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相羽総合サービス業務日誌3  作者: 笠平
プロジェクトマネージャー・小畑憲 篇
7/11

Ⅶ・激動!入社式 ~ラストバトル再び?~

「ケン、ネクタイは苦しくないか?」

「お父さんってば、ケンも子供じゃないのよー」

「先輩……、やっぱり何度見てもスーツ姿素敵ですぅ」


 4/1朝の小畑家はいつも以上に賑わっていた。

 一週間前、大量に用意された真新しいビジネススーツの着方も、色とりどりに用意されたネクタイの締め方も全く分からなかった小畑であったが、ここ1週間毎日両親と麻衣子にレクチャーして貰い、ようやく様になってきたばかりである。特にネクタイの結びについて懇切丁寧に指導してくれた父親には頭が上がらない。


「さて、そろそろ時間です。参りましょう」


 麻衣子の呼びかけに小畑は明るく応じる。


「うん、そうだね。行こうか!」


「ケン……しっかりやるんだよ。マイコちゃんもバカ息子の事これからも宜しくね」

「わかりましたわ、お母様」

「うむ。ケンが一人前になるのもすぐだろう。キミらの会社には申し訳ないが次は早々に孫の報告でも聞かせておくれ」

「もう、ふふふ、お父様ったらー」


 親バカ丸出しの両親に見送られ、初出勤の小畑は家から一歩進み出した。この一歩により、小畑憲の長い長いニート生活が本当に幕を閉じたのである。

 その様子を隣から覗いていた沙希。前を歩く2人には声をかけないまま感慨深い様子でじっと見守っていた。



◇◆◆◆◆◆



「じゃあ、ワタクシはここで。会社の中では上司と部下、公私混同にはくれぐれ気を付けましょうねぇ、ケインさんの素養がこんなことくらいで疑われるのは我慢なりませんよぉ」

「ありがとうマイ。うん、大丈夫だよ。僕も気を付けるし、どういう意味なのかも理解できるから」

「なら安心です。では後程お会いしましょう」

「うん、また後でね」


 池袋東口の中央改札を抜け、ここで一端小畑と麻衣子は別行動を取った。

 小畑は地下を直進し、麻衣子は地上に出て横断歩道を渡ってから目的地を目指す。

 多くの同僚が通る道でもある、どこに目があるか分からないし、初出勤から男女二人連れで歩くのは対外的にリスクが大きいと判断した麻衣子の提案である。


 しかし麻衣子の想像以上に、小畑の方向音痴は酷いものであった。


「……えーと、それにしても広いなぁ。こんなにたくさんの人がいるなんて。確か……地図によると、えーとサンシャイン通りへ向かうには有楽町線方面へ――」

「待ちなさいコラ、バカ、そっちじゃなくてこっちの丸の内の改札が見える方面だってば!」


 見るに見かねた沙希が突然後ろから声をかけてきた。


「サ、サキ?!」

「何驚いた顔してんのよ、家が隣なんだからそりゃ電車の時間くらい被るでしょうよ。さ、早く来なさい」


 いつも通り不機嫌そうな顔を浮かべ、小畑を誘導しようとする沙希。

 正直遭難しかけていた現状である、非常にありがたい話でもあった。だが小畑にとって初めて体験する朝の通勤ラッシュである。人混みに流されとてもその指示に着いていけそうにはない。


「えぇぇい、しょうがないわね、ホント!」


 沙希は小畑の左手を取ると力強く引っ張りながら直進していった。

 小畑の目には迷路のような地下街だったが、何の迷いもなく突き進んでいく。

 

「いたたたたたたた、痛いよ、サキ」

「我慢なさい、男でしょ!」


 そして中央口東端の35番エスカレーター前に辿り着いた頃の事だ。

 沙希は隣から機嫌が良さそうな雰囲気の男性に声を掛けられた。


「おはよう、平井君」

「ぇ?――はっ、おはようございます長峰本部長!」

「うーん、本部長……良い響きだね~」


 沙希へ声をかけたのは薄い頭とたれ目が特徴的な中年男性。つい先日の組織改編で、ライバルと競った出世レースに勝ち残り、人事部長から管理本部長へ上り詰めた男、長峰敏郎だった。


