(2)Selbstzerstörungs system~抗えぬ終焉
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屋敷に戻った2人に、カリウスがすぐ執務室に来るよう伝えてきた。
「どうしたの?」
「お前の父上から緊急で連絡がきた。至急で伝えたいことがあるってよ!急げ!」
階段を駆け上がり、執務室に駆け込む。
「あ、カトリシア!お父様から緊急の連絡よ!」
「ありがとう・・・もしもし、お父様・・・」
電話機でカトリシアがカフスランにいる父プロシュテットと会話をする。その会話をするカトリシアの顔がみるみる険しくなる。その様子を見ていたメンバーは、事態がどう見ても悪い方向に向かっていることを感じていた。
「はい・・・はい、ええ・・・そうですか。そのような連絡が。・・・ええ、わかりました。で、私たちはどうすれば?・・・ええ、ええ・・・なるほど。その要請を受けよと。」
「おい、要請ってなんだよ?」
カリウスがバスティーニに聞く。
「私に聞かれましても・・・わかりませんよ。」
「・・・え?いいのですか?向こうはそれを知っていた・・・はぁ、なるほど、こちらから・・・そうですね、変に怪しまれるよりは・・・ええ、わかりました。私なりに円滑に事が進むように致します・・・はい、ここが?ええ、わかりました。・・・はい、わかりました。ありがとうございます。・・・はい、善処します。・・・はい、よろしくお願いいたします。・・・え?雷ですか?まぁ大丈夫です。メンバーがいましたから、まさか泣き叫ぶようなことはいたしませんでしたわ。」
「おい、カトリシア。全力で泣き叫んでたじゃねえか。何父親の前で強がってんだよ。」
「わかりました。よろしくお願いいたします。では。」
カトリシアが電話を切った。
「おい、カトリシア。本当は雷の時全力で泣き叫んで・・・」
全力でカリウスに蹴りを入れたカトリシアが全員に向かって今の電話の内容を告げ始めた。
「どうも、反乱を起こすような真似をしなくても、この国の真の姿は明らかになりそうよ、カリウス」
「どういうことだよ?」
「エフィカ政府からカフスラン政府へ正式に救援要請が来たわ。何でも“国の存亡にかかわる”事態に陥ったため、カフスランの力を貸してくれとのことよ。」
「救援要請があったの?」
「ええ。そして私たちがその救援要請にこたえるってこと。ただ、こちらも無条件でその要請にこたえるわけにはいかない。そこで、不可侵条約の再締結を条件に応じることになったそうよ。」
「向こうはそれを受け入れたのですか?」
「ええ、すぐに受け入れたそうよ。それを受け入れなければならないってことはつまり、かなり危機的状況にあるってことね。かなり大変な任務になるかもしれないわね。」
「なるほど。でも、他のやり方はなかったのでしょうか?何もコンピューターが壊れたからって救援要請をするのは大げさじゃありませんか?」
「そこは私も気になるわ。ただ、とりあえず今は要請を受け入れる準備をすることが最優先よ。これからエフィカ政府の担当者が来て、詳しい説明がされるから。まずはその説明を聞きましょう。」
「そうだな。」
「あ、あと、ここの屋敷、現時点からカフスランの臨時大使館となるのでよろしくね。」
「ここにカフスランの人間が来ていることを公にするってことか?」
「ええ。もうこそこそする必要はないってことね。」
―――事態の動きが早いな。軍務省は本当に何も知らなかったのだろうか?
