2.チャラ系攻略対象のフラグを折ろうと頑張った幼少時代
あれから一年半が過ぎ、アタシはもうすぐ六歳になる。
ルーベライトは、シエルと同い年だったはず。
だから年齢の計算もしやすい。
そして彼が才能の片鱗を見せ始めるのは四歳から五歳の間。
兄よりも秀でた才能を持っているからと両親、兄からまず精神的に虐げられてくる。
時々肉体的なものも。
そこから反応しなくなってネグレクトが始まる。
そんな環境なものだから、使用人からも優しくはされない。
…誰だって自分の身は可愛いからだ。
一般庶民として自由な子供時代を過ごしているアタシの方が幸せなんじゃないかと思うほど、アイツの家庭環境は酷い。
…一般庶民の生活の方は、中世ヨーロッパのものとは少し違うからだ。
現代ヨーロッパ寄りかもしれない。
「…よしっ」
親の目を盗んで、ついでに教会の学校をサボって、アタシは森に急いだ。
薄暗くて、静かな森は決して人間を歓迎しているとは言えない雰囲気だ。
だけど、そんなものに怯んで、人一人が歪むか歪まないかの運命を変えられるか。
音の変化を頼りにしてしばらく進んでいくと、大きな屋敷が見える。
あそこか。
「…広っ」
庭なんだろうけど、滅茶苦茶広い。
自給自足の家庭菜園してるアタシの家の庭…ってか敷地より断然広い。
「だ、れ…?」
「え」
顔を向けると、そこにはちょうどゲームでのルーベライトをちっちゃくしてあどけない顔立ちにしたような男の子がいた。
ただし、目元は真っ赤で、顔に涙の跡がいくつもあるけど。
「えーっと…」
「なんで、ここに…っ?」
「あのー、森から…?」
「もり…?」
「あそこの、森だけど」
…?
もしかして森が何を示すのかが分かってない?!
アタシの周りの子たちだって、森に近づいちゃいけないって言われたらあの森だって分かるのに…。
「そう、森から来たの」
「……」
さて、どこから話そうかと逡巡していると、聞こえてくる足音。
「…っ!」
「ヤバッ…」
見つかったらただじゃ済まないと思って、走って森に退散する。
…森から帰った時?
学校サボって森に行ったことをしこたま怒られましたとも。
それでも心配して探してくれた、両親や先生、友達の親には申し訳なかった。
特に、父さん、母さん。あなたたちの娘は、またやらかします。
次に森に行けたのは、学校もない休日。
教会でやっている学校だから、ミサの日はお休みだ。
…うち、無宗教なんだけどよく学校の方には受け入れてもらえたな。
また、森から屋敷に抜けた。
「!…この前の…」
「こんにちは。この前は驚かせてごめんなさい。アタシは…」
「ルーベライト坊っちゃん、いるのですか」
冷たい声。
…こっちに来る。
「ああもう…これにて御免っ!」
「あ…っ!」
覚えたての幻覚魔法で姿を消して、森へ逃げる。
…この逃走は、あの声の人に見つかったらアタシも彼もただじゃすまないと判断したからだ。
だってあの声、子供を心配する割にはあまりにも冷たすぎる。
思ってたより、状況は悪いのかもしれない。
今度は逃げない覚悟で行った方がいいか…?
次のチャンスが来るまで、アタシは猛勉強した。
大人でも読まないような魔法の本を読みあさって、何があっても対処できるようにしたかったからだ。
「そういえば、クォーツ家の奥様、またご懐妊されたそうですよ」
図書館に入り浸っていたアタシの耳に飛び込んできたのはそんな会話。
…クォーツ家は、ルーベライトの家名だ。
確かクォーツは石英だから、こっちも宝石からとられた名前。
ご懐妊ってことは…弟が生まれるってことだから…やばいな、急がないと。
「あ…っ!」
森を抜けて数歩踏み出したところで、既にルーベライトと出くわした。
「こっち、早く来て」
「え?!」
ルーベライトに手を引かれて、どんどん屋敷の奥に入っていく。
不思議と誰とも出くわさない。
あっという間に部屋に通されて、ルーベライトと向き合う形になる。
「森の妖精さんの名前が知りたかったんだ。教えてくれる…?」
「よ、妖精っ?!」
「だって、森には妖精が住んでるんでしょ?君も妖精なんじゃないの?」
「アタシは…ただの人間だよ」
ってか妖精って…童話のファンシーな方を言ってるのか、ホントに住んでるモンスターを言ってるのか…。
「そうなの?」
「シエル・セラシス。森の向こうの町に住んでるの」
「…ボクは、ルーベライト…」
苗字を名乗りたがらない。
相当家名を嫌がってるのかな。
「ルーベライトね。よろしく」
「う、うんっ…シエルは、どうしてここに来たの…?」
「えっと…」
君の運命を変えに、なんてどんな危ない宗教にハマってんだって話だしな…。
「初めて会った時は、森で迷ったからなんだけど…この前のは、キミが泣いてて気になったから。今日も、同じだけど」
「…泣いてたから…?」
「そうだよ。笑った顔が見てみたいなって」
「……そんなこと、初めて言われたよ…?」
「……」
そこまで酷いのか、この家の人間は。
妾なんていないから、普通に実子だろうに…。
「ど、どうしたの…?大丈夫…?」
「よーっし…いつか絶対アタシがルーを笑わせてやるから!」
「ルー…?」
「ルーベライトだから、ルー」
「…う、うん…」
アタシの勢いに押されたルーベライトは、きょとんとしていた。
「…そろそろ帰らないとな…」
日の傾きで、だんだん森を抜けなきゃいけない時間が分かるようになってきた。
「もう、行っちゃうの…?」
「うん、もう行かないと、怒られてここに来れなくなっちゃうから」
「そっか…また、来てね、シエル…」
少しだけ広角を上げたルーベライト。
まだぎこちないけど、笑ってくれただけでも嬉しい。
「うんっ、もちろん!」
帰りは、ショートカットで窓から飛び降りた。
何故かは知らないけど、アタシの身体能力は飛躍的にアップしていたから、二階から飛び降りるくらいなら簡単に出来る。
それから、何度もルーベライトの部屋で一緒に過ごした。
それだけのことでも楽しそうにしてくれるから、アタシはそれでも満足だった。
状況が大きく変わったのは、少し早めに森を抜けて帰ってきた時。
「あーっ、シエルまたお前森に行っただろー」
「うわっ」
声をかけてきたのは、教会学校に通い始めた時に出会った、同い年のヘリオドール。
明るくて、いつも太陽のように笑うコイツは、意外と気が合う男の子だ。
「いいよなー、うちなんて……」
「どうしたの?」
変な顔で固まったヘリオドールの視線はアタシの後ろ。
「…ルー?!」
そう。
そこには森を抜けるアタシについてきたであろうルーベライトが立っていた。