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カフスラン公国戦記「聖霊ベルテシャツァルの黙示録」  作者: 小鳥遊椎菜
第2章 エフィカの人たち
4/38

(2)揺れる価値観

4


 翌日。エフィカの内情調査初日である。

「じゃあ行ってくるな!留守番頼んだ!」

 まずはエフィカでの職を探すためにカリウス以下3名が旧市街にある求人紹介所へと出かけて行った。

「いってらっしゃい!」

 カトリシアはパルカンと共に3人を見送った。そして、自分の胸に手を当て、神に彼らの無事を祈った。


「どんな仕事があんのかな?」

「どうでしょうか。カフスランと比べるとかなりIT化が進んでいますからねエフィカは。IT関連のお仕事が多そうですね・・・ただ資格持っていないからな・・・」

「えーじゃあ私何がいいのかな?」

 そんな会話をしながら3人は求人紹介所に到着した。赤レンガの建物で、思った以上に小さい。中に入る。

「受付は・・・あれ?受付どこ?」フロアを見渡したが、受付係の人がいない。

「ありませんか、フロリアさん?」

「見当たらない。コンピューターしかないじゃない、ここ。掲示板みたいなのもないし。」

 フロアにはコンピューターがずらっと並んでいるだけ。人っ子一人いない。非常に殺風景だった。

「このパソコンをいじったらなんかわかるんじゃねぇか?」カリウスが一番手前のコンピューターの前に座り、操作する。それをのぞき込む2人。

 画面には<採用形態><業界><勤務地><勤務時間帯>などの項目が用意されており、それぞれの希望を入力できるようになっていた。

「<採用形態>は・・・アルバイトが無難かな。」

「そうね、まずはバイトの方がいいかも。」

「<業界>・・・お、これは選ぶんだな・・・。ん?」

「どうしました?」

「<共和国関係>って業界はどういう業界なんだ?」

「試しに入れてみたら。」

「そうしてみるか・・・あとは<勤務地>か・・・」

 一通り入力したところで<検索>ボタンをクリックする。すると表示されたのが・・・

≪共和国関係の業界を志望される方は、今ここで国家試験を受けていただきます。国家試験の所要時間は6時間です。受験する方は「次へ」を、受験されない方は「戻る」を押してください≫

「6時間の試験って・・・しかも今すぐかい。」

「すごいね。全部パソコンで済ませちゃうんだ。」

「おそらく、紙で問題を印刷して、試験監督を付けて・・・なんていうのが非効率だと考えているのでしょう。それに見てください、パソコンの画面の上。小型カメラがあります。試験中は不正をしていないか、これで監視しているのでしょう。」

「ひぇー、カフスランじゃ考えられねぇな。」

 そんなエフィカの公務員採用の仕方に一同が驚く。

「別にどんな人格の持ち主であろうと、能力さえ高ければそれでいいっていう考え方なのね、この国は。」

 あまりの価値観の違いに驚愕する。

 その後、各自コンピューターを使い求人情報を検索する。

「俺はこれにしようかな。」

「何にしたの?」

「配送の仕事。力仕事には自信あるし、宅配の時にそれぞれの家を訪問するだろ?この国の暮らしが見えるかなと思ってね。」

「なるほど、いい仕事ですね。フロリア殿はどの仕事にしたのですか?」

「私は薬局の販売のお仕事にした。スーパーとかの販売のお仕事はないのに、薬局だけはなぜかあるのよね。」

「バスティーニはどうすんだよ?」

「コンピューター管理のお仕事にしようかと。」

「お、お前まさか・・・6時間耐久の国家試験を・・・。」

 エフィカにおいて、コンピューター管理関係の仕事はすべて公務員の仕事とされていた。

「受けますよ。どうせなら、国家の内部に入ってみようかと。それに僕は数学が得意ですから。おそらくは問題ないかと。」

「確かにバスティーニの数学力はすごいからね・・・。頑張ってね。」

「そういやさ、俺とフロリアの仕事は国家試験ないじゃんか?面接とか受けに行くのか?」

「いや、私たちも適性検査、受けないといけないみたいよ。」

 各仕事の求人票の表示画面の下には、<採用選考受験>というボタンがある。これを押すと≪只今から、あなたがこの仕事をしてもいい人か判断するためのテストを行います。この場で受けてください。≫というメッセージが表示される。<次へ>を押すと、試験が始まる仕組みになっているようだ。

