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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第二章 ドナテラ農園の人々
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第9話 暗闇で抱き合って

「ん~~~!!!!」


 マーユが僕の首に必死にしがみついてる。足は僕の腰に巻き付いてる。

 でも、僕の身体が上下動するたび、お腹が浮いては沈んで僕の背骨にぶつかる。痛いだろう。ごめん、ごめんよ。


 吹雪の中を、四つんばいで走る僕。その背にしがみつくマーユ。それを怒涛のような勢いで追いかけてくる玄武岩男。

 ゆるやかな起伏を持つ荒れ地を、僕らはひたすら走ってゆく。


「んっ!! んっ!!!」


 マーユが苦しそうだ。丘を駆け下り、次の丘の斜面を上りながら、僕は彼女の痛みを軽くしたいと願う。

 背に敷物みたいなのを敷いて……いや、それなら僕の全身に、クッションみたいなのを……。


「待テエエエエ!」


 ドスンドスンという重低音の足音とともに、地の底まで響くような声が、すぐ後ろで聞こえた。

 やばい、上り坂では岩男のほうが速い。余計なこと考えてる余裕なんてない。

 斜めに方向転換して、丘の中腹をぐるっと回ってゆきながら斜め後ろを見る。

 思ったとおり、男は追随できずにまっすぐ進みかけ、なんとか踏ん張って僕らのほうを向く。

 やっぱりそうだ!

 岩男は重いぶん、方向転換が鈍い。でも僕がどこに逃げるつもりかわからないから、ショートカットもできない。ついてくるしかない。

 少し余裕ができた。下り坂で引き離す!


 ……あ。できた。

 僕の身体をノウォンで強化する。そんなイメージが、少しだけ形になった気がする。

 僕はさらに姿勢を低く沈め、地を這うように走り出す。

 これで上下動も減ってマーユも楽になるはず!

 丘を越える。ひとつ、ふたつ、みっつ。いくつ越えても、なかなか引き離せない。地に響く足音が消えない。

 くそ、マーユは大丈夫か。いまは我慢してくれ。


「ドコダアアア!!」


 岩男の声。

 吹雪で僕らを見失ったのか! たぶん結界石の働きも大きい。

 いける。このまま……あの、北西にある謎の地下の墓まで逃げられる!

 あそこならば隠れられる。万が一見つかっても、サイズ的にあの地下通路を玄武岩男は通れない。

 あの黄色い壁の部屋にマーユを隠してから、ダニスさんラホさんの様子を探りにいく。それが僕の考えだった。

 またひとつ、丘を越えて下りに差しかかる。ここでさらに加速する!


「<聴ケ! ……地ノ霊ヨ……我ガ叫ビヲ聴ケ……!>」


 離れたところから、突然、玄武岩男の大声がきこえた。そして、その叫びが放たれた。

 

 アアアアアアオオオオオオオ……コオオオオオオアアアオオオ……。


 ……それは、とても静かな、厳粛な叫びに聞こえた。吹雪のなか、荒れ地の空にその残響がこだまするようだった。

 

 でも、何の意味があるのかわからない。

 ……そう思った次の瞬間、おそろしい重圧が真上から僕の身体にかかり、両手の肘と両足の膝が地面についた。まるで天から、巨大な指でぎゅっと押さえられたみたいだ。

 加速度がついた僕の身体は頭から突っ込みそうになる。

 僕はとっさに、両手両足から力を抜いた。

 貼りついたヤモリみたいな姿勢になって、そのまま滑ってゆく。顎と胸とお腹がザリザリと地面にこすれる。普通の生き物なら地面に擦れてボロボロになる姿勢、でも僕は骨だ、大丈夫だ……たぶん。

 なんとしても横転するわけにはいかない。マーユが乗ってるんだ!

 

 べったり地面に身を伏せた僕の身体は、横へ回転しながら滑り……止まった。


「けふっ……!」


 マーユが背中で呻く。やばい。止まってみると改めてわかる、この容赦ない重圧。

 こんな魔術があるとは……。


「モハヤ大地ハ、オマエラノ敵ダ……。ヨモヤ、<大地叫喚>ヲ使ウコトニナルトハ」


 丘の頂上で、玄武岩男の声がした。

 大地叫喚。たぶん、重力を局所的に増加させる魔術なんだろう。

 どうする。重たい足音が近づいてくる。どうする。

 僕は肘膝をついて身体を起こす。それだけでも大変な力が必要だ。

 ノウォンを溜める。手足に溜める。イメージしろ。イメージしろ。弱ってるふりをしながらイメージしろ。


「大地叫喚ハ、岩人ノ奥義……。敵ナガラアッパレダ……謎メク骨ノ犬ヨ……」


 がーん……。僕、犬だと思われてたのか……。いやそんなことで集中を切らすな。イメージしろ!


