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相羽総合サービス業務日誌3  作者: 笠平
プロジェクトマネージャー・小畑憲 篇
5/11

Ⅴ・知るものと知らざる者

「……それにしても参ったよなぁ。苦労して皆でドーラまで辿り着いたのが昨日の朝だった」


 小畑は喜びの酒宴に明け暮れ酔い潰れた両親の介抱を終え、一人縁側で日本酒をゆっくり味わっている。


「……うん、こっちのお酒は本当に美味しい。今まで飲んだことない風味だ、とても美味い」


 その酒からは、少年の頃から大きな戦が終わるたび戦場で振る舞われてきた安酒とは違う、とても上品な香りがした。


「……ライト。それにサキとマイか……」


 小畑は今日、会社の会議室で会ったこれから自らの部下となる、森山、平井、江藤の顔を思い出す。そして浮かんでくるのは、それと瓜二つなもう二度と再会できない大切な仲間達の顔。彼らには今も幸せでいて欲しいと心から願った。



「なんだアンタ、やっぱり会社では他人のフリしてたってわけ?」

「先輩はそんなに薄情ではないと信じていましたわぁ」


 そんな一人佇む小畑家の庭先へ突如二名の客が襲来する。


「な?! キミたちは平井さんに……江藤さん?」

「ほほう、さっきまでわたしたちの名を呟いてたクセにまたシラを切ろうっての?」

「ライトさんという方が先だったのも納得いきませんしねぇ」


「さっきって? しかもなんで2人とも僕の家に?」


 驚き戸惑う小畑。まさか彼女らも自分と同じ転生者なのか……と疑ったがどうも違うらしい。


「沙希よ。アンタの幼馴染みにして腐れ縁の平井沙希。アンタの家のお隣さん」


 そう沙希は正面の自宅を指差し説明する。


「そしてワタクシは先輩の愛するフィアンセ……江藤麻衣子ですわぁ、って、痛ッ――何するんですかぁ沙希さん~」

「勝手に捏造情報作るんじゃないっ!」


 何の因果か偶然か。サキとマイに瓜二つな彼女らはこちらの世界の小畑とも関係が深かったのだ。


「……まさか……そんなことが」


「アンタもアンタよ!」

「え?」


 沙希は小畑の胸倉を掴み、先刻見せていた怒りの形相で小畑に迫る。


「わたしは『待ってるから』って言ったわよね?」

「そうですよ。ワタクシ達はあれからずーっと会社の入り口で待っていたんですよぉ」

「そのアンタがどうして、この庭の縁側でまったりと酒かっくらってんでしょうねー」

「不思議ですー。先輩を見逃すなんて絶対ないはずですのにぃ」


 盲点だった。確かに待っていると聞きはしたがまさか待ち伏せされていたとは気付かなかった小畑。転移術を含め、自らの力の説明は極力避けたい話題である。


「本当に一体どういう風の吹き回しよ。何年ヒトを待たせていたと思いきや、突然この仕打ちは……って、あら、このお酒美味しいわね」

「どれどれ……失礼。あら、これは朱金泥能代・醸蒸多知。喜久水酒造の年間60本しか作られていない特別大吟醸……一本10万円はするレア中のレアなお酒ですわぁ」

「相変わらずの博識ね。それって確かコイツのお父さんの楽しみに取っておいた秘蔵酒のハズ。そっかぁ、よっぽど嬉しかったのね」


 小畑は突然杯を奪われ手持無沙汰となる。しかし、この2人に良く似た少女の扱いに慣れた彼は機転を利かし危機の脱却を試みた。


「良かったら、まだお酒もお寿司もたくさん残っているし、上がっていく?」

「え? ……えぇそうね、お腹空いてるし」

「ワタクシもご相伴に預かりますぅ。沙希さん、今晩は泊めて貰えますかぁ?」

「別にいいわよ。(……ほっとくとアンタコイツの部屋に上がりかねないし)」


 彼女らの怒りは腹を満たせば8割方は解決するはずだ。安易な経験則に従い、小畑は2人を居間へ誘導した。



◇◆◆◆◆◆



「で、結局どういう事なの……と、そこのヒラメ取って」

「どういう事って、平井さん――「キッ!」うわっ……えっと、サキ?」

「何があって、先輩がお外に出て頂けたのか……それと、どうやって相羽社長と知り合ったのか、この2つですわぁ」

「ありがとう江藤さん――「むぅぅ」ぁは……うん、マイ」


 他人とは思えない彼女らの仕種。しかし今の小畑にはこちら側での記憶が無い。

 今の彼は勝手に他人の身体を使っている感覚なのである。


「えーと、社長には今日バイト探してる途中に街で拾われた」

「バイトぉ?」

「拾われたですかぁ?」


「外出したのは父さん母さんが心配してたっ――」

「――はっ倒すわよ?!」


 テーブルに突然両掌をぶつけ激しく音を立てる沙希。

 鋭く短い音、そして食器の揺れる音が部屋に鳴り響く。


「……沙希さん」

「サキ?」


「……ゴメン、ご両親寝てらっしゃるんだったわね。だけどどーいうこと、ご両親だけじゃない。わたしも麻衣子もどれだけ……何十回アンタの部屋の前で泣き叫びながら出て来てくれるようドアを叩いたか忘れたとは言わせないわよ!」


