(3)エフィカの目論見
6
翌日の朝。
昨日のカトリシアに言われたことを、カリウスは重く受け止めていた。
―――完全な平等主義か・・・。よく考えれば俺たちは特殊な身分の人間であることを忘れていたな。
騎士団のメンバーは皆、それぞれ一流の技術を持つ軍人たちであった。その時点で、普通に暮らす一般市民とは立場が違う。なるべき職業が決まっている身分だ。
「おはようございます、カリウス殿。その顔色だと、昨晩はあまりよく眠れなかったようですね。」
起き上がったバスティーニが、考え事をしていたカリウスに声をかける。
「おはよう。ああ、昨日カトリシアに言われたことをずっと考えててな・・・。俺たちはある種の特権階級だ。その特権階級にある時点で俺たちは普通の人より優位に立っているんだな・・・。そのことを忘れてたよ。」
「ええ、私たちは非常に恵まれた環境にいるんですよ。そのような大変ありがたい環境にあるにも関わらずそのことを忘れてしまう。だから、我々の様な身分の人間は頻繁に批判されるのです。」
「そうだな・・・。昨日のカトリシアの言葉にはグサッと来たよ。」
「さ、今日も任務が待ってますよ。前を向いて、頑張りましょう!」
「おう!」
朝食を済ませた後、カリウスはカトリシアに声をかけた。
「昨日は・・・悪かった。俺もついカーッとしてしまって。」
「いいわ、大丈夫よ。お互い率直にお話しできてよかったわ。」
「そうか。」
「ええ。それに、私には私の考えが、カリウスにはカリウスの考え方があるわ。それぞれ違う人間だし、立場も違う。そういう違う人間同士が、全く同じ考えを共有することなんてできないわ。意見の相違が生じるのは当然のこと。今は騎士団として一つの考えにまとめる必要な局面でもない。お互いの考え方を認めるのが大切な時だわ。私もカリウスの意見にむきになっていたわ。そこはごめんなさい。」
この言葉は昨日、トイレから戻り、部屋でフロリアに言われた「今は無理に一つの意見に集約しなくていいんじゃない?」という言葉に励まされ、カトリシアなりに自分の考えを整理して出てきたものだった。
「お前が謝るなよ。お前は団長として、指揮官として間違ってねーと思うし。」
「そう、ありがとう。そういえば今日からあなたたちはアルバイトを始めるのよね。頑張ってね。」
「おう!きっちりと成果を残して情報を持って帰ってくるよ!」
「カトリシア」
3人がアルバイトへと出かけた後、パルカンがカトリシアを呼び止めた。
「あらパルカン。どうなさったの?」
「少し出かけたいのだが良いか?」
「出かけるのはかまわないけれど、どこに行きたいの?」
「図書館だ。というのもな、エフィカのことについて情報が知りたいのだ。」
「この国に関する情報は軍務省からもらった資料に書かれているけれど、それだけじゃ足りないってこと?」
「そういう意味ではない。その情報というのはあくまでカフスランが握っている情報だろ?余が知りたいのはエフィカの国民が知っているエフィカの情報だ。現在までにどういう歴史を刻んできたのか、エフィカの国民自身はこの国のことをどうとらえているのか、そしてエフィカの人間がカフスランのことを本当はどう思っているのか、とかな。カフスランサイドでは知りえないエフィカの情報を知りたいと思ってな。」
「なるほど、いい考えね!わかったわ。気を付けて行ってらっしゃい。」
「留守番を頼む。あと、図書館がどこにあるか知っているか?」
「えーと、そこに地図があるわ。」
そう言ってカトリシアは食堂のテーブルの上を指さす。
「なになに・・・ここが今いるところで・・・あー、新市街の外れにあるのだな。よし、では行ってくる。」
パルカンは必要なものを入れた鞄を持ち、屋敷を出た。
7
夕食の時間の後、昨日から始まった定例会議が開かれた。
「では、各自今日の報告を。まずはアルバイトに行ったメンバーから」
「じゃあ俺からいいかな?」
「どうぞ、カリウス。」
「俺は昨日報告したとおり、配送のアルバイトに就いた。まず仕事内容なんだが、カフスランのそれと大きく変わりはない。ただ、なんて言うのか、人とのつながりがないって言うか、妙に淡泊というか・・・。アルバイト同士のつながりがないんだよね。」
