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僕からはいいダシが出るようです  作者: 大穴山熊七郎
第二章 ドナテラ農園の人々
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第8話 逃げる子供たち

 雪が横殴りになってきた中を、ダニスさんがいっさんに農園へ駆けてゆく。

 僕は結界石の光をがんばってできる限り強くして、その後を必死に追う。

 ダニスさんが言うように、僕が見つかるといろいろまずいかもしれない。けど、呑気に後から歩いてゆく気にもならない。

 何か役に立つ場面があるなら、役に立たないと。


 農園の門に、ダニスさんより少し遅れてたどり着く。

 あんなに急いでたのに、ダニスさんは門のところで止まってた。

 農園の母屋の戸口には、扉を守るようにラホさんが立って、客と向き合ってる。

 その顔は必死で、凛々しかった。


 それを見ながらダニスさんは、シャツの裾をズボンにしまい、服装を整えた。

 そして、悠然とした足取りで農園内に入り、母屋に近づきながら、呑気そうな声でラホさんに声をかける。


「おおい、ラホ、お客さんかい?」


 ラホさんの顔が一瞬ぐしゃぐしゃに崩れ、それから笑顔になってこちらも呑気そうな声で答えた。


「ええ、ダンデロン商会さんから派遣された方ですって」


「おお、それはそれは……こんな僻地へようこそ、派遣員のみなさま」


 僕はその間に納屋の後ろに回り、こっそりと様子を覗き見る。

 客は二人。どちらも、背の高いダニスさんよりさらに大きい。僕の四倍近くあるだろう。


「借金のカタを取りにきたんだヨ。子供を出してもらおうカ」


 僕から見て手前にいる男が、固いものをこすり合わせたような、ギシギシと軋む声を出した。

 

 僕は、あっけに取られてその男を見ていた。

 男の顔が、岩でできてるように見えたからだ。

 ザラザラの肌は砂岩そのもの、細長い顔のなかにあるはずの目も鼻も口も、どこにあるのか遠目からではさっぱりわからない。


「ハハハ、返済期限はまだ先のはずですよ。それに、失礼ながら貴方がたがダンデロン氏から委任を受けているのかどうかすらわからない。取り引きの常識として、応じかねるお話ですね」


 ダニスさんは平然とした様子でそう答えながら、戸口にラホさんに代わって立つ。ラホさんは隣にずれ、雪のなかエプロンのすそを握って夫を見ている。


「オマエタチ……ドナテラノ……一族ニ……ナニモイウ……資格ナド……ナイ」


 奥にいるもうひとりの岩男が、地響きするような重い声で言った。玄武岩のような黒ずんだ肌で、手前の男よりさらに一回り大きい。ものすごい迫力だ。たぶん暴れたら素手で母屋が壊せる。


「……どういうことです? 一族? 一族が借金に何の関係が?」


「オマエタチハ……カツテ……ワレラ岩人ノ……子ヲサライ……コノ場所デ……死ナセタ……。ワレラハ……オマエタチヲ……罰スルタメ……商人ノ誘イニ乗リ……ココニ来タ……!」


 玄武岩のような男は、そこまで言うと興奮を抑えきれなくなったらしく、低く太い声を農園じゅうに響かせた。


「失ワレタ子ノ……痛ミノ罪……オマエタチノ子デ支払エ!」


 地面が揺れるような威圧的な声に僕は圧倒されたが、ラホさんはすぐさま立ち直って声を張り上げた。


「な、なにを言ってるの? 私たちは、そんなこと全く知らないし関係してないわ。たまたま、この農園を親戚から安く買っただけよ!」


「ドナテラノ……名ヲ冠シタ……オノレラノ……不運ヲ恨メ! ワガ一族ノ無念……晴ラサズニハオカヌ!」


「めちゃくちゃだ……。そんな理由で、借金の契約を勝手に変えられるはずがない。出直してきてください」


 ダニスさんは呆れたように首を振った。


「おまえもマードゥの民……知っているだろウ、逃亡の怖れがあル相手にハ、契約の前倒しが認められることがあるト……。おまえたちは、黙ってマトゥラスから逃げタ。借金ト、我らの復讐かラ。見るがいイ、マードゥ裁判所ハ、契約の前倒しを認めたゾ……」


 砂岩の男が言うと、ダニスさんの表情が凍りつく。


「な、なんだと!? たしかにその法はあると聞いたことがあるが、もう数十年も適用されたことはなかったはず……! そんな馬鹿な! 執行書は? 執行書はあるのですか?」