「なるほどな。では受けるとしますか!」

 3人は画面の指示通りに<採用選考>を受ける。バスティーニは集中したいからと少し離れた席に座って受験した。

 そして、3人が共通して思ったことがあった。それは

―――いくらアルバイトとはいえ、パソコン画面で受験する選考試験だけで採用の可否を決めるのか?

 ということだった。一般的には、アルバイトであっても面接試験というのは存在する。実際に自分が採用する人間がどういう人間なのかを知るために、直接その人物に会う。そして、そのときの感触や態度を見る。いくら能力があるものでも、職場の価値観や雰囲気に合わない性格の人間を採用し受け入れた場合、その職場の環境が悪化する可能性がある。それを避けるためにもその人の人となりは非常に重要なはずだ。しかし、ここエフィカではそういうことは一切しないようだった。公務員も、能力さえあればそれで構わないということなんだろうか。

 あまりの価値観の違いに驚きながらも、3人は淡々とした採用試験を受けた。

 6時間耐久レースに挑んでいるバスティーニ以外の2人の採用試験は1時間足らずで終了した。結果はどちらも<合格>であった。

 必要なオンライン手続きを行うので1時間ほどこの部屋で待て、という指示がパソコンから出されたため、その指示通り求人紹介所のラウンジで待機していた。

「どうだったよ、フロリア?」

「まずは言語理解度を測る試験を受け、その後は接客シミュレーションのようなものを受けさせられて、こういうお客さんが来た時はどう答えるべきかとかこういうトラブルが起きた時はどう対処すべきか、てのを答えたよ。そっちは?」

「言語理解度は一緒だな。シミュレーションはなくて、どれが割れ物かとかどれはどう扱うべきものか、とかを答える試験を受けたな。こんなんで本当に合否出るんだな。」

「完全能力しか見てないよね・・・。私たちの国じゃあ考えられない。学歴・性格、いろんなこと見られるってのに・・・。」


 3人が採用試験を受けている頃、留守番をしていたカトリシアとパルカンは家事の役割分担を決めていた。

「お互い従妹同士なのに、ずいぶんと身分には差があるわね。」

「確かに余は公爵の娘ではあるが、そなたもずいぶんと立派な家の娘ではないか。」

「でも、パルカンは将来国家元首なるじゃない。あなたが背負う物は非常に重たい物だと思うわよ。」

「そうか?確かに国民の頂点に立つわけだから担う責任は重いと思っているが、そなたは何百年と続く一家の伝統を担うわけだぞ。担う物が違うだけで、その重たさは変わらないだろう。」

「そうかしら?」

 そんな会話をしながら家事分担を決めていった。その結果、カトリシアが家事全般、パルカンがその手伝いという、果たして役割分担といえるのか疑問が残る割振りとなった。

 というのも・・・

「パルカンはご飯作ったことってあるのかしら?」

「料理か・・・パンを焼くとかか?」

「小麦粉をこねるところからやっていたの!?」

「小麦粉・・・?というと?」

「・・・温めただけなのね。じゃあ掃除はどうかしら?」

「掃除は・・・したことないな。」

 という具合で、カトリシアがこれじゃあ家事を任せられないと判断したためである。ただ、少し考えればパルカンは公爵の娘なのでやったこともないのは不思議ではないのだが、ここまでとは思っていなかった。