「アルバイト同士のつながりがないって・・・例えば挨拶しないとか?」
「そうなんだよ。まず挨拶がねえ。従業員登録も、求人センターで発行された合格証の上にあるバーコードを機械に読ませてそれで完了。その日の業務内容の指示なんかも全部機械がやるんだ。個人個人に発行されている従業員カードを機械に読ませると、機械の画面にその日回るべき家や荷物なんかが表示される。後はその指示内容に従ってやるだけ。なんか上司が機械みたいな感じだったな。」
「住民とのコンタクトは取れそうなの?」
「それも難しそうでさ、荷物は配達ボックスを通じてのやりとりなんだ。住民と会話する場面なんてねえんだ。目論見失敗といったところかな。」
「まだカリウスの選択が失敗だったかどうかは決まらないわ。引き続き調査をよろしく頼むわ。」
「了解っす。」
「ではフロリアはどうだった?」
「私は薬局のアルバイトに就いたけど、基本的にはカリウスと一緒かな?対面で応対するカウンターはガラス張りなんだけど、私たちの顔の部分までカーテンが降りていて、お客さんと私たちお互いの顔が見えないようになっているし、アルバイト同士も基本的に会話しないから・・・。」
「そう、フロリアのところもそうだったのね・・・。徹底的に人間関係がない国なのね。」
カトリシアは驚いた。カトリシア自身も人とは話をするのが好きだし、多くの人と積極的に関わりたいと思っていた。父親からも人との縁は大事であり、大切にしなければならない、何か自分が困った時、助けられるか否かは自分が人との縁を大切にしてきたか否かによって決まると言われたくらいだ。父親は政治家であり、軍務省の高官でもあるので、余計にそのことを身にしみて感じているのだろう。
「バスティーニは公務員のお仕事に就いたのよね?どうだった?」
「はい、私も業務を開始するところまでは先ほどの2人と同じです。ただ、私の場合は今日すぐに仕事に就けるわけではないので、研修を受けておりました。もちろん、研修してくれるのは“機械”ですけど。」
「公務員も機械が相手すんのか!徹底的に人とのつながりがねえな!」
「そうですね。非常に淡泊な職場でした。業務中も、誰ひとりとしてしゃべる者がおらず、終業のチャイムが鳴れば無言で帰宅していましたからね・・・。怖ささえ感じました。」
「何でここまでして徹底的に人との関わりを持たないようにしているのかしら・・・。」
カトリシアが疑問を口にする。
「そういえばパルカンは今日何してたんだ?」
「余は図書館に行っておった。」
「図書館?何か調べ物をしていたってことか?」
「ああ。エフィカに関する情報は軍務省からもらっているが、その情報は所詮カフスランで把握できる程度の情報だ。図書館などのエフィカサイドで入手できる情報とは違うかもしれないと思ってな。幸いエフィカの言葉とカフスランの言葉は同じだしな。」
「なるほどな。で、収穫はあったか?」
「そうだな・・・。なんと言うべきか・・・その・・・な。」
急にパルカンがもごもごし始める。
「どうしたの?何かあったの?」
カトリシアが問い詰める。
「皆、落ち着いて聞いてほしい。ちょっと衝撃的でな。余は最初このことを見た時、動揺してしまった。」
「おう。わかった。」
「・・・図書館がなかったんだ。」
「え?図書館がないのですか?でもさっき図書館に行ったといいましたよね?」
「ああ。」
皆、パルカンの言ったことが上手く把握できなかった。
「もっと正確に言うと、図書館が閉鎖されていたのだ。数日前、放火されて消失したそうだ。」
「消失・・・。放火したのは誰なの?」
「それがわからないのだ。何のために放火したのか、何のために図書館を焼いたのか。近くに住んでいる人に聞きたくても、皆わかるように話をする国民ではないからな。聞くこともできなかった。」
図書館というのは公共の建物である。
「もしかして、誰か政府に恨みのある人間がやったんじゃねえか?」
メンバー全員が思ったことをカリウスが口にする。
「そうね、その可能性はあるわね。でも、政府に恨みがあるのであったら、旧市街の北側にある大統領府を狙うのが自然じゃないかしら?図書館を狙うのはあまり意味がない気がするわ。」
