第3話 騒動
ロゼから「結婚」を申し込まれたシキヤ。
唐突なその申し込みにシキヤはどう答える?
第3話、いってみよー!
「…ロゼさん? 今なんと?」
「だから、私と結婚しましょう」
「……いやいやいやいや! 何でそうなんだよ!?」
「何でもするって言ったじゃない」
「いや確かに言ったけどさ…。そういうのはだな…」
「私と結婚出来ないの?」
「うぐ……」
その上目遣いやめろ、一瞬キュンって来たから。
結婚。正確には結婚システムと言い、去年のアップデートで増えた新システムだ。
お互いに共有のアイテムボックスを使えたり、お互いの現在位置がマップに表示されたり、一緒のパーティーに居るとステータスが上がったり等、便利なシステムが使えるようになる。
結婚するのには条件があり、お互いが結婚指輪を獲得し、結婚式イベントを教会で行う…という条件をクリアしなければならない。
「お互いにメリットしかないじゃない」
「そうだけど…! そうなんだけども!」
ロゼのファンクラブギルド、《ガーズ・オブ・ロゼ》にでも知られたら…。
…こ、殺される………。
「…結婚ってそもそも好きな人と一緒に居たいからするもんだろ? ゲームだとしても、そんな軽率に口に出したらダメだろ」
「あら、そう言われるのは心外ね」
「どういう意味だよ…?」
「私はあなたと結婚したいのよ? ここまで言えば、あなたでも分かるでしょ?」
「…………はぁ!?」
「何度も言わせないで頂戴。私はあなたと結婚したいの」
「いやいやいやいや! 何で俺!? もっと他に俺より強いプレイヤーなんていくらでも…!」
「私はあなたが良いの、シキヤ君」
ロゼの目が真っ直ぐに俺を見据える。
その目には強い信念を感じられた。
これは、折れないな…。
「まぁ、今すぐにとは言わないわ。あなたの気が乗らないみたいだしね」
「そうかい…」
「今は婚約者、として頑張ってね」
「マジかよ…」
「えぇ、よろしくね」
と、ロゼが笑った。
今まで中々見せることのなかった笑顔だ。頬を赤らめながらも嬉しそうに笑うその顔は何だか、とても愛しかった。
「おう…、よろしく…」
「覇気がない」
「よろしく…!」
「もっと」
「よろしく!」
「五月蝿い」
「ヒデぇ!?」
彼女は楽しそうにクスクスと笑う。
「ふふふ…。それじゃぁ、戻りましょうか」
「……腑に落ちねぇなぁ…」
「何か言ったかしら?」
「何でもないですよ、お姫様。…よっと」
立ち上がって伸びをする。
ついでに深呼吸をしながらロゼについて考えた。
ギルド単位でファンクラブの存在する人間が、俺に対して「結婚」という言葉を口にした。それは多分、互いにメリットがあるからという意味で口にしたのではないのだろう。仮にゲームでも異性に求婚するというのは、そういう事なんだろう。
急に素直になりやがってからに…。実感湧かないだろ…。
…って、あれ…?