「申し訳ないな・・・。余も早くできるよう精進せねばならないな。」

「この騎士団に参加しなければその必要はなかったとは思うのだけどね・・・。」

「いやいや、よく考えれば今の余の状態では、何かあって使用人がいなくなったとき生きていけん。最低限の生活力は身に付けないとな。逆に、余にとってはたいへん貴重な機会だと思っている。」

「そう思ってくれると嬉しいわ!」

 そういいつつ、カトリシアは

―――確かに、いくらなんでもこのままでは生きていけないわね。

と心の中では思っていた。

「さて、とりあえず何をすればいいのだ?」

パルカンが、手伝いをせがむ幼稚園児の様に目を輝かせてカトリシアに尋ねる。

「そうね、まずは買い物に行きましょう。今、ここに何も食材とかないから。この屋敷を空けるわけにいかないから、パルカンはしばらく待ってほしいのだけど、いいかしら?」

「あっ、そ、そうだな。待っておる待っておる」

 いきなり待てと言われ戸惑うパルカン。しかし、はっと我に返り、自分が先走っていたことに気づく。

「では、留守番を頼みます。何かあれば、実力行使に出て構わないわ。」

「わかった、団長。そなたも気を付けて。」

 そう言って、カトリシアは買い物に出た。


 街中を歩きながら、カトリシアは妙な違和感を覚えていた。

 誰かに付けられているとか、見られているとか、そういうのではなく、何かが物足りない、何か淡白な気がしていた。カフスランと何か違うのだろうと考えていた。

 カトリシアは今、旧市街にある商店街に来ている。調理器具や掃除用具は既にあるため、食材を主に買おうと食品関係の商店街に来ていた。流通している通貨やエフィカの言語はカフスランと変わりないため、そういう面では何ら苦労はない。

 しばらく歩いて、カトリシアは何が足りないのかに気づいた。

―――この商店街、声がしないわね。妙に静かだわ。何故かしら?

 そう、八百屋や魚屋などのあらゆる商店から「いらっしゃい!」だとか「今日はこれが安いよ!」などといった声が聞こえないのだ。どのお店も、店先に商品が並べられているのみであり、客は自分の買うべき目的物にまっすぐ向かい、必要なものだけを買って帰るのだ。しかも、レジはセルフレジになっており、店員がいないのだ。

―――ここでは、お店には店員がいないのが当たり前なのね。さすがエフィカだわ。

 価値観の違いを、ありありと見せつけられたような気がした。


 夕方になった。求人紹介所で6時間耐久レースを耐えバスティーニは公務員の仕事に就くことが決まった。

「おめでとう!さすがだな!」

「ありがとうございます、みなさん。」

「じゃあ屋敷に戻ろうか。」

 3人は紹介所を出て、昨日から暮らし始めた屋敷へ帰り始めた。

「それにしてもさ」カリウスが口を開く。

「こんな<合格証>を渡せばそれでいいのか?」

「そう書いてあるんだからそうなんでしょ?」

「おそらくはこのバーコードに全ての情報が書かれているのではないですか?」

 バスティーニが言っているのは<合格証>の右上に印刷されているバーコードのことである。

「全ての情報って?」

「我々の氏名や誕生日・住所、そしてここで受けた試験の結果とかですよ。」

「なんか、うれしくないな。数字だけで判断されるって。」

「そうだね・・・。」

 3人の心の中には、何か物足りないような、何とも言い難い“歯がゆさ”が残った。


5


 夜の定例会議の時間になり、一同が食堂に集まった。

「では、今日の報告を。まずは求人紹介所に行った3人からいいかしら?」

 カトリシアが報告を求めるとバスティーニがそれに応えた。

「はい。私バスティーニ・カリウス・フロリアの3名は旧市街にある求人紹介所に行ってエフィカでの仕事を探しました。結果から申しますと、私は公務員としてコンピューター関連の仕事に、カリウスは配送のアルバイトに、フロリアは薬局の薬販売のアルバイトにそれぞれ合格し、就業することとなりました。」

