-参-
――真実は時に美しくも時に残酷だ。
岩手県の某市某村。私はここで生まれ育った。ここより南西の大都心に居場所を求めさまよったが、ここに帰ってきた。その理由は明白だ。私の人生に亡霊となって現れる親友、東郷美里との決着をつける為に。勿論どう戦い、どう彼女を葬ればいいのかなんて分からない。今の私にできるのはただ真相を追求する事。ただそれだけだ。
実はこれまでに数多くの寺を巡り、除霊という除霊は何度もしてきた。しかし胡散臭い厄払いで私の不安は消えない。今なおも得体の知れない恐怖に包まれていた。結果的に私のとる行動は“彼女と向き合う”ことに他ならなかった。
私は十何年振りに美里の家を訪れた。そこに美里の父親が一人いた。私の記憶以上に古びた家にあれからずっと一人でいるらしい。彼から私に話しかけてきた。
「なんだぁ、おめぇ。今更来たって美里はいねぇど」
「はい……わかっています。でも写真とか遺品とか何かあればと思って」
「何かあれば? かぁ~っ! ふざけんじゃねぇ! 今の今になってあるかっ!」
「すいません。烏滸がましいのは百も承知です。でも私には罪の意識があって……」
「罪の意識?」
「あの日彼女を救えなかったのは私のせいだと、夜うなされて寝られなくて……」
「……」
「迷惑なら帰ります。でも差支えないなら、私に何かさせて貰えませんか?」
「なんだぁ? 罪滅ぼしにとでも言うのかぁ?」
「ええ。はた迷惑かもしれませんがね」
「まぁ、仕事がねぇってことはねぇだ……」
「仕事?」
美里の義理の父親である権蔵は家近くにある畑を指さした。私は「ああ!」と笑顔で快く手伝う意欲を示してみせた。私は東郷家に潜入できるようになった。
私は仕事が休みの週末に権蔵の手伝いをしに東郷家へ通うようになった。無論ただ働きだ。最初はとても不愛想だった彼だが、次第に心を通わすようになった。やがて私は衝撃の事実を次々と知った。
権蔵の苗字は佐々木。私は美里が家族の反対を押し切って旧名を名乗っていた事を驚いた。学校で佐々木と名乗った事はなく、常に東郷と自ら名乗っていたし、誰もがそう呼んでいた。余程家族のことを嫌っていたのか? 権蔵に何度尋ねても「知らねぇんだ。いっそ口をきく子でなかったから」ととぼけてみせるばかりだ。もちろん暴力の件に関しても完全に否定している。一体何が彼女の人格を曲げさせたのか全くわからない。また美里が亡くなって数年後、彼女の母と弟は交通事故によって亡くなったと言う。権蔵の運転する車のフロントガラスに何かがぶつかり、ハンドルを急にきってしまって大事故を起こしたとのことだ。権蔵は九死に一生を得たが、同乗した2人は即死だったらしい。私は忌まわしい記憶を思い出した。まるであの時と同じ状況ではないか。
「誰も信じちゃくんねぇが、車にぶつかってきたもの……あれは化物になった美里のようだったな。まぁ~誰にも話しちゃいないが、あの顔はオラ達を確かに殺そうとしていた」
「…………」
「すまねぇ。気味が悪いこと話したな。あれからオラは仕事を辞めた。今はもうただの文無しだ。人生とはわけわかんねぇものさ。オラもおめぇも呪われているのかもしれないな。美里に」
「やめてくださいよ。縁起でもない」
「すまねぇ。すまねぇ。おう、今日はここまでだ。風呂焚くから入ってくか?」
「やめてくださいよ。もうっ……私は帰りますね」
佐々木権蔵の家に通い続けて1ヵ月、そこにきて権蔵の交通事故の話を聴けるようになった。その一方で「風呂に入らないか?」と畑仕事を終える度に言ってくるようになった。最初は冗談だろうと思っていたが、今日は断ると舌打ちしてきた。どうやらまともな神経の男ではない。かなりワケありの人物には違いなさそうだ。これ以上付き纏うのは止した方がいいのかもしれない。事故以降は本人の所持品以外の物は全て捨ててしまったらしい。家の中に何度か入ったが、生活用品のゴミに溢れており、美里の遺品という遺品は一つも見当たらなかった。
ただ一部屋だけ「入るな! そこには入るんじゃねぇ!」と怒鳴ってきた箇所があった。本人曰く先祖代々置いてきた仏壇があるのだとか。まぁ、嘘に決まっている。しかしわざわざ詮索したいとも思わない。
「呪いかぁ」
私は自宅の浴槽に浸かりながらぼやいた。
翌日、私はパートの仕事をしている八百屋に向かった。その手前で警察の男に話をかけられた。
「西郷朱美さんで間違いないですか?」
「はい」
「失礼、こういうものです。少しお尋ねしたいことがあります。ちょっといい?」
「!?」
「ここのところ佐々木権蔵の家に通われているみたいですが、それは間違いないですか?」
「はい。週2回ほど。それがどうかしました?」
「実はね、佐々木氏に盗難の容疑がかかっているのですよ。それで貴女にも何か聞けたらと思いましてね……」
「盗難容疑!?」
「知らなかったの? 今この村じゃ話題になっていると聞いているのにね。擁護はしない方がいい。貴女何故あの男の家に行っているの?」
「私は……昔亡くなった親友のことを知ろうと思って行っているだけです」
「うむ、それは東郷美里さんのことかね?」
「はい。御存じなのですか?」
