1.従者に転生したのでまだ見ぬヒロインの苦労フラグを折ろうと思う。
アタシ、こと染井由乃は、二十代半ばという時期に死亡し、その人生の幕を閉じた。
真っ暗な、だけど暖かい闇を感じていたら、急に明るいところに出た。
それが、前世の記憶を持って転生したということを自覚した最初の瞬間。
つまりは赤ちゃんプレイという羞恥プレイをしなければならなかったわけで、最初の数年は地獄だった。
(さて、どうしたものか)
自分が、前世でプレイした乙女ゲームに登場する悪役系ライバル、フローラ何たらの従者、シエル・セラシスに成り代わったのは分かっていた。
けれど、前世のアタシの親友で、何とびっくり死んだのも同時の松波牡丹に無理矢理押し付けられたゲームだったものだから、自分がプレイして印象深いものしか覚えてなかった。
シエルのことも印象は薄くて、ただのモブに近い扱いだったからよく覚えてない。
…死亡フラグはなかった気がするんだよな…と、そんな程度だ。
それよりもよく覚えているのは、攻略対象の一人、ルーベライトのこと。
…変な名前?攻略対象の名前が宝石の名前だったんだからしょうがないでしょう。
ポピュラーなものはほとんどなかった気がする。
あっても別名にしてあったりとか。
おっといけない。
アタシは昔から話がズレて結論を先延ばしにしやすいから気を付けないと。
そのルーベライトは、攻略対象中最もエグい過去をもつ青年だった。
二次元から三次元までの間なら興味が多かったアタシは声優も好きで、ルーベライトの声優は、アタシがかなり好きな声優だった。
…だから、事前に調べたりもせずに攻略したんだけど、そうしたらまぁ、エグい。
かけられる甘い言葉の裏には過去からくる女性への、むしろ人間への憎しみがあって、彼のルートはその憎しみを取り除いて、本当の愛を教えるという、年齢制限はだいたいこいつのせいだろと言いたくなるルートだった。
他はスチル集めのためにスキップ駆使してたからよく分からないけど、選択肢を見ていた限りでは、恋愛よりもカウンセリング要素の方が強い一度やるだけで疲れるルートはルーベライト一人だったと思う。
仮にもこの世界が乙女ゲームの世界なら、いつかはヒロインが現れる。
それでもし彼を攻略することになったらかなり苦労するだろう。
ネット小説によくあった転生者だとしても、そうじゃないとしても、あれはエグい。
だから、一肌脱いで、せめてただのチャラ系攻略対象に変身させてやろうとアタシは決意した。
差し当たっての問題は、ルーベライトの実家が貴族家だということ。
この世界の貴族制度は中世ヨーロッパの形式だったはずだけど、その階級とか細かいことは忘れた。
ともかく、一般庶民のアタシが普通に会うことは叶わない相手だ。
だったら、彼の屋敷にある森を使う。
その森はとても広く、町外れの方にも入り口がある。
そこから入り込めれば…会うことくらいは出来るかもしれない。
…ただその後がなぁ…。
一人でも、彼に愛情を与えられる人間を探すか、アタシが友達という形で友愛の意を示し続けるか。
人間恐怖症が人間嫌いに発展するまでの十数年が勝負。
早めに行動を開始しないといけない。
「こらシエル、どこに行くの」
…とはいえ四歳で動くのは早すぎたか。