「あら、おめでとう。・・・って、今日1日で採用が決まったのかしら。」

「その通りだ。俺たちは求人紹介所のパソコンで・・・」

 カリウスが、求人紹介所で受けた採用試験が具体的にどうだったのか、またそれに対して自分たちがどう思ったのかを報告した。

 一通りの報告を受けたカトリシアはそれを受け、3人が思いもがけない感想を述べた。

「なるほどね、“完全な平等主義”ってわけね。」

「おい!平等じゃねえだろ!例えば俺みたいな数学のできないやつがコンピューター関連の仕事をしたくても、試験だけで判断されるなら絶対受からないじゃねえか!」

「そんなことないわ。むしろ私たちが当たり前だと思っている採用方法の方がよっぽど不平等よ。」

「そんなことは・・・」

「よく考えてカリウス。人の性格は容易には変わらないわ。どんなに必死に努力しても変わらないもの。それに、面接を行うのも人よ。大きな組織の中の、ごく一部の人間が、完全に自己の主観を排することなくその人が仕事に向いているのか否かを判断するのよ。誰が面接官をやるのかによって結果は大きく左右される。“運”の一言で片づけてしまえば簡単な話だけど、実は一番不平等な選考方法なのよ。その点、試験だけで判断すれば完全な客観性が保たれるうえに、勉学に励めば結果を変えることができる。貴族であっても、平民であっても、条件は全く同じ。判断基準も同じ。非常に平等な方法だとは思わない?」

「でもよ、人柄も重要なファクターじゃねえか!」

「人柄がいいかどうかなんて、その相手がどう思うか否かで変わってくるでしょ?」

「どう変わるんだよ!」

「そうね、例えば非常に控えめな人がいたとしましょう。控えめな人の長所は何だと思う、カリウス?」

「長所か・・・そうだな、自分の欲を強引に通そうとしないから、協調性のある所か?」

「バスティーニはどうかしら?」

「私は指示通りに動いてくれるところでしょうか?」

「フロリアはどう思う?」

「えっと・・・暴力を振るわない?」

「パルカンはどう?」

「そうだな、落ち着きのある所だな。」

「では、それを踏まえた上で。もし自分が騎士団の団長で、自分が率いている団にその控えめな人が入団を希望したとしましょう。入団の可否はあなた個人で判断していいとした場合、カリウスはどうする?」

「俺はいやだな。士気が下がる気がする。確かに協調性はあるかもしれないが、戦場では積極的に相手に攻撃を仕掛けることが多い。そういうところで控えめにされちゃあ困るしな!」

「バスティーニは?」

「私ならメンバーに加えますね。確かにカリウスの言う通り積極性も重要です。しかし、控えるべき時もあります。冷静にいまどうすべきか、戦場では指揮官の指示に従えばいいだけではありません。自分の命を守るために引き下がるべき場面もありますから、控えめな考え方を持ったメンバーがいることは悪いことだとは思いません。」

「フロリアはどう?」

「私はバスティーニの意見に賛成!冷静に物事を見てくれる感じがする!」

「パルカンはどうかしら?」

「余は、今は控えめにすべきなのか、その逆にすべきなのか、その使い分けの判断ができるか否かで考えるな。控えめな性格が悪いとは思わない。」

「そう、4人それぞれの考えは違うでしょ。もし、その控えめな人がこの騎士団『サルビア』に入団したいと志願して、面接官がカリウスだったら不合格になり、バスティーニやフロリア、パルカンなら合格と結果が変わってきてしまうでしょ。控えめな性格はその人が育ってきた環境や遺伝によって形成されたもの。その人がどんなに努力をしたって、根本にあるその性格を変えることはできないし、その環境や遺伝子を選ぶこともできない。その変えることのできないもの、そして個々人で善し悪しが変わってきてしまうものを判断の基準にしてしまうのは、非常に不平等だとは思わない?」