カトリシアが反論する。
「確かにな・・・。では何のために放火したのだろう?」
「あの・・・」
バスティーニが手を挙げた。
「どうしたの、バスティーニ?」
「はい、皆さんはアレクサンドリアの図書館の話ってご存じですか?」
「おう、知ってるぜ。いろんな謎を解く鍵となる書物がたくさんあったのにも関わらず、図書館が焼かれてしまったためにその謎が迷宮入りしたって話だろ?」
「漠然とした知識ね・・・。まあおおかたそんな話だけれど。ヘレニズム時代の世界中の学術書が集まった、世界最古にして最大の図書館、だったよね?」
「そう。カリウスが言ったとおり、アレクサンドリアの図書館が焼失したことによって謎が深まった。つまり、図書館にはそれだけの資料があったってことだよね?図書館一つがなくなったことによってそれらの情報が分からなくなってしまった・・・。」
「バスティーニが言いたいのは、図書館を焼くことによって情報を隠蔽しようとしたってことかい?おいおいまさか・・・」
「その可能性はあるな。エフィカにおいて、図書館は一つしかない。その図書館に多くの情報が集まっていたとしたら、図書館一つを焼くことで多くの情報を隠蔽することは可能だ。」
「だけどよ、図書館にある情報なんてたかがしれてるだろ?」
「そんなことはないわ。今は確かに電子情報なんかもあるけれど、それができる前の昔の情報はすべて紙媒体。写本を誰かが持っていない限り、その情報を復元することは困難に近いわ。情報を隠蔽するには有効な手段だわ。」
「つまり、私が言いたいのはもし仮に国家に関する情報が図書館にあったとしたら、それを隠蔽するために国自らが図書館を焼き、情報を隠した可能性があるってことなんです。」
「国家にとって都合の悪い情報があったってこと・・・。わかったわ、軍務省の方に報告しておくわ。」
国家による情報操作が行われた可能性がある。なぜそれを行ったのか、国が隠したかった情報とは一体何なのか。今後の騎士団の活動の中でも、図書館焼失の真相を探ることは重要なことになりそうだ。
「あと、報告することがある人はいるかしら?」
「他にはないかな。」
「俺もない。」
「私もありません。」
「余もないぞ。」
「ありがとう。じゃあ今日はここまでとしましょう。明日も引き続き各々の任務に当たるように。パルカンと私は明日以降図書館焼失の真相究明をしましょう。」
こうして、2回目の会議は終了したのであった。
8
―――人との関わりを忌み嫌うエフィカの人々。なぜ、そんな国になってしまったのか。
エフィカ共和国は、もともとはカフスラン公国の領土だった。それがおよそ300年前、公爵家本家であるカフスラン家と分家のエフィカ家の対立により、エフィカ家側が治めていた現在のエフィカ共和国領土がカフスランから分離独立し、エフィカ家側の人間を国家元首とするエフィカ公国となった。しかし、3代後のカフスラン家側の人間により、エフィカ家との和解が成立、国家統合はせず、互いに友好関係を築くこととなった。エフィカ公国が共和国となったのはその220年後のことである。当時の国家元首エフィカ=ナデル公爵が恐怖政治を行ったことに国民が反発、ナデル公爵は国民による反乱軍に捕らえられ、後に処刑された。ナデル公爵以外の公爵家はカフスランに亡命した。この動乱以降、エフィカ共和国となり、国民から選ばれた大統領が国を治めることとなったのである。カフスランとの不可侵条約が結ばれたのはこの時だった。
カトリシアは、そんなエフィカの歴史がかかれた軍務省の資料を読みながら、前述したことを考えていた。
「カトリシア」
部屋に戻ってきたパルカンがカトリシアに声をかけた。
「パルカン。下で何を調べていたの?」
「ああ、余はパソコンを使ってエフィカの図書館について調べてみた。もし図書館に関する情報があればとダメ元で調べてみたのだが、結果は吉と出た。」
「何が分かったの?」
「図書館には、今の大統領に関する情報があったようだ。4年前に何があったのか、それを記した者の書物があったようだ。」