 忘れる以前に記憶にない小畑。ひっそりと俯き、その叫びを自らの非として甘んじて受け入れる。


「何? 何も言い返すことはないの?!」

「沙希さん、止めましょう。折角……折角元気な顔をワタクシ達に見せてくれた記念すべき日なんですよぉ」

「だからって……」

「沙希さん、そもそもの原因はワタクシ達です。あの事を言うならば先に謝らないといけないのはワタクシ達ではないですか?」

「…………!」

「忘れたくても忘れられないあの日。先輩を裏切ってしまったのは他ならぬワタクシ達なんですよ?」

「ち、違うよ……わたしはケンを裏切ってなんかない!」

「勿論ワタクシもその気持ちは一緒です。『心の中』だけは……」

「……あれから……あれから4年。なんでわたしたちは……わたしはあの時……」

「……沙希さん。さぁ、先輩も沙希さんもお互い謝ってくださいなぁ、それでみんな解決ですぅ」


 記憶が無いのが口惜しい、なんでこんなに悲しんでいる彼女らに声をかけられないのか。

 小畑は今日一日の中で一番強くその身を呪った。


「……ごめん……なさい、ケン」

「僕も……ごめん」


 口では謝る沙希だが、まだ何かに納得がいかない様子で小畑を見上げる。


「その『ごめん』……何に対してなのかな?」


「サキ?」

「ううん、何でもないわ。わたし帰る。ごめん麻衣子、今は一人になりたいから……コイツに送ってもらって今日は帰って」

「沙希さん……」

「いい、わたしが見てないからってここに泊まるのは禁止。コイツの初出勤は来月でも、わたしたちはいつも通り明日も早いんだからね」

「はい。分かりましたわぁ、約束いたしますぅ」

「アンタも……このコを無事に送り届けなさいよ。今のアンタは指一本でもこのコに触れる資格なんてないんだからね」


 沙希はそう言い残すと、麻衣子におやすみと挨拶をした上で、振り向きもせず帰っていった。



◆◇◆◆◆◆



 暗い夜道、街灯の明かりが街を照らす。

 その下を連れ添って歩く若い男女の間には目に見えぬ不自然な壁が存在していた。


「サキ……なんか怒ったままだったね」

「最後は明らかに先輩を無視してましたねぇ。なんとなく理由は分かりますがぁ」

「分かるの?」

「勿論、女同士……そして恋敵ですから」


 恋敵。その言葉の意味は鈍い小畑にも良く分かる。それだけにその言葉の意味を今の小畑には追及できなかった。


「……そうか。まぁ、これからは同じチームだ、宜しく頼むよ」


「はい。こちらこそ……そうだ、これから先輩のことどっちでお呼びすれば良いでしょうかねぇ?」


「どっちって、僕の名前は……コバタケンか……ケインしか――っと」


「いえ、そういうことではな――あぁ、いえいえ、そうですね。じゃあ二人きりの時はこれまで通り『ケインさん』で宜しいですかぁ?」


 小畑は雷に打たれたような衝撃に包まれる。

 目の前の女性は何て言った……。


「何をそんなにびっくりしていらっしゃるんですかぁ。昨日ドーラでお別れした時はあんなに元気いっぱいでしたのにぃ」

「……本当に、……本当に『マイ』なのか?」

「そうですよぉ、ケインさん~」


 それはあり得ない奇跡だった。

 だが、それが起きたのはケインの身も同じことだ。

 だから決して可能性はゼロではない。


「マイッ、マイ……本当にすまなかった。あの時キミ達を置いて行って……」

「……そうですよぉ。だからこんなところまで追いかけてしまいました」


 小畑は興奮のあまりマイに駆け寄り、軽く手を取る。