「ダガココマデダ……」


 岩男の馬鹿みたいに大きい石の手が、僕らを掴もうとする……その瞬間!

 僕は溜めていたノウォンを、全部推進力に変えるイメージで、両手両足を全力で蹴り出した。


「何ッ……!」


 僕は弾丸みたいに飛び出す。マーユが振り落とされるのだけが心配だったけど……しがみついていてくれた!

 下り斜面を一気に駆け下りる。やっぱりだ! 重力が増していたのは、ほんのわずかな範囲だけだった。

 もし範囲指定じゃなく、僕とマーユを指定する魔術だったなら終わってたけど……賭けに勝った!


 駆け下りたところで首を曲げて無理やり後ろを見る。

 案の定、岩男は始動が遅い。いったん止まったのは、むしろ彼のほうに不利だった。

 いまようやく、二歩目を踏み出そうとしてる。それでも一歩だけでもう斜面を半分近く下りてる。

 でも、最高のチャンスだ。下り斜面で、あわてて全力で動き出したタイミング。

 

 僕は四十五度ぐらい方向転換して、次の丘の中腹をめざして走り出した。岩男にしてみたら、一番嫌な走り方のはず。

 ばあっ、と吹雪が顔に吹きつけ、一瞬ひるみそうになったけど、ここは頑張るしかない。

 ……そうだ。マーユは? マーユの様子は……。


「……だいじょぶだよ……」


 まるで心を読んだみたいな呼吸で、小声の呟きがきこえた。ほっとする。

 この子は凄いなあ、と、今日だけでもう三度ぐらい思ってる。

 もう本当の妹みたいな気がする少女。

 僕が守るから、マーユ。



☆★☆★☆



 目的地にしてた巨岩にたどり着いたときには、もう夜になってた。

 吹雪はますます酷くなり、少し前もよく見えない。

 僕を呼んでるあの謎の引力がなければ、とても岩を探せなかっただろう。

 

 玄武岩男は完全に引き離した、と思う。

 重たい足音はだいぶ前から聞こえてこない。

 でも離していようがいまいが、僕にはこの地下の墓を隠れ場所にする以外選択肢はない。

 マーユが限界だ。濡れそぼって、僕の背中で小刻みに震えてる。


 あの巨岩は上下に分かれたままで、地下への階段が見えてる状態だった。

 マーユを背負った四本足の体勢のまま階段を下り、地下道へ進む。

 できれば中に入った後、元のように岩の上半分を戻したいけど……やり方がわからない。


 当たり前だけど、地下道の中は真の闇だった。一本道だというのを知っているのが救いだ。

 結界石の光が、こんなにありがたかったことはない。

 下ってゆく。妹のような少女を背にして、地下へ地下へ下ってゆく。

 マーユはぐったりして口もきかない。でも呼吸は荒くてせわしない。早く寝かさなくては。


 見えた。あの壁の、黄色っぽい光が見えた。

 壁の前で座り込み、身体を傾けて、マーユをそっと地面に滑り落とす。

 濡れた服を、どうすればいいのか迷う。

 僕が普通の人間なら、服を脱がせて抱き合って温められた。でも僕は違う。冷たい骨だ。

 脱がせるのは致命的な過ちなんじゃないか。でも、濡れた服のままだと確実に体調を崩すんじゃないか。

 いやでも、こんな地下の湿っぽいところで脱がせても、服はそもそも乾くのか。


 考えれば考えるほど、よくわからなくなる。

 ……僕のノウォンと、結界石の力に、もう全部賭けることにした。

 服は、脱がせる。石のピンクの光だけを頼りに、セーターとシャツと下着と……順番に脱がせる。

 手が震えて、思った以上に時間がかかった。マーユはぴくりとも動かない。悪い予感が胸をかきむしる。

 本当に、これは正しいんだろうか。

 脱がせた服は、地面に一枚ずつ広げて置いておく。乾く可能性があるんだろうか。よくわからない。

 僕が着てたダニスさんおさがりのシャツも、脱いで並べた。

 