「今の大統領に関する情報・・・。ますます国家による情報隠蔽の可能性が高まってきたわね。その書物の内容はなかったの?」
「残念ながらそれはなかった。」
「そう。もしそれがあったら、何か分かったかもしれないわね。」
「ああ。しかし、焼かれてしまったとなっては辿りようがないな。残念だ。」
「どこかに写本とかないかしら?あるいはその内容を知っている人がいたりしないかしら?」
「どうだろうか。内容を知っている人は最悪の場合、殺害されている可能性もありそうだな。」
「そうね。徹底的に隠蔽するためにはそこまで・・・」
最後の言葉を言いかけたところで、カトリシアの口が止まる。
「どうした?何か思いついたのか?」
「待って。国民が人と話をしたがらないのってもしかして・・・」
「なるほど。いつどこで国に関係する人間が聞いているか分からないから・・・」
「もしそうなのだとしたら、まるで第2次世界大戦の時のドイツみたいな状況にあるってこと?」
「だとしたら、国民がそういう行動に出るのも納得だな。」
カトリシアは、エフィカが今とんでもない状況にあるのではないか、と考えたのだった。
翌朝、アルバイトに出かけるメンバーに、カトリシアは昨晩思いついたことを話した。
「なるほど、そうなると今この国には秘密警察のような人間がいる可能性があるってことですね?」
「そうなの。あくまでも推測だから正しいとは限らないけど、今私たちが知っている情報から考えるに、その可能性は十分にあり得ると思うわ。」
「だとしたら、そうそう簡単には話してくれなさそうだな。かなり手強いぞ。」
「私たちが国の関係者じゃないって分かればいいんじゃない?」
「簡単そうに言うけどさフロリア、それをどうやって示すんだ?カフスランの人間だって名乗るのか?そんなことしたら、俺たちがスパイやっていることだってばれちまうぞ。」
「そっか・・・。」
「みんな、これはあくまで可能性。その可能性があるって話だから、そのことを頭に入れた上で行動してねってことだからね。慎重に頼むわよ。」
「わかった。じゃあ俺たちは行ってくるな。」
3人が出かけた後、カトリシアは今現在、自分たちが明らかにしなければならない謎を整理した。
まず、なぜここまで徹底的に効率主義なのか。手間になることや無駄になることは絶対にしないこの考えはいつから始まったのか、そして何がきっかけで始まったのかを明らかにしたい。
そして、図書館が焼かれた謎。4年前に就任した現在の大統領に関する情報が書かれた本が所蔵されていたから、その情報隠蔽のために国自らが図書館を焼いたと推測しているが、果たして本当にそれが正しいのか。まずはそこを確認する必要がある。また、国民が人間関係を積極的に築こうとしない点も大きな謎だ。人と話をするのを忌み嫌うようになったのは何故なのか、どうしてそうなってしまったのか。
「もう少し情報を集める必要がありそうだな。」
パルカンが、考え事をしていたカトリシアに声をかけた。
「そうね・・・。でもあまり時間的猶予はないんじゃないかしら?」
「図書館の件か?」
「ええ」
「ここはあえて腰を据えて、落ち着いて事態を見守るのも手なんじゃないか?」
「どういうこと?」
「よく考えてみよ、別に今騎士団のメンバーに差し迫った危機が訪れてはおらんだろ?今エフィカの国民といざこざが起きているわけでもない。急ぐ理由は特にないと余は思うぞ。」
「そうね・・・。もう少し、情報が集まってくるのを待つのも選択肢の一つかもしれないわね。ただ、私たちが把握していない危機が迫っていたとしたら・・・。」
「それはどんな危機だ?具体的に」
「それはわかんないけど・・・」
「なら変にそわそわしないほうがいい。そうすることによって落ち着きがなくなり、冷静でいれば対処できたことに対処できなくなるぞ。そうなるのが一番まずい。」
「そうね。わかったわ。ありがとう、パルカン。とりあえず今は情報を集め、整理することに専念しましょう。」
9
バスティーニのついている職業は、国内ネットワークを管理する仕事である。エフィカの法律が禁ずる内容を含むサイトがないかを、インターネットを巡回して監視したり、各地域に整備されたネットワークに問題が起きていないかどうか、ケーブルの中継所で問題が発生していないかなど、ネットワークに関する様々なことを管理している。