「俺、まだちゃんとした返事してねぇよ!?」
「あら、そうだったかしら?」
「危ねぇ…。雰囲気に流されるとこだったぜ……」
「私としてはもっと流されて欲しかったのだけれど。というか割と流されたわね」
危うく空気感に流されて婚約者にされそうだったぜ…。ホントに危なかった…。いや、されたのか…。
たまに見せるその素直さには魅力を感じるが、それと同時に魔性的な何かまで感じてしまう。恐ろしいよ、ホントに。
ロゼとの付き合いもかなり長い。確か、一昨年の冬頃に知り合ってクエストに行くようになった。頼りになるし、一緒に居ると肩の力も抜けて不思議と楽になれる。
そんでファンクラブが出来たのは去年の六月の半ば頃だったかな。まぁ、そこはどうでもいいが。
日はもう傾き、空がオレンジ色に染まってきた。木々の間を抜ける風も、涼しく感じて気持ち良い。
「さて、いい加減そろそろ戻りましょうか」
「あぁ、そうだったな。戻ろう」
「返事、いつでも待ってるわ」
「する前提で話を進める辺り尊敬するわ」
「なるべく早くだと尚更嬉しい」
「その上、要求までしてくるとはな…」
ゆっくり歩きながら、俺達は街に戻った。
今は、今だけは少し、この時間を楽しんでいる自分が居た。
街に戻り、早速アイテムを門番に見せる。
コレはメニューを開いて気づいた事だが、クエスト内容の詳細が
『回収した素材アイテムを門番に提示せよ!』
という内容に変わっていた。どうでもいいか。
「静寂の泉付近に現れたモンスターは大蜘蛛だったのか…。もし、君達が討伐してくれなかったら……。討伐、感謝する! それでなんだが…、もし良かったらこの素材アイテムを譲ってはくれないだろうか?」
《素材アイテム『残忍な証』を門番に譲りますか? Yes/No》
というテキストが出てきた。
この素材を使うことはないだろうし、譲るか。
「ロゼ、このアイテム、あげても良いか?」
「えぇ、構わないわ」
「んじゃぁ、Yes」
ポンっという音と共に、アイテムが消える。これで良いはずだ。
「ありがとう。コレはお礼だ。受け取ってくれ」
《南門の門番から4,000クルを受け取りました。クエスト報酬として2,0000クルを受け取りました》
これでクエストクリアだ。報酬も中々良かったし、良いクエストだった。
門番からはクエストマークが消え、元のNPCに戻っていた。
「クエスト、お疲れさん」
「えぇ、お疲れ様」
「んじゃぁ、落ちようかなぁ…。疲れたし、精神的に」
「そう。それじゃぁ私も落ちようかしら。明日は少し早いし」
「そっか。じゃぁ、改めてお疲れさん」
「お疲れ様」
メニュー画面を開き、ログアウトする。
『ログアウト処理中です。しばらくお待ちください…。……ログアウトします。お疲れ様でした』
現実世界に帰ってきた俺は寝る準備を始める。と、その前に。
「楓乃ー…?」
楓乃の部屋のドアを開ける。
電気は付きっぱなしだったが、楓乃は机に突っ伏してすぅすぅと寝息を立てていた。その隣にはこの前一緒に行った本屋で買った参考書が数冊積まれていた。ページには色とりどりの付箋がびっしりと貼ってある。その参考書を1冊パラパラと捲ってみると、律儀に今日の日付けが書かれたページを見つけた。そこから確認しながら捲っていく。
「あの短時間でこんなにやったのか…」
約20ページほどやってある。この参考書の解答は俺が預かって隠してある。もちろん不正をさせないためであり、楓乃の了承も得ている。クエストをやり始めてここに来るまで大体1時間半ぐらいだから…相当なスピードでやってたんだな…。
「…お疲れ様、おやすみ」
楓乃のベッドから毛布を取り、肩に掛けてやる。
楓乃の部屋の電気を消して改めて寝る準備を始める。
戸締まりはリビングで書類をまとめていた母さんに頼んだ。
結構歳のわりに若く見られる母さん。父さんと結婚したのも早かったらしく、事実まだ少し若い。やや童顔で華奢な体つきだが、体力はまだまだあるそうだ。いつもは優しいが、怒るとかなり怖い。ここ最近ではめっきり怒ることもなくなったが。
「それじゃ、母さん、おやすみ」
「おやすみ。…あぁ、桐也」
「ん? どうかした?」
「お母さん、今週末に休みが取れそうなの。どこか出かけようか」
「折角の休みならゆっくりすればいいのに」
「折角の休みだからこそでしょ? どこ行きたいか考えておいてくれると嬉しいな」
「ヘイヘイ、前向きに考えときます」
「ふふ、よろしく」
どこかに出かける…、か。そんなこと久しぶり過ぎる。