パルカンはあまりに物事が順調に進むことに疑問を感じていた。
30分後、エフィカ政府の担当者がやってきた。カトリシアは話を聞くため、まず担当者を全員が集まっている応接間に通した。
「初めまして。カフスラン公国騎士団“サルビア”団長のエレン=カトリシアと申します。こちらが・・・」
カトリシアがメンバーを順番に紹介する。
「初めまして、エフィカ共和国大統領秘書官のズーラ=ホルシュタインと申します。今回は我々の救援要請に応じてくださりありがとうございます。深く感謝いたします。」
「こちらこそ、貴国のお力となるよう尽力いたします。何卒よろしくお願いいたします。まず、確認したいことがあるのですが、不可侵条約の再締結の件なのですが・・・」
「はい、その件につきましては外務大臣が現在カフスランの首都に向かっております。到着次第すぐに締結交渉に入ります。条約締結は今回貴国が我らの要請に応じる条件として提示されたものですから、確実に行います。それは私がエフィカを代表してお約束いたします。」
「わかりました。こちらも数日後軍務省を通じて確認は致します。では、条約締結はしていただけるものという前提のもと、要請に応じたいと思います。まず、現在の状況を教えてください。」
「はい、皆さんは『黙示録』の内容はご存知でしょうか?」
「ええ、知っております。」
「なら話は早いです。あの『黙示録』に書かれていることは大方事実です。前代の大統領が作成したスーパーコンピューターが、今この国の実権を握っております。そのコンピューターが、先日の雷雨によって動作しなくなってしまったのです。おそらくは、落雷の際の過電流によって停止してしまったのだと思うのですが・・・。」
「であれば、再度電源をいれればよろしいのではないのですか?」
「ええ、そうなんです。そして、電源を入れたのです。」
「動いたのですか?」
「動くには動きました。しかしながら、まったく制御できなくなってしまったのです。」
「制御できなくなった?どういうことでしょうか?」
「はい、『黙示録』に書いてある通り、何か事が起きたときには、大統領に判断を仰ぐための、質問の入力画面があるのですが、今回その画面が立ち上がっていないんです。起動はしているようなのですが、いつまでも画面には何も表示されないんです。スーパーコンピューターを制御できない限り、私たちは国民に対して指示を出したりすることができません。なので、非常に困っているのです。」
「やはり、この端末を通じて国民を操作していたのですね?」
こう聞いたのはバスティーニだった。
「おっしゃる通りです。前代の大統領は、人間による政治を非常に嫌っておりました。そこで、まったく人間の介入する余地のない政治体制を確立したのです。あのコンピューターがある限り、私たちは何もできないんです。憲法の規定も、法律もすべて最高権力者はあのコンピューターなのです。我々はただの道具。権力を私たちに移行するためにも、まずはコンピューターが動いてくれないとどうしようもないんです。」
「人間を操り人形にしていたってことか・・・。恐ろしいシステムです。」
「で、私たちはどうすればいいのでしょうか?」
「まずは大統領府に来ていただけないでしょうか。そして、実際に見ていただきたいのです。」
「わかりました。すぐに向かいましょう。案内をお願いします。」
メンバーは、やってきた大統領秘書官と共に大統領府へと向かった。
大統領府は旧王宮で、カフスランの王宮とよく似た構造であった。そして、王の執務室であった場所に、今動作不良を起こしているコンピューターは鎮座していた。
メンバーは、3つのセキュリティチェックを受け、大統領執務室へと通された。
部屋に入った途端にカリウスは「思った以上に小さいな」という率直な感想を述べた。
幅は75cm、高さは150cmほどの大きさで、奥行きも40cmほどしかない。ディスプレイは大型液晶テレビサイズで、コンピューターの前におかれた机にはタブレットサイズの操作パネルがある。
「こんな小さな機械が国の最高権力者なんだな・・・。」
「これがこのコンピューターのすべてなのですか?」
「いえ、いわばコンピューターの脳にあたる機械が隣室にございます。ただ、あくまで情報処理装置ですので、開けて操作する、といったことができるものではありませんが、ご覧になりますか?」
「いいわ、必要になったら見させていただきます。」
「わかりました。」
カトリシアはディスプレイを見た。彼女の視線の先にある画面は黒いままであり、何も表示されていない。
「ディスプレイの上にあるこの小型カメラで顔認証を、操作パネル左側にあるセンサーで静脈認証を行い、両方が操作権限のある者のものであれば、ロックが解除され、操作ができるシステムになっています。操作権限が与えられているのは、現在ですと私だけです。で、私が認証を行っても・・・。」
大統領は何の反応もしない。
「フリーズしているのでしょうかね?」
騎士団の中で一番機械に詳しいバスティーニがコンピューターをのぞき込む。しかし、特にこれと言って打開策は見いだせなかった。
「何か反応があれば対処のしようがあるが、無反応となると、埒が明かないな。」
パルカンもコンピューターをのぞき込む。
「そうね・・・一体どうしたらいいのかしら?」
カトリシアもコンピューターをのぞき込む。と、その時だった。突然コンピューターが起動し始めたのだ。
「あ、動き出しました・・・何もしていないのに、なぜだ・・・。」
困惑する大統領秘書官。
「カトリシアが顔認証と静脈認証のセンサーに触った時に起動し始めたよな?」
「わ、私が壊したの!?」
そんな会話をしているうちに、ディスプレイに文字が表示された。
≪Ich traf eine wirkliche Herrscher.
