第13話 女商人登場
「……何をコソコソする必要があるのです。相手は岩人の下っ端ひとり。正面から乗り込んですり潰せばいいのですよ」
「……ウム……ムウ……」
ガジルさんはさっきから呻き声しか出してない。
騙されてたとはいえ仲間としてここに来たわけで、愚直なガジルさんとしては複雑なんだろうな。
僕たちはいま、ドナテラ農園の門前で、これからの相談をしてた。
<でも、しっこうしょ、というしょるいが、あるそうです>
僕は石板に書いて見せる。
「しっこうしょ? なんだかわかりませんが、不当な紙切れなのでしょう。ささいな問題でしょう」
ルズラさんマジ脳みそ筋肉。ガジルさんの種族を守護してるだけあるなあ。
僕かルズラさんが偵察に行ってから作戦を立てようと思ってたけど、この調子じゃしょうがない。
結局僕たちは、正面から農園に入っていくことになった。
ここまで来た時と同じ、ガジルさんの腕の上に僕とマーユが乗ってる体勢だ。
幸いというかなんというか、ガジルさんが母屋正面の壁を見事に壊してくれたので、ガジルさんも屋内に入れる。
「コボネ、だいじょぶ?」
ふいに、隣に座ってたマーユが小声で聞いてきた。
何のこと? と首をかしげてみせる。
「あんねー、いろ、へんになってるよ?」
色? 色ってなんだ? ……と、自分の身体を観察して、気がついた。
結界石のはなつ光の色が、たしかに変わってるみたいだ。
前は桃色だったけど、いまはそれに黄緑っぽいものが混じってる。
完全に混じってるというより、数秒ごとに色が変化してる感じだ。
「ちらちらするよ……」
……ナドラバの記憶を受け入れた影響だろうか?
あんまりちらちらする色だと、いろいろ困るな……。
ずきっ、と頭が痛み、僕はびくり、と硬直した。まただよ……。きついな……。
「……どうしました? さ、入りましょう」
ルズラさんの声に、僕は我に帰ってこくんとうなずいた。いまは頭痛に構ってる時じゃない。
母屋の壊れた壁をくぐると、居間の奥に、思ったより多い人数がいた。
ダニスさんとラホさんは、椅子に座らされてる。両手を後ろ手に縛られてるようだ。
……許さん。あのコーダジュとかいう砂岩男、石板の角で殴る。
そして、二人の後ろに、砂岩男がぬっと立ってる。
ここまでは予想通り。でも、予想外の、はじめて見る人間が三人いた。
中肉中背の、年齢がわかりにくい気難しそうな男。地味だけど仕立てがよさそうな合皮の上着を着てる。開いた前からは、厚手のシャツとスカーフが見えてた。
見るからに、やり手の商人だ。
残り二人は、男の護衛だろう。両隣に控えるように立ってる。
男はダニスさんラホさんの向かいの椅子に座り、何かの書類をやや退屈そうに読んでたけど、入ってきた僕らを見て、おや、というふうに眉をあげた。
「てっきり失敗したものと思い、追加人員を用意してきたのですがね。ちゃんと少女を捕まえてきたのですね、ガジルさん」
「……ソウデハナイ」
ガジルが口ごもるようにそう答える間にも、ダニスさんとラホさんが吠えるような声をあげた。
「マーユ! コボネくん、逃げられなかったのか!?」
「マーユー!!」
「パパー! ママー!」
「……落ち着きなさい」
空中を滑って、ダニスさんラホさんと気難しそうな男の間に移動しながら、ルズラさんが声を出す。
「ドナテラの夫婦よ、安心しなさい。御子は子供を守り抜かれましたよ。もう万が一にも、子供がこやつらに奪われることはない。私がいるからです」
「え……なに? だれ?」
ラホさんが呟く。
「……まさか、地霊様ですか……?」
ダニスさんが小声で言う。さすがダニスさん。こんなとこで縛られてていい人じゃない。
「フフ、さすがはドナテラの一族。そう、私は五の地霊が一人、ルズラヴェルムです」
ルズラさんはくるっと空中で回って見せた。もう誰が見てもわかるぐらい得意げだ。
初対面で正体当ててもらったの、よっぽど嬉しかったんだろうな……。
「地霊……。十年前から一人、行方知れずになっていると聞きましたが、貴方ですか……」
見知らぬ男は、静かな声でそう言う。クールだ。
その時、凍りついたように動きを止めてた砂岩男が、爆発的に動いた。
「きゃっ!」
「……くっ!」
目の前の、ダニスさんとラホさんを縛り付けた椅子の背もたれを、右手と左手でそれぞれ掴み上げて、後ろの壁際へ下がる。すごい力だ。
二人は椅子の上でもがくが、縛られててどうにもならない。
「ふンッ!」
砂岩男は、背中で母屋の壁に体当たりする。二人を人質に逃げようとしてるんだ!
「ふンッ!」
母屋全体がミシミシいう。今にも壁が壊されそうだ!