エフィカにおいて、インターネットは非常に重要な意味を持つ。エフィカの国民には全員に必ず1台、携帯電話が支給される。その携帯電話はカフスランでよく使われている2つ折りの携帯電話ではなく、タッチパネル形式の端末であり、同様の機械が普及している地域では「スマートフォン」と呼ばれているものだった。もちろん、周りから疑われないように騎士団メンバーも全員持っているのだが、なんせ使い方がわからないからいじりもせず、ただ所持しているだけなので、このスマートフォンというやつがどれだけの物なのかはバスティーニ含めメンバーは誰も把握していない。しかし、バスティーニは自分のついた仕事の研修を通じて、この四角い端末がどれだけ優秀なものなのかを知ったのだった。
まず、しゃべりかけるとスマートフォンが勝手にいろんなことをしてくれるのだ。例えば、「近くのスーパーは?」といえば、近くのスーパーの名称・最寄り駅・主要品目の値段・駐車場の有無など、ありとあらゆる情報を利用者に提供してくれるのだ。しかも、地図で道案内までしてくれるらしく、利用者側が何も考えなくても、ただスマートフォンの指示にさえ従っていれば目的地まで誘導してくれるというのだ。この技術にバスティーニは驚愕した。また、複数のユーザーが同時に電話することのできるソフトがあったり、全世界に向けてメッセージを発信できるソフトがあったりと、この一台の小さな端末で実に様々なことができることを知った。
カフスランにもインターネットはあるし、各家庭にパソコンは存在する。しかし、そのインターネットはあくまでカフスラン国内に限られたネットワークであり、海外のネットワークに接続はされていない。海外のニュースはTVや新聞から見聞きするのが当たり前であり、インターネットは、例えば読みたい本を注文したり、何かわからない単語があった時にそれを調べるためなどに使うものと考えている。誰かと話がしたいと思ったら直接その個人の携帯電話にかけるなり、街中の喫茶店で会って話をしたりするのが常識であった。
そして、この四角い端末が、国民を監視するためのツールであることも知った。各端末にはその位置の情報を知らせるGPSと呼ばれるものがついており、各端末が個別に持つ番号を入力すればその端末の持ち主が今どこにいるのかを知ることができるというのだ。つまり、端末番号と個人情報をリンクすれば、政府はいつ何時でもその個人がどこにいるのかを知ることができる。また遠隔操作も可能で、その遠隔操作を通じて個人が携帯端末を通じて行った通信の履歴を見ることができるのだ。
―――これはまるで、国民一人一人に監視員が付きまとっているのとほぼ同じってわけですね。自由なようで、全く自由がない。見えない牢獄にこのひとたちは入れられているわけなんですね。
政府はインターネットを通じて国民を監視する。だから、インターネットに関わる仕事は公務員の仕事になるのだ。エフィカ政府にとって、インターネットというのは国民を支配するのには欠かせないツールなのである。
最先端の技術が、国民から自由を奪うためのツールになっていることにバスティーニはむなしさを感じた。この技術を開発した人は、決してそんなつもりでしたわけではなかろうに、それを利用する、もしくは提供する者がそのようなツールへと変えてしまったのである。人々を便利に、楽しくさせるものが、人々を支配し、監視するものへと変わってしまう。同じような出来事は歴史上何度も起きているのに、同じ過ちをまた犯そうとしている。なんて人間はむなしい生き物なんだと、バスティーニは思ったのだった。
午前中の研修が終わり、お昼休憩になった時だった。
皆無言で席を立ち、カフェテリアに向かおうとしたその瞬間、ある者のスマートフォンが、けたたましい音を立てたのだ。
この音に全員が敏感に反応し、スマートフォンを出す。そして、1人が青ざめた顔をして立っているのをバスティーニは見た。
―――なぜ、あの男性はあんな顔を・・・?