 やっとのことで裸にしたマーユのすぐそばで横になって、後ろから抱き寄せる。

 マーユの口に、右手の人差し指を持っていって、口の中に押し込む。

 ……声が出せたら、マーユにいろいろ指示できただろう。僕は、どこまで不自由な身体なんだろう。


 こんな中途半端なことをして、マーユがもし体を悪くして死んでしまったら、ダニスさんラホさんに何て詫びればいいのか。

 ……そんな考えを、僕は必死に心の隅に追いやる。

 いまはダメだ。悪い考えを持ったらダメだ。

 イメージする。マーユに、いちばんいいノウォンを与えるイメージ。右手の人差し指に、最高のノウォンを集めるイメージ。触れたところ全部から熱を送り込むイメージ。結界石を、限界まで光らせるイメージ。


「んう……」


 マーユが人差し指を吸いはじめた。涙が出そうになる。

 イメージを作り続けるんだ。僕にはそれしかできないんだから。しっかり目を覚まして、マーユを守るんだ。

 卵を温めるように、僕はマーユの小さな身体を抱いて温めつづけた。



☆★☆★☆



 はっ、と我に返った瞬間、死にたくなった。いやそもそも、生きてるかどうかも怪しいんだけど。

 寝てしまった!


 腕の中のマーユを確かめる。

 呼吸……してる!

 というか、僕の右手の人差し指をガリガリ噛んでたらしく、きつく歯を当てたまま眠ってた。

 人の指をなんだと思ってるのか。でもそれでこそマーユさんです。


 僕にはマーユの熱が平常なのかどうかわからない。微妙な熱は感じにくい身体だ。

 でも、呼吸は安らかで、小さな身体は震えておらず、ゆったり弛緩してるようだった。

 僕が必死に光れと願い続けたおかげか、結界石の光は今までにないほど強く、部屋の半分ほどを照らしていた。


 もう一度、イメージを作りはじめる。マーユを温めてくれ、結界石よ、僕のノウォンよ。

 マーユがまた指を軽く噛みはじめる。カリコリと小さな音がする。その音が嬉しい。僕は変態か。


 そのまましばらく、必死に意識を保ってイメージを作り続けたけど、いつのまにかまた、僕は眠りに落ちていった。


 はっ、と我に返った瞬間、また僕は死にたくなった。また寝てしまった!


 腕の中のマーユを確かめようとしたら……いなかった。

 さーっと血の気がひく感じがして、あわてて起き上がる。結界石の光を頼りに周囲を見回す。


「あ、コボネおきたー」


 向こうの暗闇から、裸のマーユがぽてぽてと呑気に歩み寄ってくる。

 ……僕は、もうこれ以上ないぐらい脱力した。


「あんねー、むこうにおはなあったよ」


 そして相変わらずお言葉がファンタジーでよくわかりません、マーユさん。


「あとねー、きったきあったよ。ねー」


 そう言いながら、僕の手を取ってぐいぐい引っ張る。逆らうと大変なので、おとなしく誘導されてゆくと、部屋の光る壁から一番遠い角に連れていかれた。


「ほら!」


 得意げに指差すのを見ると、たしかに薪が二十本ばかり、壁ぎわに積んである。昼間来たときは壁に夢中で気づかなかった……。

 見ると、火口になるこよりも数本そばに置いてある。もう明らかだ。

 この部屋に来て、火を焚いていた誰か、おそらく人に近い者がいたんだ。それも、そんなに古いことじゃない。


 それにしても、灯りもないのにマーユはなぜこれを見つけられたんだろうか。凄いな。


「あんねー、これもやそ? そしたらあったかいよ?」


 残念ながら、僕にはノウォンを出す特技はあるみたいだけど、火は出せません。


「マーユ、ひつかえるよ……。<もえるものあらわれよ!>」


 なんと、マーユが人差し指を差し出してそう言うと、指の先に、小さな火が現れた!

 ……なんなのこの子。天才なの? 今日はマーユが凄い凄いとそればっかり言ってる気がする。


 部屋の中央に薪を並べ、火口にマーユが火をつけ、マーユの服を使って扇いだりしてるうちに、なんとか小さな焚き火が作れた。

 いま、下着だけつけたマーユを膝の間に抱えて、二人で焚き火を見てる。マーユは両手で、自分のシャツを持って、「かわけー、かわけー」と呪文っぽく唱えてる。


「……ね、パパとママは、いつくるかなー」


 ぼそりと、マーユが口にした。

 もう少ししたら、僕が見に行くつもりだ。だけど、それをマーユに伝える方法を、いま僕は持たない。


「だいじょぶだね」


 誰にともなく、マーユは言う。僕はマーユの頭を撫でた。それしかできなかった。

 ……その時、ドス、と何かが落ちる音が、遠くからかすかに聞こえた。

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