Von nun, meine Sekretärin ist ein Mädchen von schwarzen Haaren zu sein, die auf der Anlaufzeit des Sensors berührt.≫
「おい、これ何語だ?」
「古代ゲルダイン語です。えっとですね、<私は本当の支配者に出会った。今から、私の秘書となるのは、起動開始時センサーに触れた黒髪の少女である。>と書かれています。」
「おい、それってカトリシアのことじゃないのか?」
「私のこと?なんで私が?」
すると、その会話を聞いていたかのようにディスプレイに文字が表示された。その文字を秘書官が通訳する。
「<私は過去の秘書官ではこの国を任せられないとわかった。ただし、今目の前にいる少女には、この国の未来が託せるとわかった。だから、少女に私の秘書になるよう命じたのだ>と書かれています。」
「今までにもこういうことがあったのですか?」
「いいえ、このような動作を起こしたのは初めて見ました。」
≪Fragen?≫
「質問はあるかと聞いています」
「なぜ私なの?エフィカの人ではだめなの?」
ディスプレイに文字が写る。秘書官がそれを訳す。
「今のエフィカには、私がこれから発動するプログラムを制御できる人間はいない。このプログラムを制御し、エフィカを救えるのはお主だけだとわかったから、お主を秘書に指名した。ただそれだけだ。」
「これから発動するプログラムってなんだよ!?」
ディスプレイに写った文字は≪Selbstzerstörungs system≫だった。これを見た瞬間、秘書官は震え上がった。
「おい、どうしたんだよ?なんて書いてあるんだよ!」
「自己破壊プログラム・・・黙示録プログラムが発動したってことですよ!!」
「自己破壊プログラム!?どういうことですか!」
「このコンピューターを作ったエルスタリア氏が、誰もこのコンピューターを超越せず、依存し続けた場合に発動するように設定したプログラムです。コンピューター自身が自己の破壊を行い、次なる支配者に国を託すプログラムです!」
「自己破壊って・・・どういうこと!?」
困惑する一同。そんな中、再びコンピューターが質問は以上かと問うてくる。
「どうすればあなたが起動しようとしているプログラムを止められるの?」
「<プログラム起動後、12時間以内に秘書の少女がパスワードを伝えれば停止する>と書かれています。」
「パスワードって・・・なんだよ、ヒントはねえのかよ!」
「<人類が忘れてはならないもの>だそうです。あと、<言語は古代ゲルダイン語で入力せよ>と書かれています。」
「人類が忘れてはならないもの・・・つまり、そなたが今エフィカにない物と考えているものだな?」
「<そうだ>と答えています。」
「今のエフィカに足りないもの・・・それを私たちが考えろと・・・。一体どうすれば・・・。」
「<質問がなければ、プログラムを開始する>と言っています!どうしますか・・・。」
「質問、質問・・・。」
そうしているうちに、画面には次の文字が現れた。
Programm, das Start-up.(プログラム、起動開始)
12 Stunden des Countdowns, zählen beginnen.(12時間のカウントダウン、カウントスタート)
Das Programm Stopp vergessen? :(プログラム停止のパスワードは?)
12時間の戦いが、突如始まったのであった。
(第7回投稿、ここまで)
5
「全員、スマートフォンを壊して!破壊して!!」
秘書官が叫んだ。
「なんでだよ?」
「とにかく!説明は後です!!急いで!!」
声のトーンや切迫した表情から、とにかく今は秘書官の指示に従おうと、全員言われたとおりにスマートフォンを靴でたたき割った。
「大統領府職員諸君に告ぐ。今すぐスマートフォン端末を破壊せよ。今すぐにだ!」
大統領府の室内放送がかかる。
「秘書官さんよ、なんでだよ?訳を教えてくれよ。」
「はい、この自己破壊プログラムは、スマートフォン端末から国民を操作するプログラムがあるんです。それが発動するとどうなるのか、具体的内容は明かされてはいないのですが、とにかくまずいことになるんです。」
「おそらくは」パルカンが破壊されたスマートフォンを見ながら言った。
「この端末からある電波を発して、人間の脳を操作するのであろう。違うか?」
「申し訳ありません、私にもそれが正しいのかどうかはわかりません。何も教えられていないので・・・ただ、プログラムが発動したら、職員は必ず端末を破壊せよと、先代の大統領がおっしゃっていただけなので・・・。」
「そうか。」
「で、これからどうするよ?カトリシア」
「私が聞きたいわ・・・これからどうするべきなのかを。」
「まずはその停止するためのパスワードを導かなければなりませんね。しかし、そのヒントがあまりにも少なすぎます。『人類にとって大事なもの』だけでは・・・。」
「そうなのよ、それが普遍的なものなのか、個人的なものなのかもわからないし・・・。」
目の前でコンピューターはプログラムを起動し続けていた。こうして話しているうちにも、自己破壊プログラムはセットアップが進んでいるのだ。
「ホルシュタイン秘書官は、これからどうするおつもりですか?」