「一理あるな。確かにそう考えれば不平等だ。それに身分というフィルターがかかると余計に不平等さが増すな。」

「そう。対して試験というのは結果が数字として、誰にでも同じ形ではっきり示される。80点の答案は誰が見たって80点よ。特に今回あなたたちが受けた試験はカフスランでいうマーク式試験に近かったはず。答えが複数あるものではなかったはずよ。そこには性格も身分も関係ない。努力をすれば誰だって合格点に到達できる。非常に平等だとは思わない?」

 カトリシアの理論的な話には誰も反論できなかった。

「そしたら、お前はこのエフィカのシステムをよいと思うのか?」

 カリウスが尋ねる。

「そうね、非常に合理的だと思うわ。」

「それはどうして?」

 フロリアが首をかしげる。

「例えば・・・ちょっとパルカンを例に使って構わないかしら?」

「構わんぞ」

「ありがとう。例えばよ、例えばパルカンが将来公爵としてカフスランを支配するのに足らない人間だとした場合を考えてみて。今のカフスランのやり方だと、パルカンはカフスラン家に生まれた以上、公爵の地位を受け継がなければならない。公爵に向かない性格を持ち合わせたまま。そして、パルカン以外に公爵になるチャンスは与えられないわ。でももし公爵を公選や試験で選ぶとしたら?家柄や身分に関係なく全員に、平等にそのチャンスが与えられる。平等にチャンスが与えられるうえにふさわしい素質を持った人間が支配者となる。非常に合理的だと思うわ。」

「なるほど、そなたが言いたいことはよくわかる。それに、その家に生まれたがために、いやいやその地位を受け継ぐ者もおるしな。自分でもふさわしくないことはわかっていて、その地位にあることを良しとしていない者が。」

 パルカンが同意する。

「ええ、このシステムなら、そういう不幸を背負う人は減ると思うわ。」

「それって冷たくない?薄情な気もするけど・・・。」

 メンバーはあくまでエフィカの価値観を“悪”と捉える―もっといえば“悪”と思い込もうとしているようにカトリシアには見えた。

「みんな勘違いしているかもしれないけど、私はあくまでエフィカのこのやり方が“合理的”といっただけよ。よいとは言っていないわ。」

 パルカン以外のメンバーの顔がきょとんとする。

「私はあくまで、エフィカの人々がなぜこの価値観の下で動いているのかを説明したまで。その価値観が非常に合理的であることを言ったまでだわ。この価値観がいいのか悪いのかは個々人で変わってくると思う。この国の人たちはこの価値観を良しとした。だから、みんなこの国で暮らしているわけじゃない。」

「じゃあ結局カトリシアはどう思うんだよ?このエフィカの価値観を良しとするのか?」

「カリウス、私たちはこの価値観の善し悪しを判断しに来たわけじゃないでしょ?私たちの目的はエフィカの内情を探ること。エフィカの国が今どうなっていて、どういう国民がいて、どういう国家元首がいるのか、どういうシステムで動いているのかを探りに来たのよ。目的を忘れてはいけないわ。」

「でもよ、間違っていると思わないのか?点数だけで人を判断するのは間違っているとはお前は思わないのか!?お前は心の冷たい人間なのか!?」

 “心の冷たい人間”という言葉に、カトリシアの体がビクッと反応する。でもすぐにカトリシアはこういった。

「もう一度言うわ。私たちはあくまでエフィカの現状を知りに来た。エフィカの考えが間違っているか否かを判断する立場にないのよ。そこは絶対に忘れないで。」

「でも・・・でも・・・」

「別に私たちはエフィカに正義の味方をしに来たわけじゃない。エフィカの価値観を知りに来たの。ただそれだけよ。」

「―――」

 沈黙が、食堂を支配した。

 しばらく間をおいて、カトリシアは言った。

「3人ともご苦労様。報告ありがとう。エフィカの人々の価値観を労働の面から知ることができたわ。明日からは、各自就業先で任務に励んでほしい。エフィカの人々にじかに触れて、そこからわかったことをまた報告してちょうだい。念のためもう一度言うけど、私たちは正義の味方をしに来たわけじゃない。あくまで内情を知りに来ただけ。その内情を知るための手段として就労するわけ。そこは絶対に忘れないで。いいわね?」