「ところで平井君……確かそっちの彼は先日中途採用した……小畑君……だったかな?」


 長峰本部長は手と手をがっちり握りしめた2人を目にしながら確認をした。


「は、はい……そうですが」

「ふむ……ははは若くて結構。なぁに通勤途中の出来事だ、ワシは何も見なかったことにしておこう。存分に愛を深めたまえ、ははははは」

「ちょ、本部ちょ――」


 人混みの中、今更手を離すわけにもいかない。軽やかな足取りで長峰本部長はエスカレーターを進んでいった。


「あの、……サキ?」

「ぁあああああ、黙れ! アンタに今口を開く権利は一切ない!」


 ここからサンシャイン通りを抜けるまでずっと人混みは続く。

 一応裏道も数多く存在はするのだが、この辺の地理に明るくない沙希にはわざわざ道を変えてまで目的地に辿り着ける自信は無かった。今向かっているのはいつもの会社ではなく、入社式用に借りた貸会場なのである。


「サキ……痛い、痛いってば」

「…………!」


 その一つのフレーズが沙希の脳裏に強烈な電流を流しこむ。


――『サキ、痛い痛いって』

――『黙りなさいケン、今日から夏期講習なんだから逃がさないわよ』


 あの日もそうだった。


――『痛い、痛いから離して』

――『アンタほっとくと受験会場間違えそうだからね、こっちよ』


 あの日も。


――『痛い痛い痛いマジ死にます、許してくださいサキ様』

――『ふざけるな、あんな発情した雌に溢れてるサークルの飲み会なんか行かせられるかっての』


 あの日も。


(……何も…………変わってはいなかったというの?)


 沙希はこの手の温度、この声をよく知っていた。やはり間違っていたのは自分だったのかと自問自答を繰り返す。


 気付けば地上からサンシャイン通りの途中にある、ボーリング場の角を曲がっていた。

 目的地はそこのビジネスホテルの先にある。

 しかし動揺する沙希はすっかり当初の目的を忘れ、人混みが落ち着いてきた今も手は強く握りっぱなしであった。

 懐かしい記憶と今の彼の違いを再度確かめようと、沙希は掴んだ手をそのままに振り向き、ずるずると引きずってきた小畑をしっかり立たせ、その目をじっと見据える。

 小畑も沙希と向き合い、その真意を汲み取ろうとした。


 いつの間にか二人はその場で立ち止まり、手を握りなからお互い見つめ合っていた。


「おい、アレ本社の平井じゃねーか?」

「うん、平井さんだね」

「一緒にいる可愛い顔の男のコ誰だろ?」

「見たことないなぁ」


 ビジネスホテルから一斉に出てくるサラリーマンの集団。相羽総合サービス東北支社御一行8名。


「ああ、アレはウチの新しいプロジェクトのマネージャー様だよ。今日から初出勤の。ふーん、怪しいと思ってたがやっぱりこういうことだったか」


 偶然通りかかったプロジェクトメンバーの森山が的確なアシストを蹴る。


「嘘ぉん、俺平井ちゃんのファンだったのにショックー」

「やるわね、あの子。早速そんな上玉つかまえるなんて」

「あぁあ、平井もとうとう彼氏持ちか。残ってるフリーは誰だ、久保田くらいか?」

「久保田さんはマズいって、手ぇ出したら社長に殺されるって噂だよ」


 さらにビジネスホテルから続いて出てくる、相羽総合サービス関西支社御一行10名。


「騒ぐな独身組、とっとと結婚して落ち着けっての」

「黙れ既婚者組!」

「リア充は帰れ!」


 沙希はいつの間にか周囲を取り囲む賑わいに意識を取り戻した。


「……え、え、えーーー?!」


 気付けば沙希と小畑の周囲には人だかりができていた。

 現状確認を終えた彼女は先ほどまでとは別の意味で鼓動が激しくなる。恥ずかしさに思考が爆発した。

 顔を真っ赤にしながら小畑を一本背負いで投げ飛ばし、慌てて会場に走り去っていった。


 投げ飛ばされ、仰向けに転がっている小畑は理不尽な現状に巻き込まれ状況に理解が追いつかない。


 どうやら沙希と自分の間でとてつもない勘違いが起こったことは分かった。しかし周囲の声を拾う限り、その場にいたのは地方勤めの社員と、自らのプロジェクトメンバーのみ。特に本社では噂になることもないだろう。運が良かった。