2分後、オフィスに警察がやってきて、青ざめた顔をした男性は連行されていった。
それは、あっという間の出来事だった。
―――まさか、今朝カトリシア嬢が言っていた・・・
事態がつかめず、呆然としていたバスティーニに、隣のデスクに座っている男性が話しかけてきた。
「おい新入り、あんなのは初めて見たのか?」
「ええ、驚きました。まさか公務員も対象になるなんて。」
「容赦ねえからな、この国の警察はよ。ま、それだけ大統領様は自分の正体が知られることを怖れてるってことだな。その正体って何なのかはわからねえけど。」
「はあ。正体が明らかになるのがそんなにいやなことなんでしょうか?」
「どうだかね。ただ、一度も姿かたちを見たことのない大統領に国の政治をゆだねているのはあまりいい気分はしねえけどな。・・・おっと、これ以上話していると目つけられるかもしれねえからここまでだ。お前も気をつけろよ。」
「親切にありがとうございます。」
―――やはり、カトリシア嬢の話していた推測は正しいのでしょうか?
午後、カトリシアはパルカンと共にお昼ご飯を食べに旧市街へと出かけた。屋敷を空にするのははばかられるとパルカンは言ったのだが、2時間くらいなら大丈夫だろうとカトリシアが無理やり連れだしたのだ。
「本当に大丈夫か?何が起こるかわからんぞ。」
「大丈夫よ。内戦がおこっているわけじゃなし、軍務省の資料には、カフスランより治安がいいって書いてあったわ。カフスランよりいいなんてよく堂々と書くわね、軍務省も。思わず笑っちゃったわ!」
「そうか・・・。まあ、団長はそなたなわけだし、何かあったら責任取ってもらうからな。余は一応止めたからな。」
「わかってるわかってる!それより、図書館の一件を調べていた時に、おいしそうなお店があるのを見つけたのよ!早くいきましょ!」
パルカンはカトリシアにも女子らしい一面があるのだなと思いながら同行した。
旧市街に入ってすぐのところにそのお店があったのだが、パルカンはそのお店を見てびっくりした。
「おいしそうでしょ!」
「ああ、そうだが・・・ここは女子が来るようなところなのか?」
「そうよ、私これをたまに入れないと生きていけないわ!」
そう、そこは居酒屋であった。ちなみに、エフィカ・カフスラン共に12歳を超えれば飲酒することができる。
女子なら、おしゃれなバーとかに行きそうなものだが、カトリシアが連れてきたその店は、読者にわかりやすい表現でいえば「新橋にある、水曜日の帰りに疲れたサラリーマンが煙草ふかしながら1杯ビールをひっかけて帰るような雰囲気」の居酒屋であった。
「いらっしゃいませ。何名様で?」
「2名です。禁煙席とかってありますか?」
「奥にあります。お好きな席へどうぞ。」
席に座ると、パルカンがそっと耳打ちした。
「居酒屋は接客するのだな。」
「ええ、私も少し意外だったわ。」
そんな会話をしている所へ店員がやってくる。
「ご注文は?」
「生ビール中ジョッキで2つ、あと枝豆とから揚げちょうだい。あと、イカの軟骨も。」
―――完全おやじが選ぶようなものじゃないか!これを見たら恋する青年2人はさぞ気落ちするだろうな・・・。
そんなことを考えていたパルカンをよそに、カトリシアがパルカンに話しかける。
「ねえ、居酒屋に来るとみんな話しするのね。」
「そうだな、あれだけ寡黙な国民なのに、ここはすごく賑やかだな。」
「世界どこでも、お酒を飲むと陽気になるのは一緒なのかしら?」
「それだけなのか?何か別の理由があるのじゃないか?」
