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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第二章 ドナテラ農園の人々
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第12話 悲劇トラップ

「出ていきなさい」


 ルズラさんはそう言った。玄武岩の塊のような大男、ガジルさんに向かって。


「あなたが害を加えたドナテラ家には、なんの罪もありません。二度と近づくことは許しません。ドナテラ家にも、御子にも、ナドラバにも、そして私にも」


 いま、僕たちは、ナドラバの身体を、墓の地中に埋めなおそうと話してるところだ。そこでナドラバに触れようとしたガジルさんを、ルズラさんは冷たく拒絶した。


「……本当ノコトヲ、教エテクダサラヌカ。我ハ、何ガ悪カッタノダ。ドコカラ何ヲ間違エタノダ。セメテ……ソレダケデモ教エテクダサラヌカ」


 ……それは、長い話になるよね。ガジルさんはナドラバに、それなりに優しかった。豪放な兄のように振る舞ってた。

 でも、全く信じてもらえてなかった。ガジルさんの好意は、自己満足の、何も知ろうとしない、ふわふわした好意だとナドラバは感じてた。

 そしてお兄さんのルドグさんが死んだ十年後になっても、自力で真相を知ろうとしないまま、誰かの口車に乗って、ダニスさん一家を追い詰めるのに手を貸した。


 ……そういう込み入った話を、ガジルさんに説明できる気がしない。僕はもちろんしゃべれないし、書くと大変なことになるだろう。

 となると、ルズラさんがどうにかするしかないんだけど……


「あなたのために割く時間など一秒もありません。自分で考えなさい」


 この通り、取りつくしまもない。


「デハ……コノ子ノ両親ヲ捕エテイル、コーダジュ……ヲ、ドウナサル……ツモリカ」


 あの砂岩男はコーダジュというのか。たぶんあの男は、ドナテラ一家に罪を押しつけた勢力の一人なんだろう。


「私が、岩人たちの罪を無実の外の人間に押しつけ、子供をさらう仕事を喜んで引き受けるような卑劣な者を、許しておくとでも思うのですか。粉々です。粉末にして、象の便所にまく砂にしてやりましょう」


 す、すごい表現ですねルズラさん。


「…………」


「まだわからないのですか。岩人全体が、地霊の信頼を失ったのですよ。あなたたちは剛直で正直な性質を失い、小さな陰謀に明け暮れる堕落した種族になりました。もう私はあなたたちのことなど知りません。さっさと出てゆき、王にでも誰にでもそのむねを伝えなさい。地霊の恩寵を、あなたたちは永遠に失ったと。そのうち、大地叫喚も使えなくなるでしょう」


 ガジルさんは、大きな頭をうつむかせてその言葉を聞いて、少しの間じっと考えたあと、ガバッと身を伏せて土下座した。


「オ腹立チハ、コノ我ノ命デ……晴ラシテイタダク……訳ニイキマセヌカ。我ヲ……ドノヨウニデモ……粉々ニシテイタダイテ……カマワヌ。岩人ヘノ……恩寵ダケハ……ドウカ……ドウカ……!」


 ルズラさんの小さな顔が、まじりけなしの嫌悪で歪むのを、僕は間近で見た。


「そうやって、愚かなことをやるだけやってから適当な誰かが人柱になり、公のためと身を捨てた結果を、他の者が当たり前のように笑って受け取る。そしてまた、愚かなことをやる。あなたたちが繰り返してきたそういう短絡的なやり方には、もううんざりです」


 吐き捨てるような口調だった。


「あなたは昔、そういう人柱になるような犠牲を、罪とも思わず小さなナドラバに強いていたでしょう! 両親から引き離された幼い子の気持ちなど、考えもせずに! あの子を弟と呼んでいたなら、なぜあの子が生きているときに、身体の弱いあの子を、押し付けられた仕事から守ろうとしなかった! 親元に帰してやろうとしなかった! おまえの兄がしでかした大罪も償いも知ろうとせず、今まで何をしていたのです!」


 這いつくばったガジルさんの巨大な背中は、ぶるぶると震えてる。


 クズめ、とルズラさんが言いかけ、ようやく思いとどまるのを見て、僕はやっと、危険に気づいた。

 ルズラさんは、引きずられてる。冷静じゃない。おかしい。


 だって、ルズラさんだって、実はナドラバが生きてるとき、一度も会ったことがないんだ。

 あわてて駆けつけたときには、もうナドラバは死んでいたんだ。

 それなのに、まるでナドラバの悲劇を背負ってるかのような話し方をしてる。そりゃ、十年間、閉じこもってここを守ったのは凄い。だけど……。


 僕は、バッとルズラさんの前に飛び出した。


「……御子。なんでしょう?」


 なんとか流れを変えようと、僕は手をひらひらと無意味に動かす。

 ずきん、と頭が痛んだ。ナドラバの遺体に触れたあたりから、時々、目の奥が痛むような頭痛が来る。


「……どうなさいました?」


 ……どうしよう、何も考えが浮かばない。何かひらめきかけたが、頭痛とともに消えてしまった。


「……御子?」


 あ、そうだった!