 徐々に人だかりも静まり、そう冷静に分析を終えた頃である。

 一人の女性が小畑へ真っ白な手を差し伸べてきた。


「先輩、大丈夫ですか……お手を」

「ありがと……ぇ」

「お手を……どちらのお手を握り潰して欲しいですか?」


 訂正しよう。自らのプロジェクトメンバーの一人がその場にいたことは彼にとって、とてつもなく不幸であった。



◆◇◆◆◆◆◆



『――故に、我が社の一員となった以上、よりグローバルに、よりワールドワイドに、どこまでも際限なく果敢に挑戦を続けてほしい。以上、これを私からキミ達へ送る祝辞へと代えさせてもらおう』

『以上、代表取締役・相羽由紀枝による新入社員への挨拶、および祝辞でした』


 数十の拍手音に囲まれ、会場の雰囲気は更に厳格なものへと変わっていく。


『続きまして入社辞令授与』


 いよいよ小畑の出番である。

 小畑は自身よりも年下の新卒4名に交じり列に加わった。

 入社時期が不定な中途採用社員は入社式に参加するケースも珍しいのだが、全国的に全く例が無い訳ではない。会社の節目、そして自身のスタートという意味もあり、小畑自身も望んで参加している。

 最も、新卒入社の4名は異質な存在感を持ち、落ち着きを見せる年上の小畑に対し、若干遠慮気味な距離をとってもいたが小畑自身としては全く気にならなかった。


 本来、こういうケースの場合、式の進行は新卒が優先されることが多いが、まだ若い中小企業である相羽総合サービスにおいて明確な区分はせず、年上で新規事業を任される小畑の名前が一番最初に呼ばれた。


『小畑憲』

「はい!」


 壇上正面には代表の相羽社長。右手奥のマイク前には司会進行の三柴副社長。

 辞令を用意しているのは小畑と同年程度の若い女子社員である。


 また壇上下、最奥には役員らしきお偉いさんと思われる人物が3名座っている。

 その前方隣に本部長達が並ぶ。今朝見かけた長峰もその中の一つにニコニコした表情で腰を掛けていた。


『小畑憲、本日4月1日を持って当社社員として採用する』


 小畑はゆっくりとその辞令を受け取りながら頭を下げた。

 その瞬間の事だ。本部長席の一角に強烈な違和感を感じた。


 相羽総合サービスの2013年度組織図は以下のように枝分かれしている。


 社長室とその直下の小畑が率いていく新規事業推進室、そして内部統制室。

 ――つまり3名の室長が存在する。


 それとは別系統の支社が東北、関西、北陸の3つ。

 ――つまり3名の支社長が存在する。


 そして中心となる各基幹本部、即ち営業本部、管理本部、企画開発本部、システム本部の4つである。

 ――つまり4名の本部長が存在する。


 その4席のみ存在する本部長席の中にその男はいた。


 一際若く、一際背が高い存在。

 日に焼けた肌は健康的に色黒く染まっており、身長も2メートルを超す大男だ。

 深く冷たい眼差しで見る者すべてを凍てつかせる様相である。


 小畑は知っている、その冷たい目を。

 小畑は知っている、それが誰なのかを。

 小畑は知っている、その男に蹂躙されていた故郷を。


 強い強い怒りが小畑の心の中を占める。



 小畑はそっと頭を元に戻し、目の前の相羽社長を気にも留めず、その先にいる男を見据えた。

 間違いないと確信する。

 その本部長席に腰を掛けている男こそ、かつての小畑の宿敵であり世界の覇者・魔王そのものであると。


「ケン?」

「先輩……?」


 沙希も麻衣子も一瞬で豹変した、これまで見たことない程強く憤慨している小畑をただ不思議な表情で眺めていることしかできない。


 辞令を渡し終え、小畑の正面を陣取る相羽社長はすぐさまその異常を把握した。

 急遽、小畑の視線の後を追い大声を張り上げる。


「伊上ぃぃぃ、次元結界だぁぁぁ」

「承知している」


 相羽社長の合図により、小畑が狙わんとする伊上本部長の力が発動した。

 振り上げた手からは2本線が3次元を横切っていく。

 直線的に壇上と周囲の時間の流れが切り替わった。


「魔王ぅーーーーー!」

「久しいな英雄。また会えて嬉しいぞ」

「なぜ、なぜ、なぜ貴様がこっちにいるんだぁぁぁぁぁ?!」

「別に不思議でもないたろう、死んだお前がこっちに送られたんだ。俺とて同じことが起きたとしても」

「僕は……僕は絶対に認めない!」


 小畑は全身全霊の力を籠め伊上本部長に殴りかかる。

 神々しい光のオーラに全身包まれ、ロケットのように突進する小畑。

 その拳筋は亜光速に達し、常人であれば何が起こったか見えるはずはないだろう。


 ただし結界の外側からは時間の流れが限りなく緩やかに見えており、伊上本部長の術式で映像の補正もかけられている。ただ普通に殴りかかっているようにしか見えていないはずだ。