バスティーニがエフィカの秘書官に問うた。
「私は全力で皆様のサポートをいたします。どんなことでも、何なりと仰ってください。私が知っていること、できることであればすべて行います。」
すると、パルカンがホルシュタインの方を向いた。
「では余から、お主に聞きたいことがいくつかある。いいか?」
「何なりと。」
「まず平常時、このコンピューターは国民に対してどのようなことをしていたのだ?」
「どのようなこと、と申しますと?」
「そうだな、どのような指示出しをしていたのか、とかだろうか。」
「なるほど。ご質問の意図がわかりました。答えは全て、ですね。」
「全て?どういうことだ?」
「我々の様な特別な役職に就いている人間は違うのですが、一般的な国民の方は、いわばコンピューターの指示通りに動いているのです。例えば朝起きる時間、朝食のメニュー、その日1日の仕事のスケジュールなどなど。ゲームの様にある一定の選択肢は与えられるのですが。」
「生活までこれが管理していたのか?」
「ええ、先代の大統領はよく言っていたのが、共産主義が失敗したのは人間が欲を捨てきらなかったからだということです。人間には欲がある。ただ、どのような欲を満たしたいかは人によって異なる。ある人はたくさん食べることで食欲を満たしたいと思う。ある人は大金を稼いで欲を満たしたいと思う。だからこそ、人間から欲求を奪えば、完全な平等社会が実現すると考えたのです。」
「そんな・・・おそろしい・・・」
「でも選択肢があるポイントで与えられるんだろ?それで欲求が発生することはないのか?」
「ありません。選択肢が与えられるポイントはかなり限られています。例えば、仕事をする際にどの仕事をするのか、今日は電車で移動するのか、自家用車で移動するのか、みたいなものです。その選択肢のどちらを選んだからと言って、結果は同じになるように設定されているのです。仕事の選択も同じ時給の仕事の中から選ぶように設定されていましたし。」
「国民は完全に操り人形ってわけか・・・。」
「だとしてもだ、余とカトリシアは先日居酒屋で自由にしている国民にあったぞ。全員が全員そうだったわけじゃないのか?」
「それはおそらく旧カフスランの方ではないでしょうか。エフィカにも元々カフスランの国民の方がいらっしゃいます。特に大統領交代の時期にこちらに移ってきた方はこのシステムに組み込むことができませんでしたので・・・。もちろん監視はしていましたが。」
「そうなのか・・・。元からエフィカに住んでいた人間は、完全にこの大統領の支配下にあるってことなのか?」
「というか、支配下にしやすかった、という言い方が正しいでしょうね。ご存知の通り、カフスランとエフィカではその辺りの価値観が大きく違います。先代の大統領は、エフィカの価値観に同調する人間を丸め込み、自分の考えに洗脳する能力に長けていましたから、誰も大統領の言うことを疑いませんでした。特に、大統領が就任した当時、我が国は所得の低い方が圧倒的に多く、完全平等という言葉に、国民の大多数を占める低所得者の方が魅かれていましたからね・・・。」
「立場の弱い人間をうまく利用してってやつか・・・いつの時代も変わらないな。」
「そういった指示はスマートフォンを通じて行われていたのか。」
「はい、アラームが鳴って、指示内容が画面に表示されます。その指示通りに動いていないことがわかると端末から電気ショックが与えられます・・・それが反抗した罰となるわけですね。また、指示に背いたという記録がこのコンピューターに蓄積されて、ある一定の回数を超えると危険分子と認識され、監視が強化されます。そして、それでも指示に従わなかった場合には・・・警察に捕まり、処刑されます。」
「処刑!?」
「ええ、その内容については関係ありません。とにかく、指示に従わなかった時点でアウト。ゲームオーバーというわけですね。」
「ということは、国民はスマートフォンの指示には絶対に従うってことだな。」
「はい、どんな内容の指示であっても従うでしょう。」
「そうか。」
人間が完全に機械の支配下に置かれる。そんなことが現実世界で起きる。メンバーは秘書官が語ったエフィカの現状に驚きを隠せなかった。
「こんなやり方をしないと完全平等は実現できなかったのか・・・。」
「むごいですね、このやり方は。」
ここまでずっと黙っていたカトリシアが口を開いた。
「ホルシュタイン秘書官、この国には空軍のような部隊はありますか?空から偵察を行うことができる部隊が。」
「あります。あと、町の監視であれば大統領府の中にあるモニター室で監視しています。」
「町の監視までしているのね・・・。ではそのモニター室にフロリアを案内して。フロリアはそこで町の現状を教えて。そして、航空偵察隊を使って郊外の様子を監視して伝えてちょうだい。」
「かしこまりました。フロリア様、こちらです。」
「はい。」
ホルシュタインとフロリアは大統領執務室を出た。
「今、町はどうなっているのでしょうか。」
「わからねえ。わからねえから2人が見に行ったんだ。」
これまでにない、かなりの緊張感が執務室に流れていた。
そして、ディスプレイには次の文字が表示されていた。
≪Bis zum Programm beendet, Rest für 11 Stunden 26 Minuten≫(プログラム完成まで、残り11時間26分)