 僕は、地面にしゃがみこみ、きらきらと光る土を指ですくって、尋ねるようにルズラさんに見せる。かなり粘っこくて、きめの細かい土だ。


「ああ、はい。それは、ナドラバの身体のノウォンが、年月かけてにじみ出し粘土を変質させたもので、聖なる泥、<聖泥>と呼ばれています。あらゆる毒や呪い、汚れをふせぐ力があると言われています。武器や防具、それに護符の素材として、たとえようもない貴重なものなのですよ」


 ……そうか。これが、ナドラバの残した、ドナテラ家への捧げ物なのか。

 僕の横で、興味深げに土を触ってるマーユを見る。ルズラさんも、その視線を見て、僕の言いたいことがわかったようだ。


「ええ、そうです。これがナドラバの贈り物です。聖泥は、手のひらに乗る量で小さな家がひとつ買えるほど高価ですし、素材として無限の可能性があります。ドナテラ家がこれを受け取れば、彼らがお金に困ることはもうありますまい」


 実はこれまでも、魔泥炭のありかを、こっそりドナテラ農園の者に教えたりしていたのですよ、とルズラさんは付け加えた。地質転移によって、ナドラバを看取ってくれた一家は町に去ってしまいましたが……と。


 そういう話をしてるうちに、ルズラさんの表情は落ち着いたものになっていた。

 はやく聖泥を届けに行こう、と、僕は身振り手振りでルドラさんに伝える。


「……はい。ドナテラ一家の苦境は早く救わねばなりませんね。聖泥は私が一度まとめて、お預かりしましょう。この墓室はナドラバをあらためて埋葬したあと、誰も入れぬよう封印せねばなりませんから」


 どうやって預かるの? と思ってると、ルズラさんは僕とマーユを地面が光ってない位置まで下がらせてから、ふわりと空中に浮く。

 そして短く、<我が内へ!>と唱えた。

 すると光る粘土は、いっせいに、噴水のように空中に噴き上がる。

 大きなクレーターのような穴が室内に出現した。ナドラバの遺体は、その中心で空中に浮いてる。

 が、その穴の端っこの位置で土下座してたガジルさんは、穴の中に転がり落ちた。ルズラさん、容赦ない……。


「ひゃあああああ!」


 マーユが驚いて変な声を出す。

 噴き上がった光る土は、風に吹き寄せられる埃のように、ざああああっ! とルズラさんに吹き寄せられ……ルズラさんに触れると姿を消す。

 たぶんシャベルで何十杯もあるだろう土は、みるみるうちにルズラさんの中に消えていった。


「さあ、皆さん下りてきてください。ナドラバを……ここに、埋葬し直しましょう」


 宙に浮くナドラバの真下に移動して、ルズラさんが呼ぶ。僕とマーユは穴の中に下り、ナドラバを見上げた。

 ルズラさんが小さく手を振ると、遺体はゆっくりと、穴の底へ降りてくる。

 お別れです、ナドラバ、とルズラさんは呟き、丸まった、半分蝋のようになった身体に触れた。

 僕も、あらためて彼に触れ、別れを告げる。マーユも、バイバイ、と呟いて触れ、目をつぶった。


「いわおも!」


 マーユが声をあげ、転がり落ちたまま動かないガジルさんに近寄って腕をつついた。


「…………」


 ガジルさんは身動きもしない。


「いわおも!」


 しかし、こういう時のマーユは粘り強いんだよね。何度もいわお! と呼びながら、腕をつつく。


「……ドナテラ家の子がこう言うのです。あなたもさっさと参加なさい」


 根負けしたのはルズラさんだった。

 ガジルさんはむくり、と起き上がると、スマヌ、と誰にともなく小声でつぶやき、近づいてきて、震える巨大な手で、ナドラバの遺体を覆うように触れた。


「スマヌ」


 ガジルさんは、長い沈黙のあと、もう一度そう言った。



☆★☆★☆



 この後、ルズラさんが身体のどこかからか大量の普通の土を出し、それでナドラバを埋めた穴をふさぎ、小さな粘土の碑を置いた。控えの間の、以前に光る結界の壁があった場所も、土を出して丁寧に封印した。もうただの壁にしか見えない。地霊って凄い。