そんなことを話していると、店員がカトリシアの頼んだ「中年オヤジのビール飲み」セットがやってきた。
「じゃ、かんぱ~い!」
カトリシアがごくごくとビールを飲む。さすが、酒豪の父親を持つことだけあってその飲みっぷりは見事だ。
「っぷはー!うまいわ!」
―――完全おやじだな、こりゃ。
パルカンもビールを飲みながら、あのお嬢様口調の美少女が、ごくごくとジョッキ片手にビールを飲み、あのセリフをいう異様な光景を眺めていた。
しかし同時に、ビールを飲むためだけにここに来たわけではなさそうな感じを、なんとなく感じていたパルカンは、彼女が一体ここで何をしようとしているのかを考えた。
―――もしや、カトリシアは居酒屋では人々がにぎやかにしていることを知っていたのか?たしかこの店の前の通りはいつも買い物で通っていた道じゃなかったか?
そんなことを考えているうちに、カトリシアが店員を呼んでいる。彼女がもっているジョッキはすでに空だ。
「はい、ご注文ですか。」
「ええ、同じものを頼むわ。2つね。」
―――おいおい、まだ昼間だぞ。
若干パルカンは呆れた。と、その時だった。
「お嬢ちゃん、いい飲みっぷりだね~。エフィカの女はそのくらい飲むもんだよな~!」
「あら、おじさまもよくお飲みになるんじゃない?まだ昼間じゃない。」
―――いやそれこっちのセリフだよ!
「俺は今日仕事休みなんだよ。居酒屋じゃなければ騒げねーからな!今日はここで騒ぐって決めたんだ!」
「あら、家で騒げばいいじゃない?家族しかいないんだし。」
「ばかやろう!お嬢ちゃんみたいな寛容な女ばかりじゃあねえぞ!俺の相方なんてアル中男みたいにけなしてくるんだから!いつ家族に通報されるかもわからねえしよ!」
「通報って?警察に?まさか!」
「いつどこで見られてるかわからねえからな!」
「家族まで疑っているの?寂しいわね。」
すると、急にその男はカトリシアの隣の席に座り、静かにこういったのだ。
「寂しくなったよ、この国は。」
「以前はこうじゃなかったの?」
「今の大統領になる前は人付き合いの盛んな国だった。それが、4年前に大統領が就任してから寂しい国になったんだよ。」
「そうなの。」
「ああ、今じゃお互い疑いあう関係よ。この前なんて俺の隣の家のご主人が警察に捕まった。例の『黙示録』がらみのことで家族に通報されてよ。法律が厳しくなって、家族がかばったらその家族も一緒に逮捕されるようになったからな。図書館さえ焼かれなければこんなことにならなかったのに。」
「図書館ね・・・。」
「あれを焼いたのは誰なんだろうな?あれを焼けば『黙示録』は全部集められているから、これ以上取り締まりが厳しくならないって思ったやつがやったんだろうけどさ、リストを精査したらまだあと1冊回収していなかったなんて・・・。安易なことをしてくれたやつのおかげでこっちはいい迷惑だよ。・・・おい、店員さんよ!ビール!ジョッキ2つね!」
「『黙示録』・・・。」
「おー、早いね、美人さんがいると店の対応が早くて助かるわ!じゃあお嬢ちゃんよ、俺あっちのテーブルに行ってくるから、また後でな!」
「ええ、ありがとう。」
そういって男は席を離れた。
「パルカン。」
「ああ、しっかり聞いていた。そなたがここに来た目的は・・・。」
「ええ、もちろんビールを飲むためよ。今日のビールは各段においしいわ。想定以上の味だったわ。」
その後、カトリシアはビールを7杯飲んだ。しかし、ケロッとした顔をして店を出た。
「そなたはお酒に強いな。」
「私の父を知っているでしょ?ワインをボトル1本1人で飲んだってケロッとしている人よ。その娘をなめないでちょうだい。」