「ワタクシを置いて行った罰を与えても良いですかぁ?」


「……あ、ああ。当然だよね、なんでもする」


「じゃあこのまま抱きしめてください」


 先ほどの沙希の忠告が小畑の頭に浮かぶ。しかし今の彼はそれ以上の感動に、そして孤独感から逃げ出すように彼女の願いを叶えた。


「ケインさん。沙希さん……は貴方の知っている沙希さんじゃありません」

「……あぁ、やはりそうだよね」

「だからワタクシ達は2人だけの秘密を共有していくことになります。彼女には秘密を抱えたまま一定の距離を置かなくてはなりません」

「……勿論そうなるよな。こちらの世界で知っているのは他に相羽社長くらいだし」


「…………ええ、不用意にこちらの世界に混乱を招くわけにはいきませんからね」


「僕もそう思うよ」


 麻衣子はそっと目を閉じ、小畑へ顎を突き出しながら小さく呟いた。


「きっと2人なら乗り越えられます。だから先輩……ワタクシを貴方の彼女にしてください」


 小畑の脳裏には二度と会えない幼馴染みのサキの姿が浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。


(サキ……。あの世界での僕の相棒、絶対に幸せになってくれ。僕はこの世界でマイと共に生きていくよ)


「……せんぱ……ケインさん?」

「ああ、マイ、これからもずっと一緒だ」


 街の街頭に祝福されるように不自然な壁が消え去り、その瞬間2人の影は一つになった。

 英雄と長年連れ添った戦友。時を超え世界を超えその縁は続いていき、その瞬間友情は愛情へ変わっていく。



◆◇◆◆◆◆



 平井家の一室。

 女性らしい小物に包まれた8畳の部屋。

 沙希は自室のベッドの上に、着替えもせずビジネススーツ姿のままで横たわっている。


(アレは……あの男はケンじゃない)


 夕方再会し、一瞬も見逃すまいと小畑を観察し続けた沙希。

 20年以上も連れ添った関係である、他の誰よりも違和感が強く感じられた。


(アイツがあんな事を言うはずがない。アイツがあんな顔をするわけがない)


 先刻再会し数年振りに会話を交わす。

 その声、その姿は間違いなく幼馴染みのものであった。


(だけどアイツは別人だ……間違いない)


 沙希はオカルトなど一切信じない。

 だけど4年前、一度その信じない現象に巻き込まれた経験を持つ。


(わたしは……誰よりもアイツを愛しているわたしは……アイツの中にいる正体不明の男を許さない)


 あの時の出来事が沙希と麻衣子、そして憲を引き裂いた。

 沙希と麻衣子にはそれを乗り越えられる手助けがあった。

 だがそれを知らない一人の青年はそれ以来壊れてしまった。

 絶対に助けたいと強く願っていた毎日……その結果が今日現れた。


(助けたいじゃない……助けるんだ……今度こそ)


 沙希は強く決意する。

 自らの手を汚しても良い。

 あの日に戻れるのであれば……何を犠牲にしても構いはしないと。


 3月の半ば。半月後には新しいプロジェクトが始まる。もう時間が無い。

 幼馴染みの部屋のドアの鍵は閉ざされた異世界の境界線ではない。

 なぜ今までそうしてこなかったのか悔やまれた。


(明日の朝、あのドアを叩き壊してでも、アイツを救い出すんだ!)

あとがき)

本編は入社以降だというのに話が進まない(汗

前作が完結したので次回以降はこちらに注力していきます。

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