 あの石の階段は、そのままにしておくそうだ。僕やドナテラ家の人たちが、控えの間まで行ってお供え物ができるように。

 外に出てみると、昼過ぎだった。僕とマーユが農園を逃げ出してから、もう数時間で一日経とうとしてる。


 そしていま僕とマーユは、ガジルさんがお腹の前で抱える腕に腰掛けるようにして、ドナテラ農園に戻るため移動してる。僕が左腕、マーユが右腕だ。


「いわおのからだにのぼりたい! のぼってあるきたい!」


 と、マーユが駄々をこねたのだ。ルズラさんはガジルさんを追い払う気まんまんだったが、マーユにまたしても粘り負けした。


 ……わかってる。マーユが彼女なりの気配りから、わがままを言ったんだってことは。

 ルズラさんとガジルさんには、話す時間がもっと必要なんだ。

 僕の(精神的)妹はほんと天使だから。優しさでできてるから。


「いわお、もっとあげて! あげすぎ、もちょっとさげて! やっぱあげて!」


「……ウヌウ」


 たんに面白い下僕扱いしてるだけという疑惑には見て見ぬふりをしとくことにする。


 ガジルさんは、思った以上に何も知らなかった。ナドラバの両親の事情も、兄のルドグさんが、政争の結果死んだことも。

 十年間、辺境で魔物を狩り、ナドラバも兄も生きてるものと思って戻ってきたのだという。

 そこで王族の一人に呼ばれ、兄の死を告げられ、ドナテラ家の悪口を吹き込まれ、あっさりと信じてここにやってきた。


「はあ……。無能ですね」とルズラさん。僕のすぐ横に浮いてる。


「……返ス……言葉モナイ」


「ですが……私たちも無能なのですよ。ナドラバほどの存在に、ずっと気づくこともできず、気づいたときにはもう遅かったのですから。……ごめんなさい、ガジル、私にはあなたを責める資格などないのです」


 ……ルズラさんは、目撃することもできなかったナドラバの悲劇に、終わったあとで濃密に触れてしまった。彼のあの、冷たく澄んで寂しい記憶に触れてしまった。

 それが、少しずつルズラさんから、冷静さを奪っていったんだろう。

 取り返しようもないやりきれなさは、心のなかにずっと残って、おさまらない感情になって、苛立ちや憤怒に変わってゆく。

 悲劇というトラップ。悲劇はそうやって、次の悲劇を生んでゆくんだ。


 ……と、そんなふうに考えてる自分に気づいて、何度目だろうか、僕はまた戸惑う。

 これは、僕の考えなんだろうか。僕は、そんなことを考えるほど大人だろうか。

 また、ずきん、と目の奥が痛んだ。


 ナドラバの記憶が、全てではないとはいえ僕の中に入ってきてから、僕の思考と知識はまた、大きく変化してる気がする。

 僕の中にひどく成熟してて、でも皮肉っぽく投げやりな誰かがいて、前面に出てこようとしてる。


 ダメだ。こんなこと考えてると、また頭痛が来る。

 僕はその考えを振り払い、別のことに考えを移す。


<すべらかなるもの来たれ>


 虚空に向かってそう呟き、僕は、空中に石板を呼び出した。

 これ、さっきルズラさんから教わった地の魔術なんだ。ルズラさんが僕用に調整した出来たての魔術らしい。いつでもどこでも、空中に石板を呼び出せる。呼び出した石板を動かすこともできる。指でなぞるだけで、くっきり文字が書ける。もう石板を持ち歩く必要はない。

 地霊さんマジ有能。

 あと、僕の中にいるナドラバもマジ有能。地の魔術の素養が、一気に開花した。


 僕は、呼び出した石板に書く。<どうして、ルズラさんは、きづけなかったのでしょうか>と。

 それを見て、ルズラさんは、はっとしたようだった。


「……なるほど。たしかにそうです。ナドラバほどの特殊なノウォンの持ち主、地霊ならば遠くからでもその気配に気づいたはず。……地霊の目からナドラバを隠すために、大掛かりな隠蔽が行われていたのでしょうね……。王族が悪巧みに絡んでいるという話は、ナドラバの記憶からも確かなようですが、そうなると、岩王自身が関わっていた可能性が……」


 ルズラさんはぶつぶつ言い、クックック、と、低い笑いを漏らした。


「ガジル、地霊の恩寵を取り消すといったのは、取り消しましょう。そんなぬるいことでは済ませませんよ。徹底的に締め上げてやりましょう。腐った岩の王族どもを」


「オ、オオオ……オ……オ手柔ラカニ……」


「何を他人事のように。あなたにもきりきり働いてもらいますよ。罪滅ぼしです」


「オ、オオ……ウ……」


 ガジルさんは苦衷にみちた声でうめいたが、もうルズラさんにとことん付き合うしかないだろう。


「かえってきた!」


 茶色のふわふわ髪を風になびかせ、マーユが前を指差した。ドナテラ農園が、丘の向こうに見えてきた。

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