母さんは仕事が忙しいし、父さんは単身赴任中だ。母さんはいつも頑張ってるし、母さんの行きたいところで別に良いんだけどなぁ…。
ベッドに潜り込みながらそんなことを考えていた。
アラームから始まる気持ちの良い朝。ではなく、外は大荒れ。風切り音はハンパないわ、雨の音もヤバいわでとても良い天気とは言えない。向かい側の庭の木なんて風で枝が吹っ飛んでいきそうな勢いだ。…あ、吹っ飛んでった。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!」
「ハイハイお兄ちゃんですどうした我が妹よ」
「外、見た!?」
「見たけど…。何でそんな嬉しそうなんだ?」
「学校、休みになった!」
「………ッシャ!」
「ついでにだけど、お母さんも休みになったみたい」
「ん? どういうこと?」
「こんな天気だし、ほとんどの社員の人が通勤困難って事で危ないし会社側が休みを出したみたい」
「結構優しい会社だなおい」
「だよねー」
楓乃がケラケラ笑う。
と、枕元のスマホが鳴る。白波先輩からだった。同じ中学で生徒会の手伝いをしていた頃に知り合った生徒会長の先輩だ。確か、今も俺と同じ茜原高校の生徒会長をしていた気が…。
とにかく電話に出る。
「はい、篠崎です」
『…生きてるみたいね』
「開口一番それって中々凄いですね…」
『冗談よ。私がそんなこと言う人間に思える?』
「思えますね」
『あら、失礼ね』
「冗談です。それで、どうかしたんですか?」
『特にこれといった用件はないわ。ただの生存確認よ』
「冗談ですよね…それ?」
『えぇ、そうよ。まぁ、この天気で休校になったし、退屈だったからあなたに電話しただけよ』
「後輩で退屈しのぎですか…。それ、白波先輩の悪い癖ですよ?」
『雫那先輩で良いのよ?』
「先輩をいきなり下の名前では呼べません。用件がないなら切りますよ?」
『えぇ、構わないわ。良い暇つぶしだったから』
問答無用で切った。
全く…からかうだけに電話を掛けてくるとは…。
「むふふぅ…」
「楓乃…、何て顔してんだ…」
妹の緩みに緩んだ顔に若干引く。
「いやぁ、お兄ちゃんが楽しそうだったからねぇ…?」
「お兄ちゃんがそんなに楽しいように見えたか?」
楓乃の緩んだ頬を両手で軽く摘んで横に引っ張る。何故かモチモチしている。
「みーへーらー」
「もっと引っ張ってやろうか」
「やーらー」
楓乃の頬から手を離して部屋から出る。
こんな天気になるとは思わなかったし、いつもの時間に起きてしまったのを少し後悔しながらリビングに向かって階段を下りる。
「おはよ、母さん」
「おはよ、早いのね?」
「平日営業の時間に起きちゃって少し後悔中。母さんは休みになって良かったね」
「まぁね。でも書類の整理とか少し仕事の消化もしなきゃいけないんだけどね」
「お疲れさん」
「ありがと。あ、冷蔵庫にプリン入ってるから」
「マジか!」
プリンは好きだ。他の甘い物も好きだが、プリンが最も好きだ。たかがプリンと侮るなかれ。一言でプリンと言えども抹茶プリン、チョコプリン、焼きプリン等々の様々なプリンが存在する。
ルンルン気分で冷蔵庫を開ける。すると、
「アレ…? プリンは…?」
冷蔵庫にあるはずのプリンがない。
何故だ…! 何故プリンがない!?
冷蔵庫内をくまなく探す。
だが、ない。
「プリンが…!」
「どうかしたー?」
「母さん、俺の…、俺のプリンがない…!」
「奥の方までよく見たー?」
「くまなく探したよ! でも無いよ!」
「お兄ちゃん、何してんの?」
「桐也のプリンが無いんだって」
「プリン…?」
2階から降りてきた楓乃が首を傾げる。
心当たりがあるのか?
「あー、私が食べちゃったかも」
「……エ?(´・ω・`)」
「テヘッ」
楓乃が舌を出し、頭をコツンと軽く叩くという可愛いポーズをした。多分、俺がシスコンだったら近づく男は殺しにかかっていたところだろう。
「……カノ(´・ω・`)」
「何でしょうか?」
「……タトエイモウトデモユルサンゾ(´・ω・`)」
「お兄ちゃん、ゴメン……。あとで高いプリン奢るから」
「……(´;ω;`)」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ゴメンって、ゴメンねぇぇぇぇっ!」
この後、しばらく楓乃と口を聞かなかった。
婚約者となってしまった挙げ句に追い討ちをかけるように楓乃にプリンを食べられてしまったシキヤ。この後、高級プリンを3つ奢らせたそうな。
次回もお楽しみに!