「……これダ」


 砂岩の男が渡した紙を読んでゆくうち、紙を持つダニスさんの手が、ぶるぶると震えはじめた。


「三週間の前倒し……こ、こんな理不尽なことがあるか! それでは、もう期限が過ぎてることになるじゃないか!」


「そういうことダ……。ダンデロンの力、甘く見たナ、商人ヨ。子供を出セ。依頼主がお待ちかねダ」


「誰が渡すもんですか!」


「コボネくん! マーユを頼む! 逃げろ!」


 ラホさんとダニスさんの声が重なる。


「ドナテラノ……一族ニ……情ケハカケヌ!」


 ラホさんの首が玄武岩男に掴まれるのが見えた。

 ラホさんに駆け寄りたい気持ちを押し殺して、僕は納屋の陰から出て塀沿いを突っ走る。結界石はまぶしく輝いてる。大丈夫、見つからない。

 母屋の裏口から居間に入ると、マーユが駆け寄ってきた。


「コボネ! コボ……」


 あわてて口をふさぐ。しーっと指を立てる。マーユはこくんとうなずく。

 そのとき、部屋の向こう側で、ばあん! と大きな音が響いた。

 ダニスさんたちが守っていた扉が、巨大な黒い腕に壊され、内側に吹っ飛んでくるのを僕は見た。

 黒い腕はいったん引っ込み、壁がゴン! という音とともに震えた。

 あの玄武岩男だ。大きすぎて入れないから、家を壊して入ってこようとしてる。とんでもない奴だ!


 マーユの手を引いて裏口へ走る。ゴン! ゴン! と壁が揺れる。

 裏口を抜けて外に出たその瞬間、壁が壊れて岩としか思えない顔が見えた。

 正面から見るとちゃんと眼がある。その眼がたしかにマーユを目視したのがわかった。

 やばい。これは即座に追いかけてくる!


 裏庭はごく狭い。雪はもううっすら積もりかけてて、そこにさっき走ってきた僕の足跡がある。これからどうする?

 母屋の横を通るのはさっき僕が来たルートだけど、表に戻るとあの砂岩男に見つかる可能性が高い。

 ダニスさんとラホさんを人質に取られたらどうしようもなくなる。

 とにかくマーユを逃がす。岩男二人に捕まらない。それが大事だ。

 ……でも、どこからどう逃げればいい?


「……あっち!」


 マーユが指さしたのは、裏庭の井戸の向こうにある塀だ。

 なんの変哲もない塀に何がある?

 だけど疑問を持つ余裕もない。裏口の壁が大きく鳴ったからだ。数秒後には壊されるだろう。

 僕はマーユに引っ張られるようにして塀にたどり着く。マーユが塀の板の一枚を指差して叫ぶ。


「はずして!」


 塀は木の板を釘で横木に打ち付けてある作りだ。たしかにボロボロで板と板の間には指が入るが、外れはし……外れた。

 釘が抜けてて、板が立てかけてあるだけだった。マーユがこれを知ってるってことは……。


 ドン! と後ろで爆発するような音。裏口の壁も壊された! 抜け出し疑惑なんて追求してる場合じゃない!


「マーユ!」


 声が出ないと知りながら僕は思わず叫んだけど、その時もうマーユはもう板の隙間から外に這い出てた。

 なんという素早い判断と行動力。この子凄いな……。

 僕も四つん這いになって板の隙間に潜り込む。でも、マーユは通れても僕は通れない。

 ずん、ずん、と後ろから足音がする。絶体絶命か!

 マーユが僕の首っ玉にしがみついて、ぐいっ、と全身で後ろに引っ張った。

 その力で僕の身体は板の間を抜け、僕とマーユは絡み合ったままころころと地面に転がる。

 次の瞬間、塀全体がドオン! と波打つのが見えた。中からぶっ叩かれたんだ。

 玄武岩男の頭が塀の上に見えてる。塀よりでかいんだあいつ!

 

 僕はマーユと抱き合ったまま起き上がる。そして手を引いて走り出そうとした。

 その時、塀の板が派手に空中に飛び散り、玄武岩男が全身を現した。

 ただ岩に彫ってあるようにしか見えない眼が、僕とマーユを捉える。

 ずしん、と岩男が一歩を踏み出す。僕らはもう走ってるんだけど、一気に距離が縮まる。

 あまりに歩幅が違いすぎる。こっちはまだ幼いマーユと小柄な僕だ。確実に追いつかれる。


 ……あの夜。あの橋を走った夜。あの夜のことが、頭によぎる。

 僕は、両手を地面につき、両手両足を曲げてマーユに叫んだ。声は出ないけど叫んだ。

 乗って! と。


 マーユは少しも躊躇しなかった。一瞬後には、背中に重みを感じた。やっぱりこの子は凄い。

 僕は、狼のように犬のように、猫のように鼠のように……いや、そんなカッコいいものじゃない、よたよたとつんのめりながら、それでも必死に四本足で走り出した。吹雪に変わりつつある雪の中を。


「ナンダアレハ!!」


 後ろで、重低音のような驚きの声が聞こえた。

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