「勿論。あの男は家族の死を機におかしな行動をとるようになったからね」
「おかしな行動?」
「下着の泥棒だよ」
「!?」
「特にここ最近は顕著だ。おうちで大人しく畑仕事してればいいものを」
「そんな……」
「これは忠告だが、アンタもう行かない方がいいぞ。何が起きるかわかったものじゃない」
警察の男はそう言い残して私の目の前を去った。私は言葉を失った。
「朱美ちゃん、どうかしたの?」
「いえ、どうもしてないです。高校の同級生の親とばったり会って……」
心配して八百屋の婦人店主が出てきた。ここに戻ってくるまでほぼ所縁のないおばさんだ。私は嘘をつくしかなかった。今ここでまた話題となってしまってはこの村に居続けることは難しくなる。私は決断をするしかなかった。
この週末の金曜日、私は佐々木家の最後の訪問をすると決めた。
今日、雨に風に雷が強い。来週に延期してもいいが、私は佐々木権蔵の家へと向かった。こんな日だからこそ彼女と会えるような気がしてならなかった。私も彼も彼女に呪われた身。何が起きたって覚悟はできている。
雨の日は基本的に訪問しなかったが、今日は訪ねた。意外にも権蔵は嫌がらず「ようこそ!」と私を迎え入れた。ごく当然のように「お風呂に入らないか?」と誘いもしたが、私は毅然と断わった。チャンスがいくらでもあると思っているのだろう。少し残念な顔をしたのみだった。
居間にて出されたお茶を啜る。ここに来るのは今日が最後だ。どうせ美里の話なんてするつもりはないのだろう。私は最後に一つ確認だけをしようと思った。
権蔵が外へ出た。千載一遇のチャンスだ。私はこっそりと居間を出て、2階へ上がった。そして権蔵から立ち入り禁止を言われつけた部屋の扉をそっと開いた。
「何これ」
狭い物置のようなお部屋。そこあったのは女性用下着の山だった。特に中高生が着用するような物がその多数を占めていた。その多数のほとんどが私の見た事のある物だった。まさか……いや、まさかではない。美里が悩み苦しんでいた諸悪の根源が遂にハッキリとわかった。彼女は義父から暴力を受けていたのではない。義父の異常な悪趣味の脅威に晒されていたのだ。
「見たなぁ」
振り向くとそこに鬼の顔した権蔵が迫っていた。右手には包丁を持っている。私は「ひっ!」と驚きながらも、権蔵の顔を押し出し、階段から彼を落下させた。続けざまに階段を急いで降り、権蔵を踏みつけて大雨の降る外へと脱出した。
降り注ぐ雨に風に雷、私は権蔵の所有する畑の中心部で転んでしまった。起き上がろうとした時、鬼と化した権蔵がのしかかってきた。馬乗りの状態になり、私はなす術を無くした。凶器を持った権蔵はいやらしい表情で理不尽な勝利宣言をしてきた。
「罪滅ぼしだぁ? おめぇ本当にそんな気あるのか? あるなら体を張ってみせろ! そうすらぁ、おめぇのこと認めてやってもいいってものだ!!」
私は必至で抵抗した。私の抵抗によって彼を後ろに倒すことに成功した。再び私は立ち上がり、逃げようと権蔵の方を振り向いた。
そこに後ろ姿のアイツがいた。奴は倒れている権蔵の眼前に立っていた。
「ま……までっ……た、頼む…………殺さないでくんれぇ!!」
権蔵の断末魔が鼓膜に響いた次の瞬間、私の目の前で激しい閃光が走った。
雷は止み、風も雨も弱まった。
目を開ける。そこに全身腫れあがった無残な権蔵の姿があった。そのすぐ傍に合羽を着た美里がいた。妖怪ではない。あの日あの時に死に別れた生前の美里だ。美里は私にそっと微笑み、両手を広げてみせた。
「美里……!」
私は美里に駆け寄って彼女と抱擁を交わした。その瞬間、お腹に激しい痛みを感じた。美里の穏やかな表情は冷たく虚ろなものへと変わっていた。痛みが止まらない。次第にドクドクと何かが流れ落ちる感じがする。
「え?」
下を向くと私の足元は流れ落ちる血で汚されていた。私の血だ。どうしてだ? 何でこんな事になったのだ? 私は刃物を持つ美里をもう一度見た。これは権蔵の持っていた包丁だ。そして彼女は涙を流し、掠れた機械音のような声で私に話をしかけてきた。
『どうして? どうして私に殺させたのよ? どうして本田君を殺させたの?』
「こ、殺さ……せた……? 貴女が……やった……事なのでしょ?」
『ふざけないで!!』
「ああああっっ!?」
再びお腹に激痛が走る。もう何が何だかわからなくなった。彼女の言葉は私を謎の深まる闇の底へと引きずりこんでいった。
「どうして私を殺したの?」
美里はそう言うと、私の腹に刺さっている包丁を引き抜き、私の側を離れた。その瞳の涙は枯れ、空を見上げ始めた。私は激痛とともに血塗られた地面に体を倒した。雨がやみ、吹き荒れていた風も治まった。雲の切れ間から陽射しが射しこむ。溢れる光とともに彼女は消え、空に虹がかかった。
私は死にたくなどない。死んでたまるものか。まだ何も満たされてないのだ。のたうち回りながらも助けを求めた。しかし私の望みに反して私の意識は薄らいでいく。人々の騒めく声が聴こえる。でも私の閉じた目はもう開くことはない。
――ああ。これはなんと酷い話なのだろう。
A・)続きます。これで終わらないのです。さぁ、真実のクライマックスへ。