 結界の内側にいる相羽社長は声高らかに笑い、三柴副社長は呆れで額を手で抑え俯いており、補佐の女子社員は頻りにほっぺを手で抓っている。


 そして偶然にも伊上と小畑の対角線側に座っていた三名の社員……沙希と麻衣子、そして森山はその一部始終を目撃していた。

 怒り叫ぶ小畑の横顔が目に付いた。

 手を軽くひねり、周囲と直線状に不思議な壁を生じさせる伊上本部長を目撃した。

 そしてその伊上本部長に立ち向かうべく、物凄い光を身に纏う小畑の姿。

 気付いた瞬間その拳は伊上本部長の顔面にあった。

 本当に不思議な光景である。しかし作り物ではないことも確かに分かった。


「気は済んだか? 小畑」

「……え、相羽社長?」

「気は済んだかと聞いている。言っておくが伊上にダメージはほとんど通っていないぞ」

「……そんなバカな。全力……出したんですよ?」


「社長の言う通りだ英雄。貴様の真価は剣術と秘術に特化している。素手の攻撃など俺にとってはただ生温いだけだ」

「な、ならば次は剣で」


 相羽社長は小畑の後頭部を軽く小突いた。


「……させるかアホウ、何の為数週間私が時間を与えたと思っているんだ。毎日江藤に何を教わってきた。無駄に法から外れた振る舞いを起こすなバカモノ」

「ですが社長……」

「納得は行かないか……。だが、この伊上も今や私の大事な片腕だ、ここで失うわけにはいかないのだ。……分かった、後で必ず説明するから先に戻って頭を冷やして待っていろ。おい、そこの盗み見している3人!」


「「「は、はいっ」」」


 呆然と見ていた沙希、麻衣子、森山に大きく声をかける相羽社長。


「先に社に戻ってお前らのマネージャー様をご案内しろ」


「案内って」「一体~」「どこへっすか?」


「社長室の隣。旧第2倉庫があった場所……だ。小畑、貴様の部屋の鍵だ、受け取れ」


 小畑は真新しい太めの鍵を相羽社長より投げ渡される。


「第2倉庫……確か先週まで普通にあったわよね。旧ってどういう事?」

「ワタクシも金曜日に3回ほど利用しましたわぁ」

「俺もノベルティー取りにちょくちょく通ってたんだが」


「皆、頼む連れて行ってほしい……」


 後で説明するという相羽社長の言葉を信じ待つことに決めた小畑。頭を下げ3名を促す。



「焦るな英雄。先ずは結界の解除が先だ」

「魔王……!」

「今の俺はただの営業本部長・伊上に過ぎん。そしてお前はただの小畑だ。それ以外何者でもない」

「……わかった。しかしそれも社長の説明次第だ……伊上」

「それで構わん。それとこの結界を解いたら4人ですぐに去れ。少々面倒なことになるはずだ」


「はぁ」「面倒なぁ」「ことっすか?」


「すぐ分かる」


 伊上本部長がパチンと指を鳴らすと、これまで彼らを隔てていた壁が崩れ去り取り除かれる。

 途端、彼らの耳に大きな騒音が押し寄せた。



「す、すげーー、あの新入り何者なんだーー?」

「あの悪魔の本部長・伊上さんと知ってか知らずか顔面にグーパンだぜ」

「どっちにしろ出世はないだろ」

「えー、あの人平井さんの彼氏なの?」

「おい、あ、あの新人、江藤さんと平井さんに囲まれて逃げてくぞ。なんて羨ましい!」

「っていうかタダのバカでしょ。いい歳して暴力行為なんてガキみたい」

「おーい、ちょっと話聞かせてくれよー」

「待てよ、どこへ行くんだよ?!」

「アイツ逃げてくみたいだぞ、そうはいくかっての」



 押し寄せる人波を大柄な森山が防ぎつつ正面の道を開く、沙希と麻衣子に囲まれた小畑は大喧噪の中逃げ進んでいく。


 三柴副社長の必死の呼びかけも虚しく、残りの辞令授与が再開されるまで20分以上の時間を要することとなった。

 2013年度 株式会社相羽総合サービス入社式はイレギュラーに起こった喧騒で始まったのである。

喉が痛い・・・風邪かな

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