「ふンッ!!」
……と思ったけど、いっこうに壊れない。
「な……なぜダ!?」
砂岩男が戸惑いの声をあげる。
「馬鹿ですか? 私の前で、土砂でできたものが勝手に壊せるわけがないでしょう。ガジル!」
アアアアアアオオオオオオオ……コオオオオオオアアアオオオ……。
ガジルさんの叫びが聞こえ、砂岩男は強烈な上からの圧力で這いつくばる。
と同時に、男が掴んでたダニスさんとラホさんの椅子の下から、にゅにゅにゅ! と何かが伸びてきた。
石柱だ。灰色の柱は男の手から椅子をもぎ取ると、そのまま天井近くまでにょきにょきと伸びて止まった。
ダニスさん夫妻はその柱の上に、青い顔で鎮座してる格好になる。ラホさんは気絶寸前な感じだ。
なんだこれ……。地霊の考えることがわかんない……。もうちょっと助けようってものがあるだろ……。
<……地ノ霊ヨ……>
その時、床に押し付けられた砂岩男の口から、声が漏れた。
「なんです? 私があなたの声を聞くわけが……まさか!」
「マズイ! コーダジュノ叫喚ハ、爆発ノ力ダ!」
ガジルさんの警告。
<すべらかなるもの来たれ!>
僕はとっさに、石板を呼び出した。
アアアア……
叫びはじめた砂岩男の口に、移動させた石板を突っ込む!
アアオオオ……ガッ! グエアッ!
石板をくわえる格好になった砂岩男がもだえる。
「さすがは御子ですね。 土石牢!」
ルズラさんから噴き出た大量の土が、みるみるうちに砂岩男を覆い隠し、そのままガチン! という音とともに岩に変わった。
「これで完全に無力化しました。一件落着です」
ちょっと得意そうなルズラさん。
最初からそれをやればあっさり済んだと思うんですが……。ま、いいや。
「一件落着とは、何のことですかね。何も決着してはいませんが」
じっと騒動を見てた気難しそうな男が、まったく感情のない声でそう言った。
……やっぱりね。
この男は商人、ビジネスマンだ。力でどうにかなる相手じゃない。
☆★☆★☆
「この家も、もう私どもダンデロン商会の持ち物になることが決まっているので。修繕費用は後日、ドナテラ氏の借金に上乗せさせていただきますよ」
淡々と、男は話す。組んだ足の上には書類ファイルが置かれ、それをぱらぱらと退屈そうにめくりながら、だ。
「小賢しい下劣の商人、借金ならいますぐ返してあげますから、さっさと立ち去りなさい」
「ほう、地霊様みずから肩代わりとは、ドナテラ家は果報者だ……。ですが残念ながら、すでに現在の借金は返済期限が過ぎているので、担保を回収するしかない状態でして。いま私が申し上げたのは、そのうえで新たに発生する将来の借金の話です。その金額が確定しましたら、地霊様に請求書をお送りしましょう」
「な……何を言っているのです。理解できるように言いなさい」
「とは言いましても、もともとこれは、私ども人間の商取引の話ですのでね……」
「む……」
ルズラさんは、目に見えて勢いをなくした。そりゃそうだよね、本来、人間のややこしい契約なんてものには関わりのない存在だもん。
「地霊様。この状態を招いているのは、その男……ベッグ・シナードの持っている一枚の書類なのです! それは、マードゥ混成国が発行した書類で、執行書といい、借金の期限を強制的に縮める、というものなのです。そのため、本来はまだ時間があるはずの借金返済期限が、無理やり時間切れにされているのですよ!」
天井近くから、ダニスさんが大声で解説してくれる。はやく下ろしてあげて、ルズラさん……。
「むう……。なるほど、しかし、なぜそんな無茶な書類が出て来るのです?」
でもルズラさんは考え込んでいて、ダニスさん夫婦の状態に気が回らないらしい。
「それは問題ではないでしょう。げんに執行書はここにあり、返済期限はもう過ぎたという事実があるのですよ。それで十分です。ダニス・ドナテラ氏の所有するあらゆる物品と権利を、私たちは自由に選んで担保として回収できる。それが契約というものですから」
「……むう」
「…………」
ルズラさんもダニスさんも黙り込む。
僕は……こっそり石板を呼び出した。
今日は、なんだか我ながら、ものすごく変な頭の働き方をしてる。
頭がよくなってる。……というより、なんかすごく世慣れた考え方がすらすら出てくる。
僕の知識や思考が、どこから来るのかよくわからない。正直、気持ち悪いとも思う。
でも、ここでダニスさんたちを少しでも有利にできるなら、使わせてもらう、どんなに気持ち悪くても。
僕が、石板に文字を書き始めようとした時……声がした。
「いいえ、問題ですよ。なぜ、そんな無茶な書類が出てきたか。おおいに問題なんです」
二階へ続く階段から、若い女性がすたすたと下りてきた。
「……ほう……。嗅ぎつけてきましたか」
ダンデロン商会の男……ベッグ・シナードが小声でいう。
「はい、嗅ぎつけてきました」
平然と答えながら、女性はダニスさんラホさんを乗せてる石柱の横までやってくると、集まった一同をぐるりと見回す。
「……地霊様とそのお供の皆様、ドナテラ家の皆様、はじめまして。私はルグランジュ商会の一員、メリネ・ルグランジュと申します」
女性は、僕たちにむかって、うやうやしくお辞儀してみせた。
深々と下げた頭には、二本の角……いや、小さな枝が生えていた。