「わかりました。心得ます。」

「私も気を付ける。」

 バスティーニとフロリアが返事をする。カリウスは黙ってうなずいただけだった。

「ありがとう。ではまた明日よろしく。今日はもう寝ましょうか。」

こうして、初回の会議は少し重い空気に包まれて終ったのだった。


 会議の後、カトリシアは一人トイレに入り、さっきカリウスに言われた言葉を思い出し、苦しんでいた。

―――でもよ、間違っていると思わないのか?点数だけで人を判断するのは間違っているとはお前は思わないのか!?お前は心の冷たい人間なのか!?

 ぐさっときた。任務だから、私はスパイとして入っているわけなのだから。感情を入れずに、ただ単にエフィカの現状を探る。エフィカの状況を知る。それが自分に与えられた任務なのだから。それ以上のことは考えてはいけない。

 でも、エフィカの行き過ぎた合理性に恐怖を覚えたのも事実である。買い物に出かけたときに感じた大きな違和感。人々が会話もせず、わき目もふらず目的の商品に直行する。一寸の無駄もない動き。一寸の無駄のない店内。必要最低限の行動、必要最低限の道具・サービスのみを提供する。まさに徹底的に合理化された社会であった。今、私の隣を歩いているこの人には果たして感情があるのだろうかと思ってしまうほど無表情に、無駄のない動きをする。

 息が詰まりそうなくらいの、完璧な合理的社会であった。

―――私だっていやよ!だけど、任務だもの。任務を遂行するためには、エフィカの人々になれないといけない。この人たちの価値観・考えを一つでも多く知って、母国に報告しなければならない。私にはその善し悪しを判断する必要もないし義務もない。ただ淡々と、その事実を知り、報告すればいいだけなのよ!

 そう割り切って、到底受け入れがたい考えを受け入れ、また考えを知るためにエフィカの人々の暮らしを感じなければならないと思っていた。

 その価値観で動いている人に対して、可哀想だとか思う必要はない。自分はただ・・・

―――こうして割り切って行動ができる私は、カリウスが言う通り冷たい人間なのかしら・・・もしかしてお父様は、私が冷徹な人間であることを私に突きつけるためにエフィカに・・・

 悲しかった。自分が冷静な人間であるとは思っていたが、冷たい人間であるとは思っていなかった。

 カトリシアは、割り切れることは軍人にとっては絶対に必要なことだと思っていた。目の前の敵を殺さなければならない。戦場はそういうところである。目の前の人が可哀想だからと、殺すのを躊躇していたら自分が殺されてしまう。だから、軍人は割り切って行動できなければならないと思っていた。

 でも今の自分はどうだろう?割り切って行動している自分と、そうでない自分が混在している。エフィカの徹底した合理主義を受け入れようとしている自分と、それをすごく拒否している自分の両方が混在、いやせめぎ合っているのだ。葛藤である。つらい。どっちの自分も本物だ。

 カトリシアは、自分が引き裂かれるような思いがした。真っ二つに自分が分裂している。しかも、皆の前で見せなければならない自分を「冷たい人間」と称されてしまった。どうしたらいいのか。

―――こんな程度のことで苦しんでいるようじゃ、私もまだまだ軍人としての鍛錬が足りないわね・・・。でも初日でこれじゃ、私これから耐えられるのだろうか・・・指揮官として、私はこの名誉ある騎士団を指揮できるのかしら・・・お父様はいったい何を考えて私をこの立場に立たせたのですか・・・?

 カトリシアは1時間以上トイレで考え込んでいた。

 トイレの外では、フロリアがずっと部屋に戻ってこないカトリシアを心配して「カトリシア!大丈夫?」と声をかけていたのだが、そのフロリアの声は、考え込んでしまったカトリシアには届いていなかった。


 こうして、騎士団『サルビア』の活動初日は終わったのだった。


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