーユも手伝ってね」


「マーユてつだう!」


「偉いわマーユ! とりあえず雑巾をしぼる係ね」


 味見係から出世したなあ、マーユさん。

 僕らは新しい家へ、なごやかに話しながら歩いていった。

第二章完結です。

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