「それにしても、まさかこういう手段があったとは。さすがだ。」
「ええ、この国では、居酒屋は治外法権が適用されるの。その理由はわからないけど、お酒の席のことはその場かぎり、ってことなのかしらね。だから、情報が集まるんじゃないかと思ったのよ。そうしたら、案の定よ。」
2人は屋敷に戻った。屋敷の扉を閉め、食堂に座って、改めて居酒屋で得た情報を整理した。
「大統領に関する書籍っていうのは、『黙示録』と呼ばれるものだったのね。」
「物騒なタイトルだな。」
「ええ、穏やかではないわね。少なくとも、大統領に対して好意的な内容とは考えにくいわね。そして、その本の回収を図書館が請け負っていた。しかし、図書館が消失したことにより、取り締まりが厳しくなった。」
「もしかして図書館はそういった圧政の象徴とみられていたのかもしれんな。その圧政に対抗するために焼いたとか。」
「果たしてそうかしら?政府が国民への圧力を高めるための口実を自作自演した可能性もあるわ。」
「その大統領就任により、取り締まりが厳しくなったことも言っていたな。」
「不可侵条約が破棄されたのもその頃ね。今の大統領就任が、全てのきっかけだったってことね。」
「大統領について、『黙示録』について、今後調査する必要がありそうだな。」
10
夜。定例会議が開かれた。
カトリシアが居酒屋で得た情報、そしてバスティーニが職場で逮捕された者がいたことが報告された。
「目の前で逮捕されたのを見たときには驚きました。」
「そりゃそうだろ。かなり厳しく取り締まられているようだな。」
「『黙示録』ね。タイトルだけでも物騒な雰囲気のする書物ね。」
「つまりねみんな、一連の出来事の発端は4年前、現在の“姿かたちも知られていない”大統領が就任したことなの。カフスランとの不可侵条約が破棄されたのもほぼ同じタイミング。今後は、大統領について調査をしていくわよ。」
「でもよ、自国民すら知らない大統領の正体をどうやって暴くんだ?俺たちの中で政府に一番近いところにいるのはバスティーニってことになるけど・・・。」
「私の今の立場だと、そんなコアな情報に関わることはありませんね。」
「一度、軍務省に相談してみてはどうだ?現在の状況を報告し、今後どうすればいいのか相談した方がいい気がするぞ。」
「私たちだけでは判断しかねるところにある気がする。私も、一度指示を仰いだ方がいい気がするわ。」
「そうね。そうしましょう。」
「しかしさ」
カリウスがスマートフォンを取り出した。
「こんなちっぽけな機械にそんな驚く機能があったとはびっくりだぜ。科学の進歩もこんな方向に使われちゃあな。」
「寂しいですね。しかも間接的に自由を奪うなんて。なかなか卑怯なやり方だと思います。」
「この機械を、きっとそういう方向で使っていないところもあるんだろうな。便利なツールの一つとして、有効活用しているところが。」
「果たしてそうかしら。人間って愚かな動物だから、結局こういったツールもきちんと使いこなすことなく、メーカーの販売戦略に踊らされて、ろくでもない使い方をしているかもしれないわよ。自分からツールに縛られている気がするわ。」
「相変わらずカトリシアは夢のない考え方するのね。」
「夢を見るより、現実を見ることの方が大切だと思うわよ、フロリア。」
「とりあえず、今後のことは軍務省からの返信待ちってことでいいのでしょうか?」
「そうね。これ以上私たちで話していてもどうにもできないし、今日はもうお開きにしましょうか。」
こうして、方向性が定められた3日目が終わったのであった。